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David the smart ass

心のダイエット!~時には辛口メッセージを~

クリスマスは夢の世界~

2005-12-19-Mon
東海地方に記録的な大雪だそうです。なんでも58年ぶりとか。今朝起きて、珍しく辺り一面雪景色。交通機関の乱れをラジオで告げています。大人が足元を気にしながら歩き、子どもたちが寒そうに登校していきます。その中になんとなく楽しげな表情の子もいます。彼らはいつもそうなのかもしれませんし、今日のこの珍しい雪が楽しいのかもしれません。わたしが住んでるところでは、どうでしょう、年に数度しか積雪はありませんので、雪国の方と比べるのはあれなんですが、わずかの雪に驚き、とまどい、混乱し、そして、嬉しく、楽しい気分にもなったりするわけなのですね。雪はわたしたちにとって、そういう不思議な事象です。

ひどく寒い日でした。雪も降っており、すっかり暗くなり、もう夜 ―― 今年さいごの夜でした。この寒さと暗闇の中、一人のあわれな少女が道を歩いておりました。

と『マッチ売りの少女』は書き出します。わたしが、クリスマスの物語として思い出すのは、なぜかこの『マッチ売りの少女』です。ほかには『幸福な王子』『フランダースの犬』とか。

こうして改めて読むと『マッチ売りの少女』はクリスマスの話ではありませんね。「大晦日の夜」という設定になっています。

頭に何もかぶらず、足に何もはいていません。家を出るときには靴をはいていました。ええ、確かにはいていたんです。でも、靴は何の役にも立ちませんでした。それはとても大きな靴で、これまで少女のお母さんがはいていたものでした。たいそう大きい靴でした。かわいそうに、道を大急ぎで渡ったとき、少女はその靴をなくしてしまいました。二台の馬車が猛スピードで走ってきたからです。 片方の靴はどこにも見つかりませんでした。

もう片方は浮浪児が見つけ、走ってそれを持っていってしまいました。その浮浪児は、いつか自分に子どもができたらゆりかごにできると思ったのです。それで少女は小さな裸の足で歩いていきました。両足は冷たさのためとても赤く、また青くなっておりました。少女は古いエプロンの中にたくさんのマッチを入れ、手に一たば持っていました。日がな一日、誰も少女から何も買いませんでした。わずか一円だって少女にあげる者はおりませんでした。寒さと空腹で震えながら、少女は歩き回りました ―― まさに悲惨を絵に描いたようです。かわいそうな子!

雪の中、裸足で少女が街を歩くなんてことがどうして考えられるのでしょう。それだけだってかわいそうです。おまけに彼女は空腹だったのです。少女の名前はわかりません。その名前のわからない少女は家に帰ればいいのに、帰る家もないのでしょうか。お母さんはどうしたのでしょうか?

ひらひらと舞い降りる雪が少女の長くて金色の髪を覆いました。その髪は首のまわりに美しくカールして下がっています。でも、もちろん、少女はそんなことなんか考えていません。どの窓からも蝋燭の輝きが広がり、鵞鳥を焼いているおいしそうな香りがしました。ご存知のように、今日は大みそかです。そうです、少女はそのことを考えていたのです。

二つの家が街の一角をなしていました。そのうち片方が前にせり出しています。少女はそこに座って小さくなりました。引き寄せた少女の小さな足は体にぴったりくっつきましたが、少女はどんどん寒くなってきました。けれど、家に帰るなんて冒険はできません。マッチはまったく売れていないし、たったの一円も持って帰れないからです。このまま帰ったら、きっとお父さんにぶたれてしまいます。それに家だって寒いんです。大きなひび割れだけは、わらとぼろ切れでふさいでいますが、上にあるものは風が音をたてて吹き込む天井だけなのですから。

