David the smart ass

心のダイエット!~時には辛口メッセージを~

スポンサーサイト

-----------
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

【日本語クイズ】「万事休す」か?「万事窮す」か?

2011-05-18-Wed
久しぶりに日本語クイズです。今回は「ばんじきゅうす」。

メルトダウンは深刻だ。しかし「ばんじきゅうす」なんて言葉は使いたくない。希望を捨てるな」って時の、「ばんじきゅうす」を漢字でどう書きますか? パソコンなどの漢字変換機能を使わないで答えてください。

   ア 万事休す  イ 万事窮す   ウ 万事急す

「ばんじきゅうす」の例文として、もっといいのがあるんじゃないかと考えたのだけれどどうしても福島原発のことになります。原発事故の被害者や、復旧に関わっている職員たちに、ネタにしては失礼だという思いもあるものの、とらわれていて逃れられないのです。ま、一種の原発事故の余波だと思って、非礼を承知でこんな例文にしました。ネタにしてごめんなさい。ずっと心にかかっている、心配している、ひとつのトラウマのように、それも実情なんです。

圧力容器に穴が開いたおかげで、幸か不幸か、今後の水素爆発って危機は避けられたようなんですね。逆に、汚染は上空方向でなくて、多量の放水とともに地下へと広がっていく。

原子力安全委員会の班目(まだらめ)春樹委員長は16日の定例会後の会見で「3月下旬に2号機で高濃度汚染水が発見された時点で、メルトダウンしていたという認識があり、助言した。1号機と3号機も、事故の経緯を考えると同じことが起こっているとの認識を持っていた」と語った。
 → asahi.com:「2・3号機もメルトダウン 東電データで裏付け


「ばんじきゅうす」という言葉は使いたくありません。使っても解決しませんから。しかし、事故発生当時からよく聞かされた「止める、冷やす、閉じ込める」の三つのうち、できたのは「止める」だけです。十分に冷やせなかったし、閉じ込めることは今もできていません。もう拡散は防ぎようがありません。爆発的な拡散は防止できたものの、じわじわと、まさに水が地面に浸透するような形で広がっているのです。

絶望しないで、長期戦を覚悟で、じっくり対策を考えねばなりません。苦しく長い戦いに。

さて、問題に戻ります。

「ばんじきゅうす」は漢字でどう書きますか? 

ちなみに一般的な意味は、

もはや施す手段がなく、万策尽きる。もはやおしまいで、何をしてもだめだという場合に使う。
 ※(goo辞書による)

です。次の

   ア 万事休す  イ 万事窮す   ウ 万事急す


のどれでしょうか?

追記に、回答がありますので、答えを決めてから読み進んでくださいね。





では、回答編です。

問題にするまでもないと思っています。意味を示してなければ、緊急事態だから「万事急す」なんてのも考えつくかもしれませんが、これは真っ先に除外です。

今まで、わたしは自信を持って「万事休す」と書いてきました。しかし、意味を見てください。この自信ゆらぎませんか?

もはや施す手段がなく、万策尽きる。もはやおしまいで、何をしてもだめだという場合に使う。
  (goo辞書

です。万事休むなんて用字でいいの? 「窮」の方がよくない? って。

「万事休す」に自信があるのですが、意味上「休む」ってのが変で、「窮す」の方がぴったりだと思えて仕方がないのですね。ですあから辞書に「万事休す」とあっても、誤用がていちゃくしたもので、元来は「窮」ではないか? ってな疑問が解消しないのです。

でも、これには由来があります。往々にして一見妙な使い方にこそ、由来があってそうなっているのです。たとえば、「危機一髪」とかも。

出典は『宋史』の『荊南高氏世家』です。ま、大雑把に言うと、荊南の王子の保が甘やかされて育った結果、覚悟のできないヘタレに育ってしまって、人々は「(こんなヘタレでは)万事休すだ」と言ったということのようです。
 → 「故事ことわざ辞典」や河出書房の「中国故事物語」を参考にしたこちらのページではこの話を、もっときちんと紹介しています。ただし、「故事ことわざ辞典」では「宋史」とすべきところを「宋子」としています。「宋子」で検索かけてしまうと、妙なことになります。

