David the smart ass心のダイエット!〜時には辛口メッセージを〜 |
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映画:「劔岳 点の記」〜劇場で
2009-06-28-Sun
地図。日本地図。子どもの頃からあるのが当たり前でした。地球儀だってありました。ナビはまだありませんでしたが……。現代人にとって、それはあるのが当たり前ですが、自然にあったものを誰かが発見したわけではありません。誰かが作ったのですね。「作った」というか、描いたですよね。あの日本地図を。あの海岸線や川の形を、そして、山の高さや等高線を……。どうやって?
映画:「劔岳 点の記」は、明治末、全国唯一の未踏峰(「まだ誰も山頂に達した者がない」という意味です)の劔岳(つるぎだけ)に実際に登り、測量に使うポイント(「三角点」と呼ぶようです。副題になっている「点の記」の「点」はこの三角点のことを言っています)を設置し、日本の地図を完成させるのに命がけの活躍をしたチームの話です。
→ 公式サイト
地図の完成には陸軍のメンツがかかっていました。日露戦争に大勝利を収めた後で、日本の地図に計測記録のない白紙のエリアがあるのは、国際的にも恥だというのです。実際、過去にたびたび劔岳に調査隊を送りながら頂上に到達できませんでした。中には命を落としてしまった隊もありました。それほど、危険な山です。地元では「立山信仰(たてやましんこう)」というのがあって、立山は「神の山」と崇められているのに対して、劔岳は逆に「死の山」と恐れられているほどだったのです。陸軍がそう毎度毎度失敗するわけにはいかないのです。
もう一つ、陸軍が後には引けない理由がありました。それは、アマチュア登山家たちが最近めざましく進歩している西洋式の登山技術や道具などを輸入して、日本各地の困難な登頂に成功し、前人未踏峰の劔岳については、陸軍よりも先に征服すると息巻いているからです。マスコミは陸軍対アマチュア登山家という感じで書き立てます。また、日本の登山技術は陸軍式だとプライドをもっている陸軍はどうしても負けるわけにはいかなったのです(今なら官民の協力というか、産官学の協力というか、そういう感じになったのかもしれませんが、日露戦争に勝って意気が上がっているときです。西洋の技術の素人になんぞ、負けるわけにはいかないのですね。
安全なところならばともかく、危険な環境でレースをやるのは得てして不幸な結末につながりかねません。画竜点睛を欠く状態の日本地図に、まさに龍の瞳を入れるべく、芝崎たちは任に着くのです。
しかし、陸軍のプライドは余分で邪魔もののような形で描かれますが、測量スタッフも、登山応援を頼まれた地元の村人たちも、そしてアマチュア登山家も、誰でもプライドを持っていることには間違いありません。自分たちは安全な部屋の机の前にいて、理不尽で無理な欲求を上からぶつけてくるだけの軍の幹部たちのプライドは醜いものですが、危険を覚悟で劔岳に挑んでいる男たちのプライドは決して陳腐ではありません。むしろ、任務に関しての誠実さ、家族や仲間への信頼とそれに応える責任感、そして、この一点に自身の存在証明を託しているかのようで、それは快く感じます。
映画:「劔岳 点の記」は劔岳登山を巡る、人間たちのプライドの戦いであり、信念、家族愛、仲間への信頼、そして人間愛、自然愛のドラマです。点の記録を残そうとする人間たちが主人公であると同時に、四季折々の過酷で美しい自然を画面いっぱいにさらしている劔岳そのものが主人公でもあります。ぜひ、スクリーンでどうぞ!
