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David the smart ass

心のダイエット!~時には辛口メッセージを~

【訃報】上田馬之助~大嫌いだったまだら狼

2011-12-22-Thu
上田馬之助の訃報をツイッターで知った……。「金正死亡RT」の件(→昨日の記事)があったので、今回はRTしなかったけれど、その後続々と報道系ニュースにも掲載されたので、デマではなかったのだ。

上田馬之助の画像で見る経歴【訃報】 - NAVER まとめ

身近な人の死が、遠くの有名人の訃報よりも衝撃が大きいのは当然で、世界的にはどんなに金総書記の死が大ニュースだろうが、わたしにとっては上田馬之助の死の方が重く、そして寂しいのだ。

猪木や馬場の敵役で、日本人ながら、日本のヒーローを、舐めた、卑怯な態度でいたぶる上田は大嫌いだった。父と一緒に見ていたプロレス放送では(一時期は3つの局が地上波ゴールデンタイムにプロレスを放送していた。それも毎週)、今は亡き父が「あんなやつ金玉やってやりゃぁいいんだ!」と真っ赤な顔で怒っていたのが忘れられない……大のおとなをそれほどにまで興奮させるエンタティメントだったのである。ただし、正確に記すと、父がそう言った相手レスラーが上田だったかどうかは覚えていない。ただ、父は上田にだってそう思っていたに違いないのだけれど。

わたしも上田は大嫌いだった。大嫌いを通り越して、寂しくもあった。この人、なんでこんなことやってるんだろうって。でも、その後プロレスを見ていてわかったのは、悪役レスラーやってるからって、別に悪人というわけではない……ということだった。むしろ、プロレスの中では逆というとまた語弊があるが、激情型でなく、理性的なタイプ、つまり、血を見ても熱くならないクールな人にやってもらわないと、暴走が心配で悪役など任せられない……ということがあるようだ。すべての悪役レスラーがそうであるかどうかはわからないが、成功した悪役レスラーはそうだったのだろう。

上田はだから、みんなに嫌われるように努力していた。ネットにはこんなエピソードがある。

俺が知っている上田馬之助さんのエピソードは、当時いかに嫌われるかを考え、芸風にしていた彼はサインを求めに来た子供に対し「邪魔だどけ!」と振り払ったそうだ。その後、子供の寂しそうな顔が忘れられず、付き人にその子らを呼び出させ裏で優しくサインをしてあげたそうだ。


また、こんなものもある。

上田馬之助さんも深夜に出待ちの中学生に写真を撮られたことがあるらしい。突然写真を撮ってきた中学生に向かって「こらっ!」と一喝。名前と電話番号を聞き出すと「夜分遅く失礼します、上田と申します。XXさんのお宅でしょうか」と、少年の自宅に電話をかけた。「…というわけで、ただ今お宅のお子さんをお預かりしています。今から必ずそちらにお返しします。…はい」少年の親に事情を説明して受話器を置くと、筆と紙を取り出してサインを書き「いいか、写真を撮りたいときはな。まず相手の人に「写真を撮らせてください、お願いします」と言うんだぞ。わかったか」と言いながら渡してくれたんだそうだ。


ま、子どもにまで悪役レスラーをする必要は逆にないのだが、イメージは大切にしたのだろう。もう、ずっとあとの話だが、大人になってから見に行った新日本プロレスで、上田馬之助的な衣装をまとってまだら狼をやっていた矢野選手を応援すると、ちっとも嬉しそうな顔をせず、いつも「うるせーェ」と怒鳴り返されたな……。

日本人が日本で悪役をやるのは、今以上に大変だったと思う。こんなエピソードも載っている。

徹底したヒールキャラを通していたため、親類の幼い子供から「おじちゃんは家に来ないで!」と言われたことがあるらしい。プロとしてヒールを演じていた上田は後に「あれが精神的に一番辛かった」と述べたという。しかし、現在行っている施設慰問は現役当時から続けているもので、訪問先では「上田のおじちゃんが来た!」と子供たちに大喜びで迎えられていたという。施設慰問のことを取材したマスコミが「このことを記事にしてもいいか?」と聞いたら上田は「そんなことしたら俺の悪役のイメージが壊れるからやめてくれ」と断った。


