David the smart ass

心のダイエット!~時には辛口メッセージを~

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そうか、落語ブームなんだぁ~大須夜席の宣伝

2008-03-27-Thu
先日、大須演芸場で落語を見て、雷門獅籠が古典落語「三枚起請」(さんまいきしょう)ってのをやっていて、「棟梁(とうりょう)」を「とうりゅう」って言ってるように聞こえて、気になってしかたがなかったというようなことを書いて、ま、よせばいいのに獅籠自身のブログにトラバを送ったりなんてしたものだから、獅篭ご自身からコメントをつけていただくということになってしまいました。

棟梁=とうりゅう は江戸弁というか落語のルール言葉というか・・・。

詳しくは「とうりゅう 落語」とかで検索ちゃんしてみてくだはい!

このコメントを見て、ああ、申し訳なかったなぁと思うと同時に少し複雑な気持ちになったのです。これからは舞台を見ても、当のご本人のブログにトラバするのは、少なくとも止めたほうがいいかもしれないぞと反省したりしました。こちとらお客だぞ~ってな調子で書きたいこと書いて、それをトラバするというのは、なんだろ、ちょっとマナー上よくないというか、フェアじゃないかもしれないなぁとちょっと思ったのです。

客商売。こんな客でも、客は客。あっちはおもしろくなくても、一応は客と思って対応しなければならないわけでしょう。きっと、獅籠自身も、どうコメントしたものかときっと悩んだに違いないと思ったのです。「くらはい!」というちょっとおどけた言い回しに、わたしはその、戸惑いというか、ためらいというか、一種の屈折のようなものを感じたのです。

ま、わたしは教えていただいたとおり、「棟梁 とうりゅう」で検索して、いくつかヒットしたページから、「大工(だいく)」を「でぇく」と言うのは江戸弁で、同じく「棟梁(とうりょう)」を「とうりゅう」と発音するというような説明のページをみつけました。「うむ、さすがは大工は棟梁(とうりゅう)(細工は流々)」というように、「だいくはとうりゅう」と「さいくはりゅうりゅう」の洒落を使った落語を紹介しているページもみつけました。
 → 「お家寄席」

なるほど。獅篭は古典落語の伝統に則って「棟梁(とうりょう)」を「とうりゅう」と言っていたってことなのですね。そうなんでしょうね。でも、わたしの中では「でぇく」や「しゃかん」「あすび」というのは耳障りでなくても、「とうりゅう」は、なんだかやっぱり居心地が悪いんですね。なにか、すんなり乗り換えられないなぁというような感覚がどこかにあるのですね(落語が間違ってるとか言ってるんじゃないですよ)。

ほんでもなぁ、「りょう」を「りゅう」なんてちょっと座りがわるいなぁと思っていて、ふっと思い浮かんだ人物がいたんです。

坂本龍馬

ああ~。「龍馬」は「りょうま」とも読むなぁって思ったんですよ。ちなみに、検索するとこんなページがあります。

ちなみに、「龍馬」は慣用音「りゅうま」だが、漢音は「りょうま」で、
同時代の人の日記や書簡に「良馬」の当て字で記されていることもあり、
また龍馬自身も書簡の中で「りよふ」と自署していることもあるため、
「りょうま」と読まれていたことは間違いないようです^^
「竜」は「龍」の新字で、本来ならば「竜馬」は誤りですが、
司馬遼太郎の「竜馬がゆく」以来、慣用化されています^^
      → 雑学のすすめ:「坂本龍馬が免許皆伝って、ほんと?

