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David the smart ass

心のダイエット!~時には辛口メッセージを~

漱石忌に思う、元同僚の死。

2005-12-09-Fri
年々心なしか、葬儀や通夜に参列することが多くなる。

今までは必ずといっていいほど、遺族に知り合いがいたものだったが、先日は、たぶんおそらく初めての経験だろうと思うのだが、遺族の中に知り合いがいないという形になった。つまり、故人はわたしの元同僚で、彼の家族をわたしは誰一人知らなかった。49歳、妻子を残しての早すぎる死であった。ご母堂も健在でいらっしゃった。

おとなしく、誠実で、まっすぐな人柄。声を荒げるのは見たことがない。通夜の席で誰もが語った。「翌日葬儀に来られない方はどうぞ」と2階の立派な式場に案内された。遺影のほかに、一角にスナップ写真や趣味というにはあまりに本格的なバレーボールのボール、シューズ、ウェアなども展示されていた。まぶしかった。

一緒に行った同僚が「俺の葬式はこうはいくまい……」と思わず自嘲気味に言った。それにはもちろん故人への敬意も含まれていた。「自分の死んだときのことなど考えるはやめましょう」とわたしは答えた。確かにわたしも同感であった。いや、もっとわたしの方がお粗末なものになるだろう……、そういうことが言いたくなかったのだ。

この同僚と故人、わたしの三人の中で、細かなことは言わないが家庭的には故人がいちばん幸福であったはずだ。仕事の面でも恐らく順調だった。しかし、運命というものはわからないもので、奇しくも彼が急逝してしまったのである。残された子供は大学生と高校生。何歳ならいいとか、そういうことは言えないが、妻子を残しての死は、さぞや無念であっただろうと思う。

そう思うと生花や記念品などで盛大に飾られた式場がいっそう寂しく感じられた。立派な葬式などなくていいかと。

帰りがけに、おそらく奥様であろう方と挨拶をした。言葉がない。自分がどこの営業所で、どんなふうにお世話になったのかということを言わねばならないのもわずらわしい。おそらく思い出を語るには、自分よりももっと近しくつきあった人たちがたくさんいることも知っていた。わたしはそういうときには、ことさら自分が関係があったというようなことは言わないで、ただそっと心の中で冥福を祈るほうがむいている。

同時にまた、亡くなったときの様子もちょっとだけ複雑だった。もちろん、自殺を含め事件性はまったくないのだけれど、誰もがどうだったとはっきりと説明しきれない状況でもあったのだ。若かっただけに、もしああしていたら、こうしていたらと、今だから言える仮説を、あれこれと遺族の前で並び立てて、おそらくわれわれが口にしなくても、すでに幾十回、幾百回と自分たちで自分や家族を責めたであろうことは想像ができるのだ。もちろん、誰も悪くない、いたしかたのないことだったのだけれど……。どうなんだろう、これもまた、神や仏に与えられた運命であり、試練であるものなのか……。


今日12月9日は漱石忌。1916年漱石49歳のことであった。偶然ながら、急逝した同僚と同じ歳であったと知った。ご冥福をお祈りします。

12月9日は何の日? - 出来事・話題の○○

COMMENT



早すぎますね・・・

2005-12-10-Sat-21:50
自分の親がいなくなることもまだ考えたくないのに、
つれあいが居なくなるのも困るし、
自分が居なくなったら子供はどうなるんだろう?とか、
身近でご不幸があると、否応無しに考えてしまいますよね。
何歳からだといいわけじゃないけど、若すぎますね・・・
心よりご冥福をお祈りいたします。

☆ソフィーさん

2005-12-11-Sun-00:19
ほんとうはこういう話題の記事は書きたくなかったのですが、どうしてもどこかではき出さないと、なんというか、次に進めない気持ちがしていました。コメントをいただき感謝しています。

人の死はいろいろと考えさせてくれます。故人の思い出といっても、もう随分前の仕事の上だけのものなのでしかないのですけどね、それでも、自分と照らし合わせたり、家族のことを重ねたり。ほんと難しいものです。

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