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David the smart ass

心のダイエット!~時には辛口メッセージを~

短編小説「猫の話」(4/5)

2001-08-27-Mon


   (4)

 「いつも、帰りに送ってもらって助かっているんだが、わしは運転ができないわけじゃないんだ。クルマの免許証は持っていて、そして、クルマもある」
そうなんだ。知らなかった。そういえば、Kを送っていったときに、きちんとした車庫があった。奥さんが乗るのだろうと思っていたが、K自身が運転できたとは初めて聞いた。
「あることがあって、乗るのをやめているんだ……」
どうやらそのあることが問題のようだった。

--それは、秋の日だった。久しぶりに残業もなく早く帰れるので、ちょっと楽しくて鼻歌交じりにクルマを走らせていた。ちょっと狭いが、通い慣れた道で、まだところどころに田んぼや畑がのこっていて、のどかなものだった。通行人もクルマもいなかった。

 どうしたわけか、そこを子猫が歩いていた。歩いていたというか、道にさまよい出てしまったいう感じだった。遠くから路上に猫がいることがわかったので、スピードを落として近づけば当然、ささっと走って逃げるものだと思った。

 ところがどうしたわけか、子猫は逃げなかった。どちらかに逃げるどころか、クルマの進む方向にちょこちょこと走っていくのだ。その足取りはかわいくさえあった。あるいは子猫は必死だったのかもしれないが、その仕草のけなげさは、まるでクルマとの追いかけっこを楽しんでいるかのように思われた。調子にのって、からかうようにクルマを走らせた。もちろんスピードはもうのろのろで、全く危なくないはずだった。

 しかし、悲劇はその時起こった。何がどうしたのか、全くわからない。ほんとうにどうしてそうなったのか、運転席からは見えなかったのだ。ただ、わかったことは子猫を轢いてしまったということだった。子猫が疲れてしまったのか、あるいは、何かにつまづいたのか、急に気が変わって方向を変えたのか、とにかく、子猫の姿が見えなくなって、慌ててブレーキを踏んだときには、もう、手遅れだったのだ。

 「なんだよ、おい。そんなつもりじゃ……。おい、馬鹿野郎」
 クルマを降りて、子猫を確認する気にならなかった。嫌な音と微かなタイヤの感触でことの次第は充分にわかった。しばらく走りすぎて、おそるおそるバックミラーで確認すると、ひょとしたら親猫だろうか、いっしょに追いかけっこをしたいた子猫よりも二回りほど大きな猫が、耳を立て目を見開き道の真ん中座って、走り去るクルマを見送っていた。

 その夜から、ときどき夜中に目が覚めるようになった。部屋の中に何者かがいる気配を感じるのだ。気配というよりは、息づかいだった。自分の寝息とは違うリズムの息づかいが、真っ暗な部屋のどこかでする。誰かいるのかと、ふっと起きてみると誰もいない。慌てて明かりをつけても姿はないのだ。

 毎晩というわけではない。疲れているときとか、何かの拍子に起きるようだった。何者かが足元にうずくまっているようでもあれば、寝ている自分の顔をのぞき込んでいるようでもあった。足音を立てるわけでもないが、何かがすーっとそばを通り過ぎていく気配がしたときもある。

 ある夜、なんとなく息苦しさから目覚めたときには、そいつは胸の上にいた。寝顔をのぞき込むようにじっと見つめている気配だった。そいつの息が口にかかる。生臭い匂いだった。この匂い……、記憶があるぞ。そして、その匂いと胸の上の重量感から、ある生物が思い出された。この重さ、この生臭い息づかい、忍び足……。猫だ。あの猫が来ているのだ。あの日、心ならずも轢き殺してしまった子猫の親猫が、わが子を返せと詰め寄ってきているのではないかと思った。

「(うわぁ)」
叫ぼうとしても声が出ない。手足が硬直して動かないのだ。金縛りなのか。どうして声が出ないんだ。あたりは真っ暗で何も見えない。明かりをつけようにも、手も足も動かない。どうなったんだ。どうしたんだ。誰か。苦しい、苦しい--別に猫が首を絞めているわけではない。ただ、大の字に近い形で寝ている胸の上に、じっと動かずに猫が乗っている、その圧迫で息苦しいのだった。

「(助けて、助けて。誰か、誰かぁ)」
声にならない。身体が動かない。そして、何も聞こえない。ただ、猫の生臭い息だけが顔にかかってくる。どうしてしまったんだ。どうなんだ、混乱は恐怖へのと繋がった。
「(悪かった。悪かった。殺すつもりはなかったんだ。偶然だった。悪かった。かわいかったんだぁ)」
思わず、猫に詫びていた。もがいてももがいても手足は動かない。首を持ち上げようとしても動かない。ただ、胸が重苦しい。声が出ない。息ができないのだ。
「(悪かった。悪かった。助けてくれ~)」
と、バタバタしているうちに、どうしたものか、突然身体が動くようになった。音も戻ってきていた。さっきまでは聞こえなかった電機モーターの唸りのようないつもの音が聞こえてきた。

 --夢だったのか? それはわからなかった。でもよかった、とにかく身体が動くようになった。「わっ」と声を出してみた。深夜の場違いな大きな声が出て、自分で慌てた。夢だったのか? 毎晩? それはわからなかった。

 ただ、その夢かうつつの中で大声で詫びた夜以来、「猫」はちょっとおとなしくなった。ときどき、寝ている部屋に表れるようだが、以前のように歩き回ることも、胸の上に乗るようなこともなく、じっと足元付近の、ちょうど部屋の西の隅にうずくまって、こっちを見ているようだった。

 どうしてわかるかって? 湿っているからだよ。朝起きて部屋の西の隅を見ると、畳が湿っていて、それがちょうど猫が座っている形をしているんだ。今でも? そう。今でもときどきね。

 四つ目? ああ、それは実は今日まではっきりとわからなかった。何度か、夜中に目を覚ますなかでときどき、いつもの場所に目が四つ光っていることがあるんだ。猫の目が。

 四つの目がどういう具合に四つなのかよくわからなくてね。あのときの死んだ子猫を生きてる親猫とがつれて来ているのかと、ひとまず思っていたんだけど、生きているのと死んだのとって、なんだかそれも変だなって。その目の位置や畳の湿った形から、どういうかっこうで二匹が重なったら、ああいうふうに目が四つ光るのだか、そんなことがずっとわからないでいた。

 それが、今日の落語を聞いて、なんだかすべてが一致したようで、なんだかそれが恐ろしくなったよ。四つ目の猫がいるんだなって--。



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