みんな、悪役の意外な一面、亡くなったときにするには、これまた絵に描いたような都合のいい話ばかりなのだけれど。
※参考ページ
→ 上田馬之助 (プロレスラー) - Wikipedia
→ 【訃報】上田馬之助さん死去と、福岡のプロレスラーがブログで報告:Birth of Blues


[上田馬之助] ブログ村キーワード

公式放送の15分前に金正曰死亡の報をRTした話

2011-12-21-Wed
12月19日午前11時45分ころ、わたしはこんなTLを見て、思わずRTをしました。
naka_kim01.png
このツイートは「2011.12.19 11:45」に流れました。わたしは、正直なところ、朝鮮放送が特別番組を流す予定なんてことも全く知らなかったんですが、これを見て、驚きました。金正日の死の訪れがこんなに早く来るというのは驚きでしたが、そう遠くない未来にそういうことになるであろうことは、多くの他人の共通の認識だったろうと思います。だから、わたしはこの報を信じて、迂闊にもRTしてしまったのであります。

RTしたあとで、テレビを点けても、らじるを聞いても、ネットニュースを見ても、どこにもそんな告知はありませんでした。ここで、このツイート発信者の中村さんのことをあまり書くのはあれですけれど、文法に「陳述」という用語があって、わたしがあいまいなまま理解していた「陳述」について、何かの折にきちんと教えてくれて以来、わたしは、厚い信頼を寄せていたのです。そういうこともあって、この段階でも、わたしはこの11:45のツイートについて、なんら疑いを持ちませんでした。

しばらくテレビを見たままでいると、NHKの正午のニュースは、トップでなく二本目に、正午の北朝鮮の朝鮮中央放送の特別番組で金正日の死亡が放送された旨伝えました。時計を見ると、12:10頃でした。

中村さんは、世界中の誰よりも早く金正日の死をツイートしたことになりますね! わたしはそのまんま、PCをあまり見ずに、ニュースや昼のワイドショーなどを見ることになったのです。

中村さんはこんなツイートを続けています。まず、「2011.12.19 11:58」です。
naka_kim02.png
この時気づかなければいけなかったのですけれど、わたしはたぶん、このツイートをテレビのニュースを集中して見たあとのタイミングで見たんだと思います。だから、「何言ってるんだろう?」ってな感想しか持ちませんでした。

次は、「2011.12.19 12:05」。こちらに至っては、全く気づきませんでした。
naka_kimu03.png
これなんでしょうか? 「当たっちゃった」って……。わたしは、そんなデタラメをRTしていたんでしょうか?!

このツイートを見たのはだいぶあとのことで、それまで、自分がまんまとノセられてデタラメをRTしていたなどと思ってもみなかったのです。

前に、えっけんさんが、「RTなんてスパムと一緒だから基本的にはしない」というようなことをおっしゃっていたことがあります(正確にはもうちょっと言い回しが違うかもしれないですけど)。わたしはそういうことも承知していながら、こんかいは、まんまと不正確な情報をRTしてしまったのかと、自分で言うのもなんですが、自分の迂闊さに衝撃を受けたのでした。機能としてあるものを、本人の責任において適切に使うのだから……と思っていだけにショックでありました。

RTにはくれぐれも注意せねばなりません。ことに、ソースの不確かなRTは、大げさに言えば取り返しのつかないことに発展し、思わぬ事態を招くことだってあります。


周辺グッズではもう、断然iPhoneと思う

2011-12-20-Tue
まず、スマホの記事はたびたび書くのですけれど、いまだに、フューチャーフォンです。auです。買ったのは、まだ、2年ほど前で、確か、嵐が「いつもと違う夏」とかなんとか言ってました。50000円くらいしたし、だいぶいい感じに使い慣れてきたので、ここで買い換えるつもりはありません。電源電池ののスペアも、2つ持っているので、そういう意味でもまだ、使えるので。

ただ、スマホには興味があります。わたしが今の機種を手にした頃、ブログでは、「auよ! スマホを出せ!」と記事にしたこともあるくらいなんですが、何を重たのか、当時のauの社長が「スマホは時期尚早」とおっしゃっていました。結局、それは、正しくもあり、結果、auのスマホ乗り遅れの一因にもなったのだと思っています。

ところが、スマホの時代が到来、乗り遅れかとなると、「Andoroid au」というコピーを考えだし、Andoroid機は、別にauだけから出てるわけでもなんでもないのに、新しいスマホを出すイメージ作りに成功したかと思うと、今秋には、iPhone4sを発売とあわせて「Andoroid au」の看板を下ろしたかと思うと、前後して、WindowsPhoneも発売、結果、国内で唯一、Andoroid機、iPhone、WindowsPhoneの3社を扱うキャリアとなあったわけです。素晴らしい! 

