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福島民報の論説記事を読んで~「福島差別問題」

2011-09-25-Sun
先日書いたこちらの記事(→「福島の花火の使用中止に思う~「にっしん夢まつり・夢花火」」)に、くまのさん(仮名)から、非公開コメントがよせられました。9月22日付けです。

当ブログでは「非公開コメントは管理人の判断で公開させていただくことがあります」というローカルルールを公開しておりまして、これを今回のくまのさん(仮名)のコメントに摘要させていただきます。なお、文章部分は完全なるコピーですが、リンク部分にはリンクが生きるように手を加えてあります。

今回の件は、同じ東北民としてこのようなことが根底にあるのかと思います。
(福島民報)http://www.minpo.jp/view.php?pageId=4127&mode=0&classId=3&blockId=9889471&newsMode=article

「セシウムさん問題」の東海テレビ
「沿岸民はなぜ津波に襲われるのにそんなところに住むのかわからない」と放言した蒲郡市長
誤解による不安を「論理的に」振りまく放射線防護は専門外な中部大教授武田某
(屋内の密閉された環境でも放射性物質って付着するんでしょうか)
そして今回の日進市。

ちょっと多くありませんか?愛知県。

このコメントより

つまり、くまのさんは、福島民報の文章を踏まえて、今回の件の背景には愛知県民が歴史的に差別文化を持っていて、東北に向けて発言させたのだというご意見だと思われます。

引用中に紹介された福島民報の論説記事には、東北圏の歴史には差別はないが、京都、福岡、愛知には歴史的に差別の土壌があり、今回の原発事故後の対応について、その三地域が東北差別をしたのは歴史的必然であるとういようなご意見のようであり、その見方にはくまのさんにも共感されたようです。

正直に書きますと、愛知県民が歴史的に差別文化を持つなんて、そもそもわたしは思ってもいませんでしたので、新鮮な視点でした。賛同するとか、甘受するとかでなく、多角的な視点を知ること自体を喜ばしいことだと思っていますので。非公開コメントを選ばれたくまのさんには、ぜひ、公開でコメントしていただきたかったと思います。

で、わたしの意見ですが、この四つは別の問題だと思っています。ただし、日進市と武田教授の話は別にしなくてもいいとは思いますけど。

反論になるとは思いませんが、福島民報の記事に書かれていないことで、大村愛知県知事の瓦礫受け入れ発言が問題になったことがあります。先日(4月のことだと思います)、大村知事が宮城県などの瓦礫を年間15万トン受け入れて処理をすると発言したことがありました。やっぱり武田教授やその他の大学の先生、県民の間からは反対、疑問、不安の声が起きています。
→  【愛知】がれき受け入れに苦情殺到 「放射能ごみを持ち込むな」「農産物への風評被害が広がるじゃないか」と電話口から怒気を含んだ声:remix2ch Blog 【愛知】がれき受け入れに苦情殺到 「放射能ごみを持ち込むな」「農産物への風評被害が広がるじゃないか」と電話口から怒気を含んだ声:remix2ch Blog

これがご指摘のような差別事件かといわれると、そんなことはないと思います。別に東北地方を差別してるなんてことは全くないでしょう。本当のところ。瓦礫に放射能があるからいやなんです。東北のものでも、関東のものでも、九州のものでも、静岡のものでも、放射線に汚染されたものだから嫌だというだけのことです。それが、正しいことか、当然か、冷淡か、そういうことはわかりません。別にいじめや差別ではないと思います。独善的で、利己的という非難であれば、そういう指摘はわかりますが、東北地方だから差別してるわけではありませんよ。

武田教授の論理について、人情としてどうなのかわかりませんが、わたしは一応理解しています。武田教授だって福島県で被災された人、放射線による被害を受けた方をお気の毒だと考えていると思います。しかし、それと同時に、原発事故の原則は「止める、冷やす、閉じ込める」ということも事実なのです。3月の福島原発の連日のテレビ中継でも言われ続けていたことで、それは、別に今も変わったわけではありません。放射能で汚染された水、瓦礫は閉じ込める対象だと、武田教授は言っていると理解しています(もちろん、閉じ込めたまま外の施設で処理することが可能であれば、持ち出しも持ち込みも認めるものと思われます。いたずらな拡散はよくないという指摘ですから)。ちなみに、武田教授は愛知県の出身ではありません。現在は中部大学の教授で、その前は名古屋大学大学院の教授というのはそのとおりのようです。ただし、それ以前はほとんど愛知と関係がなく、首都圏で学ばれ、研究活動をなさっていたのだ思われます(参考→ wikipedia)。武田教授を愛知県や京都の差別の歴史と関係付けるのは、ちと無理筋かと思います。

