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映画:「靖国」をDVDで今ごろ見る。

2011-10-22-Sat
怖いもの見たさというのでもないけれど見るな見るなというとかえって見たくなりませんか? 映画についてもそうです。過去にこんな記事を書きました。
 → 過去記事:「映画「靖国」の上映中止って、かえって見たくなりませんか?

個人的には、見もしないのに「公開してはだめだ」と決めつけるのは愚かなことだと思っているので、--この論法だと、毒でもなんでも自身で食して痛い目に合って初めて理解することにもなっちゃうけれど、ま、映画では死なないから、「公開中止」などというよりは見てから、どこがどういう具合によくないと言え、もしくは、その警告を知った上で批判的に見ようという立場で書きました。そして、この考えは今でも変わりません。

で、「靖国」を見ました。



見た後の素朴な感想としては、第一に、最初に登場する刀匠がお御気の毒ということです。「靖国刀」という軍刀を作り続ける刀匠への取材ですが、インタビューがややアンフェアな感じがします。確かに、戦後60年余りたった現在、「軍刀」を作り続ける人がいることは驚きです。靖国刀を作って買う人がいるんだなという気もします。ただ、日本刀の一つと考えると、高齢にして、刀匠としての誇りを持ちながら刀を打ち続ける姿は、職人としてのプライドを感じさせます。ただ、同時に、人を斬る道具の軍刀の性能にかかわる質問には、やはり言葉を濁すしかないのですね。刀鍛冶にとって「何人切っても刃こぼれしない」は褒め言葉であり、職人の腕のよさの証明になるはずが、実際の斬られる人を想定すると、とんでもない恐ろしいものを作り続けているということになってしまいますね。日本人のわたしから見ると、高齢者にこんな意地悪な取材をするなんてと、やや怒りのようなものを思います。そして、後半に多用される、軍人が捕虜を斬首するカットへと続くと思うと、こんな使われ方するとは思ってなかっただろうなと同情さえ感じます。

次に驚いたのは、軍服姿で参拝する高齢者たちの存在です。わたしの父も叔父も一応は戦争に行った世代です。父は年齢と任務がら外地にまでは行かなかったのですが、赤紙で応召し、叔父は予科練に志願したのだそうです。母の兄姉は空襲によって命を落としました。母の伯母にあたる人は満州から引き上げてきた体験を持ち、グアム島に遺骨を探しに2度、3度と出かけたというような体験を持ちます。そんな人が身近にいながら、戦後生まれのわたしたちには、正直戦争を全く知らないと言っていいでしょう。言葉の上でしか知らないのです。

ところが。「終戦記念日」だからだと思うのですが、靖国神社へいろんな人々が参拝します。そのシーンには、平成のこの時代でさえ、日本刀を持ち、軍服を着た人や、海軍と思われる白い軍服を着た一群が進軍ラッパを鳴らしながら列をなして参拝するシーン、そして、所謂右翼的な青年が演説さながら宣言書を読み上げるシーンなどが続きます。正直、驚きでありました。わたしには戦争はそれほど遠い話になっていたのです。

はたして、終戦記念日独特のシーンなのか、ある程度日常的なシーンなのか、事情を知らない人が見たらそのあたりがわかりにくいだろうなと感じます。わたしからみると、非日常的な、きわめてイベント色の濃い場面なんですが、そのように見てもらえるか、心配になりますね。ドキュメンタリーであるからは、そうした説明もないとフェアでないというか、誤解を生みかねないと思いますね。

また、米国人と思われる平和運動家みたいな人が、靖国神社の鳥居の前で星条旗を掲げながら「小泉総理を支援します」と、たぶん、小泉総理(当時)の靖国参拝を支援を訴えるシーンがあります。日本人の中にはともに平和のためにがんばろみたく声をかける人もいるが、星条旗に反応し敵対的な態度をとる人もいる。わたしとしては前者に近い感覚なのだが、この米国人と思われる平和運動家みたいな人がサングラスをかけているのが訝しく感じられますね。なんだろう、この人って感じです。失礼だけど、やらせっぽい印象です(根拠はありません)。



