David the smart ass

心のダイエット!~時には辛口メッセージを~

スポンサーサイト

-----------
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

睡眠障害:グリーンピローキャンペーン

2011-08-04-Thu
SAS(睡眠時無呼吸症候群)の治療にCPAPという装置をつけて眠るようになって、今月で1年になります(厳密に1周年にはまだ3週間ほどありますけど)。

どんな病気か、どんな装置かというこは、過去記事にしてあるので、そちらを読んでもらうとして、使用感を書いておきます。
関連記事

ズバリ、効果抜群です!
Nasal_cpap_for_sas-patient.jpg
CPAP

想像してみてください。こんな装置を毎日顔につけて眠るのですから、誰が好んでしましょう? わたしだって、「これから毎晩これをつけて眠ってください。めがねと同じです」と最初にドクターに言われたときんは、こんなことで金とって、この医者信用できるのか? と思ったくらいですから。

しかし、はっきりいってよく眠れます。病気自体がよくなっているかどうかはわかりません。そういう意味では、治療をしているのではなくて、対症療法をしているに過ぎないのですが、さいわい対策をするのは眠っているあいだだけなので、かっこ悪いところを人に見られることもほとんどなく、それでいて、日中の快活な生活が得られます。

法事などで健康のことが話題になると、わたしは、なるべくこの奇体な機械の話をします。そんなものを毎晩つけて眠っているのかと、皆さん興味をしめして聞いてくれるので都合がいいですし、わたしはぜひ、同じ病気に悩む人にはこの快眠を取り戻して欲しいと思いますからね。

関心を示す人はいても、まだ、誰もわたしの言葉に従って、医者までたどりついた人はいません。確かにそうです。忙しい人ほど医者にいくくらいなら眠りたいと思っているでしょう。医者にいかなくても、ゆっくり落ち着いて眠れれば直ると思っているのかもしれません。

しかし、それは間違っています。眠れないのです! 眠れない病気なのですから。眠れずに働くとどうなるでしょう。医者ではありませんので細かなことはわかりませんが、疲れがたまり、身体を壊します。どこが壊れるかは、人それぞれ。身体の中で、負担のかかっている臓器が壊れてくるのでしょうね。血圧なども上がると思います。(先日の一泊の検診では、起床時の血圧は106-60でした。自分の数値とは思えませんでした)。

わたしは、1人の患者として、日常的に日中眠い人に、ぜひ、睡眠時無呼吸症候群(SAS)の検査を受けることをおススメします。 

まずは下のキャンペーンページから、自己診断チェックをしてみましょう~。

greenpillow_220x90.gif
→ グリーンピローキャンペーン

よけいなお世話な話

2011-07-27-Wed
今日、床屋さんに行きました。

ブログを始めた頃に記事にしたことがありますが、わたしは床屋さんが嫌いです。だからついついわたしは「バケツ刈り」にしたりしています~w
→ 過去記事:「ここまで嫌い

「床屋さんが嫌い」と書きましたが、別に、床屋さんに恨みがあるわけでも、理容師さんが憎らしいのでありません。最近は、安くて早い床屋さんがいくつもありますので、そういうところを選んでいくことにしています。そんな中で某スピード理容店には、なんと洗髪コーナーがありません。メニューに洗髪がないのです。顔剃りもありません。あるのはカットだけです。

じゃ、切った髪の毛が頭に残って不都合だろうと思うでしょうけど、吸うのです。掃除機のフォースの先に、ブラシをつけたようなものが壁から生えていて、ウォイ~~~ン~~という感じで。髪を濡らすことがないので、乾かす時間も必要ありません。その分早く終わります。そして、「なるべく早く頭を洗ってくださいね」と言われて店を出ます。カットだけで1000円。わたしのような「バケツ刈り」は、ほんとに早く終わります。

