FC2ブログ

David the smart ass

心のダイエット!~時には辛口メッセージを~

Title List

「覚醒剤」って魅力的に聞こえませんか?

2009-08-10-Mon
継続する不安というか、心配ごとがあって、ちょっとしたストレス状態が続いていると、たぶん、胃とか血圧だとか、その他いろいろダメージを受けているだろうなぁと思います。ま、その理由は書いても解決しませんので書きませんけれど。

そうすると、なかなか腹のそこから笑うということができないでいるのですね。ま、わたしに限らずそれは人はみなそうでしょう。別に笑っている人がわるいわけではないはずですが、無邪気に笑う人が、時に憎らしくもなることもあると思いますよ。もちろん、他人は他人、自分は自分。まして、自分がいまこういう事情で心悩んでいると表明していないのであれば、周囲にわかるわけがありませんので、そこで怒りを爆発させようものなら、ま、はた迷惑な八つ当たり以外のなにものでもありません。

その継続される苦悩とたぶん無関係でないと思いますが、神経が過敏になっていたり、不眠というか夜中にふっと目が覚めるようなことがあったり、あるいはちょっと脳みそに薄いベールをかぶせられているような感じを抱くことがあります。ちょっとこれはストレスが溜まっていて、うまく発散させないとダメだろうなと思うのですが、なかなかこういい方法はありませんね。

そんな中で、押尾学がMDMAがらみで逮捕され、酒井法子が覚醒剤がらみで逮捕されたりしています。MDMAはエクスタシーとか、覚醒剤はスピードとかいう別名もあるようですが、「エクスタシー」とか「スピード」とか言われると、なんだかとても魅力的に響いてなりません。特に「覚醒剤」なんて、ストレス状態にあって、脳髄がぼんやりし、身体から疲れが抜けきらず、ずっと爽快感がないわたしにとっては、ことに魅力的に響くのですが、そういう感覚ってわたしだけなんでしょうか?

もう2ヶ月くらい前になりますが、暴走族を「ダサイ族」と命名したという記事がありました。

暴走族はダサイ族―。公道で爆音を響かせたり蛇行運転を繰り返したりして市民生活を脅かす暴走族のイメージダウンを狙い、宜野湾署(安村清正署長)は5月26日、同署でネーミング選考会を開き、新たな名称に「ダサイ族」を決定した。
 宜野湾署管内の小中校生や同署職員などから685点の応募が寄せられ、同署や宜野湾市、市内各種団体の役員ら10人が選考委員として出席した。
 第1次選考で「迷惑族」「珍走団」「爆笑族」など26点に絞り込み、第2次選考で「よわむし族」「ゴキブリ族」「ダサイ族」の3点を抽出。名称のインパクトや人権なども考慮した結果、全会一致で「ダサイ族」に決まった。
 → 琉球新報:「暴走族は「ダサイ族」 宜野湾署命名、イメージダウン狙う」(2009/6/1)

若者が暴走族に走るのは、「暴走族」という言葉自体が、ある種のかっこよさを持つからではないか。暴走ではなくて、もっとひどいネーミングないかということで、「迷惑族」とか「珍走団」とかいろいろあるなかで、「ダサイ族」が残ったということなのですが、う~む、お前たちこそダサいわと思わずつぶやいてしまったのですが、「ダサイ族」では「ダサい連中」という以外の実態は何も示していなくて言葉としての機能を持っていない、いや、むしろ命名者(この場合警察関係者なんでしょうか?)の価値判断を一方的に押し付けているという形になって、そういう点でもあまりいいこととは思えません。

たぶん、関係者の努力むなしく定着しないだろう思いますたけれど、はてブのコメントあたりだと、「ダサイ族」に対する批判が多いのと並んで、「珍走団」がそれなりの知名度もありいいのじゃないかという意見が多いようです。(→ここここ

さて、ちょっとした長期ストレス状態、ぼんやりとしていてスッキリしない感を慢性的に感じているようなわたしには、実は、「覚醒剤」ということばが、なんとなく魅力的な言葉に響いてしまいます。今感じている倦怠的な気分、脳全体を薄いベールがボゥっと覆っているような不安定な沈鬱感を、すっきり覚醒させてくれるようなクスリがあったら、どんなにか素晴らしいだろうなという気持ちがどこかで息吹いてるのを感じないではいられません。

順風満帆、勢いがありなんでも回っている「勝ち組」というか、いい流れに乗っているときの人たちにはわからない、そして、たぶん長く生きていれば誰にだってある苦悩。たとえば、それは自分や近親者の悩みだと考えてもいいです。持病や家族の長く重い病気だとか、その看病だとか。介護とか。今時なら、倒産や失業からくる経済的な不安だとか、借金だとか。簡単に解決できないような事故やトラブルの後始末だとか。仕事上のミスとか、多忙とか疲労とか……。

そういう現代人にとって、すっきり覚醒させてくれるようなクスリがあって、習慣性があり危険ではあるものの、今一時それを服用することで、この苦境を乗り切ることができれば、もう一がんばりできそうなんて感じることってあるかもしれないなぁと思うのですね。

そんな、薬物使用者に理解を示すようなことを言っていてはきっとしかられるのでしょうね。特に恐ろしい薬だから、「絶対に手を出してはダメ。人間をやめることになるよ」という姿勢でないといけないということなんでしょう。たぶんそれが正しいのでしょうけれど、それにしても、「覚醒剤」って、「暴走族」よりも何倍も素敵な語感を持つことばだなって思ってみたりするのです。

ふぅっ……。

スポンサーサイト



HOME