あと、蒲郡市長の発言も問題になってますね。これね。
→ 東京新聞:「三陸に家立ってるのおかしい」 愛知・蒲郡市長:社会(TOKYO Web) 東京新聞:「三陸に家立ってるのおかしい」 愛知・蒲郡市長:社会(TOKYO Web)

一言でいうと市長としての自覚が足りません。一応陳謝しているようです。
→ 蒲郡市長:陳謝 三陸海岸に家「おかしい」発言で 愛知 - 毎日jp(毎日新聞) 蒲郡市長:陳謝 三陸海岸に家「おかしい」発言で 愛知 - 毎日jp(毎日新聞)

発言した市長自身が陳謝しているわけで、同じ県民であるというだけの理由で別段わたしが弁護する必要は感じません。ただ、東北を差別してますかね? 東北のことを語っていますが、「福島民報」の指摘する東北差別なんでしょうか。東北のことを語っているので東北を差別してるように聞こえるかもしれませんが、そんなだいそれたものではありません。

記者会見では、市側が海抜10メートルのラインを記した蒲郡市ハザードマップ改訂版を記者に配布。記者の1人が「なぜラインは10メートルなのか」に対して担当職員が答えに窮しているとき、横から口をはさむ形で「(改訂版は出したものの)蒲郡には東日本大震災のような大津波は絶対に来ない」と発言した。
 → 東愛知新聞:本日のニュース(20110907) 東愛知新聞:本日のニュース(20110907)

市長が言いたかったのは、「三陸海岸の地方には先祖伝来の大津波の言い伝えがあったが、蒲郡地区にはそういうものはないから堤防は10メートルで十分」ということで、担当職員を弁護したかっただけだろうと読みました。それを強調したくて口がすべったのが、ああいう形で騒動になったのだと思います。

3・11の大震災の直後に、石原都知事の天罰発言がありました。これも被災者を傷つける発言と問題になり、知事は撤回しました。問題があるかないかは別として、石原都知事は今回の震災を、日本に起きた大変な事態だと受け止めて、(たぶんご自身を含めて)調子をこいてた現代日本人全体に罰が当たったくらいに感じたんだと思います。石原都知事が撤回したものをわたしが自分勝手に解釈していいかどうかはわかりませんし、「罰(ばち)」「天罰」みたいな言葉は被災者に対して不適切だというのは思いますが、なんだろう、文明過信というか、暴走というか、不遜というか、傲慢というか、科学の力と金さえあれば何でもできるみたなところところが現代日本人の一面にあって、それに対する自然からの警鐘というか、継承伝播されるべき知識や技術、伝統文化に対する再評価の必要性みたいな感じ方があってのことだと思います。金原蒲郡市長の発言にも「どうして先祖の言い伝えを守らなかったのか」という、石原都知事の感覚と近いものがあるかもしれないなと思いました。

もちろん、そういうことを指摘するのに、被災者感情を考えて発言しなければならないのが政治家ですので、考えて発言してもらいたいとは思いますが、果たして、福島民報の論説記事が指摘する「東北差別」って、こういう石原知事や金原市長の発言も含めているのでしょうか?

さて、ご紹介をいただいた「福島民報」の論説記事です。県立博物の赤坂憲雄館長のご意見ですね。後半部分を引用します。

 あえて差別事件といっておく。これらの事件の舞台が、名古屋・京都・福岡であったことはおそらく偶然ではない。中世以来の、ケガレと差別の風土が濃密に残る土地柄である。そうした差別の希薄な東北の人々には理解しにくいことが、そこには当たり前に転がっている。これはまさしく文化の問題だ。わたしは「差別なき東北」を誇りに思う。
 あるいは、差別の対象とされた地域は福島を越えて、岩手にまで及んでいる。白河以北がひとくくりに放射能汚染地とされたのである。しかし、陸前高田と東京は実は、福島第一原発からはほぼ200キロの距離、線量もほぼ同じレベルである。陸前高田の松が汚染されているならば、東京の松や桜もまた汚染されている可能性は高いはずだ。いくらか頭を冷やして考えれば、これが白河以北に限られた問題ではないことは、直ちに知られる。
 福島では何より、早急に大がかりな国家プロジェクトとして除染が進められねばならない。風評被害に対しては、毅然[きぜん]として、前向きに立ち向かうしかない。世界の人々がフクシマを凝視している。福島をチェルノブイリにしてはならない。(県立博物館長 赤坂憲雄)


