David the smart ass

心のダイエット!~時には辛口メッセージを~

スポンサーサイト

-----------
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「錣」って~相撲のことば

2006-05-23-Tue
日ごろちょっとした疑問があってもわざわざ調べないことがありますね。相撲で触れる言葉や、文字の中にもそういうものがあるんですよ。そういう「相撲ミニ知識」や「角界に見る日本語」なんて、ブログでやったらけっこうおもしろいシリーズになりそうなんだけど、残念ながら今のわたしにそんな知識はありませんです。

今場所(夏場所)中気になっていたのは、「錣山親方(しころやまおやかた)の「錣」ってなに?」ってことです。

大相撲をご覧になる方なら知ってると思うんですが、ほとんど見ない人には錣山親方って誰?ってなことになるんでしょうね。元関脇寺尾が親方になって名乗っている名跡です。でも、寺尾を知らない人もいるんでしょうね、もちろん。(→ wikipedia「寺尾」

鶴嶺山(長兄)、逆鉾(次兄)と三兄弟の関取で、寺尾は回転のいい突っ張りを得意としており、軽量ながら向かっていく相撲で人気があった。ルックスは今の安馬に似たイメージなんですが、相撲は全然違います。顔は安馬よりもいい男。細身で軽量、ハンサム。大型化する中でがんばっているのだから、人気が出ないわけはなかったですね。

その寺尾が井筒部屋から独立、錣山部屋を起こしたんです。そして、今場所新入幕だった豊真将(ほうましょう)は、その錣山部屋の幕内力士第1号としても話題になったのです。同時に新入幕となった把瑠都があまりにも怪物だったので陰にかくれた感じになりましたが、それでも前半戦は好調で期待できました。場所中膝を痛めてからは苦戦し、負けが続き残念な結果に終わりましたが。

さて、その錣山の「」って字が見慣れないんです。これはどういう意味の字なんでしょうか?

検索するとすぐ出てきました。ここに錣が写真付きで載ってます。写真ではどこをさしているかが、ちとわかりにくいですが、goo辞書には「1)兜(かぶと)・頭巾(ずきん)の左右・後方に下げて首筋をおおう部分」とありますので、兜(かぶと)の下の方、横から後方へと、スカートみたいにぐるりと覆っている部分をいうわけですね。

「錣山」というものがあるのかどうかわかりませんが、「兜(の一部)が山になるほど、武士が集う」というイメージを持たせているのだろうと、想像しています(推測です。正確ないわれをご存じでしたら、ぜひ、教えてください)。

ついでに、もう一つ。これ、実はもう20年近く気になっていて、今まで調べようとも思わなかったのですが、「錣山」で記事を書くとなったときに、この機会に調べようとおもったのですが、「北勝力(ほくとりき)」の「勝」という字ですね、この「勝」という字を「と」と読むの?ということです。

そうそう20年近くというのは、北勝力の師匠にあたる八角親方の四股名北勝海の時から、へぇ、「勝」の字は「と」と読むんだ、ほかにそんなふうに読む言葉があるのかなぁと思いつつ、ついぞ出くわさないで生きてきたわけでして、いったいどうなってるんだろうってことなんですね。

機会というのは大切なものでして、この機会に調べておかないと、また、20年近くそのままかもしれませんので。検索しました。例によっていつもお世話になるWikipediaの「北勝海」の項目に載ってました。引用します。

北尾が横綱昇進を決めて大関が1人減ることとなったため、大関になった。新大関が決まると師匠は四股名を考えたが出身地十勝にちなんで北十海や十勝海が候補だった。しかし十では10勝止まりになりそうで辞めた方が良いと九重が発言、十勝から読みは十(とう)、字は勝として北勝海(ほくとうみ)に決まった。

全くの当て字というか、あて読みというか。「十勝海では10勝止まりみたい」という、北の富士の発言から、「北勝海」とかいて、十(とう)の方の読みをあてて「ほくとうみ」だそうです。 ふ~ん。北の富士って天才だわ~。

北勝海は北海道の出身でしたけれど、北勝力はそうではないのに、それをひきついでいるのですね。

にほんブログ村 格闘技ブログ 相撲・大相撲へ

COMMENT



2007-07-16-Mon-14:26
はじめまして、元寺尾関のことを調べていて、ここにきちゃったので拝見させていただきました。

錣山親方の『錣』ってわからなかったので、勉強になりました。記事を読んで、ふと気がついたので(もしかして間違っているかもしれないのですが)コメントさせていただきます。もうずいぶん前の記事なので、すでに解決されてるときには笑ってください。

いままで錣山を名乗っているは、井筒部屋の力士等鹿児島出身の方が多いんですネ。錣の写真を見て思ったのですが、郷土の山・桜島の稜線をそれに見立てた呼び名なのではないでしょうか?

本当に相撲が好きなご様子、小錦関や寺尾関など華のサンパチ世代に熱狂した身としては嬉しい限りです。またときどきのぞきにこさせていただきます。

(只今、同世代の面汚し北尾の出身地、三重県津市在住です。少し肩身が狭いです)

☆ろみさん

2007-07-16-Mon-23:48
はじめまして。

古い記事にコメントありがとうございます。

錣山については「錣山(しころやま)は日本相撲協会の年寄名跡のひとつで、初代・錣山が四股名として名乗っていたもので、その由来は定かではない」とWikipediaにはあります。
 → http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%8C%A3%E5%B1%B1

初代の錣山里右衛門が名乗ったのが最初のようで、2代目の錣山喜平治ってのが、江戸時代の勧進元(興行主、プロモーター)にあります。このころは、「錣」(兜の後の垂れてるところ)って言葉が今より身近にあったのかもしれません。

三重といえば、三重ノ海ですね。あと、琴風かな v^^

コメントの投稿












※スパム対策のため、半角英数字のみのコメントは禁止設定してあります。
また、半角「-」の5文字以上連続もコメント内に書き込めません。



秘密にする

TRACKBACK

※この記事のトラックバックURL(コピーしてお使い下さい)
  
http://smartass.blog10.fc2.com/tb.php/825-f8e425bb

※管理人が承認したトラックバックのみ表示します(12時間以内には表示処理をするつもりです)。
HOME
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。