映画館の心地よい椅子に居ながらにして、はるかな劔岳やその周辺の山々に何度も登山して、その美しさと恐ろしさを十分に味わったという感じになる作品です。トリッキーで派手なシーンはなく、むしろ淡々と、対峙する自然と人間とを映し出しているという感じで、なんというか、こしらえものでない静かな感動を覚えました。いい映画です。
ただ、一点。ちょっと映画中気になって仕方がなかったのは、役者全員が「天幕」を「てんまく」と読んでいったことです。個人的は「テント」だろうと思うのですが、帰ってからネットで調べてみると、「てんまく」という読みがあり、「てんまくけむし(天幕毛虫)」という虫までいて、「天幕」が「てんまく」であっては誤りだということはできないのですが、この時代の人は全員が「てんまく」と呼んでいたのだろうかと気になってしかたがありませんでした。
ちなみに、検索したら、こんなぺージがありました。内容はともかく、PC−VANのログだったのがとっても懐かしく感じられたのでした〜。雲散霧消してしまったPCVANの仲間たちも、SIG歴史への招待はこんな形で残っています。珍しいケースですね。
→ SIG歴史への招待

映画:「劔岳 点の記」は、明治末、全国唯一の未踏峰(「まだ誰も山頂に達した者がない」という意味です)の劔岳(つるぎだけ)に実際に登り、測量に使うポイント(「三角点」と呼ぶようです。副題になっている「点の記」の「点」はこの三角点のことを言っています)を設置し、日本の地図を完成させるのに命がけの活躍をしたチームの話です。
→ 公式サイト
地図の完成には陸軍のメンツがかかっていました。日露戦争に大勝利を収めた後で、日本の地図に計測記録のない白紙のエリアがあるのは、国際的にも恥だというのです。実際、過去にたびたび劔岳に調査隊を送りながら頂上に到達できませんでした。中には命を落としてしまった隊もありました。それほど、危険な山です。地元では「立山信仰(たてやましんこう)」というのがあって、立山は「神の山」と崇められているのに対して、劔岳は逆に「死の山」と恐れられているほどだったのです。陸軍がそう毎度毎度失敗するわけにはいかないのです。
もう一つ、陸軍が後には引けない理由がありました。それは、アマチュア登山家たちが最近めざましく進歩している西洋式の登山技術や道具などを輸入して、日本各地の困難な登頂に成功し、前人未踏峰の劔岳については、陸軍よりも先に征服すると息巻いているからです。マスコミは陸軍対アマチュア登山家という感じで書き立てます。また、日本の登山技術は陸軍式だとプライドをもっている陸軍はどうしても負けるわけにはいかなったのです(今なら官民の協力というか、産官学の協力というか、そういう感じになったのかもしれませんが、日露戦争に勝って意気が上がっているときです。西洋の技術の素人になんぞ、負けるわけにはいかないのですね。
安全なところならばともかく、危険な環境でレースをやるのは得てして不幸な結末につながりかねません。画竜点睛を欠く状態の日本地図に、まさに龍の瞳を入れるべく、芝崎たちは任に着くのです。
しかし、陸軍のプライドは余分で邪魔もののような形で描かれますが、測量スタッフも、登山応援を頼まれた地元の村人たちも、そしてアマチュア登山家も、誰でもプライドを持っていることには間違いありません。自分たちは安全な部屋の机の前にいて、理不尽で無理な欲求を上からぶつけてくるだけの軍の幹部たちのプライドは醜いものですが、危険を覚悟で劔岳に挑んでいる男たちのプライドは決して陳腐ではありません。むしろ、任務に関しての誠実さ、家族や仲間への信頼とそれに応える責任感、そして、この一点に自身の存在証明を託しているかのようで、それは快く感じます。
映画:「劔岳 点の記」は劔岳登山を巡る、人間たちのプライドの戦いであり、信念、家族愛、仲間への信頼、そして人間愛、自然愛のドラマです。点の記録を残そうとする人間たちが主人公であると同時に、四季折々の過酷で美しい自然を画面いっぱいにさらしている劔岳そのものが主人公でもあります。ぜひ、スクリーンでどうぞ!
