David the smart ass

心のダイエット!~時には辛口メッセージを~

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短編小説「猫の話」(3/5)

2001-08-27-Mon


   (3)

「別に、わざわざベトナムの話にしなくてもよさそうな話でしたよね。わたしは、最初のネットのバッシングの方がおもしろかったですよ」
「……」
どうも、今日のKはノリが悪い。
「ベトナムで話題になっているって言ってましたよね。あれ、どうなんでしょうね。別に日本の話でも全然変じゃないし。むしろ本当にベトナムで話題になってるってことなんでしょうか?」
「……いるよ」
やっと返事があった。

「え、知ってたんですか? ベトナムのこと……」
「いや」
「……」
「うちにいるんだよ。そいつが……」
「……、へ?」
わたしはどう言っていいのかわからなかった。でも、こういうときに妙に深刻にならないのがいいと思って、
「いるって、Kさんところにですか。驚かせないでくださいよ」
Kは再び無言に戻った。さっきまでと同じ沈黙だった。
「……ほんとうですか?」
「……うん」
Kは低くうなった。いつもなら、朗らかなところのある大柄な男が、今日に限って妙に深刻な感じなのが、助手席から伝わってくる。
「やめてくださいよ。怖いんだから」
「……。怖いさ、わしだって」
こういう話で大の大人が「怖い」などという言葉を使うのは、今どきめったに聞かない。だいたいは、幽霊がいるかとか、おばけなんて信じないとか、せいぜいそんな疑問形というか、議論になって、ま、信じる信じないは自由だとか、世の中いろいろあるとかそういう話になると相場が決まっているのだ。

「どうする?」
Kは聞いてきた。いつものトーンより沈んだ声が、かえって凄みを感じさせる。
「どうするって?」
「ラーメンだよ。いつものようにラーメン食べていくか? こんな気分でも」
「ああ、運転してるとあれですから、食べながら、聞かせてもらいます。なんか、落語の続編聞くみたいで、ちょっとお得って感じじゃないですか。えへへ。こないだね、旨い店見つけたんですよ。パイタンスープのネギラーメンなんですけどね……」
なんとなく重いムードなんで、愛想笑いをして、それからはもっぱらラーメンの話をした。Kもなにかつっかえものがとれたように、しだいに乗ってきて、「ほんとか」「そりゃ楽しみだ」などと言って、すっかり幽霊の話など忘れているかのようだった。

 駐車場がガラガラだったし、店は空いていた。わたしのお薦めの「刻みチャーシュー・ネギラーメン」を頼むとまもなく来た。一口スープを飲んで旨いとKも喜んだ。ラーメンに詳しそうなKは、ちょっと魚系の出汁が入っているかなといいながらうまそうにすすった。ネギとチャーシューが合うだとか、あえてチャーシューがみじんに刻んであるところが旨いんだとかいう話になった。あるいは、どこそこのネギラーメンは白髪ネギで、ピリ辛ぐあいが旨いとか、ネギラーメンの話題が一通り終わった。

「さっきの話なんですけど……」
わたしは気になっていた話をふってみた。
「ああ……。聞いてくれるか。別にいいんだけどね」
Kはまたいくぶん元気がなくなった。
「いえ。せっかくですから。こうして明るくて、腹もふくれてくると平気だし」
「本当にいいのか?」
「やけにあれですね。怖がらせようとしてますよね。もったいつけて」
わたしはもうラーメンを食べ終えようとしていた。大柄のKも同じくらいだった。



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短編小説「猫の話」(4/5)

2001-08-27-Mon


   (4)

 「いつも、帰りに送ってもらって助かっているんだが、わしは運転ができないわけじゃないんだ。クルマの免許証は持っていて、そして、クルマもある」
そうなんだ。知らなかった。そういえば、Kを送っていったときに、きちんとした車庫があった。奥さんが乗るのだろうと思っていたが、K自身が運転できたとは初めて聞いた。
「あることがあって、乗るのをやめているんだ……」
どうやらそのあることが問題のようだった。

