David the smart ass

心のダイエット!~時には辛口メッセージを~

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仔猫のために、あえてひとこと。

2006-08-26-Sat
ずっと記事にしたかったけれど、なかなかできなかったんです。なんというか、わたしの結論は「わたしはペットを飼ってない」なんです。

ネットに転載された坂東眞砂子のエッセイやその反応などを読んで、坂東の考えを理解しようとつとめました。一応、自分なりには理解しました。(問題のコラムはここ

すべての動物、植物に関わらず、「生きること」「子孫を残すこと」がおそらく絶対善としてあるということですね。そして、「自分が生きるために他の生命を奪うこと」もありなわけなのでしょう。それは、生命の維持のために他の生命を食らうことであり、生存競争であり、正当防衛でもあります。

そういうことを考えていると、「まずもって自分が生きること」が第1になってしまうのでしょうね。で、坂東が言いたかったのは「人工中絶は胎児の命を奪うことってよく問題になるけど、避妊処置手術だって、生命の根元的権利の一つを奪うことだ」ってことだと思うんです。もちろん、「生まれてきた生命を奪うことは人工中絶よりももっと明確に悪(残酷)だとされてる」と思います。そんなこと、板東がわからないはずがないんだけれど、実際それをやっちゃってるって書いてるんで、そこは違うだろって話になってるんですね。

こういうのはひとつの確信犯的な行為かもしれないのだけれど、作家になってくると、「どういう行動をしたか」ということよりも、「どういう意識を持ってそれをしたか」の方が大切になってくるのかもしれません。

だから、平たく言えば、「猫の避妊手術して罪の意識を感じないでいる」ことと、「充分に罪の意識を感じながら仔猫殺しをする」ことって、残酷性(残虐)と精神性(罪の意識)という点でのプラスマイナスを考えると、ほとんど変わらないってなことに来るんじゃないかと、ま、解釈しています。板東の主張を。

ただ、その到達点が「(罪の意識を感じながら)実際殺しちゃってる」っていうのは、やっぱりちょっとまずったかも。本当は、坂東は「(中絶も避妊も含めて)同じ殺すなら、もっと罪の意識を感じなさいよ。感じる想像力がないなら、実際感じられる手法(仔猫殺し)でやりなさいよ」ってくらい書きたかったんだろうと思います。

だけど、実際やってしまうのはね。やっぱりそれはダメでしょう。結局坂東にいいたいことは、「実際に殺すのはおやめなさいよ。作品を通じてそれを知らせるのが、作家の仕事でしょうから」ってことになってきます。

猫たちの冥福を祈ります。

一応まとめというか、大相撲関連でお世話になっている、過去物語さんのこのあたりの記事を読んでいけば、いろいろリンクされてます。
局の独り言:≪直木賞作家・坂東眞砂子≫「私は子猫を殺している」
 〃 :≪直木賞作家・坂東眞砂子≫「子猫殺し」 背景に「日本嫌い」 

ま、わたしが記事を書く気になったのは、keeponさんが書いていたからですが。(→ シネマと寝言の日々:「今日の嫌なニュース」

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<追記>です。

ペット好きの中で、避妊手術は常識。それが世のため、人のため、ペットのためと信じてる人は、あるいは少なくないかもしれません。ペットを正しく飼うイロハのイくらいに言われて、生命の根元とか、尊厳をなんことを考えもせず、ただ、なにも考えずにそうしてしまう人もいるかもしれません。

もちろん、多くの飼い主は、ペットに避妊手術するのは「必要悪」くらいの気持ちはあると思います。「つらいだろうけど、我慢してね」って思っている人だって、きっといる。ただ、「そうしないと、もっとつらいから」ってな言い方って、なんとなく、「飼い主の都合」だろうと坂東は言うのですね。それは人間さまの傲慢だと。

ただ、例の千代大海に対する露鵬みたいなもので、というと却って話が複雑になるんでしょうけれど(笑)、実際に坂東が仔猫を殺してしまっているので、この主張に説得力がないどころか、逆に、攻撃されてしまうんです。

「世のペット好きで、ペット自慢でいい気になってる連中よ、お前たちがしているペットへの避妊手術は、飼い主の都合で生命としての尊厳を侵しているんだぞ。その痛みを感じているのか」という、ある種のまっとうな指摘が、かすんでしまっているんです。