映画館の心地よい椅子に居ながらにして、はるかな劔岳やその周辺の山々に何度も登山して、その美しさと恐ろしさを十分に味わったという感じになる作品です。トリッキーで派手なシーンはなく、むしろ淡々と、対峙する自然と人間とを映し出しているという感じで、なんというか、こしらえものでない静かな感動を覚えました。いい映画です。
ただ、一点。ちょっと映画中気になって仕方がなかったのは、役者全員が「天幕」を「てんまく」と読んでいったことです。個人的は「テント」だろうと思うのですが、帰ってからネットで調べてみると、「てんまく」という読みがあり、「てんまくけむし(天幕毛虫)」という虫までいて、「天幕」が「てんまく」であっては誤りだということはできないのですが、この時代の人は全員が「てんまく」と呼んでいたのだろうかと気になってしかたがありませんでした。
ちなみに、検索したら、こんなぺージがありました。内容はともかく、PC−VANのログだったのがとっても懐かしく感じられたのでした〜。雲散霧消してしまったPCVANの仲間たちも、SIG歴史への招待はこんな形で残っています。珍しいケースですね。
→ SIG歴史への招待
タイのデータもグラフに入れてみました〜新型インフルエンザグラフ(10)
2009-06-27-Sat
AFPBBNewsで「タイの新型インフル感染急増」(6/16)の記事を受けて、タイのデータもグラフに入れて作っていたのですが、記事がなかなかまとまらず、日の目を見ないままでしたので、もったいないのでグラフ中心の公開です。

単位は世界合計の値(緑色)は「千人」で、日本(黄色)とオーストラリア(水色)、タイ(青色)は「百人」です。ちなみに、数字の元はWHOです。同じ数値は、国立感染症研究所 感染症情報センターでも見られますが、発表が遅いですがこちらは日本語です。発表はここのところ2〜3日に1度のペースですので補助軌跡で結んでグラフらしくしてあります。
先日(06/12)のコメントで
日本はもうきちんとチェックしないという方針になったようです。
罹らないように注意して、予防ワクチンまでなんとか持ちこたえたいところです。いろいろ書きたいことがありますが、とりあえずグラフを公開してしておきます。
気が向いたら追記に書きます。記事を書きなおしました。

単位は世界合計の値(緑色)は「千人」で、日本(黄色)とオーストラリア(水色)、タイ(青色)は「百人」です。ちなみに、数字の元はWHOです。同じ数値は、国立感染症研究所 感染症情報センターでも見られますが、発表が遅いですがこちらは日本語です。発表はここのところ2〜3日に1度のペースですので補助軌跡で結んでグラフらしくしてあります。
先日(06/12)のコメントで
というようなものをいただきました。一部地域以外ではまともに検査すらしていない日本と、
バカ正直に検査・カウントし続けているオーストラリアの感染者数を比べて、
なにか意味があるんでしょうか?
日本はもうきちんとチェックしないという方針になったようです。
治療方針も、今までのような特別病棟に隔離するようなスタイルから、自宅療養へと変更になり、感染力は強いが重症化することはまれだという現実に即した対応になったようです。そして、第2波の流行に備えて監視を強化していくために、集団発生の早期探知に重点を置くということですね。政府が示した新運用指針により、国内の新型インフルエンザ対策はさらに緩和された。世界中で感染が広がる中、「これ以上の拡大防止策は限界がある」(厚生労働省職員)との判断によるものだ。対策の力点は感染拡大防止から重症者や死者を出さないことへと移る。
国内対策の切り替えによって原則自宅療養となり、診察や入院も専門医療機関でなく、一般の病院で対応が可能となる。季節性とほとんど変わらない対策が取られることになる。
→ iza:「新型インフル、対策緩和も油断は禁物」(06/19)
「すでに、変異が確認されたという報道」がありました。
厚生労働省は26日、新型インフルエンザの流行「第2波」に備えたサーベイランス(監視)の強化策を公表した。7月中旬開始予定で、集団発生の早期探知に重点を置き、患者の全数把握は取りやめる。
→ 毎日.jp「新型インフルエンザ:早期集団探知に重点、全数把握は中止 厚労省が監視強化策」(06/21)