--それは、秋の日だった。久しぶりに残業もなく早く帰れるので、ちょっと楽しくて鼻歌交じりにクルマを走らせていた。ちょっと狭いが、通い慣れた道で、まだところどころに田んぼや畑がのこっていて、のどかなものだった。通行人もクルマもいなかった。

 どうしたわけか、そこを子猫が歩いていた。歩いていたというか、道にさまよい出てしまったいう感じだった。遠くから路上に猫がいることがわかったので、スピードを落として近づけば当然、ささっと走って逃げるものだと思った。

 ところがどうしたわけか、子猫は逃げなかった。どちらかに逃げるどころか、クルマの進む方向にちょこちょこと走っていくのだ。その足取りはかわいくさえあった。あるいは子猫は必死だったのかもしれないが、その仕草のけなげさは、まるでクルマとの追いかけっこを楽しんでいるかのように思われた。調子にのって、からかうようにクルマを走らせた。もちろんスピードはもうのろのろで、全く危なくないはずだった。

 しかし、悲劇はその時起こった。何がどうしたのか、全くわからない。ほんとうにどうしてそうなったのか、運転席からは見えなかったのだ。ただ、わかったことは子猫を轢いてしまったということだった。子猫が疲れてしまったのか、あるいは、何かにつまづいたのか、急に気が変わって方向を変えたのか、とにかく、子猫の姿が見えなくなって、慌ててブレーキを踏んだときには、もう、手遅れだったのだ。

 「なんだよ、おい。そんなつもりじゃ……。おい、馬鹿野郎」
 クルマを降りて、子猫を確認する気にならなかった。嫌な音と微かなタイヤの感触でことの次第は充分にわかった。しばらく走りすぎて、おそるおそるバックミラーで確認すると、ひょとしたら親猫だろうか、いっしょに追いかけっこをしたいた子猫よりも二回りほど大きな猫が、耳を立て目を見開き道の真ん中座って、走り去るクルマを見送っていた。

 その夜から、ときどき夜中に目が覚めるようになった。部屋の中に何者かがいる気配を感じるのだ。気配というよりは、息づかいだった。自分の寝息とは違うリズムの息づかいが、真っ暗な部屋のどこかでする。誰かいるのかと、ふっと起きてみると誰もいない。慌てて明かりをつけても姿はないのだ。

 毎晩というわけではない。疲れているときとか、何かの拍子に起きるようだった。何者かが足元にうずくまっているようでもあれば、寝ている自分の顔をのぞき込んでいるようでもあった。足音を立てるわけでもないが、何かがすーっとそばを通り過ぎていく気配がしたときもある。

 ある夜、なんとなく息苦しさから目覚めたときには、そいつは胸の上にいた。寝顔をのぞき込むようにじっと見つめている気配だった。そいつの息が口にかかる。生臭い匂いだった。この匂い……、記憶があるぞ。そして、その匂いと胸の上の重量感から、ある生物が思い出された。この重さ、この生臭い息づかい、忍び足……。猫だ。あの猫が来ているのだ。あの日、心ならずも轢き殺してしまった子猫の親猫が、わが子を返せと詰め寄ってきているのではないかと思った。

「(うわぁ)」
叫ぼうとしても声が出ない。手足が硬直して動かないのだ。金縛りなのか。どうして声が出ないんだ。あたりは真っ暗で何も見えない。明かりをつけようにも、手も足も動かない。どうなったんだ。どうしたんだ。誰か。苦しい、苦しい--別に猫が首を絞めているわけではない。ただ、大の字に近い形で寝ている胸の上に、じっと動かずに猫が乗っている、その圧迫で息苦しいのだった。