赤坂館長は京都、福岡、名古屋(愛知)には差別の風土があって、今回、放射能という穢れ(ケガレ)が福島そして東北地方に付着した。東北・福島は穢れた土地となり、そこに住む人々は穢れた人となった。そして、名古屋(愛知)、京都、福岡の人々は、差別の文化で身につけてきた態度で、放射能汚染という新たな穢れに対応しようとしているのだというご指摘のようです。送り火の騒動だったり、福岡の応援ショップ騒動だったり、日進市の花火の騒動は、新たなる差別問題だと赤坂館長はおっしゃているのです。

さすが、県立博物館の館長はものの見方がわたしと違うと思って感心し、わたし自身もそのようなことはありはしないかと自戒を込めて振り返ったのですが、なかなか思い当たることがありませんでした。誰かを弁護するつもりはありませんけれど、たぶん、「被ばくが怖い」「放射能が怖い」という素朴な感覚ではないかと思います。だから、前の記事にも書きましたけれど、検査して数値を示せば解決でしょということになるんです。それは、「汚染」という言葉は「汚れる」「けがれる」というイメージがあって、「放射能汚染」という言葉自体がそういうニュアンスは持っていますけれど、それが差別的な態度につながっているなんて、思い当たるところはありません。

ただ、東海テレビの「セシウムさん」テロップ事件については、全く理解できなくて、わたしの解釈では事故や過失ではなくて、身内(下請け)によるの故意の犯罪(業務妨害)ではないかと思っていたくらいで、あくまで過失だという説明が不思議に感じていたので、この館長さんの論説記事を読んで、ちょっと思い当たったことはあります。それは、愛知県に差別的な歴史があって、スタッフのテロップの担当者が職場とか、いろんな形で差別的な対応をされ、不満をためていて、「セシウムに汚染されてるよりマシなんだよ」と考えてあんなテロップを作ったというのが成り立つのか……と、非常に嫌な気分になりながら、考えたことはあります。

それに、仮に、赤坂館長がおっしゃるような歴史的な差別の土壌が産み出したもだとして、それを指摘し、東北にはそのような歴史がないことを誇りに思うとおっしゃって、いったいなにになるのでしょうか? なるほど、ご指摘の3地域にはそのような文化があるかもしれませんが、たとえば、武田教授のように東京出身の人物の言動までもその文化の影響によって生まれたように言いなす態度があるとしたら、それも、同様に差別的な態度になるのではありますまいか? そう言い返したくなりますが、それでも、わたしたちは、館長が訴えている「差別」について、果たして差別をしていないか、胸に手を当てて考える必要があるでしょう。

今回の花火の問題でも鮮明になったのですが、花火を生産した川俣町は距離的には放射能汚染の心配はないエリアですし、そもそも花火は屋内製造、屋内保管が原則ですので、論理的に被曝する心配はないのです。それをこんなふうに拒否され、また、検査を要求されるというのは、「福島」だからではないか。一方、原発からの同じ距離にあるような関東エリアの地域はそんな対応はされない。これは福島に対する差別であり、東北に対する差別だというのです。放射線被曝は、事故のせいであって、福島県民や東北の方たちには責任がありません。被害者でこそあれ、責められる対象ではありえません。自分たちの被曝をおそれるあまり、被害者を悪くいうことは許されませんし、被曝していない人たちに、同じ県、地方にいるからといって、不買の対象にしたり、忌避の対象にしたりしてはならないと思います。実際、被曝して数値の高いところとは、きちんと区別しないといけないのです。