当たり前ですが、今までのように、ほんとうに軽症ですむのならば、どんなに感染力が強かろうと、ま、ほとんど問題にもならないのですが、今後のこの変異のパターンによってはもっと深刻な事態が起きる可能性もあるわけです。新型インフルエンザ(H1N1型)の一部に人間の細胞に侵入しやすいように、すでに変異していることが、河岡義裕東京大医科学研究所教授らの研究チームで明らかになった。14日付けの英国科学誌ネイチャー(電子版)で発表した。
→ IBTimes:「新型インフル-ウイルス変異し感染力高まる」(06/15)
罹らないように注意して、予防ワクチンまでなんとか持ちこたえたいところです。いろいろ書きたいことがありますが、とりあえずグラフを公開してしておきます。
映画:「春眠り世田谷」〜DVDで
2009-06-27-Sat
映画を撮るために会社を辞める30男……。うらやましい。自立した彼女と同棲していて、理想の恋人とやさしい母親とを併せ持った都合のいい女といっしょに暮らしているように思われます。ま、男にとってはぬるま湯なんですね。だから、「春眠り」ということになるのです。女にとってもそれはぬるま湯だったんでしょう。自分を頼りにしてくれる男と、子どもっぽさで母性を満たしてくれる男。しかし、幼児のようには手がかからない。だって、放置しておいても餓死しないし、責任を負わなくてすむわけだから。うらやましい。
うらやましいと思いますが、しかし、男も女も虚しさを感じないではいられなくなってしまうのですね。特に女性は……などと書くと、差別しているように思われるでしょうか。しかし、男女を比較したときに、生殖の機能というか、子孫を残すための機能の終焉がより明確に、そして相対的に早めに来る女性にとっては、現実への目覚めというか、ぬるま湯に対する不満というか疑問、もしくは焦りみたいなものが出てくるのかもしれません。
モラトリアムですね。映画のタイトルは「春眠り」とありますが、モラトリアムです。
幸か不幸かというか不幸ではないと思いますが、昔に比べて平均寿命が伸びました。人生50年と言われていたころは、50歳過ぎたら老人だったでしょう。今はそうでもない。50歳でも、若々しいというかむしろ幼い人もいるかもしれません。成人も、なにやら18歳を成人にしようという考え方もあるようですが、確かに肉体的にはそうかもしれませんが、精神年齢の発達はどんどん遅れているという感じがしますね。
そして、幸か不幸かというか、これも不幸とは言えないような気もしますが、趣味に生きることが評価され、若々しいことが魅力で、また、どんどん若者や子どもの「文化」も大人向けに「進化」してきていますよね(ま、テレビゲームとか、アニメとか、ま、そうしたことを言うわけですけど。あるいは、動画とか音楽だってそうかと思いますけど、ま、こういうことを十把ひとからげに書くと偏見と言われそうですけれど、とりあえず、ざっくりと)。
それは晩婚化や少子化と無関係とは言えないと思います。
人生が長くなったぶん、「若者」というか「未熟者」である時期が長くなったというか、モラトリアム期が長くなったと言えるわけです。もちろん、それは人によって違って、早く大人になって、成熟者としての期間を長くするという選択も可能なんですけれど、そうなってもまた、まだ老人にならなくていいというか、若者としてやり直せるかもしれない、若い頃にやり残したことを今からやり直せるのではないかと考えるかもしれないと思うのですね。仕事を辞めてまでそれをしてしまっていいのか、それが現実的に可能な人と、どう考えても愚かな選択に映るときもあるわけですね。
人生の時間が長くなり、選択の幅が広がったこと、それは全体的には幸福なことなんでしょうけれど、個人のレベルにしたら、必ずしもいい具合に振れるとは限らないと思いますね。
それが、「春眠り世田谷」なんでしょうか。
世田谷というのは、住んだことはもちろんないし、どんなイメージの街かわからないのですが、たぶんそこには都会性といか、都市の要素も無関係ではないということなんでしょう。
そういう長いモラトリアムの中にありながら、「なんか思春期の悩みみたいでかっこ悪いよね」と言いながら、いい年をしたおっさんが、生きる実感というか、達成感というか、何に生きがいを見出していいのか、熱中していいかを模索してあがくという作品です。