「(助けて、助けて。誰か、誰かぁ)」
声にならない。身体が動かない。そして、何も聞こえない。ただ、猫の生臭い息だけが顔にかかってくる。どうしてしまったんだ。どうなんだ、混乱は恐怖へのと繋がった。
「(悪かった。悪かった。殺すつもりはなかったんだ。偶然だった。悪かった。かわいかったんだぁ)」
思わず、猫に詫びていた。もがいてももがいても手足は動かない。首を持ち上げようとしても動かない。ただ、胸が重苦しい。声が出ない。息ができないのだ。
「(悪かった。悪かった。助けてくれ~)」
と、バタバタしているうちに、どうしたものか、突然身体が動くようになった。音も戻ってきていた。さっきまでは聞こえなかった電機モーターの唸りのようないつもの音が聞こえてきた。

 --夢だったのか? それはわからなかった。でもよかった、とにかく身体が動くようになった。「わっ」と声を出してみた。深夜の場違いな大きな声が出て、自分で慌てた。夢だったのか? 毎晩? それはわからなかった。

 ただ、その夢かうつつの中で大声で詫びた夜以来、「猫」はちょっとおとなしくなった。ときどき、寝ている部屋に表れるようだが、以前のように歩き回ることも、胸の上に乗るようなこともなく、じっと足元付近の、ちょうど部屋の西の隅にうずくまって、こっちを見ているようだった。

 どうしてわかるかって? 湿っているからだよ。朝起きて部屋の西の隅を見ると、畳が湿っていて、それがちょうど猫が座っている形をしているんだ。今でも? そう。今でもときどきね。

 四つ目? ああ、それは実は今日まではっきりとわからなかった。何度か、夜中に目を覚ますなかでときどき、いつもの場所に目が四つ光っていることがあるんだ。猫の目が。

 四つの目がどういう具合に四つなのかよくわからなくてね。あのときの死んだ子猫を生きてる親猫とがつれて来ているのかと、ひとまず思っていたんだけど、生きているのと死んだのとって、なんだかそれも変だなって。その目の位置や畳の湿った形から、どういうかっこうで二匹が重なったら、ああいうふうに目が四つ光るのだか、そんなことがずっとわからないでいた。

 それが、今日の落語を聞いて、なんだかすべてが一致したようで、なんだかそれが恐ろしくなったよ。四つ目の猫がいるんだなって--。



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短編小説「猫の話」(5/5)

2001-08-27-Mon


   (5)

 Kの話はそこまでだった。わたしは思わず、
「ほんとうですか?」
と言ってしまった。よく雑談をしたときにする「え~」、「うそ~」などと言うことがある。あれは一つの合いの手である。それと同じつもりだった。Kは何もいわず、上目遣いでこっちを見た。もう一度、「本当ですか? なにか、怪談話のあとで、わたしを怖がらせようとしてるんじゃありませんか?」と言おうとして、やめた。

 店から出て、再びわたしたちはわたしのクルマでKの家に向かった。途中で何度か「本当ですか?」と尋ねようと思って止めた。本当かどうかなどというのは、ここで本人に聞いてもらちがあかないのだ。ただ、わたしは意地悪というよりは、いわばちょっとした過剰サービスで、相手を怖がらせようとして一芝居打つことがたまにある。小さな子をおどろかせてやるとこわがりながら喜ぶが、ま、いわばそういうサービスをしてしまうのだ。Kがそういうことをしているのではないかと、実は半信半疑だったのだ。そんな疑惑とも言える気持ちがあると、なかなか会話が進まない。自然二人の会話は途切れた。

 わたしはふっと頭に浮かんだ疑問を口にしてみた。
「ベトナムの猫が四つ目なのは、被害者が二人だからじゃないですか?」
「……」
「石の当たった猫と、ぽかりとやってしまった女の子」
「……?」
Kはギョロリとわたしを見た。その先を言わないでくれと言っているようにも思えたが、わたしはもう言わないでいられなかった。
「Kさんのお話では、走っていた子猫が急に向きを変えたようだと言いましたよね。それって、子猫なりに理由があったと思うんですよ。もちろん、今となってはわからないのですけど、ひょっとして、Kさんが追いかけっこをしていた猫は一匹じゃなかったのじゃないですか?」
「……」
Kは無言だった。その先のわたしの疑問は、黙っていた。まさか、二匹の子猫を追いかけていて、どっちが生き延びるかなんていう、残酷な競争をしていたなんてことはないでしょうね……。わたしはそう言おうとしたのだ。わたしはわたしの妄想的な疑問を飲み込んでそのまんまクルマを走らせた。