そして、その主張に危険な指摘を感じとるペット好きは、さらに坂東憎しといことになっているのでありましょう。確かに彼女の行動は逸脱していると思うし、動物虐待ということもあるでしょう。だからといって、ここで坂東の主張を、単なる妄言、暴言と葬り去っては、それこそ、仔猫たちが浮かばれないのではないかと思います。

冒頭に書きましたが、わたしはペットを飼っていません。別に、生命の尊厳がどうのとか、そういうことでなしに、単に、面倒くさがりなだけですけれど。だから、ペットの飼い主の愛情や痛みみたいなものに、今ひとつ気持ちが及ばないかもしれません。結局、そういうことになってしまうんですけれど、でも、わたしは思いますよ。

せめて、今ここで、避妊手術を当然のこととして強制的に受けさせられる動物たちの痛みを思ってもいいのではないかと。また、避妊手術がベストなのか、それとも、もっといい方法はないものか(あるかないかしらないが、たとえば猫用ピルだって考えられますよね、理屈的には)、それを考えてもみても損はないでしょうってことです。


COMMENT



偽善者ぶるつもりはないですが 1

2006-08-26-Sat-22:16
単純な自分ですら何かが変じゃないか、と思わずにいられませんでした。
まず一つ目。
「生まれてきたらまた殺すよ。と待ちかまえていることになる、作家さんの態度」です。中絶しないかわりに、生まれたら殺す…ですよ。生まれてくる子猫にもしも決定権があって、自分の生死を選べるなら、作家さんの家に生まれてきたいと思うでしょうか。子猫の気持ちを想像するのはバカげているでしょうか。でも、生と死について哲学するなら、親猫のお腹の中にいる小さな命の気持ちを推し量ってもよいのではないかと思うのです。

出人さん

2006-08-26-Sat-22:22
取り上げていただいてありがとうございます。

本当に難しい問題だと思います。
坂東さんのエッセイは、問題提起にはじゅうぶんなっていると思いました。突き詰めていけば、この社会の構造の不自然さに行き当たるのでないかと思いました。

このようなことが問題視されるのも、日本が世界から見ると飽食の国、平和(と思われいている)な国だからこそかもしれません。

世界の中で、生きていくだけでも苦しい思いをしている方に言わせると、簡単に答えのでる問題なのかもしれません。

でも、今自分はこの日本という社会に生きているので、この社会に共存する私とペットとしての関係を、迷いながらも考えていきたいと思っています。

今、飲んで帰ってきたところで酔ってます(^^;
このコメント明日読み返したら、変なこと書いちゃったかと思うかも・・・。

追記

2006-08-26-Sat-22:37
二つ目。
攻撃対象が「暗い」と思いました。「中絶させて、命の糸を切っている人」に対しての反駁。マイナスと判断した対象に、「こちらのマイナスの方がまだ意義があるだろう」と挑んでいるような論理。単純な私の頭では、中絶が殺しだというならなら、崖捨てだって殺し。殺し対殺しで議論するものなのかなぁ…、と思ってしまいました。それにしても、今日野道を歩きながら、私は虫を踏み潰したことと思うのです。そう、小さな命を殺してます。そうやって知らずに殺生しているのだから、できるのは「ごめんね、ありがとう」とあやまるくらいでしょうか。ああ偽善的かな…。

追追記

2006-08-26-Sat-22:48
最後です。3つ目。
次のように教えてもらったことがあります。「自分の行動の是非を問うなら、3歳の純粋な子どもの前でできることか、言えることか、判断してごらん。」
作家さんに小さな子どもさんがいると仮定してみます。その子どもさんの前で、公然と子猫を投げ捨てる行動を続けられるものでしょうか。子どもさんはどう思うでしょうか。小さな心を安心させてやる行動をとってあげたいと思うのは偽善的でしょうか。一つの行動とは、それに様々な人の心が関わる、というのが本質だと思いますが、理想的すぎるでしょうか。長々と済みませんでした。

☆RKさん(まとめて)

2006-08-26-Sat-23:16
はじめまして。コメントありがとうございます。たくさんありがとうございました。きっとわたしの文章を読んで、いろいろ考えて下さったのでしょう。

Rkさんが変だと思うのも、全然間違ってないです。子どもの前で猫を殺せるかなんて、坂東だってしないと思います(わかりませんけど)。

坂東の結論というか行動(子猫を殺す)は間違っています。ただ、結論というか行動(子猫を殺す)が間違っているからといって、残りが全部間違ってるってことはないと、わたしは思いました。これはこれで一つの意見だと思って読みました。