自由であるだけ、生き生きと生きている実感が得られにくい。もっとほかにあるんじゃないか。もっと何かできるんじゃないかと、達成感や満足感が得られないまま、自分探しを続けていく……。それは、宗教的な疑問にぶちあたったり、生物的本能にたどりついたりします。
それが本当の回答なのかわからぬまま……。
どうしたら、いいのでしょうね。
ダメ男の話? 確かにそうですけど、たくさんいそうです。ここまで行動しなくても、こういう気持ちの男や女って。
主演は、「ハゲタカ」でカッコイイ、大森南朋です。ぼんやりした役をうまく演じてます。
うらやましいと思いますが、しかし、男も女も虚しさを感じないではいられなくなってしまうのですね。特に女性は……などと書くと、差別しているように思われるでしょうか。しかし、男女を比較したときに、生殖の機能というか、子孫を残すための機能の終焉がより明確に、そして相対的に早めに来る女性にとっては、現実への目覚めというか、ぬるま湯に対する不満というか疑問、もしくは焦りみたいなものが出てくるのかもしれません。
モラトリアムですね。映画のタイトルは「春眠り」とありますが、モラトリアムです。
幸か不幸かというか不幸ではないと思いますが、昔に比べて平均寿命が伸びました。人生50年と言われていたころは、50歳過ぎたら老人だったでしょう。今はそうでもない。50歳でも、若々しいというかむしろ幼い人もいるかもしれません。成人も、なにやら18歳を成人にしようという考え方もあるようですが、確かに肉体的にはそうかもしれませんが、精神年齢の発達はどんどん遅れているという感じがしますね。
そして、幸か不幸かというか、これも不幸とは言えないような気もしますが、趣味に生きることが評価され、若々しいことが魅力で、また、どんどん若者や子どもの「文化」も大人向けに「進化」してきていますよね(ま、テレビゲームとか、アニメとか、ま、そうしたことを言うわけですけど。あるいは、動画とか音楽だってそうかと思いますけど、ま、こういうことを十把ひとからげに書くと偏見と言われそうですけれど、とりあえず、ざっくりと)。
それは晩婚化や少子化と無関係とは言えないと思います。
人生が長くなったぶん、「若者」というか「未熟者」である時期が長くなったというか、モラトリアム期が長くなったと言えるわけです。もちろん、それは人によって違って、早く大人になって、成熟者としての期間を長くするという選択も可能なんですけれど、そうなってもまた、まだ老人にならなくていいというか、若者としてやり直せるかもしれない、若い頃にやり残したことを今からやり直せるのではないかと考えるかもしれないと思うのですね。仕事を辞めてまでそれをしてしまっていいのか、それが現実的に可能な人と、どう考えても愚かな選択に映るときもあるわけですね。
人生の時間が長くなり、選択の幅が広がったこと、それは全体的には幸福なことなんでしょうけれど、個人のレベルにしたら、必ずしもいい具合に振れるとは限らないと思いますね。
それが、「春眠り世田谷」なんでしょうか。
世田谷というのは、住んだことはもちろんないし、どんなイメージの街かわからないのですが、たぶんそこには都会性といか、都市の要素も無関係ではないということなんでしょう。
そういう長いモラトリアムの中にありながら、「なんか思春期の悩みみたいでかっこ悪いよね」と言いながら、いい年をしたおっさんが、生きる実感というか、達成感というか、何に生きがいを見出していいのか、熱中していいかを模索してあがくという作品です。
自由であるだけ、生き生きと生きている実感が得られにくい。もっとほかにあるんじゃないか。もっと何かできるんじゃないかと、達成感や満足感が得られないまま、自分探しを続けていく……。それは、宗教的な疑問にぶちあたったり、生物的本能にたどりついたりします。
それが本当の回答なのかわからぬまま……。
どうしたら、いいのでしょうね。
ダメ男の話? 確かにそうですけど、たくさんいそうです。ここまで行動しなくても、こういう気持ちの男や女って。
主演は、「ハゲタカ」でカッコイイ、大森南朋です。ぼんやりした役をうまく演じてます。
やっと電子辞書にメモ帳がつくか……。(「ざっくばらん」語源付き)
2009-06-26-Fri
まず、ITMediaNewsのこの記事です。
う〜む。現在までに電子辞書は4個買いました。いろいろな事情があって(笑)。
