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心のダイエット!~時には辛口メッセージを~

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「無断引用」について考える

2009-08-30-Sun
インターネットWatchに「■ おかしな用語「無断引用」が一部の新聞記事に使われる」という小見出しで書かれた文章があります。Twitterでえっけんさんをフォローしててひっかかったのですけど。
 → やじうまWatch:「■ おかしな用語「無断引用」が一部の新聞記事に使われる

この記事はアウトラインだけ書くと、かつてネット上には「無断引用」ということばをよく見かけた。これはおかしな用語で、そもそも「引用」とは著作者に断りなくしてかまわない合法的な行為である。ところが、ネットだけでなく新聞にまで書かれている。新聞の編集部よ、しっかりしろよ。みたいなところです。

「Copy & Copyright Diary」で、民事訴訟を伝える新聞記事に、この「無断引用」のことばがあったと指摘していた。新聞記事というのは、記者が書いたテキストがそのまま紙面に載るわけではなく、何人ものプロのチェックを経て読者の目に触れるはずだ。つまり、日本有数のプロ集団がちゃんと機能していないというわけなんだろう。
 → やじうまWatch:「■ おかしな用語「無断引用」が一部の新聞記事に使われる

ま、新聞にはしっかりしてもらいたいのですが、たぶん著作権法について、「無断引用」だの「無断転載」だの細かな用語についてまで、一般の人が気にしだしたのは、インターネットが復旧してからのことだと思いますので、ま、用語をきちんと整理していくのはいいことだと思いますが、なんというか、法律用語と日常の言葉のズレの宿命みたいなものもあるのではと思います。

わたしはそれが言いたいのですけど、流れ上、上の記事で紹介された Copy & Copyright Diary の記事ですが、みておきます。

石丸幸人弁護士に賠償請求 「無断引用で著作権侵害」 - 47NEWS(よんななニュース)」の見出しにもなっている「無断引用」という言葉について、果たして石丸弁護士がこんな請求をしたのか? という疑問から、各紙を参照することによって、それを否定し、「無断引用」という用語は著作権法上意味がないばかりか、誤解を与えるから、公器たる新聞は使うべきでないという主張です。末尾を引用します。

これは、著作権法上意味の無い用語を普及させるだけでなく、原告の弁護士は著作権法の知識が無いという誤解を広めてしまい、誹謗中傷を行っていることにもなりかねない。

「無断引用」という著作権法上意味の無い用語を弁護士が使うはずがない。

報道する側も、そのことを認識した上で、記事を書いて欲しい。
 → Copy & Copyright Diary:「弁護士は「無断引用」という用語を使っていない

ま、法律的にはそうなんです。弁護士が言ってもいないような台詞を言ったかのように書くのもは、それは新聞記事がまずい。その点も異議はありません。

ただ、世の中のことばがすべて法律上の定義にあてはまめられて使っているかというと、そういうわけではないのです。「無断引用」という言葉が著作権法上意味がないからといって、新聞記事には使えない言葉になってしまうのか? そこが疑問だったりします。

たとえば、「万引き」という言葉も法律上は窃盗罪適用なんですけど万引きは実体を表していて、十分市民権を得た言葉と言えます。
 → Wikipedia:「万引き

ちょっと話がズレますが、一時期言われた「デジタル万引き」なんてのもあります。道義的にはたしかにあんまりよくないような気もするんですが、コンビニの店頭で、気に入ったグラビアを1ページくらいパチリと撮って、ネットなどで流すわけでもなく個人的にも見せなければ、サンドイッチも買うことだし店も黙認してくれてもいいような気もします。常連化していっつもしてるってのは問題かもしれませんけれど……、って、やったことないですよ。

この、「デジタル万引き」についてはその言葉を使い出した側が自粛しているようです。

このような行為を違法とする根拠が不明確であるにもかかわらず、あたかも客を刑法による犯罪行為であるかのように誘導しているとの指摘を受けて、現在は日本雑誌協会自ら「誤解のある表現」として謝罪し使用しないよう自粛を指導している。
 → Wikipedia:「デジタル万引き

こんなふうに、違法性の根拠が不明確なことまで犯罪扱いするのはどうかと思いますが、雑誌側や店側が迷惑しているならしている実体があるわけで、これに代わる上手い言葉はないものかと思います。それが見つかったら、法律上認知されようとどうだろうと、それが使いたい。それが言葉というものでしょう。

世の中にある言葉のすべてが法律上の定義と同じとは限りません。一般に使われている言葉の意味を限定したり、付加したりして法律の言葉はできています。たとえば、一般に「少年」といえば男性で、「少女」の対義語ですが、法律では男性も女性もなく少年法で保護され、対義語は「成人」なになるかもしれません。法律的には。