少女の小さな両手は冷たさのためにもうかじかんでおりました。ああ!たばの中からマッチを取り出して、壁にこすり付けて、指をあたためれば、それがたった一本のマッチでも、少女は ほっとできるでしょう。少女は一本取り出しました。 ≪シュッ!≫ 何という輝きでしょう。何とよく燃えることでしょう。温かく、輝く炎で、上に手をかざすとまるで蝋燭のようでした。すばらしい光です。小さな少女には、まるで大きな鉄のストーブの前に実際に座っているようでした。そのストーブにはぴかぴかした真鍮の足があり、てっぺんには真鍮の飾りがついていました。その炎は、まわりに祝福を与えるように燃えました。いっぱいの喜びで満たすように、炎はまわりをあたためます。少女は足ものばして、あたたまろうとします。しかし、―― 小さな炎は消え、ストーブも消えうせました。残ったのは、手の中の燃え尽きたマッチだけでした。

ここにも「大晦日」だとちゃんと書いてありますね。クリスマスの話ではありません。でも、鵞鳥を焼いたりして、なんとなくクリスマスイブにも似ています。そして、少女の家の事情が詳しくはわかりませんが、書かれています。


少女には家もあり、父親もいます。でも、こんな夜に少女にマッチを売りに行かせ、稼ぎがないとひどく叩くような父親なんです。なんなのでしょう。そんな人いるんでしょうか? それとも当時はいたのでしょうか。あ、そういえば、いそうですね、今の日本でも。ここまで働かせるかどうかはわかりませんが、不幸にして児童虐待で死んでしまう子どもが、時々ニュースになっています。この話は、時代は違いますが、ある意味そういう現代的なテーマも含んでいたのかもしれません。気づきませんでした。

名もない少女はマッチをすります。すると暖かな光とともに夢の世界が現れるのです。あたたかな大晦日のごちそう以外に、クリスマスツリーも登場します。わたしが『マッチ売りの少女』をクリスマスの話だと思っていたのはこれがあったからでしょう。

少女はもう一本壁にこすりました。マッチは明るく燃え、その明かりが壁にあたったところはヴェールのように透け、部屋の中が見えました。テーブルの上には雪のように白いテーブルクロスが広げられ、その上には豪華な磁器が揃えてあり、焼かれた鵞鳥はおいしそうな湯気を上げ、その中にはリンゴと乾しプラムが詰められていました。さらに驚いたことには、鵞鳥は皿の上からぴょんと飛び降りて、胸にナイフとフォークを刺したまま床の上をよろよろと歩いて、あわれな少女のところまでやってきたのです。ちょうどそのとき――マッチが消え、厚く、冷たく、じめじめした壁だけが残りました。少女はもう一本マッチをともしました。すると、少女は最高に大きなクリスマスツリーの下に座っていました。そのツリーは、金持ち商人の家のガラス戸を通して見たことのあるものよりもずっと大きく、もっとたくさん飾り付けがしてありました。

何千もの光が緑の枝の上で燃え、店のショーウインドウの中で見たことがあるような楽しい色合いの絵が少女を見おろしています。少女は両手をそちらへのばして――そのとき、マッチが消えました。クリスマスツリーの光は高く高く上っていき、もう天国の星々のように見えました。そのうちの一つが流れ落ち、長い炎の尾となりました。

これがもし現実だとしたら少女の幻想でしょう。凍える少女の麻痺しかかった理性に、神がみせたきれいな幻想と言ってもいいかもしれません。それが光り輝くクリスマスツリーだったのです。それはさぞ美しく、そして、少女の夢を形にしたものであったのかもしれません。あるいはあこがれだったのかもしれません。新年の約1週間前に訪れるクリスマスの日にも、少女はこうして街角でマッチを売っていたのです。そうして、街一杯に「おめでたいクリスマス」があふれていたのでしょう。幸福そうな家族、幸福そうな人たち、幸福そうな子どもたち、少女はそういう別世界を見ながら、マッチを売り歩いていたのです。少女のもとに美しいクリスマスツリーがあらわれたのは、この一瞬でしかなかったのです。

そして、少女は言います。

「いま、誰かが亡くなったんだわ!」と少女は言いました。というのは、おばあさん――少女を愛したことのあるたった一人の人、いまはもう亡きおばあさん――がこんなことを言ったからです。星が一つ、流れ落ちるとき、魂が一つ、神さまのところへと引き上げられるのよ、と。