一番深刻に感じたのは、実は合祀問題です。ま、国のために命を落としたのだから、その御霊は英霊として靖国神社でお祀りするという、明治以来のありがたい伝統があるのですが、たとえば、寺院のご子息もその中にいます。ただ戦争に子どもを取られた、戦死して帰ってこなかっただけでなく、自分たちの信じる教えで供養することもゆるされないという状況になっているのですね。同じ、日本人でも複雑なんですが、台湾の人はなお複雑です。当時は植民地だったわけですから。「日本」の立場からすれば、国のために戦い命を落とした英雄でも、あちらからしたら、植民地にされ、支配され、戦争にとられ、戦死して、死してなお家族の元に戻してもらえない……という状況なんですね。靖国の信仰では「合祀したものを簡単に分けるなんてわけにはいかない」という、なんというのだろう、教義上の理由をテレビで見た覚えがあるのですが、こういう遺族にしたら、どこまで人の魂を勝手に弄ぶのかという気持ちになるのもわかるような気もします。これが問題で公開禁止にしたかったのだとは思いませんが、不合理で一方的な感じがしますので、靖国神社サイドからしたら嫌な場面でしょう。

政治家の公式参拝や小泉総理(当時)の主張などは、わたしはそれでいいと思いました。むしろ、政治家たちは公式参拝して、日本人であるかどうかにかかわらず、多くの人の犠牲の上にたって現在の平和があるということを感謝し、今後の平和を宣誓すればいいと思いましたね。もちろん、宗教色があるのでなじまないという人は、それを公言しそこは問題にしない、いやできないと思います。政治家の任務というのでなく、心情と信仰、まさに内面の問題だから、マスコミも外国もごちゃごちゃ言うなと、ま、映画を見て改めて思いました。

だいたい、そんなところです。「南京大虐殺」については、虐殺数の問題や便意兵の問題、写真のねつ造問題などいろいろな観点から問題や検証があって、なんというか、真偽がよくわからないのですよね。ただ、戦争があり、南京へ日本軍が進攻したことは事実だし、少なくない人の血が流れたことは事実です。日本側は正当化しようとし、中国側は被害を過大に言おうとしているのかもしれません。人が亡くなったことを、侵略した側の私たちが軽く発言するのは言いこととは思われません。だからこそ、逆にこの問題の難しさがあり、そこで思考が止まってしまいます。
→ Wikipedia:「南京大虐殺論争

南京大虐殺だけに限らず、こういう問題が日本と中国の間には、今でもあるということを知っておく必要はあります。プロパガンダ映画はこのように作られ、このように問題視され、このように公開され、このような評価を受けるということを学ぶ一つの教材として見たらいいと思うのですね。

「中国人が作った、中国人からみた「靖国」」ということを承知で見る、そういう見方も必要でしょう。……、それにしても、アメリカからみた真珠湾攻撃の映画もあったと思うのだけど、普通に公開されてたと思う。わたしは戦争映画が嫌いなので見てないけど、あれも、見ないといけないのかもという気がしてきた。

◇映画「靖国」プチリンク集
靖国 YASUKUNI - Wikipedia 靖国 YASUKUNI - Wikipedia
映画『靖国』特設サイト 映画『靖国』特設サイト
超映画批評『靖国 YASUKUNI』0点(100点満点中) 超映画批評『靖国 YASUKUNI』0点(100点満点中)
櫻井よしこ » 「映画“靖国 YASUKUNI”で真に問われるべき問題」 櫻井よしこ » 「映画“靖国 YASUKUNI”で真に問われるべき問題」
反米嫌日戦線「狼」(腹破裂): 映画「靖国」と「靖国刀」 反米嫌日戦線「狼」(腹破裂): 映画「靖国」と「靖国刀」
さいきのドジ日記3: 靖国刀の刈谷直治さんはわかってたはずや さいきのドジ日記3: 靖国刀の刈谷直治さんはわかってたはずや

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