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「国会議事堂の謎」~知識pluso

2004-12-21-Tue
知識plusからおもしろ質問をピックアップするディレ知識plusoです。

★【質問】★pick-up
知プラに「国会議事堂は何階建てか……?」そういう質問が寄せられている。

★【回答】★
上をクリックすると、なんと、
1)9階建て
2)地上3階、地下1階
という二つの回答があがっている。

こんな単純な事実をめぐって、二つの回答があるのはどういうことなのだろう。ちょと調べてみよう。

現在の国会議事堂は昭和11年に完成した。明治の帝国議会開設以来、議事堂はそれまで3回立てられたが、そのいずれもが仮の建築であった。

大正7年になってはじめて、大蔵省に「臨時議院建築局」が設置され本格的な国会議事堂建設の運びとなったのである。

デザインは一般公募の形となった。応募数118点、結局当時宮内省技手の渡辺福三さんがの図案が当選した。その後、それを元に、大蔵省、貴族院、衆議院の事務局が協議し修正を加え、現在の形に決まった。

結果できあがった現在のものは渡辺Wさんのデザインとは違ったものとなってしまったのである。
 → 知プラ「国会議事堂のデザイン」

そんな背景があったのだ。どこがどう変更されたのか、渡辺さんの案がどこまで残されたのはわからない。この協議の仮定で、事務局の3者がメンツをかけてそれぞれの主張をしたようである。

当然だが、両院のプライドを保つために左右対称でなくてはならなくなった。それぞれが独立していることを示さねばならなかったのである。
 → 知プラ「国会議事堂はなぜ左右対象なの?」

そういう権力闘争を象徴するのが、中央の塔の部分であった。ここの外観は渡辺氏の原案を優先するとして、構造を何階建てにするか、両院からの主張がぶつかったのである。さらに大蔵省の財政的な問題も加わって、担当責任者は苦悩した。両院のプライドを保ち、さらに財政的な面をもクリアする方法はないか……。

それが現在のような、外観は9階と見せながら、実質は4階という現在のスタイルとなったということだ。

期せずして、日本では最も嫌われる数字、「死」と「苦」が採用されてしまったのは、まとめ役にならねばならなかった責任者の苦悩は深さをうかがわせる話である。
 → 知プラ「国会議事堂は何階建てなんですか?」

……自分で調べるの面倒くさいんで、結局質問してしまった(笑)

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