「引用」という言葉も、別に法律用語としてしか使えないわけではありません。一般に普通に使っていい言葉です。やじうまWatchの「■ おかしな用語「無断引用」が一部の新聞記事に使われる」でも、Wikipediaの「引用」をリンクで紹介しています。引用しましょう。

広義には、他人の著作を自己の作品のなかで紹介する行為、先人の芸術作品やその要素を自己の作品に取り入れること。報道や批評、研究などの目的で、自らの著作物に他の著作物の一部を採録したり、ポストモダン建築で過去の様式を取り込んだりすることを指す。狭義には、各国の著作権法の引用の要件を満たして行われる合法な無断転載等[2]のこと。
 → Wikipedia:「引用

ちゃんと、「広義」と「狭義」とが併記されてますね。弁護士が法律の話をするときは「狭義」の方でないと話にならないのでしょうけど、ブログの記事を書くときの「引用」や「転載」という言葉を、広義の使い方でつかうのは全然かまわないということになってきます。

このような考えで「無断引用」を法律的な狭義の意味をもたせず、一般の言葉として考えはじめてしまうと、法律上の「無断転載」を包含し、「適切な引用」をも包含してしまいます。

とにかく、「著作権者に無断で掲載したものがある」時に、適切な「引用」とはいいがたく不備なんだけど、「無断転載」とは認めたくないというようなときに、一種詭弁的に「無断引用」ということを言うことがあるようです。
 → iza:「盗用疑惑TDL本の出版社長を直撃 「無断引用」認め謝罪

実際、新聞社や雑誌を抱えているような大手出版社などになってくると、一回こっきりの付き合いでなくて、連載の関係や記事執筆依頼の関係、過去のつきあいその他いろんな権利や契約もあって、誠実に対応するが、表立って白黒つけないで済ましたい、これも詭弁的な「無断引用」くらいですましたいというケースもありそうです。

広義で「無断引用」という言葉を考えていくと、実用面はこんなところになって、欺瞞性が見え見えで、そいつは「無断転載が正しいだろう」とついつい指摘したくなるのですね。つまらない結果になってしまいます。

ま、わたしがこんなふうに考えるようになったのも、かつては筆者(めたるまんさん)と同じような違和感からでした。そもそも「引用」なんて、著作者に断りなくていいはずだと。だから、「無断引用」なんてものはあり得ないと。

ところが、わたしの場合は逆で、新聞などでちょくちょく見かけるので、一応認知されている言葉なんだと理解し、自分の理解が(法律に)偏っているのではないかと考えるようになったことです。そして、上のような詭弁的な使い方にたどりついたとき、それでおもしろくもないので、もう少し前向きに考えてみました。ここからは、一種の提案めいてもいます。

「無断引用」の「無断」とは「断りのないこと」に決まっているのですが、誰に、どのように断ることをいうのでしょうか? 著作権法の関連で「無断転載」という言葉があるので、「著作権者に無断で」と考えたのですがちです。しかし、それでは法律の解釈にとらわれています。つまり狭義です。

「引用」は法律用語として狭義でとらえ、「無断」については狭義でなく一般的に「断りなく」という意味で解釈してみます。著作権者に「引用しますよ」と断るのでなくて、読者に「ここ引用ですよ」、「どこからの引用ですよ」と断ることを想定します。そういう「おことわり」を怠るというケースです。

いい例になるかどうかわかりませんが、わたしの作った新型インフルエンザのグラフについて、記事に「いいグラフですね、紹介させてください」と、連絡先未記入状態でコメントが付いたことがありました。どこで記事にとりあげるということが知らされなかったので、そのハンドルを頼りに検索でブログを探してみると、引用元を明示されることなく、グラフがペタリと貼り付けられているということがありました。
 → (過去記事)。

法律上は「無断転載」にあたると思います。ただ、もしこの人が、たった一行わたしのブログのURLを書いてさえいたら(なんで書かなかったか不思議です)、オリジナルの文章もしっかりしてるし、文章の主従関係も問題ないし、むしろ逆に適切な「引用」の見本にもなりうるるくらいのものだと思います。

こういう「不備なる引用」を考えるときに、法律的バサリと切ってしまったら「無断転載」なんですけれど、出典が明示してない(「拝借」と断ってある)という点で「不備なる引用」ということになろうかと思います。あたかも自分のものだとしている「盗用」とは違う、出所が明示していない「引用」……、それを「無断引用」と取り立てて呼んでもいいのかと思ったりもします。

もちろんそれは、法律的には「無断転載」であり、「無断引用」と呼んだところでなんの免罪にもならないわけですが、そんなことも考えました。ただ、わたしが勝手に妄想してるだけで、そもそも言葉は他の人に通じなければ意味をなさないのですから、単なる独りよがりに終わってしまうのですが……、「「無断引用」について考える」というタイトルには、一応偽りはないでしょ。(汗)。