そうしないと、まさに「差別事件」ということになりかねません。日進市の花火の例はそういうケースになってしまっているのです。

それに、悲しいことに、同じ経験はすでに、原発事故の直後、日本全体がそういう扱いを受けていたということです。日本車は汚染されていると欧州などで輸入をストップされ、企業が放射線を検査して輸出したというニュースに記憶があります。自ら検査をして潔白を証明することで日本車は風評被害と戦ってきたと思います。
→ こんなに!日本製の工業製品メイド・イン・ジャパンに「放射能の風評」 トヨタや日産は「安全検査」を余儀なくされ、 今治タオルはイタリアで一時輸入拒否に | 経済の死角 | 現代ビジ�� こんなに!日本製の工業製品メイド・イン・ジャパンに「放射能の風評」 トヨタや日産は「安全検査」を余儀なくされ、 今治タオルはイタリアで一時輸入拒否に | 経済の死角 | 現代ビジ��

日進市は豊田市に隣接します。トヨタのお膝元と言ってもいいでしょう。そんな日進市で、花火をめぐって逆のことをやっちゃったんですね。

前の記事にかずひこさんのコメントに、福島県や東北地方は、いくら検査をし、数値を示しても、売れない、来てもらえない、お客が増えないと訴えています。風評被害という差別じゃないのかと訴えています。そういう側面もあるかもしれません。きちんとした根拠なく、イメージだけで不買したり、忌避したりするのは「差別」だということを指摘し続けることも有効だと思います。日進市のケースはそういうことを考えるきっかけにしなるといいと思います。

日進市長が謝罪をした記事が出ています。朝日にはこんな市長の言葉が載ってます。

萩野市長はこの日、取材に対し「判断ミスだった。事前の検査で客観的データを取り、市民に説明した上で打ち上げるべきだった」と述べた。
→ asahi.com(朝日新聞社):愛知・日進市長、川俣町長に謝罪「花火打ち上げめざす」 - 社会 asahi.com(朝日新聞社):愛知・日進市長、川俣町長に謝罪「花火打ち上げめざす」 - 社会


わたしはそう思いました。あそこで止めてしまうのも、意見に全く反応せず強行するのもわたしはダメだと思いました。福島や東北にとって真の解決になるかどうかはわかりませんが、日進市としてできる最善の対応は、「検査の数値を示して説明する」だったと思っています。花火を検査したくらいですべては解決しないでしょうけれど、「福島に安全なところなんてない」「福島はどこだってヤバい」と思い込んでいる人に、そんなことはないと知らせるチャンスだったと思うのですけどね。そして、日進市長にそれを言ってもらえるとよかったですね。
日進市のみなさん、愛知県のみなさん、全国のみなさん。福島はどこだって被曝していると思い込んでいませんか? 福島のものはなんだってダメって思っていまませんか? 自分たちの被曝が不安なあまり、そうして必要以上に忌避することが、福島を苦しめ、東北の人たちを傷つけています。それは言われない差別です。きちんと検査をし、安心なものはどんどん使いましょう。それが支援です。
まだ、今後検査して川俣の花火を上げるってなことを言っていたので(まさか来年のこととは思わないけれど)、その時は、そういう広い視野から発言してもらいたいと思いますね。もし、こう言ってもらえたら、赤坂館長が差別問題を指摘した甲斐が少しはあるかもしれません。

ずいぶん長くなりました。それ以外にもう一つ。たとえば、東日本大震災と同じような規模の震災が、東北でなく関東圏から静岡、愛知という東海地震エリアで起こったとしたら、もっと支援や復興の速度が速く、日本全体の取り組みも神経だったのではないか? これは東北だったからこんなに遅いのではないか、これは東北が差別されているのではないか? というような意見をマスコミを通して聞いたことがあります。これを差別と呼ぶかどうかわかりませんが、被災しない愛知に住むわたしが申し上げるといけないかもしれませんが、あくまで論理的上ですが、そういうことはひょっとしたらあるかもしれないと思います。ただ、実際どの程度の対応の違いがあるかどうかは、たらればなのでわかりませんが、愛知や京都、福岡などが差別の土壌があることとは無関係だとわたしは思います。

ちと長くなったので、ここまで。

疑問やご意見、お叱りのある方はコメントよろしくお願いします。ああ、もちろん賛同のお言葉も歓迎です。

COMMENT



2011-11-08-Tue-19:41
ずいぶん時間の経った問題だけれども。
この件で、愛知県がどうこうとか言う人間とは
心底「関わりを持ちたくない」という感想しか持たない。

