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短編小説:「池のほとり」(1/5)

2001-03-10-Sat



  (1)

ある日のことです。お釈迦さまは極楽の蓮池のふちを、独りでぶらぶらお歩きになっていらっしゃいました。池には多くの蓮が咲き乱れ、それぞれのまん中にある金色の芯からは、なんともいえばいいい匂いが、あたり一面にあふれておりました。

蓮池には幾本かのせせらぎがながれ込み、そのうちの一筋の流れがよどんだあたりに、それはみごとな真紅の蓮がそれはそれは見事に花開いていたのでありました。そしてその真紅の蓮を、楽しげにのぞき込む少女の姿をした者もおりました。お釈迦さまはその少女を「竜女」と呼んで、いつもかわいがっていらっしゃいました。

その真紅の蓮は竜女がお釈迦さまにおねだりしていただいたものです。お釈迦さま広く全宇宙の魂を救うという使命をお持ちでいらっしゃいましたが、残念ながら、必ずしもすべての魂を安楽へと導けたわけではありません。もちろん、大半の魂を成仏させることができた星もあったのですが、逆に、争いが絶えず、戦争やテロのみならず、同族殺し親殺し、子殺しさえもが珍しくないようなひどい星もありました。自らの環境に感謝する気持ちを忘れ、便利さと快楽におぼれ、物欲と虚飾とにより自滅していく救いようのない星、未だ多くの魂が往生できずに迷っているという、そんな失敗作ともいえるような星もあったのです。

正直なところ、いっこうに煩悩の消えない魂に、お釈迦様は半ば疲れ切り、半ばあきらめてかけて、ひとまずその星を竜女にあずけてみることにしたのでした。そうです、今竜女がのぞいている真紅の蓮の花陰の水底に、その星は青く美しい姿をひっそりと潜ませておりました。畜生に等しい魂が漂う星という意味で「畜游(ちくゆう)」などと呼ばれていたのです。

竜女が畜游を好きであったのは青く美しかったからではありません。極楽の平穏で退屈な暮らしぶりに飽き飽きしていた竜女が、畜游の上で繰り広げられる事件が刺激的であり、愉快であり、驚きであり、もうそれはそれは楽しくてしかたがなかったのです。だから、その日も竜女は、なにかおもしろいものはないかと蓮の花芯をのぞき込んでいたのです。

竜女が畜游の上に手をかざすと、呼ばれたように、ボっと畜游全体が輝きだして、地表で起きていることを虚空に映し出しました。それはあたかもホログラムのように生き生きとそのさまを映し出しました。そうして竜女は占い師が水晶玉に呪文でもかけるようなしぐさを繰り返して、その映像の映り具合をコントロールするのでした。親指を曲げるようにしてクルクルまわす動作をすると、好きな場所をグングン拡大して表示することが可能でした。中指を早くスライドさせるような動作をすると、畜游はくるくると高速で回転します。こうして竜女はいつもおもしろそうな場所をたちどころに探しては、クローズアップさせてみることができるのです。

そうした事件の見つめる竜女の目は、いつも好奇心で輝いていました。






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