マッチをもう一本、壁でこすりました。すると再び明るくなり、その光輝の中におばあさんが立っていました。とても明るく光を放ち、とても柔和で、愛にあふれた表情をしていました。

「おばあちゃん!」と小さな子は大きな声をあげました。「お願い、わたしを連れてって!マッチが燃えつきたら、おばあちゃんも行ってしまう。あったかいストーブみたいに、おいしそうな鵞鳥みたいに、それから、あの大きなクリスマスツリーみたいに、おばあちゃんも消えてしまう!」少女は急いで、一たばのマッチをありったけ壁にこすりつけました。おばあさんに、しっかりそばにいてほしかったからです。マッチのたばはとてもまばゆい光を放ち、昼の光よりも明るいほどです。このときほどおばあさんが美しく、大きく見えたことはありません。おばあさんは、少女をその腕の中に抱きました。二人は、輝く光と喜びに包まれて、高く、とても高く飛び、やがて、もはや寒くもなく、空腹もなく、心配もないところへ――神さまのみもとにいたのです。

マッチ売りの少女はこうして神の元へ行きました。愛するおばあさんといっしょに。

けれど、あの街角には、夜明けの冷え込むころ、かわいそうな少女が座っていました。薔薇のように頬を赤くし、口もとには微笑みを浮かべ、壁にもたれて――古い一年の最後の夜に凍え死んでいたのです。その子は売り物のマッチをたくさん持ち、体を硬直させてそこに座っておりました。マッチのうちの一たばは燃えつきていました。「あったかくしようと思ったんだなあ」と人々は言いました。少女がどんなに美しいものを見たのかを考える人は、誰一人いませんでした。少女が、新しい年の喜びに満ち、おばあさんといっしょにすばらしいところへ入っていったと想像する人は、誰一人いなかったのです。

まさに凍えそうな寒さの中、必死に生きる少女は凍死の間際、あるいはほんとうの幸福を感じたのかもしれません。人によっとは、神は少女に試練をあたえ、魂の幸福を与えたというかもしれません。そんなふうにも読むことができなくはない、いや、この過酷さが現実なら、そう読まない以上救いはないとも言えるでしょう。

それにしても、今どきの日本の「クリスマス」--自分たちが誰よりロマンチックで、自分たちが誰より幸福でありたい、そういう幸福比べ、幸福の押し売りみたいなものに、実はちょっと辟易しています。お正月もお盆もそうで、商業主義に踊らされるって言葉を聞いて久しいのですが、どんどんそうなって行くよう気がしています。そりゃ、お祝いごとですから景気よくぱぁ~と楽しみたいものですが、わたしって、やっぱりどこか変わっていて、そういう中でもいつも、冷めて引いてる自分を感じているんです。

そりゃ、あんた貧乏人のひがみだろうって。ああ、そうかもしれません。金をかけなきゃ幸福になれないと思っている、あんたの心も貧しいんだろうって。そんなことはないと思うけど……。ここまで書いて、もう一つクリスマスの話を思い出しました。オー・ヘンリーの『賢者のクリスマス』の話です。金をかけたプレゼントより、もっといいプレゼントがある……。そういうほんとうの世界もまた、クリスマスでないと味わえない夢の物語なのかもしれません。
本当に読みたかったアンデルセン童話
H・C・アンデルセン イェンス・アナセン 福井 信子 大河原 晶子
NTT出版 (2005/10/07)

こんな物語を思い出したりしているのが、わたしのロマンチックなクリスマスなんですが、ちょっとこれって、smart assかしらん。

集まれ!クリスマスロマンチックメモリー番長! - 恋愛

※引用部分の「マッチ売りの少女」は<Copyright (C) 1999 Hiroshi Yuki (結城 浩)>に版権があります

※FC2第27回トラックバックテーマ「★FC2からのクリスマスプレゼント★」に参加です。

※記事中のクリスマスの素材は、素材サイト柚莉湖♪風と樹と空と♪よりいただきました。

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