 カー・ラジオから懐かしのジャズが静かに流れてくる。Kはそれを聞いているのかいないのか、黙って前を見つめていた。道順を説明されなくても、もう、たびたび送っているのでわたしも知っていたが、あまり沈黙が続くのも気まずいので言葉で確認したりする。
「ここを曲がるんでしたよね」
「うん」
道を確認すると、Kの態度は普通だった。楽しい話題になるとうまく話を合わせてくれるが、普段は落ち着いた男である。こうして静かに前を見ているのが普通だった。ウソの話をしてわたしを怖がらせ、反応を楽しんでいるという感じはない。そもそもKはそういう人を食ったようなところはない男だった。やがて道は市道へとはいり、次第に狭くなっていた。Kが「子猫を轢いた」と言っていたのは、このあたりのことなんだろうかとふと思うと、なんだか急に怖くなった。かといって、「どのあたりですか?」などとはこれまた聞けなかった。

 そのときだった。左の草むらからふっと何か飛び出してきた。暗闇の中で発見が遅れたが、それは子猫だった。

 おいおい! とっさにハンドルを右に切ってブレーキを踏んだ。Kがつんのめるように手をフロントグリルに着くのが見える。バ~ンという大きな音がして、クルマの右前がガードレールにぶつかった。猫はなんとか避けきったようだった。Kも衝撃は受けたようだが、幸い怪我はしてなかった。降りてみると右のヘッドライトの当たりがつぶれていた。過去の経験で修理代は10万円ではすまないだろうと思った。思った通り、猫の死骸のようなものは全くなかった。いつもなら、バカ猫め! こんなことなら轢き殺してしまえばよかったと吐いて捨てるところだが、その日ばかりはそんな気にならなかった。

 ふりかえると、子猫はどこかに消えていた。

                  <了>




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短編小説:「池のほとり」(5/5)

2001-03-10-Sat



  (5)

竜女がそんな小さないさかいに目を留めるのは、じつのところ珍しいことでした。いつもは、大地震だとか、飛行機の着陸ミスだとか、ガス爆発だとか、そうした派手な事件や災害を見ることが多かったのです。たまたまその日はそうした派手なできごとに見飽きていたというのがいいのでしょうか、小さな島国でおきた小さなできごとに注目したのです。

その小さな島国。物質的には最も豊かでありながら、その精神的な荒廃ぶりはこれまた最低であるという、「邪蛮(じゃばん)」と呼ばれる島国では連日ひどい事件が起こっていました。何よりもひどいのは、大人も、子どもの、老人も、もうあらゆる世代で自殺者があるということだと竜女は思っていました。そんなにも追い込まれた魂たちが住むひどい国、竜女は邪蛮をそんなイメージでとらえていたのです。

そして竜女は太郎を覚えていました。その年の臨海学校で、部屋に蛾が飛び込んできたときに、女子の一人が、「虫が嫌い」「蛾が怖い」なんて言っているのを、「自然だから当たり前じゃないか」と言って笑い飛ばしていたのです。また、同じ少女が部屋に入ってきた「蜘蛛を殺してほしい」と言い出したときに、例によって正論で「やたらに生命を傷つけてはいけない。虫の命だって大切だ。蜘蛛だって殺してはいけないんだ」と得意げに言っていたのです。

あのとき、太郎くんは本当に蛾も蜘蛛も殺さなかったのよね--竜女はそれを思い出しました。竜女がふっと横をみると、翡翠のような色をした蓮の葉の上に、一匹の蜘蛛が美しい銀色の糸をかけていました。竜女は細いかわいい指先でその蜘蛛の糸をそっとつまむと、はるか下にある蓄游へとまっすぐにそれを垂らしだしたのです。

