David the smart ass

心のダイエット!~時には辛口メッセージを~

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映画レビュー:「舟を編む」

2014-06-03-Tue
石井裕也監督の映画「舟を編む」は三浦しおん原作の小説の映画化である。出版社で国語辞典を編集する人たちの物語だ。辞書の名前は「ダイトカイ」、編集にあたる主人公は「マジメくん」。私には「大都会」を編集する「真面目くん」に聞こえて仕方がないのだが、そんなくだらいない突っ込みを入れる人は作中にはどこにも登場しない。

辞書「大渡海」の文字はたびたび画面に映し出される。「辞書は言葉の海を渡る舟、編集者はその海を渡る舟を編んでいく」……、辞書の名前の由来であり、作品の「舟を編む」の由縁でもある。

一方、松田龍平演じるところの「マジメくん」がどんな字なのか、映画なのでなかなかお目にかかれない。そこが小説と異なるところである。見逃したのかしれないが、はっきりと「馬締」の文字を確認できたのはエンドロールであった。ま、マジメくんのキャラクターは「馬締」よりも「真面目」の方がいかにもピッタリなのだけれども。マジメで内気で堅物で、しかし、粘り強く、誠実で、心が強い……。辞書作りはきっとこんな人物がなくてはならない、そんな性格である。彼は不器用ながらも辞書作りの道に入り、着実にノウハウを覚え、やがてなくてはならない中心人物へと成長していく。一人の青年が、自らの役割を見出し、困難に打ち勝ち、大きく成長していく、これは、辞書作りのファンタジーである。

ファンタジーにはヒロインが欠かせない。目的のためにはすべてを犠牲にしかねない主人公を、癒し、ケアする存在である。マジメくんの下宿先の孫娘である。タケ婆さんの娘の名前はカグヤ(これもエンドロールで知るが「香具矢」と書く)。ちなみに下宿先は「早雲荘」……。早雲荘のタケ婆さんの孫娘はかぐや姫……。ファンタジーである。

このマジメくんがカグヤ姫に恋をする……。その恋を実らせるのも一つの試練であるが、そこにもう一つ、その経験を生かして、「恋」の語釈をつけることになる。もちろん、ファンタジーなのだから、恋は実り、語釈もまた素晴らしいものができあがる。怪物も強敵も出てこないが、辞書作りファンタジーの一つのクライマックスなのだ。

辞書作りは実際は十年も二十年も係る一大プロジェクトで、映画では2時間ばかりでその長い旅路を見通すことになる。好天もあれば、荒天もある。それどころか、嵐で難破寸前の時もある。クルーが命がけで舟を守るときも……。一方で、ミスは許されない、神経を擦り減らす作業の連続である。また、電子辞書やインターネットの全盛期に、他の部門同様に購入者を減らし、儲けの出ない部門となりつつある。出版社も企業である以上、辞書の出版自体が問題となるのだ……。そんな12年を超える長旅の果てに、「大渡海」は完成を見る。

どことなくふわふわした、辞書つくりファンタジーの一面を持ちながら、その一方で、大袈裟にならず日々を淡々と描き、現実的な日常性を忘れない。働く喜びと、身近な幸福とを知らせてくれる、良作である。

ちなみに、原作は2012年本屋大賞で第1位を獲得した。また、映画は第86回アカデミー外国語映画賞の日本代表作品に選出された。第37回日本アカデミー賞では最優秀作品賞、最優秀監督賞ほか6冠となった。

                                            以上

「荒木経惟 往生写集ー顔・空景・道」展~豊田市美術館

2014-05-12-Mon
GW中、遠出はせずに豊田市美術館を訪れました。

豊田市美術館には、今年生誕100年を迎えた漆芸家高橋節郎の作品を常時展示する高橋節郎館もあります。こちらは、本夏、特別展を開催する予定です。一度は見ておくのがいいと思います。なんせ、漆器は英語でjapanでもありますし。