もしこのエッセイが、
「冒頭に書いたのは、実はウソで、そこまでしてもと思い詰めてはいるのだけど、実際に子猫を殺すわけにはいかない。かわいくてかわいくてしかたがないのだ。だから、わたしは生まれてきた子猫を全部飼っている。もちろん、中には病気で死んじゃった子もいるけど。それが今では親猫と合わせて98匹。101匹猫ちゃん大行進まで、あと3歩だ」
などと結ばれていたら、それはそれでけっこう素敵な話だと思うんですね。果たして、これほど話題になったかどうかはわかりませんけれど。

☆keeponさん

2006-08-26-Sat-23:36
どうも~。

せっかくのほろ酔い気分、気持ちのいいところ、なんだかすみません。

もうずっと以前どこかで読んだんですけどね、東南アジアのどこかの国で、十代の少女が工場で働いているんです。貧しい家で、そうして家計を助けて、自分も勉強したいとがんばっているって話です。いい話でしょう。その工場で彼女たちが作っているのが、日本向けのネコ用のペットフードの缶詰だそうです。

どういう論調で書いてあったのかは忘れましたが、貧しい彼女たちから見て、日本は、ネコまでがこんなごちそうを食べられて、さぞすばらしい国に映っているんだろうなぁっ思いました。

ネコ殺しと関係なくてすみません。

坂東は日本が嫌いらしいけれど、なぜ嫌いなのか、どういう点で嫌いなのかって、聞いてみたらいいんじゃないでしょうかね。別に肩持つわけじゃないけど。だから、今回の騒動で、坂東の日本観というか、文明論というか、文化論というか、そうしたものがもっと出てくるとおもしろいと思います。

結論というか行動(ネコ殺し)が間違っているからと言って、せっかくの批判を、戦前の非国民扱いのように封殺してしまうのは、もったいないし、そっちの方が危険かもしれませんよ。

世界の猫事情

2006-08-27-Sun-15:59
 突然お邪魔することお許しください。坂東氏の件で色々と取りざたされていますが、私の考えを述べさせていただきたいと思います。
 日本にいる猫は日本の固有の生物ではありません。人間の助け無しには生存が危ぶまれる生き物です。人間の交易によってネズミ捕りが上手な「家畜」としてやってきました。昔からの「家業」に就いているのは極々限られていて、今では殆ど愛玩動物になっています。ですからペットショップで気に入ったから「購入」して飽きたからぽいっと「遺棄」したり、粗大ゴミを出すように「殺処分」してはいけないと考えます。「殺処分」は扱う職員の安全面と経済的な理由から二酸化炭素による「窒息死」です。高価な薬物を使う「安楽死」ではありません。いくら仕事とはいえ殺処分を担当する人の心理的負担は大きいと考えます。

 殺してはいけない、でも不自然なのはいけないとしたとします。すると・・・。
 猫ちゃん大好きと雄雌の猫を飼って室内飼いをすると・・・あっという間に数十匹に膨れ上がります。
 そこで「個体数制限手術」を勧めるのですがこれを「自然に逆らう」と拒否する人は決して少なくありません。また、家に閉じ込めておくなんて!と自由に出入りさせ子供を生むたびに自治体の決められた方法による「殺処分」をする人も少なくありません。
 またこの方法自分の手を汚さないまでも坂東氏の行為とさして変わらないと考えます。
 家は雄だから関係ないわ~雄は直ぐいなくなるし~と自然にまかされている方も沢山居られます。健康な雄は複数の雌を妊娠させその多くは不幸な子供を生み出す結果になります。