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映画:「蟲師」~DVDで

2009-08-28-Fri
「蟲」と「虫」いう字の関係は不思議です。

そもそも、「虫」は象形文字で、蛇のマムシをかたどっているといわれています。上の四角の部分が毒蛇の大きな頭で、下のムみたいな部分がとぐろを巻いている様子ですね。

ところが、その「虫」を三つ集めた「蟲」という字ができました。「森」とか「品」とか「晶」とか、そういうつくりかたの漢字はあります。「蟲」は「小さな虫」という意味で、ウジ虫みたいなものを言っていたようです。ところが、「蟲」の略字として「虫」と書かれることになってしまい、当初は「虫」の字と「蟲」の字とを遣い分けていたのですが、区別なく「虫」と書くようになったようです。
 → 漢字家族:「蟲(虫)

こんな扱いでは、蟲だけに虫がおさまらないだろうと思うのですが、この「虫がおさまらない」とは、非常に憤慨し、腹が立って腹が立って仕方がない状態ですね。「腹の虫がおさまらない」ということもありますね。

また、期限が悪くイラついているときに「虫の居所が悪い」なんて言うことがあります。また、赤ん坊が夜泣きするときに「かんの虫がついた」などといいます。ついでにいうと、空腹のとき「腹の虫」が鳴いたりもしますし、嫌なことがありそうなときには、虫が知らせてくれることもあります……。

ま、こんなふうに、身体の中には虫がいて、それがその人の心身にさまざまな影響を与えるという見方をしていたんですね。--ところで、脱線しますが、先日「「病(やまい)は気から」とは「気の持ちよう」ではない!」という記事を読みました。

Yahoo!辞書に収録されている『大辞泉』と『大辞林』では、次のように解説されている。

『大辞泉』=「病気は、その人の心の持ち方しだいで軽くもなるし、また重くもなるということ。」

『大辞林』=「病気は気の持ちようで、重くもなれば軽くもなる。」

国語辞典に記されている意味がスタンダード(正式)な意味ということになるから、国語のテストで「病は気からの意味を述べよ。」という設問があったとすれば、「病気は、その人の心の持ち方しだいで軽くもなるし、また重くもなるということ。」、もしくは「病気は気の持ちようで、重くもなれば軽くもなる。」と記入しておけば加点してもらえる。

ただ、本来の意味は“中国哲学”や“中国医学”でいわれるところの「陰陽五行の気」であって、「気持ち」でも「心の持ち方」でも「気合い」でもない。

「陰陽五行の気」の働きによって、人の身体と心を適正な状態に保つというのが、「病(やまい)は気から」の本来の意味なのだ。
 → 一言録‐Itigenroku‐Ukyou's Blog ;「「病(やまい)は気から」とは「気の持ちよう」ではない!」

医学といっても、現代の西洋医学のことですが、進歩してなかった時代には、「病気」もこのような「(陰陽五行の)気」の影響だと考えられていたのですね(というか、そもそも「病気」という言葉の「気」はその意味なのでしょう)。

そして、「気」というほどでもないが、もうちょっと別の理由も考えられたわけで、中には「狐つき」や「祟り(たたり)」みたいなものと考えられたりしたものもあったのでしょうけれど、「身中の虫」に原因を求めるものもあったのですね(そういえば、「獅子身中の虫」なんて言葉もありますね)。

そうして、害をなす「蟲」がいれば、「虫封じ」をする者もいるわけでして……・、それが、「蟲師」ということになるわけです。そんな蟲を信じているので、江戸時代かなんかだろうと思っていたら、映画中に、山間の農村部を旅しているシーンがあって、「このあたりにも電気がひかれ電灯がつくので明るくなりますね」みたいなことを語っているのです。ちょっと検索してみると、時代的には、明治または大正の頃ということになるかと思います(予告編では「100年前の日本」と言ってます)。



その、明治の日本の山村で、蟲師ギンコ(オダギリジョー)はひたすら何かを求めて旅をしています。過去の記憶を失っている彼は、自分の過去を知る人を求めて旅しているようです。あるときは、耳の聞こえない男を救い、また、あるところでは角が生え、騒音に悩む少女を救います。虹を求める男(大森南朋)と出会い、また、数少ない理解者で蟲の記録をとる家柄の淡幽(蒼井優)のピンチに馳せ参じます。そうして、旅していくうちに、自分が蟲師になるきっかけとなった運命の女ヌイ(江角マキコ)と再会する……、そんな話です。

蟲師の世界観というとちと大袈裟か、蟲師のいる世の雰囲気を味わうにはいい作品だと思いますが、ちょっと淡々と描かれちゃったかなという気がします。江角さんがあんなに泥まみれになったんだから、もっと、どろどろの怨念というか、執着で、ギンコが苦しむのはなかったのだろうかと、思ったりしました。

大森南朋は存在感ありますね。

音相分析理論によるブログ文章解析ブログパーツ

2009-08-27-Thu
CyberBuzzでメールマガジンや案件に関するさまざまなメールを送ってきますが、その一つにこんな言葉がありました。

■デート後相手から来たメール、「うれしかった」と「楽しかった」、どっちがミャクあり?

