FC2ブログ

David the smart ass

心のダイエット!~時には辛口メッセージを~

ペットを埋める

2006-03-16-Thu
昨年うちのジャンガリアン(ハムスター)のハムちゃん(安易と言えば安易なネーミング。ストレートなネーミングである(笑))を亡くして以来、我が家でペットは飼っていない。わたしはそれほどかわいがっているわけではなかったが、それでも、砂替えとか木屑の入れ替えなどはほとんど担当した。エサをやったり、水をやったりするのは、わたしの家族Fの仕事であった。

だから、ハムちゃんを亡くしたときは、家族Fのペットクライシスを心配した。自分の家族のことを書くのはなんだが、彼女は非常に慈悲や思い入れが強く、そうした悲しみを引きづりかねない性格である。ことごとく合理的に考えたがるわたしとは、好対照である。だから、わたしとしてはハムちゃんが亡くなったということ自体よりも、ハムちゃんを亡くした家族Fの動揺というか、ショックが心配であった。

そこで、庭先の松の根元に埋葬することとした。初代ハムちゃんの時もそうしたのだけれど、適当な菓子の空き箱を改造した棺に入れ、埋めたあとで花一輪を添えるだけの簡単な葬儀である。ゲージからハムスターの遺骸を取り出すときなど、合理主義の脳ではネズミの死骸とほとんど変わらないじゃないかという言葉が浮かんでは消え、浮かんでは消え、今更ながらに、ハムスターへの愛情の薄さを意識させる。愛するハムスターの死を悲しむというよりも、家族Fの心理的な影響を和らげるために、彼女の愛したペットをどう処理するのが妥当かという、そういう命題と戦っているんだということがわかると、なんだか、自分の薄情さを思い知らされるようだ。

たかがペットといえばそれまでだが、もう、ペットはその飼い主や家族にまで大きな影響を与えているのである。

そういえば、先日(3月7日)、「ペット供養は宗教行為だから非課税だ」と主張していた寺院(慈妙院=愛知県春日井市)の控訴が棄却された。税務署を相手取って、ペット供養料に対する課税約670万円の取り消しを求めていたものだが、「ペットの葬儀や読経は収益事業に該当する」と司法が判定したのである。
 (→ 朝日新聞「ペット葬儀は収益事業」 3/7付け)

ハムスターなら庭先の松の根元に埋めるですまされても、大型化したペットの死体をやたらに埋めるのも、確かにはばかられるし、衛生的でないだろう。わが子同様に暮らしてきたペットの最期にはできるだけのことをしてやりたいという気持ちも理解できる。

「ペットの死」をめぐって、飼い主やその家族だけでなく、さまざまな人たちのさまざまな思いが世を動かし、ビジネスを動かし、また、司法を動かす。一つの豊かさの表れであり、またそれが、ストレスになり、ビジネスになるということなのだ。

こうしたものをとりあげて、「たかがペット、されどペット」などという言い方もできるが、もう「たかがペット」などとは言えないペットの時代である。

集まれ!ペット自慢番長! - ペット


ランキングオンライン:「ペット自慢番長!」に参加です。

COMMENT



悲しいですよね

2006-03-17-Fri-23:26
我が家のハムちゃんも2匹が死んでしまいました。
脱力と後悔。ペットを飼うのはもうやめたいと思ったのを思い出します。実家には12ねん前に私がひらってきたお馬鹿犬が一匹。彼女ももうおばあちゃん。もっと可愛がりたいと思う。ペットの思い出は、楽しいものではなく、悲しいものばかり。後悔ばかりで私はなんだか辛いです。

☆あふろやんさん

2006-03-18-Sat-07:45
わたしも喜びよりも悲しみが心に残るたちなので、ペットは飼えません。本当は逆でいいらしいんですよ。たっぷり愛情込めてかわいがって、感謝の気持ちを込めて葬ってやる。ペットだって、悲しまれるより感謝されるほうがうれしいに決まっていますしね。

管理人のみ閲覧できます

2006-03-18-Sat-10:25
このコメントは管理人のみ閲覧できます

コメントの投稿












※スパム対策のため、半角英数字のみのコメントは禁止設定してあります。
また、半角「-」の5文字以上連続もコメント内に書き込めません。



秘密にする

TRACKBACK

※この記事のトラックバックURL(コピーしてお使い下さい)
  
http://smartass.blog10.fc2.com/tb.php/718-47a7dcfa

※管理人が承認したトラックバックのみ表示します(12時間以内には表示処理をするつもりです)。
HOME