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お盆二題(2)「洗米」をめぐる新たなる論争

2012-08-31-Fri
「お盆二題」なんてタイトルにしたけど、二つ目が公開できないうちに、処暑を過ぎ、八月も今日で終わり。相変わらずの暑さですが、それでも少し朝夕には暑さの治まりを感じますね

で、第二弾です。

父の三回忌も終え、今年も、我が家にお盆がやってきました。初盆に比べて、落ち着いたお盆です。逆に言うと入れ込み方が少し違います。準備も手を抜くというとアレですが、なかなかエンジンがかからなかったりします。

さて、お盆のアイテムはいろいろあります。盆提灯、施餓鬼棚、茄子の牛と胡瓜の馬なんてのも必要になります。いろんな考え方や由来があるようなんですが、菩提寺に施餓鬼(寺施餓鬼)でかけたら、住職がお盆の由来なんて話をしくくださいました。

釈迦の弟子に目連というう人がいて、なんでも神通力の使える人で、ある時死んだ母の姿を見ることがあって、今死んだ母は、天国ではなくて地獄にいて責め苦を受けているということがわかったのです。目連はびっくりしました。そこで釈迦に相談したのです。地獄で苦しむ母を救う方法はないのかと。

釈迦が言うには、目連の母親がそのような目にあっているのは生前の行いに問題があった。決して悪い人ではなかったのだが、布施ということをしなかったのだと。布施というのは、周囲への施しとうことです。目連の母は、わが子を優れた人物に育てたい、我が子が可愛いという一心でした。たとえば、美味しいものを手に入れれば、我が子に与えたいと強く思い、他の人たちには与えなかったのです。一事が万事で布施の心がなかったのです。だから、今、地獄に落ち餓鬼の苦しみを受けているのだと。

だから、それを救うには、目連が施しをすることだというのですね。施餓鬼(せがき)というのはまさにそう言う熟語です。で、ま、結果施餓鬼をきちんと行うことで、目連の母は無事極楽に行くことができたのです。

こんな話でした。だから私たちも、お盆には施餓鬼棚を作り、施餓鬼の供養をして、死後のご先祖様の安楽を祈るということのようですね。



どうなんでしょうね。わたしがそういうことをきちんとやろうと思っているのは、ま、両親がそうしてきたということが最大なんですが、心の中では、信仰というよりは、文化に近いものでしているに過ぎないと思います。いいかげんにしたからと言って、死後、先祖の御霊が地獄で苦しんでいるとは思ってもいませんから。しかし、ま、文化といえども、きちんと準備をし、13日に迎え火を焚き、15日の夜更けに橋で送り火を焚くということを、基本的に毎年当然のようにしてきているのは、「信仰」に違いないと思うのです。一応般若心経なども唱えますし。

ですから、たとえば、キュウリで馬を作り、ナスで牛を作るということは、単に、野菜に四本の足を付けるというのではなくて、あくまでキュウリの馬は精霊(しょうりょう)が来るときに、ナスの牛は精霊が戻るときに使うのでなくてはなりません。キュウリの牛とナスの馬であってはならないのです。もちろん、今年はキュウリもナスも生憎ないからカボチャで馬車を作ってやろう~と思ったって、ま、わたしのご先祖なら、「それもおもしろいか」と受け入れてくれると思っているのですが、家族が許さないのですね。「そんなのふざけたことではダメ」って。

で、あくまで、そういうレベルで問題になったのが、「洗米」です。

洗米って、たぶん、こういうことに関わったことがない(若い)人は、あまり聞かないのでしょうけれど、神仏に備えるための洗った白米をいいます。

せん‐まい 【洗米】

洗った米。あらいよね。また、特に、神仏に供えるために洗った米。饌米(せんまい)。

→ http://kotobank.jp/word/%E6%B4%97%E7%B1%B3

わが夜では米を洗って洗米として使い、たとえばさいの目に細かく切ったナスなどと混ぜたいりなんかするわけですね、お盆のアイテムとして。

ところが、近年、普段「無洗米」を使っているので、ちとやっかいな話になりました。

:「無洗米を洗って、水を切ってナスと混ぜないと……」
:「え? 無洗米って洗わなくていいお米だから、そのまま混ぜればいいんじゃないの?」
:「え? だって、洗米をあげなかやいけないんだよ……」
:「だから、無洗米ってのはもう洗ったものと同じなんでしょ?」
:「水で洗ってないと思うから。洗米にしなきゃいけないんだよ……」
:「無洗米でも?」

絶対誰に聞いてもわかりませんね。そもそも、無洗米なんてものがかなった時代のことですから。そして、どっちでもいいことだとは思いますが、ま、うちの家族はこういう不毛な議論が好きなんで……(笑)

結局、たくさんの量でもないのでさっと水をくぐらせて使えば言い合うよりも早いのですが、わたしは「洗米無洗米論争」がおもしろくて、ちと書き残しておきたくなったのです。

ちなみに、洗米はそもそもは饌米(せんまい)でして、お供えのお米という意味で、洗ったお米という意味ではありません(→ こことか)。ですから、洗ってある必要はなんにもないのです。そういえば、祖母が生きていた頃は米は洗ったいなかったのですが、いつの頃からか、洗った米を使い出したような気がします。

提灯のロウソクがいつのまにか電球になりLEDになったように、饌米も無洗米になっていくのが時代の流れというものでしょう。キュウリとナスで自作していた馬と牛ですが、今年初めてスーパーで、スチロールで作られたものを見ました。なんとなく、数年後には自分もそれを買うようになっている気がします。

COMMENT



ご無沙汰しています

2012-09-22-Sat-22:54
早いもので
お父さんの三回忌が
過ぎたんですね。
私は
いわゆる核家族で
育ち、現在両親も健在のせいもあり
供養の某、まったく無知であります。
出人さんのブログで勉強させていただきます。

ハナシは変わりますが、また明日
バスまつり行ってきます
今年は地元京都で開催です
雨が降らないといいんだが…

☆まこちゃんさん

2012-10-29-Mon-09:25
お久しぶりです

ちと、更新も滞り勝ちで、あいすみませんです。

実家に帰るには理由がほしいので、仏壇を実家に置いてきてしまいましたよ。
死んでなお親不孝な子だと思っているに違いありません。

ま、いわゆる法事はそれなりにしていますが、日々のお勤め(と母は言ってました)はしていませんね。

バスまつりね、見ずに批判してはいけませんが、言葉だけでは全く魅力を感じません……。バスが悪いのでも、まこちゃんさんを否定しているのでもなくて、あくまでわたしの側の問題ですけど。でも、これだけ聞かされるとどこかでたまたま見かけたら、行ってしまうこと間違いないですね!

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