糸は音もなく太郎の頭上に現れました。戻れば捕まる、進むといつ深みがあって足をとられるとも限らない、まさに進退極まりなくなって太郎の頭上に、重なるように茂った木々の間から、どこからか銀色の細い糸が、まるで人目にかかるのを恐れるように、一すじ細く光りながら、するすると垂れてきたのです。

なんだ? あれは……。まさか、これにしがみついて昇るのなどということがあるはずがない。ウザい。太郎はそれを払って捨てようとしたのです。ところが、いざ触れてみると手ごたえがちょっと違います。どういうわけか簡単に切れず、それどころか弾力がありました。テグスなどが皮膚に食い込むと切れてそうになるというよなよくある心配は不要の感じです。手にしっくりとなじんでこのまま掴んで昇るのが、むしろ容易ではないかと思えるほどでした。

これは昇れるぞ……。太郎はそう思いました。そして迷いはありませんでした。さっそくその糸を昇り始めたのです。結果は思ったとおりでした。糸は手になじみ、大変昇りやすかったのです。どこかに不思議な力が働いて太郎の体重を浮かせてくれているようでもありました。ところが、太郎が下を見ると数メートルあけて少年たちが一人、二人と昇ってくるのです。

太郎はどこかでこんな話があったのを思い出しました。ああ、あれはなんとかいう小説家が書いた『蜘蛛の糸』って話だったな。カンダタという罪人が地獄の血の池から蜘蛛の糸を頼りに昇って逃れようとした話だった。自分だけが助かりたいという欲を出して、「この糸は俺のものだ」と叫んだ瞬間に糸が切れて台無しになったというような話で……。

太郎はあらすじを思い出しました。果たしてこんなことが、現実にあるものなのか。太郎はびっくりしました。まるで、この世が地獄とでもいいたいような……、ま、確かに似たようなものだけど……と太郎は大人びたことを考えながらも、昇る手は休めませんでした。

もう日はすっかり沈んで夕闇という感じでした。池を取り巻くように生えている針葉樹、その高さと同じくらいまで昇ったときに、太郎はふっと疑問に思うことがありました。いったいこの糸はなんだろうということです。今まで助かりたさに夢中だったのですが、いったいだれが、何のためにこんなものを自分の前に垂らしたのか? 太郎は見当もつきませんでした。

お釈迦さまか、神さまか、いったい誰が、なんのために。その思いはどんどん太郎の中で広がっていきました。芥川の小説の中ではお釈迦さまが、盗人の一瞬の善意を覚えていて地獄から助けてくれようとしたのだけれど、自分のそうなんだろうか、これでいいんだろうか……。太郎にはそれが不思議で不思議でしかたがなかったのです。そして、太郎は思ったことは正直に口にしないではいられない性質だったので、それをそのまんま言葉として発してしまったのです。

「いったいこの糸はなんなんだぁ。俺は、神も仏も信じない。無神論者だけどかまわないのか?」

その途端のことでした。そして一瞬でした。今まで何ともなかった蜘蛛の糸が、急に太郎のぶら下っているところから、ぷつりと音を立てて切れてしまったのです。あっという間もなく、太郎も少年たちも、独楽のようにくるくるまわりながら、みるみる池の中に落ちていってしまいました。

  (6)

竜女は蓮池のふちでこの一部始終をじっと見ていましたが、神田太郎が暗い池の中へ大きな音を立てて落ちるのを見とどけると、ふっと笑って顔をあげました。そうしてポンと蓄游の上を叩きました。暗闇に青く美しく輝いていた蓄游は、まるでスイッチの切られたディスプレイのように、ぷつんと輝きをなくし、ホログラムのような映像も同時に消えてしまいました。

あーぁ。小さくため息混じりを一つして、竜女は腰を上げ蓮池のほとりを離れ、せせらぎにそって歩き出し、太郎が落ち込んだ池のほとりでは、三月だというのに生温かい風がすっと吹きすぎていくのでした。

                      <了>

(平成19年3月10日)



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芥川龍之介「蜘蛛の糸」(青空文庫)
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