過ぎたるはなお及ばざるがごとしというか、排泄というか。

2011-05-25-Wed
好事魔多しというか、順調に行っているじゃんと思っているのは自分ばかりで、あれこれ進めていたいくつかのことが、実はわずかのラッキーを宛にしていた部分があっただとか、やや見積もりが甘かっただとか、いつもの不注意があったりだとかして、次々と破綻していくということがあります。いや、わたしの性格的には、そこは実は傷口はそんなに大きくなくて、ま、満点じゃないけど、赤点ってほどではないんですね。なんだろ、平均的というか、そういう安易な考えだったら、そのぐらいの怪我はするでしょくらいの、結果は妥当なところで、きちんと手当をすれば、すぐに立ち直れるくらいのもものです。しかし、一つならそれを修正できるのですが、いくつもの多忙の中で、その多忙ゆえに十分対応ができず、それが連続して起こると、ま、実際固まってしまうことがあるわけなんですね。

そりゃ、こういうことに引き合いを出したら、被災者や関係者に悪いんだけれど、どう考えても、震災の被害者や原発事故の関係者に比べた、そんなの甘っちょろいもいいところだと罵倒され、横っ面を引っぱたかれそうなんですね。しかし、こう、なんというか、周りに「バカもの、しっかりせんか!」と叱りつけてくれる人がいたら楽かもしれないなぁと、本当に甘っちょろいことを考えています。自立というのは、そういうことがなくても、自分で目標を見つけて、少しずつ積み上げていくことだと思ってきましたが、どうなんでしょう、そういうことって、人は何年も、十何年も、持ちこたえ続けられるものなんでしょうか。「立派な人たち」が活躍してるのも見ると、たぶんそういうことを上手に乗り切った人たちもいるんだなということはわかりますけれど、ま、なんだろ、もう、くたびれてきたなと思っていることもあります。

最近よく頭に浮かぶフレーズは、梶井基次郎の「檸檬」の冒頭ですね。正確には覚えてないのですが、「得体のしれない不吉な塊がわたしの心を抑えつけていた、焦燥でもない、不安でもない、借金に背を焼かれているような気分」というふうに、わたしは思い出しています。正確には、ずいぶんと違うんですけどね。

えたいの知れない不吉な塊が私の心を始終圧(おさ)えつけていた。焦躁(しょうそう)と言おうか、嫌悪と言おうか――酒を飲んだあとに宿酔(ふつかよい)があるように、酒を毎日飲んでいると宿酔に相当した時期がやって来る。それが来たのだ。これはちょっといけなかった。結果した肺尖(はいせん)カタルや神経衰弱がいけないのではない。また背を焼くような借金などがいけないのではない。いけないのはその不吉な塊だ。以前私を喜ばせたどんな美しい音楽も、どんな美しい詩の一節も辛抱がならなくなった。蓄音器を聴かせてもらいにわざわざ出かけて行っても、最初の二三小節で不意に立ち上がってしまいたくなる。何かが私を居堪(いたたま)らずさせるのだ。それで始終私は街から街を浮浪し続けていた。
 → 青空文庫:「檸檬」


わたしも気分を立たせるために、映画に行きました。逃げこんで見た映画などあんまり覚えていません。音楽も聞きました。ヤフーmusicの存在を改めて知り、柄にもなく、朝から晩まで音楽垂れ流しています。散歩にも行きました。山歩きというほど山ではないですが、平地ではありません。森林浴ができるくらいの里山です。いい気持ち。掃除もしました。部屋の中の掃除がいるのですが、ついつい、デスクトップとかハードディスクの中から掃除したくなるのがおかしいです。ヤフー知恵袋の回答者をしました~w。ほんとうに沢山やりましたw。もう、うんざりです。くだらない質問をする側になってしまいました。twitterのツールを充実させて、積極的にあいさつなどしてみました~w。twitterが調子が悪かったのは(たぶん、メール通知機能の開始か何かのメンテだろうとあとから思いましたけれど、あんまり自分がアドオンやらなにやらで構い過ぎたからではないかと不安になるくらいでしたw) 親戚に電話もしました。結局、一番有効だったのは、掃除と散歩なのですが、なんでしょう、そうするエネルギーが出てきません。

こんなことを思うと、ああ、大震災や原発にやられた人は、どんなに虚しく、腹立たしく、絶望していることだろうと、申し訳ないことに思い出し、こういうときは被害に合わなかった我々がしっかりと立って、支えてやらねばならないのに、自分はなんてちっぽけなつまづきにくよくよしているのだろうと、ま、それがまた、自己否定につながってしまうのですね。