これ読むと、漢字上は「りゅう」が正当で、「りょう」は慣用で、ところが坂本龍馬の場合は「りょうま」の方がどうやら正しいという話のようなのですが、「りょう」と「りゅう」を通じさせたのは「棟梁」だけでもなかったんだということで、ちょっと納得したりしてるわけです。

で、話は元に戻して、獅篭がコメントをつけてくれたのを見て、わたし自身はなにか申し訳ないような気持ちが働いて、ついつい、「師匠、コメントありがとうございました」などとレスしたら、スゥ。さんから、「真打以上が師匠なんだけど、獅篭は真打だっけ?」みたいなコメントをいただきました(同じ記事です)。相撲でも「関取」と呼んでいいのは十両以上のように、落語にも慣習というか、しきたりがあるのでした。しまったなぁと思ったのですが、ま、しかたがありませんね。こうして、少しずつ、落語の言葉を覚えていくというわけですね。

そんなスゥ。さんが教えて下さったのが、大須夜席の情報です。

yoruseki16.jpg第16回 大須夜席
泉水亭錦魚・立川談奈
   二つ目昇進記念落語会


日時 平成20年3月29日(土)
開場 午後5:30 開演 午後6:00
会場 大須演芸場
※地下鉄鶴舞線大須観音駅下車徒歩5分
出演 泉水亭錦魚、立川談奈、
雷門獅篭、雷門幸福、雷門小ゆび
木戸 1,500円(全席自由 当日のみ)

「二つ目」ってのは何か? 真打とは何か? なんて話を、誰かが枕でしてくれそうな企画でもありますね。

ええと、落語ブームらしくって、中央公論4月号が「落語の「通」になりたい」なんて特集やってましたんで、Amazonで買って読んでみました。お薦めDVDは参考になりましたし、「名人論」(?)も、興味深くはあります。

中央公論 2008年 04月号 [雑誌]

中央公論新社 (2008/03/10)


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COMMENT



2008-03-28-Fri-13:50
あさしょう「りょう」は座りが悪いぞ

あぁまたしても長文 スマソ orz…

2008-03-28-Fri-14:51
(本人でもないのに口幅ったいけれども)獅篭ブログへのトラバ構わないと思いますよ?
棟梁(とうりゅう)は初めて聞いたときスゥ。も気になりましたもの。そういう云い方をするんだなと単純に呑み込もうとしても喉に引っ掛かる(笑・大工=でぇく 遊び=あすび 左官=しゃかん が平気だったのも同様。何故でしょうねぇ?)

立川志らく師の著書〈全身落語家読本〉にも若い客から「古典落語を聞いていて一つ分からない単語が出てくると意識が引っ掛かって噺に集中できない」と云われる部分がありました。
対する志らく師の意見は(そんな理由で面白い古典が高座に掛けられないなんて勿体ないから)そこは噺家が枕や単語の出てくる前の流れで然り気無く説明しておくべきだろうというものだったと記憶しています。
先にNHK〈日本の話芸〉で伺った〈子は鎹〉ざこば師匠は開始早々に懐から本物の鎹を出して客席に示しました(自分でホームセンターから買って来たって遠くの観客にも見えるように大小2ツ!)
言葉には使われなくなってしまうものもあるからそういう配慮が必要になるんです。

出人サンの記事を読んだ獅篭クン(←クンはスゥ。的には親しみの表れ~♪)が次の口演で志らく師ざこば師のような工夫をし甲斐あって落語初心者の客が拘泥なく噺を楽しめるとしたら素敵。
(現実に獅篭クンがそうするかは措いて)ですから疑問を呈したことは寧ろ建設的なことだったのではないでしょうか?

出人サンは“客商売。こんな客でも、客は客。あっちはおもしろくなくても、一応は客と思って対応しなければならない”なんて書かれました。

でも客席に所謂ご通家ばかりいたら噺家は厭だろうと思いますよー^^;
たぶん通2割たまに来る客6割で初心者2割くらいが演りやすいのでは?