そんな中で、auの何でものスマホ、ARROWS Zシリーズの「ISW11F」は、もう、すごいと思います。まさに、これぞ、ガラスマホという感じで、オサイフケータイ、テザリング、WiMAX対応で、さらに、FMトランスミッターまで附いてるんですね。最近、なんとなくCD買いづらいけど、音楽ってやっぱりケータイで買うの? じゃ、どうやってクルマで聞くの? なんて考えていたわたしには、FMトランスミッター付きって聞いて、ああ、なかなかスグレモノだといまさらにして思いました。

「村山槐多の全貌」展~岡崎市美術博物館

2011-12-18-Sun
岡崎で村山槐多(かいた)の大きな展覧会をしています。

「村山槐多の全貌展」です。

ご存知でしょうか?

最近の、本をあまりよまなくなった人たちはあまり知らないかもしれないと思うのですが、なんというか、「おたく」という言葉が流行する前のおたくみたいな人たちは必ず「名前くらいは知っている」ような……とでもいうか、読書や詩や版画などを少し踏み込んでしている人たちは「名前くらいは聞いたことがある、しかし、その作品にはあんまり触れていない、いや、触れようとしてもなかなか出くわさない」というような作家(というより画家?)です。

わたしも知ったようなことを書いていますが、名前くらいしかほとんど知りませんでした。大学時代に、友人の一人が「わたしの知り合いがムラヤマカイタが好きと言っていたが、出人さんは知ってる?」と聞かれたことを思い出す程度です。その時、「ムラヤマカイタ」と聞いて、「村山槐多」の字を想起することができなかったことを思い出します。正直そのとき槐多の絵の一つも見たことはなかったと思います。ただ、当時乱歩全集を読みかじっていたので、たぶん槐多の名前はどこかにひっかかっていたはずなのですが。江戸川乱歩がどんなに槐多の「二少年図」を賞賛しようが(購入して自室に飾っていたそうです)、実際の絵をみたことがなければ、なかなか記憶にとどまらないのですね。こちらに引用のあるブログを見つけましたのでリンクします。
→ 偏在する乱歩・A‐I→乱歩が愛した村山槐多の「二少年図」 - 飾釦

たとえば、あの江戸川乱歩によってこのように愛されて語られた時、槐多の「二少年図」は伝説となります。いったい、どんな作品だろうと……。ま、今回の展示でそれが見られます。また、槐多のデスマスクも展示されています。たとえば、こういうところから槐多に近づく人も少なくなかったと思います。だって、あの江戸川乱歩ですから。

こう書くと画家という感じなんですが、小説も書いていまして、「悪魔の舌」は近代の怪奇小説の代表として、いろんな作品集に採られています。わたしもこれは読んだことがあります。今では青空文庫で読まれますね。わたしも舌は長い方で、学生時代は二枚舌を洒落て、「俺の舌は二枚分ある」などとうそぶいていたことがありますけれど、ま、ニンニクは好きで今日も食べましたけれど、人肉を食べたいと思ったことはありません(って、書くまでないですよね)。
→ 青空文庫:村山槐多 悪魔の舌 村山槐多 悪魔の舌

こんな怪奇で幻想的な小説を書いた村山槐多ですが、どっちかというと、作家の側面よりも画家としての方が有名だったようなんです。どうも、槐多を認めて世に出したのは、詩人であり彫刻家であった高村光太郎ようです。当時流行した「デカダンス」という言葉があったのですが、ま、槐多はまさに、このデカダンスを生きた芸術家だったようです。何か通じるところがあったんでしょうか。

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開催場所 岡崎市美術博物館(マインドスケープ・ミュージアム)
開催期間 2011/12/03~2012/01/29(月曜日休館(祝日の場合はその翌平日)、年末年始休館有)
入場料:一般1000円、小中学生500円
※ ただし、「かいた」さんは無料招待だそうです。確認できるものが必要。詳しくは下ページを。
参照 → 槐多展特設ページ
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