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心のダイエット!~時には辛口メッセージを~

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自動車学校の思い出~仮免テスト

2006-07-19-Wed
わたしは大学1年の夏普通自動車の運転免許を取得した。別に、車に乗る必要があったわけではなかったが、地下鉄が整備されているような町ではないし、また、同時に某世界的自動車メーカーのお膝元でもあるので、ま、なんというのだろう、大人になったら普通車免許をとるのが当たり前みたいな風潮があった。

忘れもしない。それは大学1年の1学期の打ち上げコンパの日だった。わたしは仮免の実技試験を受けた。--大学1年といえば、もちろん個人差もあるのだろうが、わたしは、まだ大学に慣れず、少し遠かったけれど自宅から通学していた関係もあってあまり遅くまで大学に残っているとういことがなかった。むしろ、くそまじめな少年で、家に遅く帰るということが嫌だった。

自動車学校は大学の近くに通うのがなにかと都合がよかった。うまく時間のやりくりをして、大学の空き時間を生かして教程をどんどん進めることが可能だったからだ。だから、大学近くの自動車学校がいいのだ。おそらく、大学生にとって、自動車学校の学科試験などテストのうちに入らないくらい簡単だろう。特に、高校時代にすでに原付免許を持っていたわたしには、初めてのことばかりでもなかったし、そんなもので落ちるとは考えられない内容だった。実際、100点満点をとることは難しいのだが、不合格になるなんてことは結果的に1度もなかった。

もちろん、それはあくまで学科試験の話である。逆に、まだオートマ(AT車)限定免許がなかった頃なので、実技試験はとても難しかった。最初のころはとにかくやたらにエンストした。クラッチのつなぎ方が下手くそだと、身体が前後に強く揺さぶられるように揺れた。ま、わたしは自分が下手くそなんでやむをえないにしても、教官(指導員)はたまらない。わたしの主な担当はマウンテンゴリラを五分刈りにしたような印象の、ごつい男だった。わたしは、しばしば、「お前いいかげんにしろよ~」と怒鳴られたり、小突かれたりしたものである。ま、それでも、合否の全権限を握る教官(指導員)にはなかなか、文句が言えなかった。

そして、仮免試験の日。全くの偶然だが、同じ大学の同じ外国語クラスのHくんといっしょに実技試験を受けることとなった。うちの大学は、まだ大学に慣れない1年生のうちだけ、便宜的に第2外国語でクラスのようなものを作っていた。別に、ホームルームの時間があったり、クラスマッチがあったりするわけではないのだが、高校時代までクラスがあって担任がいてという生活が学校だと思っている一年生には、ちょっと助かるしくみだった。つまり、Hくんはわたしと同じクラスだった。

今、仮免の実技試験をどうやっているのかしらないが、当時は3~4人が1グループで、その1時間のうちに3~4人がその1台の検定車で実技試験を受けるというようになっていた。乗らないものは控えのスペースで、同じメンバーの走りを見て、コースを確認したりするということになっていた。

Hくんはたまたまその実技試験でわたしと同じグループだった。いったい何番目にわたしがやったのか今では覚えていないが、確かなのは、わたしの方がHくんより先だったということである。わたしは車庫入れに失敗した。半クラッチに自信のないわたしは、本当は車庫入れよりも坂路発進に不安を感じていた。ところがその日坂路発進はとてもうまくいった。その矢先の車庫入れだった。いつも3回以上切り返しをしてなんとか入れるのだけれど、その日は緊張して、半クラッチを失敗、はずみで脱輪させてしまったのだ。「チッ」というゴリラ教官の舌打ちが聞こえた。「もう、戻れ」と冷たい指示が出た。落ちた。不合格だったのだ! わたしは、脱輪による途中失格という屈辱的な形で、他の人たちが見学する中をスタート地点に戻っていった。

次はHくんだった。Hくんは緊張しているようだったが、大きなミスもなくコースを順調に巡った。いっさいの接触も脱輪もない。もちろん、採点者からみれば細かなミスはあったのだろうが、はっきりとわかるものは何一つなかった。そして、わたしのように途中失格もなく交替地点に戻ってきた。ところが、降りようとするHくんの顔は青ざめていた。なんとシートベルトをしていなかったのだ。自動車学校ではバックの時はシートベルトをはずすと教わっていた。そして前進の時にまたつけると。Hくんはこのもう一度つけ直すのを忘れていたのだった。

--結果、二人とも不合格だった。そして、その夜、二人はクラスのコンパでも顔を合わせた。同じクラスとは言っても、第二外国語が同じだけで専攻が違うのでそれまで特段親しく話したことはなかったが、もう、その夜のHくんとわたしの一体感は特別だった。

厳密に言えば、当時まだHくんもわたしも未成年で、慣れない酒を飲んだ。「ちくしょ~」「ゴリラ教官野郎~」(念のために言うが彼に全く否はない。しかしこうした場合しかたあるまい)「Y自動車学校は金儲け主義だぁ~」ほとんど八つ当たりであった。そして、わたしはひどく酔いつぶれ、初めて終電に乗りそびれたのであった。

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COMMENT



……

2006-07-20-Thu-10:18
申し訳ないけど大笑いしてしまいました。
人に歴史ありですね。

☆あふろやんさん

2006-07-20-Thu-21:44
おもしろかったですか~。
ま、笑い話として書いたんですけどね。

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