現在使っているのは、CanonのWordTankというやつです。それも高校生バージョン。
これを選んだ理由は、コンパクトとドリル機能がついているという2点です。とても気に入っています。何か書くときはPCとネット環境がありますので、辞書コンテンツが必要以上に充実しているということまで求めません。わたしがよく調べるのは日本語や漢字です。英語などほとんど調べない。むしろ歳時記とかあってほしい。それが、標準的なユーザーかどうかわかりませんが、同じ値段なら辞書がたくさんある方を選びますが、失くしたり、壊れたりするものですからね、使わない高価な立派な電子辞書1冊よりは、そこそこの値段で使うもので壊れたらもう1冊買えるくらいの方をわたしは選びます。
だから、どんどん機能を拡張してもらわなくてもいいと思っています。手ごろな大きさ、強度、軽さ、見易さ……、そうしたものを中身と並んで大切だと思いますね。で、わたしの使ってるWordTankは、学習ドリル機能がついています。簡単に言うと、受験勉強時代に誰でも一度は使っただろう「暗記カード」みたいの電子版が、用意されていて、それを持ち歩けます。英検・漢検だと3級と準2級、2級レベルのドリルが入っています。あと、古文単語とか、日本史・世界史の年代暗記だとか。そんなの入っていてどうなるのかと思いますが、携帯電話の電源を切らねばならない病院の待合室なんかでは、これがとっても重宝しています。記憶力にまったく自信がなくなっているので、必死にやってます(笑)。もちろん文庫本を読んでいて調べたりもしますけどね。
価格で言うと2倍くらいする電子辞書があるんですけど、それって大きさも1.5倍から2倍くらいで操作に両手が必要なんですが、このWordTankの学習補助機能(つまり暗記カード)は左手に持って、左の親指でカードをめくって正解を見ることができます。大変便利で、重宝です。
ただ、調べてると書きたくなりますね。たとえば、「ざっくばらん」って漢字でどう書くんだろうなんてことを突然気になりだして調べると(今はPCがあるでわざわざ電子辞書で調べないけど)、そもそもは、擬態語の「ざっくり」や「ばらり」から派生してきたと考えられていて、「心をざっくり割って、ばらりと明かす」という意味だと、語源由来辞典には出ているんですけど、こういうことを知ると、そこから妄想が膨らんで、あれこれとメモっておきたくなるんですね。
ずっと、思っていたのですね。なんでこういうとき、メモができなんだろうって。
携帯電話よりも立派な図体をしていながら、ポケットPCがあんなに注目されていながら、電子辞書にテキストエディタくらいつけられないもんだろうかって。ずっと思ってました。そりゃ、ポメラだったかな、
これを買ってもいいんだけど、これだってそうそう使わない。普段使わないってことは、わたしの場合使いこなせないってことに等しくて、購入にはたどりつきません。
→ ITMediaNews:「「ポメラ」3万台突破 どんな人が使ってる?」
だから、スマートフォンだとか、WindowsモバイルやポケットPCだとかになってくるわけなんですが、いろいろな条件があって、たとえば、充電だとか、操作する場所だとか、そんなこと考えていると、いずれもくれるってのならもちろん欲しいけど、使いこなすってところまではたどりつけそうにないなって。
先日、電子辞書がPCに取り込めるってきいたときに、おって思ったのですが、これも、いちいちつないだりはずしたりが面倒くさいですしね。ま、頻繁に使うようなら、一冊買ってずっと接続しておいてもすばらしいとは思いますけど……。下の記事読むと7万円くらいと出てますけど、Amazonでは3万円代で買えますね。
→ ITMediaNews:「PCにつないでPCから検索できる電子辞書、SIIが発売」
だから、今の軽くて丈夫で充電が長持ちの電子辞書に、テキストエディターがついてくれたら、便利じゃないのかなとずっと思ってはいたのですけどね……。どうなんでしょう、使ってみたい気持ちはありますが、どうでしょう、売れるでしょうか〜。
実際、ブログの記事もブラウザでいくつもタブを開いて参照やコピーして書いていますから、そんな使い方ができるかどうか。いざ、製品化されてみると、やっぱりポケットPCなんでしょうかね。
う〜む。現在までに電子辞書は4個買いました。いろいろな事情があって(笑)。
