David the smart ass

心のダイエット!~時には辛口メッセージを~

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映画:「オカンの嫁入り」~録画で

2012-04-25-Wed
最近でもないのかもしれませんが、芸能人の年の差結婚が話題です。愛があれば年の差なんてといいますが、ま、二人がよければそれでいいのでしょうが、もちろん楽しいときも少なくないのでしょうが、うまくいくのかなぁと思いますね。ま、うらやましいというか、なんというか、恋愛おと結婚は別というか、ダメならまたやり直せばいいというか、いろいろなことを思いますが、ま、ご本人たち次第ってことではありますね~。

で、映画「オカンの結婚」です。


→ 映画.com:「オカンの嫁入り」のページ

う~ん、こういうと失礼なのかな、特に新味はありません。少子高齢化、無縁社会、就職難や引きこもり、働きづらい、今の時代を表しつつ、そういうなかで見直されつつある絆というか、ぬくもりというか、家族愛や人間の命の尊厳、やり残し、生きがいみたいなものを描いています。そういう意味で現代的な話ですが、どこか、昔からある人情話というか、そんな印象があります。、いい話で、生きるエネルギーをもらえる話です。そういう点が、舞台(演劇)になったのはも頷けます。

主演の宮崎あおいと大竹しのぶが、ま、いいのですね。
→ 映画「オカンの嫁入り」ファンデータベース

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ウザいにもほどがある、楽天ダイレクトメールを全削除する

2012-04-18-Wed
うざくないですか? 楽天のダイレクトメール。

以前から、インターネットで本などを購入するのは俄然、Amazonで、オークションはヤフオクだったんですが、先日ちょっと旅行の予約と思ったところ、けっこう直前ギリギリでも楽天が対応してくれたのをきっかけに、楽天を利用するようになりました。使ってみると、楽天はけっこう便利で時々楽天ショッピングを利用するようになってきました。

プロ野球の楽天も元気があるようです。クレジットカードの楽天カードのほか、楽天bank、楽天Edyなど、リアルな決済も、インターネット決済もおサイフケータイもほんとうに楽天の勢いを感じます。思わず、楽天を中心にして考えて、ポイントなどもまとめいけば、かなりメリットがあるのではないかと考えるようになってきたのですが、今ひとつ踏み切る気にならないのですね。

それは、楽天のサービスを使えば使うほど増えていく、ダイレクトメールです。いつの間にか、連日数十通も楽天のダイレクトメールや楽天市場関連ショップからのダイレクトメールが届くようになってしまいました。

おそらく、楽天側にメルアドの申請に関して瑕疵はないのでありましょう。すべてわたしが何かのサービスの利用の過程で、合意の上申し込んだということになっているのでしょうね。ですから、楽天様が悪いなどとは申し上げておりません。ただ、結果として連日数十通もダイレクトメールが来るようになってしまったのはウザいし、こんな面倒くさい会社と取引するのは御免被りたいと思うようになりました。

楽天には申し上げたいものです。

企業イメージをダウンしてまで、多量のダイレクトメールを送るのは、戦略的に逆に失敗では?


ま、これで楽天市場はショップを増やし、ユーザを増やしてきたのかもしれません。成功の要を容易に捨てたくはないのでしょうが、たぶん、同じように感じる人はわたしだけではないと思いますよ。ヤフー知恵袋にもたくさんの相談が届いています。

→ ヤフー知恵袋で「楽天 メール」で検索

映画:「約三十の嘘」~録画で

2012-04-15-Sun
東海テレビの録画で映画「約三十の嘘」を見た。おもしろい。今まで、レンタル店で素通りしてた(笑)。理由は、題名の意味がわからない。ま、ストーリーの途中に、解説が出てはくるんだけど、逆に言えば、それを知るまではなんのことだかよくわからなくて、DVDの棚の前をスルーしてしまってました。しかし、ま、おもしろいです。おもしろい映画でも、見ないとその面白さはわからないので、ま、懲りすぎたタイトルも考えものだと思うのですけど……などと思いながら、ちと、ネットで検索してたら、納得しました。これ、もともとは演劇なんですね。「劇団MONOを主宰する土田英生の戯曲の映画化」とあります(→ はてなキーワード:「約三十の嘘」

演劇が原作と聞いて、なるほどなと思う点がいくつかあります。タイトルの妙に理屈っぽいというか、故事を踏まえているなんてのもその一つだし、舞台が全編トワイライトエクスプレスの車中で、あとは会話によって説明していくというのも、よくもわるくも演劇の特質でしょう。登場人物のひとりひとりの心情や心理も、台詞で的確に描写されていて、言葉を選んで作っているという感じです。演劇を見慣れている人には、その深みというかおもしろく、映画やテレビドラマを見ている人には、やや立体感に欠け、また、ややしゃべりすぎと感じるのではかろうかと思いますが。ま、わたしにはおもしろかったです。


→ 公式ページ

映画:「ヴィヨンの妻~桜桃とたんぽぽ」~録画で

2012-04-14-Sat
NHKのBSプレミアムの録画で、太宰治原作の映画「ヴィヨンの妻 桜桃とたんぽぽ」を見た。松たか子主演で、相手役は浅野忠信。

映画「ヴィヨンの妻 桜桃とたんぽぽ」は、太宰治の短編小説「ヴィヨンの妻」(→青空文庫「ヴィヨンの妻」)を柱に他の太宰の短編のエピソードを巧みに挿入して、構成してある作品だ。goo映画の解説に、その作品が紹介されている。