 坂東氏の事件を私はチャンスではないかと考えます。問題の本質に目をむけ皆でどうすればよいかと考える機会になればいいと考えています。

 先日、関西のある保護団体を通して日本犬の雑種成犬が動物福祉の先進国イギリスに渡ると言う記事がありました。殺処分を回避し幸せになれるんだね!という内容で日本の動物事情については「日本では人気薄でイギリスでは日本犬が人気だから」と全く突っ込みの無い記事でした。 イギリスはペットショップと言うものは無く、ブリーダーから譲り受けるか、動物保護センターから譲り受けるかして、動物達を家族として受け入れる方法を取っています。
 日本は簡単に命を買うことの出来る国で、飼うことが出来るかどうかと言う審査は必要ありません。 それはお金を出して珍しい動物を飼って、飽きたら「自然に帰す」と勝手な理屈で動物を「遺棄」するという流れを作り出しています。
 餌をやる人がいるからこんなことになった!と非難する人もいます。飽食の国、またゴミの始末も悪いので「自然に帰った」猫たちは人々に忌み嫌われながら町の片隅で暮らしています。餌をあげながら個人的に避妊手術をしても個人では限度があります。またたちの悪いひとはこれ幸いにと「篤志家」のいる場所に猫を捨てに来ます。増えちゃいけないから避妊手術を施してから捨てに来る人はほぼ皆無でしょう。減るどころか猫の数はどんどん増えていくのです。
 そこで、「地域猫」と言う概念のもと「野良猫」を減らす活動をしている人々がいますが、「猫が好きな頭のおかしな人の集団」といわれの無い蔑みを受けることも少なくありません。
 インターネットの普及により潜在的な里親さんも増えましたが、その落とし穴として「里親詐欺事件」もけして少なくありません。
 苦労して保護し病気や寄生虫を治して飼い猫になれるようになるまで育てた猫たちを、いい人ぶってただで騙し取るのです。騙し取られた猫たちの行き先はもっとも苦痛を伴う「生体実験」の資材です。
 Mによる里親詐欺事件の裁判を傍聴しましたが、裁判官の人柄と言うか、それが世間の一般的な考えと理解したらよいのか??「高が元野良猫」を騙し取られたぐらいで・・・という空気をひしひしと感じました。

 税金で毎年数十万頭の犬猫を殺し、交通事故死しても「気持ち悪い」と知らん顔の私達日本人が、坂東氏を袋叩きするのはおかしなことです。坂東氏の行為を特殊な人の特殊な事情として終わらせないで欲しい。問題の本質にみなが目を向けてどうしたらよいか(ほぼ答えは出ていますが)よく考え、皆が団結してその方法を実行できるように、出来ることなら国に音頭を取って欲しいです。
 動物の習性をよく理解して飼い主になるように、子供のときから組織だった教育が必要だと思います。

 飼ったら捨てない、飼えなければ飼える人を探す。飼うなら生ませない、産ませたらその子の面倒も見る。面倒が見られないなら買わない(飼わない)です。
 取り留めの無い文章になりました。長くなったのでこの辺で ではまた

☆チャコさん

2006-08-27-Sun-19:09
はじめまして。いらっしゃいまし。

長文のコメントありがとうございました。「地域猫」という考え方があることを初めて知りました。現状を止むに止まれず始めている運動だろうと思います。

ことは猫だけの問題ではなくて、ペットの問題というか、日本人のペット観になってくるのでしょう。猫、犬、その他の鳥、爬虫類でも、世話をしきれなくなったり、あるいは逃げたペットが思わぬ事件をおこしているというこニュースもたまに聞きます。そういう事件や、「遺棄」されたペットたちの悲惨な生活を思うとき、ペット教育とうか、飼い主教育についてなんとかしなきゃいけないってことになってくるわけですね。どうしう切り口で学校で扱うのかわかりませんが、命の教育や人権教育、環境教育などと絡めて扱うことができるかも。よく知りませんけど……。

現実的な解決としての大原則は、おっしゃるように、「飼ったら捨てない、飼えなければ飼える人を探す。飼うなら生ませない、産ませたらその子の面倒も見る。面倒が見られないなら買わない(飼わない)」なんでしょうね。

ただ、現実的にこれしかないから、ほかにうだうだ考えてもしかたがないかというと、そうじゃぁないってことなんですよね。物として飼ってるんじゃなくて、ペットとして飼っているっていう思い入れがそこにはあるんです。

出人さん

2006-08-28-Mon-00:07
コメントへのコメント、ありがとうございました。「一つの行動や結論が間違っているからといって、その他の全てを否定することがないように」という出人さんのお考え、もっともだと思います。私も公平に人に接するようにしたいと思います。また、チャコさんの意見を読んで、当該事項をきっかけとして、もっと広く、深く物事の本質に向かうようにはからうべきだな、と思いました。投稿させていただいたおかげで、いろいろ考えました。ありがとうございました。

☆RKさん

2006-08-28-Mon-01:23
どうも。ごなっとくいただき恐縮です。よかった。

これで、この前のコメントでどうしても書きたかった一言が書けます。それは、

「偽善者ぶる(わざと偽善者のふりをするってことですよね)」って、一応わからなくはないけど、そういう意味で使っていらっしゃるの?