現在使っているのは、CanonのWordTankというやつです。それも高校生バージョン。
これを選んだ理由は、コンパクトとドリル機能がついているという2点です。とても気に入っています。何か書くときはPCとネット環境がありますので、辞書コンテンツが必要以上に充実しているということまで求めません。わたしがよく調べるのは日本語や漢字です。英語などほとんど調べない。むしろ歳時記とかあってほしい。それが、標準的なユーザーかどうかわかりませんが、同じ値段なら辞書がたくさんある方を選びますが、失くしたり、壊れたりするものですからね、使わない高価な立派な電子辞書1冊よりは、そこそこの値段で使うもので壊れたらもう1冊買えるくらいの方をわたしは選びます。
だから、どんどん機能を拡張してもらわなくてもいいと思っています。手ごろな大きさ、強度、軽さ、見易さ……、そうしたものを中身と並んで大切だと思いますね。で、わたしの使ってるWordTankは、学習ドリル機能がついています。簡単に言うと、受験勉強時代に誰でも一度は使っただろう「暗記カード」みたいの電子版が、用意されていて、それを持ち歩けます。英検・漢検だと3級と準2級、2級レベルのドリルが入っています。あと、古文単語とか、日本史・世界史の年代暗記だとか。そんなの入っていてどうなるのかと思いますが、携帯電話の電源を切らねばならない病院の待合室なんかでは、これがとっても重宝しています。記憶力にまったく自信がなくなっているので、必死にやってます(笑)。もちろん文庫本を読んでいて調べたりもしますけどね。
価格で言うと2倍くらいする電子辞書があるんですけど、それって大きさも1.5倍から2倍くらいで操作に両手が必要なんですが、このWordTankの学習補助機能(つまり暗記カード)は左手に持って、左の親指でカードをめくって正解を見ることができます。大変便利で、重宝です。
ただ、調べてると書きたくなりますね。たとえば、「ざっくばらん」って漢字でどう書くんだろうなんてことを突然気になりだして調べると(今はPCがあるでわざわざ電子辞書で調べないけど)、そもそもは、擬態語の「ざっくり」や「ばらり」から派生してきたと考えられていて、「心をざっくり割って、ばらりと明かす」という意味だと、語源由来辞典には出ているんですけど、こういうことを知ると、そこから妄想が膨らんで、あれこれとメモっておきたくなるんですね。
ずっと、思っていたのですね。なんでこういうとき、メモができなんだろうって。
携帯電話よりも立派な図体をしていながら、ポケットPCがあんなに注目されていながら、電子辞書にテキストエディタくらいつけられないもんだろうかって。ずっと思ってました。そりゃ、ポメラだったかな、
これを買ってもいいんだけど、これだってそうそう使わない。普段使わないってことは、わたしの場合使いこなせないってことに等しくて、購入にはたどりつきません。
→ ITMediaNews:「「ポメラ」3万台突破 どんな人が使ってる?」
だから、スマートフォンだとか、WindowsモバイルやポケットPCだとかになってくるわけなんですが、いろいろな条件があって、たとえば、充電だとか、操作する場所だとか、そんなこと考えていると、いずれもくれるってのならもちろん欲しいけど、使いこなすってところまではたどりつけそうにないなって。
先日、電子辞書がPCに取り込めるってきいたときに、おって思ったのですが、これも、いちいちつないだりはずしたりが面倒くさいですしね。ま、頻繁に使うようなら、一冊買ってずっと接続しておいてもすばらしいとは思いますけど……。下の記事読むと7万円くらいと出てますけど、Amazonでは3万円代で買えますね。
→ ITMediaNews:「PCにつないでPCから検索できる電子辞書、SIIが発売」
だから、今の軽くて丈夫で充電が長持ちの電子辞書に、テキストエディターがついてくれたら、便利じゃないのかなとずっと思ってはいたのですけどね……。どうなんでしょう、使ってみたい気持ちはありますが、どうでしょう、売れるでしょうか〜。
実際、ブログの記事もブラウザでいくつもタブを開いて参照やコピーして書いていますから、そんな使い方ができるかどうか。いざ、製品化されてみると、やっぱりポケットPCなんでしょうかね。