2009年に生誕100年を迎えた作家・大宰治の「ヴィヨンの妻」「思ひ出」「灯篭」「姥捨」「きりぎりす」「桜桃」「二十世紀旗手」をもとに、ベテランの田中陽造が松をイメージして書き下ろした脚本は、セリフに息づく時代の匂いと文学的な美しさが光る。大宰を髣髴とさせる狡いが憎めない大谷役の浅野忠信も好演。第33回モントリオール世界映画祭で監督賞に輝いた秀作。
 → goo映画:「ヴィヨンの妻~桜桃とタンポポ~」 


幸いなことに、太宰治の著作権は切れているので、ここにリストアップされているものは全て、青空文庫で読むことができる。映画を見終わってから斜め読みでも読むと脚本の巧さに感心させられる。これだけの話を寄せ集めながら、みごとに一本にまとまっているのだから。
※青空文庫:「思ひ出」「灯篭」「姥捨」「きりぎりす」「桜桃」「二十世紀旗手

で、そもそも、ヴィヨンとは何者か? 「ヴィヨンの妻」というのだから、人物なんだろうけれど……。それはWikipediaにズバリ載っている。本名はフランソワ・ヴィヨンといって、15世紀フランスの詩人。「中世最大の詩人とも、最初の近代詩人ともいわれる」そうだ。

パリ大学に入学して同学を卒業したものの、在学時より売春婦やならず者といった輩と行動を共にするようになった。1455年に乱闘騒ぎで司祭を殺してしまい、パリから逃亡してアンジュー近郊の窃盗団に加わる。その後再び罪を得て1461年にオルレアンのマン・シュール・ロワール(Meung-sur-Loire)の牢獄に投獄されたが、恩赦により出獄。1462年、淫売宿で強盗・傷害事件を起こして投獄され、一時は絞首刑宣告を受けたが、10年間の追放刑に減刑されて1463年にパリを追放された。その後のヴィヨンの消息に関する記録は一切無い。


原作小説も映画も、この実在したフランソワ・ヴィヨンの話ではない。松たか子が演じるのは「ヴィヨンの妻」の役どころとなるとすれば、相手役浅野忠信が演じるの大谷譲治という作家が、ま、ヴィヨンということになるのだろう。他人(ひと)には書けないものを書く作家として一定の人気はあるが、同時に、ギャラ(原稿料)は家庭に入れずに遊び歩き、飲み歩き、不健全、不健康、ときに犯罪紛いまでするという、一種の生活破綻者でもある。フランソワ・ヴィヨン的なダメ人間、「現代のヴィヨン」というわけである。

妻は、誠実で、奥ゆかしく、夫を立てる、ま、かつての日本の妻の鏡、内助の功、というタイプである。だらしない夫をあくまで信じ、耐え、ついていく。芯の強よさと、奥ゆかしさ、そして、内に秘めた美徳を持っているわけだ。ま、映画の一つのテーマはそのような日本人女性の美しさであり、日本で仕事のできる男の一種のだらしなさであるとも言える。副題の「桜桃とたんぽぽ」とは、太宰治自身と「ヴィヨンの妻」である佐知のことを言っているわけだが、それは、おそらくは、かつての日本の一種の典型的な夫婦関係の一つだっただろうと思われる。

もちろん、そこまでダメ人間というほどではないが、仕事一辺倒で家族のことなど顧みない男というのは、つい最近まで、いや現代でもゴロゴロいるし、そういう夫に一抹の不満を抱きながらも、貞淑な妻、内助の功という言葉で示されるように、がんばる妻の、ついこないだまでいくらでもいたように思われる。さらに言えば、家計に困って奥様が働きに出るということは、当たり前になっているわけで、それをきっかけにして、女性自身が自分の価値や魅力を再認識し、逆に、内助の功の要素も貞淑な妻の要素も次第に次第に減じていったというのは、この小説や映画の話であろとともに、まさに、近代から現代にかけて、日本の多くの家庭で自然に起きてきたことなのである。

一点違うのは、太宰の時代は、ジェンダーというか、夫が外で働き、妻が家事育児を担当するというのが常識であったが、今は、幸か不幸か、その前提が変わっているということである。もちろん、性役割の固定化が解消されたのは女性にとっては一歩前進であったが、果たして母親が外に出て働くことが、幼い子どもにとっても手放しで幸福であったかどうかは、わたしは依然として疑問である。

ま、そこまで社会的なテーマの映画ではないと思われるのだけれど、この映画を見ていると、母とは、妻とは、そして、夫とはと、家庭や家族の問題を考えさせられる。人は、家庭生活を営みながら、人生を生きていくものであるということを改めて認識したと言っていい。ああ、それは作家だけでなく、多くの職業人の共通の悩みだろう。よくあるドラマでは、緊急医とか刑事など。職務の責任とプライバシーで悩むし、映画ではスパイや軍人、英雄などでもある意味同じなんだけれど。いや、むしろ作家は職業というよりも、芸術家の血というか、詩人の性がとうか、そうしたものがそもそも家庭的でないのかもしれないのだけれども。それと、もうひとつ恋愛と結婚は別という話が、これまた、一般の職業人と芸術家と、そして女と男とでは、また、違ってくるかもしれないとか……。

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