そして、福島の人間をそういう目で見るようになった。

東海テレビの「セシウムさん」
単なるフリップ掲出のミスだ。タチの悪いジョークだとは思う。
しかし、カビ米にしろ、中国毒入り餃子にしろ、それをネタにした
ジョークくらい普通に言える。それが当たり前の「空気」だ。
そんなことも許されない「空気」の元では暮らしたくない。
テレビ史を紐解けば局部が映りこむような「放送事故」ですら何度も起きている。
ましてや、フリップのミスをや。
そんなことも知らないで「サベツだ」とか言い出す人間には呆れる。

京都の薪の件からしてそうだった。
福島県伊達市の馬鹿市長のやったことを「くまのさん」のような連中は正しいと思ってるんだろう。
この件でも、「福島の人とは関わりを持ちたくない」そう思わずにはいられない。
福島県須賀川市は松明あかしの為に
500Bq/kgを下回ったにも関わらず、他県からの支援を頼った。

要は自分は検査もせずに他県には薪を送りつけるが
逆に、自分達は基準値を下回っても嫌だ、と。
実にケッサクな東北人の話だ。

>福島のものはなんだってダメって思っていまませんか
>明らかなのは数値じゃなく「福島」に反応してるって事だ
よくこういうことを言うアホがいる。
消費者には「福島県産」としか表示されない。
加工食品にはそれすら表示されない。
JAS法の問題という認識すら持たない馬鹿だからそうなる。

東北人は鳥取の5つの市を言えるのか?
食品売り場で携帯無しだったら、ほとんどが市単位で
どこの地域か、などは分からないだろう。
そういう常識的センスが無いから「福島というだけでサベツしている」
というアホ丸出しの騒ぎ方をする。

馬鹿は仕方ない。アホも仕方ない。しかし、県紙というのは
どこの県でもそれなりにマトモな奴らが関わっているものだ。
それなりに、良識をもった連中がやっている。
そういう連中が幾ら東京の学者とはいえ、赤坂とかいう馬鹿の
おぞましい意見を載せる。ああいうおぞましい意見が
なんの反対も無く、堂々と載る。

要は福島はそういう空気なのだろう。
私は福島の人間と関わりを持ちたくない。

☆東京暮らし三重出身さん

2011-11-08-Tue-23:43
コメントありがとうございました。

この記事はかなり言葉を選んで書いたわりにコメントがつかなくて、少しがっかりしたのを思い出しました。

まず、最初に、くまのさん(仮名)の非公開コメントを公開したのは、わたしが差別や対立を求めたのではなくて、相互理解の必要があるだろうと思ったからです。

だから、今回の件で、三重出身さんが「福島県民とは関わりたくない」というご意見を持たれたのは、残念です。「福島はそういう空気なのだろう」とおっしゃるのは、ま、そうなってしまっているのかもしれませんが、それは大震災と東電の福島原発事故の被害が原因です。そういうところまで追い込まれてしまっていることをわかってさしあげる必要があると素直に思います。

また、単純に「遠くのことだから知らない」というのはあることだと私も思っていました。鳥取県の例を出されていますが、そういうことです。ただ、今回の件に関しては、それは東北に無関心な証拠のような気がして、わたしは記事に書くことがはばかられました。差別というのは、無知無関心と隣り合わせていることだからです。

どうしても言っておきたいのは、東海テレビのあのフリップについてです。わたしはミスだなんてとても思えません。誰かが混乱を狙って故意にやったんじゃないかとさえ思えます。ミスでなくて、怠慢というなら理解します。しかし、ま、いずれにしても差別と無理に結びつけなくてもいいのではと思いますけどね。

で、差別でないものまで「差別だ」といい、「それはその地域に差別の文化や歴史があるからだ」なんて議論を展開するのは、まさに論語読みの論語知らずで、それこそまさに「差別そのもの」だと思うのですけれど、今ここでそれを言ってもこの問題は解決しないと思いました。

わたしは、この福島民報の記事で、愛知県人は、そこまで追い詰められている福島や東北の人の痛みや気持ちを理解して、また、同時に自分の考え方や態度に差別意識や偏見がないかを振り返ることが重要だと考えました。

福島からの来た人に「放射能が伝染るからこっちへ来るな」なんて言った人がどこにいたのか、具体的に聞いたことがありません。こういうことがあったとしたら、それはそれで悪質だと思います。

長くなりますのでこのくらいにします。応援してあげましょうよ。

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