今回の訪問の目的は、「荒木経惟 往生写集ー顔・空景・道」展でした。

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展覧会タイトルは源信の「往生要集」を踏まえてのネーミングなんだそうです。「往生要集」は読んだこともなく、名前くらいしか知らないのだけれど、「往生」といえば「極楽往生」なわけでして、それをタイトルにしてるってことで、(あれ? そういえば、アラーキーって死んだんだっけ?)と心のなかで叫んでしました。これは、大変失礼な話なのですが、わたしの知ってるアラーキーは、存在感のあるというか、質感のある、モノクロヘアヌードでして、性と生のエネルギーに溢れているという感じでして、「(極楽)往生」なんて言葉の正反対に位置しているイメージです。なんだろう、ひとさまの人生観を、こっちが勝手に決めてはあれですが、あくまでわたしのイメージとしては「わしはやりたいようにやり、撮りたいように撮ったんだ、地獄に落ちようが本望よ」って感じだったのですよ。「無頼派」のイメージと重なるような感じです。

……、でしたが、失礼、ご存命でした。ガン宣告や手術などを経験し、近年は右目を病で失いながら、ま、そうして体験hが「死」つまり「往生」を身近に感じたということから、このネーミングに至ったようです。

araki02.jpg

→ Wikipedia:「荒木常惟
→ 豊田市美術館:荒木経惟 往生写集―顔・空景・道の公式サイト


「新日本プロレスの12人の怪人」~書籍紹介

2014-05-09-Fri
GW前半に書店をぶらついて見つけたのがこれ。


猪木や長州、タイガーマスクや前田がリングに上がっていた頃は、新日本プロレスの黄金時代といっていい。全日本プロレスと人気を二分し、外国人選手の引き抜き合戦が行われていたが、そういうことが可能になるだけの金が、新日全日を問わす、プロレス界に流入していたということだ。そのプロレス人気も、それがやがて本格的な格闘技や総合格闘技、K-1などの格闘技ブームへとつながっていったはずなのだが、逆に、プロレス自体の低迷へとつながったということになるかもしれない。

その過程で、プロレス団体の分裂や新設、インディーズの乱立などがあり、「プロレスが好き」と言っているような人でも、なかなか全体のプロレスを把握することはできない。「アマチュアのプロレス」というようなものがあって、学生プロレスなんてのもあるが、それがアマチュアスポーツ界に認知され、全国大会が行われ国体の種目にもなっている……なんてことにはなってない。むしろ、本格的なプロレスごっこ、プロレスのパロディをやってるくらいにしか思われていないという感じだろう。

総合格闘技や本格的格闘技にもつながり、一方でプロレスごっこにもつながる……そうしたものが、同じリングの上で展開できるのがプロレスそのものなのだろうけれど。

それは1回のリング上の対戦だけでなく、また、単に選手のファイトスタイルというだけでなく、個々のプロレス団体テーマや特色につながり、それが軍団抗争や団体間の競争にも結びついていくわけだた、ファンの支持や興行成績にも関わるので、結果、選手が食えるか食えないか、団体として成立するかどうかにまで関わってくる。

そういうカオスや怪しさ、一種のいかがわしさを含めて、わたしはプロレスが好きだと言ってきた(別に過去形てわけでもなくて、今も、それなりに好きだけど)

映画:「しらゆき姫殺人事件」~劇場で

2014-04-27-Sun
映画「告白」「北のカナリヤたち」やテレビドラマ「夜行観覧車」「高校入試」など、そういえば湊かなえの作品は、読んではいないけど、映像は結構楽しみに見ているので、と思って、今回も、やや期待して劇場に向かいました。


→ 公式ページ

湊かなえの特徴は、現代的な問題をミステリーに取り入れているという感じで、社会派というか、生活派的な作風ですね。また、ミステリーといっても探偵小説というわけではありません。名探偵がいて犯人を追い詰めていくというわけではなくて、市民が事件に巻き込まれてしまい、いわゆる探偵的なノウハウもないまま、なんとかしようと必死に戦い、やがて、なぞが解けるという展開が多いようです。

そのほうがリアルで、現実の社会を描くというのはいいのでしょうが、今回もそうですが、わけのわからなさ、一種の混乱に付き合わされるだけで、それは混乱で間違ってるってのを見せられている感じです。それを楽しまないと、逆に退屈に感じる人もいるのではないかと思ったりもしました。

ま、わたしは大きな盛り上がりも、変化もない、淡々とした展開を楽しむことはできましたけれど、おおきなインパクトはあいませんでした。うーん、そういう意味では印象の薄い作品になった感じです。

また、冒頭に書いた3作品を含めて女性が大きな役割を果たしていますので、女性がみると違う感想があるかもなと思いました。

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