同じ出典でも、別の解釈もあります。これまた大雑把にまとめると、荊南の王子の保を父王が溺愛するあまり、怒らねばならいようなときや重要な決定をすべきときなども、保の笑顔を見るとフヌケになってしまい、見た人々が「(こんなフヌケでは)万事休すだ」と嘆いたという説もあります。こちらのページはこのような解釈です。「故事ことわざ辞典」では、他の説として紹介しています。

出典の解釈には異説があるようですが、用字としては「休す」以外はありえません。いくら、「窮す」の方が感覚的にはしっくりするんだがと主張しようがどうしようもないことです。ただ、世の中、同じように間違う人は多いようで、誤用として「万事窮す」を紹介しているページを含めてですけど、Googleで「万事窮す」を検索すると、約163,000件ヒットします。

辞書・翻訳サイトのbab.laでは、その必要性からか見出し語と立てています。

"万事窮す"の英語 翻訳
 万事窮す [ばんじきゅうす] {名詞} (類語: 万事休す)
 There is nothing more that can be done {名詞}
  → bab.la:「万事窮す

本来は正しい日本語をこそ扱うべきと言っても、誤用が多くなってくると、翻訳する必要も出てくるということなんだと想像しますが、説明のところに一言「窮は誤用。休が正しい」としておくほうが親切だろうと思います。「類語」という表記では正当な書き方と認めてしまっていますね。

あと、検索してておもしろいなと思ったページはこちら。「人間には“思い込み”が付き物だ」とおっしゃっています。
 → 山岸教授の日英語サロン:「万事窮す」「万事急す」?



余談ですが、今回、「ばんじきゅうす」を取り上げるきっかけとなった、毎日新聞の校閲者のコラムを紹介しておきます。おもしろいです。

この中で、筆者は、あるサッカーの試合に関する原稿で「カウンター攻撃から2点目を失って万事休した」というくだりに出くわし、「少なからぬ違和感」を抱いたと書いています。慣用句の「万事休す」を活用させて「万事休した」というのはどうなんだろうかというのです。

「万事休す」を「万事休した」と表現するのには問題があって、元々は文語の慣用表現である「万事休す」を、口語化して活用させていいのか? ということです。選手がコメントで使ったり、わたしたちが日常砕けて使うならともかくも、現代語の範たる新聞記事に使ってもいいかということなのです。文語なら「万事休せり」とでもするのでしょうが、それもまた妙な感じですし、結果「慣用表現通り『万事休す』」を採用するわけです。

また、「万事休した」はちょっと抵抗があっても、「万事は休した」という使い方なら認めてもいいという立場もあります。たとえば、語源のところで紹介した「故事ことわざ辞典」もそうです。

「万事」と「休す」の間に助詞を入れて「休す」を活用させることもある。(例 「万事は休した」)

慣用句を崩した使い方ですが、文語「休す」を「休する」と口語化させて、「休した」としているのですね。違和感を感じない世代が増えていくと、定着していくのかもしれません。

ちなみに、毎日のこのコラムのテーマは「前倒し」を「前倒す」、「飼い殺し」を「飼い殺す」というような使い方は認めがたいと「名詞の勝手な動詞化」がテーマです。動詞から名詞ができてるはずなのに、動詞として使いにくいという、言葉の迷路に入り込んでしまってる気分でおもしろいです。

長文をお読みいただきありがとうございました。

では、一服しましょう、こういうときは、万事急須。

お後がよろしいようで~。

COMMENT



コメントの投稿












※スパム対策のため、半角英数字のみのコメントは禁止設定してあります。
また、半角「-」の5文字以上連続もコメント内に書き込めません。



秘密にする

TRACKBACK

※この記事のトラックバックURL(コピーしてお使い下さい)
  
http://smartass.blog10.fc2.com/tb.php/2598-3c0f6a84

※管理人が承認したトラックバックのみ表示します(12時間以内には表示処理をするつもりです)。
HOME
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。