だいたい通なんて人種はサラクチだのヒザガワリだの符丁でもって喋りゃァがって初心者の素朴な質問に「嘴の黄色いのが甲高い声で…乙じゃァありませんねぇ(嘲)そんなことォ尋くなんざァ野暮ってもンですよ」なぞとホザク輩でロクな奴じゃないんですから!(台詞は嘘だけどニュアンスは完全に↑の通りに云われたことがある…ググレカスのがマシ)
だから落語通検定なんか受けないもん。ずっとタダの落語好きでいるんだ~(師匠の呼称の件だって乗り遅れたかなって思ったミーハー心から出たんで他意はないよ?)
でも中央公論は図書館へ読みに行こうっと。
明日しらかわホールで昼前からクラシック三昧(まるごとしらかわの日)その足で大須夜席まわってきまーす♪

☆滑稽本さん

2008-03-29-Sat-08:21
滑稽さんの感覚ではそうなのかもしれませんが、わたしにいわせると、「青龍」が「しょうりゅう」なのか、わたしは今の言い方の方が実は当初抵抗がありました(もちろん、これは慣れもあって、今ではなんともありませんけれど……)。

青龍が、所謂、青龍、朱雀、白虎、玄武の四神に由来するのだとすれば、「せいりゅう」または「せいりょう」であって、「しょうりゅう」「しょうりょう」ではありません。そのあたりをどう考えたて「しょうりゅう」にしたのかは、わたしは知りませんけれど、今の朝青龍の読み方を知らずに、文字だけをみせられたら「ちょうせいりゅう」または「あさせいりゅう」とわたしなら読んでいたと思います。

単に慣れだと思います。

 → http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9D%92%E9%BE%8D

☆スゥ。さん

2008-03-29-Sat-08:34
そうですよね。わたしも、そもそもは獅籠が見てくれて、ああ、こういうふうに感じる客もいるんだと感じて、なにかの参考にしてくれればいいかなと思っていたのです。たとえば、話の枕にでも「棟梁」の読み方について、ちょっと解説してくれるとかしたら、わたしも記事を書いた甲斐があるとは思うのですが、それをいいことに、こっちが、さらに調子こいて、あれもどーの、これもどーのなどといわれたらたまらんだろうと思わないでもないわけです(笑)

TTTTTT
立川志らく師の著書〈全身落語家読本〉にも若い客から「古典落語を聞いていて一つ分からない単語が出てくると意識が引っ掛かって噺に集中できない」と云われる部分がありました。
対する志らく師の意見は(そんな理由で面白い古典が高座に掛けられないなんて勿体ないから)そこは噺家が枕や単語の出てくる前の流れで然り気無く説明しておくべきだろうというものだったと記憶しています。
LLLLLLL
これは、そうだと思います。わたしもよくわかります。まさに、「棟梁」がそういう状態だったので。

ざこば師匠が実物の鎹(かすがい)をお客に見せるなんてのは、誰から教わったものでもない、ご本人がお考えになったのでしょう。これぞ、プロという感じです。落語は庶民の娯楽と考えていいので、こうしてお客の方に歩み寄ってくれるのは素敵ですよね。

むふふ、じゃ、この記事トラバしちゃおう~(笑) 

・中央公論は一読してもいいと思いますよ。
・クラシックと寄席の梯子楽しみですね。うらやましいです~。

そりゃそーだ(笑)でも大丈夫。

2008-03-29-Sat-09:24
〉それをいいことに、こっちが、さらに調子こいて、あれもどーの、これもどーのなどといわれたらたまらんだろうと思わないでもないわけです(笑)

落語を始め演劇なぞは客がいなければ成り立ちません。客席の笑いや涙や不満気な雰囲気を演者が肌で感じることで舞台そのものが変化するところこそ板の上でリアルタイムに行われる芸の醍醐味。木戸銭を払ったからだけでなく一緒に空間を造り上げる参加者としても発言権はあると思います。でも主体は噺家や役者だし所詮こちらの意見は素人のもの(素人意見ゆえの貴重さはあろうとも)その採択権はアチラにあるわけでしょう。
だから気楽に感じたままを書いて大丈夫。しょーがねー意見だなーと思ったら華麗にスルーして貰えますよ(笑)

☆スゥ。さん

2008-03-30-Sun-17:08
そうですね。

どうぞ、華麗にスルーしてほしいもんです。むふふ。



☆滑稽本さん

2008-04-02-Wed-19:18
ああ、四神の青龍(せいりゅう)でなくて、四国の青龍寺(しょうりゅうじ)の「青龍(しょうりゅう)」だったのですね。なるほど。

ごっつあんです。


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