ってことです。じつは、もう気になって気になってしかたがありませんでしたけれど、なにか違う話になっちゃいそうで我慢してました~。すみません、smart ass なもので。

やな感じだね

2006-08-28-Mon-17:33
阪東さんが問題提起として言ったのだと仮定して、やな人だよと思う。問題提起としてじゃなくてもやな人だとしか思わないけどね。
なんでも問題になっていくんですよね。動物を飼って避妊手術をするのもどうやねんと言われたら、全くどうやねんですし、飼っている動物に限らず食べている動物でも、数が減ったら保護して、保護して多くなりすぎてまた困っちゃって、どうにもこうにも上手くならないですね。こういう命について色々考えていくと、何も口にせず死んでいくしか思いつきませんが、私はばんばん食べます。そして猫なり犬を飼ったら避妊手術をしますし、その前に産まれたら勿論飼うし、私がセックスをするなら避妊をし、それでも産まれたら育てます。
この事で「もう坂東さんの本は読まない!」って言うのはヒステリーっぽくてそれこそ坂東さんの予想通りだったりしちゃうのかな?でもいいもん。読みたくなくなっちゃったんだから。

☆あふろやんさん

2006-08-28-Mon-18:44
そうですね。

食べるときには、いちおう「いただきます」って言うことになってますよね。日本では。そして、手を合わせる。そして残さず食べるんです。昔から。

ところがこれまた、現代の日本ではどうなっているかというと、必要以上に作る。平気で残す。平気で捨てる。ペットどころではない、人が、貧困から餓死している人が、同じ地球上にいるのに、この飽食ぶりなんですよ。

だからって、飯を食うなとも、残すなとも言いません。わたしだって、ほんとうは残した方が身体にいいんです。でも、わたしはできるだけ残しませんよ。残った料理も食べちゃいます。だから、ダイエットが必要になっちゃったんですけどね。

ま、そういう、日本人が坂東は嫌いなんでしょう。おそらくですが。わたしは別に、坂東のこと好きでも嫌いでもないです。むしろ、作家らしいと思います。作家だから奇行がゆるされるなんて思いませんよ。違法行為があったのならば処罰されればいいのです。

うちは3匹猫がいますよw(実家だけど

2006-09-05-Tue-14:14
オス1、メス2。全て去勢してますw
最初はね、メスだけの予定だったんで去勢の予定はなかったんですけど、1匹見間違いでオスが来ちゃったんですよね…w
で、しばらく飼ってからわかったんでもう返すわけにもいかず…w

坂東さんはああ言ってますが、去勢は実際いい事らしいですよ。猫は晩年になると、圧倒的に子宮ガンになる確率が高いそうです。仮に私が猫だったとしても、別に術後一時痛いだけですし、嫌だとは思わないだろうなぁ。
それに、発情期のメス猫の状態を見てると、何だかすごく辛そうですよ。そういう意味でも去勢して良かった、と思います。

まぁ、私に言わせれば「じゃあ何で坂東さんは動物を飼ってるんですか?飼わなければすむ話なんじゃないですか?」
かなぁ?w
猫にとっての「生」だとか「幸せ」だとか、予想たてたり想像するのは悪くないけど「セックスをして子供を産む事だ」なんて決め付けはどうかな、と私は思いますな。
思い上がりも甚だしい。

☆カールさん

2006-09-05-Tue-22:47
読んでくださったのですね。ちょっと繰り返しになりますが、猫の幸福ということはともかくとして(子猫殺されたら幸福じゃなかろうと思うので)、ただ、猫に限らず、すべての動物にとって、いや植物にとっても、「自身が生きること」と「子孫を残すこと」は絶対善であると、わたしも思うんです。

思い上がりということならば、やっぱり、その猫の絶対善を踏みにじっている人間ではないかなと思います。避妊手術はそういう点から、悪(「必要悪」という言葉もありますね)だとわたしも思います。それが子宮ガンの予防という予防的見地から実施いているなら、また、別だと思います。しかしそれは「避妊手術」というのではなくて、「子宮ガン予防手術」ですね。

で、坂東が言ってるのは、「子猫殺しも悪なのはわかっているが、無自覚に避妊手術をするのも悪ではないか」ということだろうと、ま、わたしは読んだのです。それは、ちっとも子猫殺しを正当化してるとは思わないのですけど、彼女は、「刺し違えで相打ち」くらいの気持ちになっているのかもしれません。

なお、冒頭に書いてますが、わたしの結論は「わたしはペットを飼っていない」です。

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