こうなってくると、わたしはついに最終手段をとらざるをえません。わたしが今までしてきた中で、最も有効だった手段は、もう、そういうわたしの状態を、臆面もなく、こうして片端から文章にしてぶちまけることです。ああ、わたしは目論見が甘かった、ああ、わたしが不注意だった、ああわたしが怠け者だった。ごめんなさい。ああ、わたしは甘甘の情けない男です。甲斐性がありませんと、こうしてつらつらと書き捨てるのがいいのです。

ただ、もう、昇華というようないいものではありません。何か表現や構成に凝って、作品的にまとめあげるということはできません。ただ、つらつらと書きなぐっておきます。見せるのは申し訳ないので、そっと更新しておきます。

ああ、すっきりした~。

【追悼】団鬼六の訃報に触れ、謹んで、むやみにソッチ系のページを検索する

2011-05-07-Sat
昨日仕事の帰りに、久々にマン喫によって、遅くに自宅に戻りました。最近連載を読み始めた「今日からヒットマン」の発端を知りたかったのです。30代半ばの普通の営業畑のサラリーマンが、行き当たりばったりにヒットマンの事件に遭遇し、あらがうこともできず、あっという間に、自分がヒットマンってことにされてしまう……、ってな展開でした。現在連載中(「漫画ゴラク」)のくだりがとても面白くて、どうも人物関係がよくわからなかったのですが、その点1巻を読むことでかなりすっきりしました。ちなみに今まで「ゴラク」を読むメインは「激マン」でしたが、最近はこの「今日からヒットマン」がお気に入りです。「激マン」というのは、永井豪のマンガ家生活の回顧録といった作品で、ま、「ハレンチ」「あばしり」「おもらい」「ダンテ」「デビルマン」「マジンガ」などをリアルで読んできた世代ですんで、虚虚実実なところがいっそう興味深くもあるわけです。
 → 「漫画ゴラク」のWebページ

父の看病のために通勤経路を変えていた時期に、ときどき息抜きに入った店に、この「ゴラク」がおいてあって、そのころは「SとM」なんてのも楽しみに読んでたわけなんですが、その「SとM」なんて言葉を日本に定着させた、日本人のリビドーの恩人とも言うべき団鬼六が亡くなったってことを、ま、マン喫で道草したおかげで、不覚にも深夜知ることになったのです。

花と蛇」などの官能小説の第一人者として知られる作家の団鬼六(だん・おにろく、本名・黒岩幸彦=くろいわ・ゆきひこ)さんが6日、胸部食道がんのため死去した。79歳。葬儀は未定。喪主は長男秀行(ひでゆき)さん。
 → 訃報:団鬼六さん79歳=作家 - 毎日jp(毎日新聞)(5月6日付け)


ショックでした。

twitterで団鬼六をフォローして、以前自分の書いた「「花と蛇」もしくは団鬼六の楽しみ方」って記事のURLをツイートして読んでもらってうれしかったことが忘れられません。

昨年の大河ドラマが竜馬で、同じく幕末維新期の境事件を扱った「最後の浅右衛門」の感想記事をアップして読んでもらおうと思っていたのですが、そう思うと、どんどん肩に力が入ってしまって、いつもの自分らしい軽い文章が書けなくて、ついつい延ばし延ばししていたところでした。ああ、なんだかまた先延ばししていて乗り遅れちゃったなぁと痛感しました。

もう少し早く知って、戻ってきていたら、その記事を完成させることができたのですが、ちとくたびれていて、それでも、団鬼六の記事や、ちとエロだったり、グロだったりする、あるいはノスタルジーだったりする記事やサイトを検索し、わたしなりの通夜が続いたのでありました。こういうことやるときりなくなるし、果てるまでやるから……。

謹んで、団鬼六先生のご冥福お祈りいたします。          合掌

最後に、twitteで公開されているサインをコピペしときます(左のラインはわたしがつけたもの)。

oniroku_signs.png



「朝右衛門」の記事、公開できるようにがんばろ。


RREVHOME NEXT

★楽天トラベル☆彡

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。