わかりますか? 

デートなんて関係ない……。たしかに。(笑) それはわたしも同じなんですが、別に彼氏や彼女とのデートに限らず、友だちとのつきあいや、親孝行、いや、一人でするゲームなんかでもいいから、なにかを終えたあとの感想として、「あ~、楽しかったなぁ」というのと、「あ~、嬉しかったなぁ」というのと同じなんでしょうか。

同じような「いい気持ち」をあらわす言葉で、あまり大きな違いがないように思えいますけど、たとえば、逆に、自分がずっと願っていたことが達成されたときには「楽しい、嬉しい」のどっちを遣うかというとどうでしょうか? そういう時って、楽しいよりも、嬉しいという言葉のほうがしっくりきます。すると、「嬉しい」という言葉の背後には「ずっと願っていた気持ち」が隠れている……こんなふうに、わたしは考えました。

これは、わたしが考えたことですが、そのメールはこんなふうに続いていました。

二つの言葉には違いがないように思えますが・・・
それぞれの「言葉の音が持つ情緒」をもとに分析すると
「たのしい」という言葉には “今日一日がすばらしかった” という単純な気持ちの発露が、
「うれしい」という言葉には “この状態がつづいてほしい” という複雑な表情が隠されていることがわかります。

あ、わたしの解釈とは違うけど、「複雑な気持ち」の一つに「願望」も含まれているのかもしれませんね。

さて、このように文章内にある言葉の音から、その人の言葉の裏にある情緒を読み取り、本音を探り出すことを可能にする「音相分析」というようです。

「音相システム研究所」のページを見ると、こんなことが書かれています。

「青い海」ということばを聞くと混じりけのない原色の青が想像されますが、「ブルーの海」という音からは、赤や緑などいろいろな色の混じった複雑な青の色がイメージされます。

また、「甘いと辛い」、「強いと弱い」、「明るいと暗い」など反対の意味をもつ語の音を比べると、それぞれが意味や内容にふさわしい音で出来ていることがわかります。

このように、ことばは意味だけでなく、意味にまつわるイメ-ジや雰囲気を伝える働きをしていることがわかります。
 ことばが伝えるイメージや雰囲気は音によって伝わるので、これを「音相」と呼んでいます。
  → 「音相システム研究所;日本語の音相」のページ

これ読んで、ちょっと連想したのが、「キモかわ」とか「エロカワ」とかいう言葉。ただの流行語なんでしょうが、「かわいい」の「かわ」という音で、「キモい(気持ち悪い)」も「エロい(エロエロだ)」をうまく包み込んで、いいイメージにしてしまってるような気がしますね。ま、これはわたしの感じなんですけど。

で、この音相の理論を、ブログやメールの文章に対して活用して、ちょっと、ブログやメールを診断してみようというブログパーツが登場しました。


やってみましたよ~。先日、auの販売店への心の叫びwを書いた「おい、もう少しユーザーの言うことを信用しろよ。」って記事の冒頭部分、

先日、わたしはケータイを変えた。

ここ2年間、去年と同じ夏だったので、ぼちぼち変えたいなと思っていたのだ。ちなみに、別に誰のファンってわけでもないですが、auユーザである。買ったのはbiblioって言う、読書ケータイ。別に読書はしないが、横モードでネットを見てみたいと思ったので。

画面が大きいせいか、電池の消耗が激しいと感じる。知り合いに言うと、電池パックを追加購入をすすめられた。乾電池による補助充電よりも、軽くて持ちもよく、確実だというのだ。おっしゃるとおりだと思って、チャンスがあればほしいと思った。

文字数制限があって、末尾が少し欠けます。で、結果はこれ。

sonp01.png

あ~字が小さいです(笑)。たぶん、一番上は「信頼度」と書いてあるんだろうけれど、その気になると「情報度」にも読めてしまうんです。「信頼度」「おとなし度」「ねちっこ度」が6割前後で「やることなすことアイドリングリスク」なんだそうです。ま、書き出しですから、オールアイドリングで、OKなんでしょうね。

次は、真ん中あたりの

auよ。掛け声だけで、ちっとも去年と違う夏にならないのは、店員教育がなってないからじゃあないのか? ないのならないでしかたがない。せめて、「すみません、残念ながらそういったものはございません」くらい言わせろよ(笑)。きっと、笑顔が深キョンななら、「ああ、あると便利ですよね。残念ながらまだそこまでは商品化してございません。申しわけありません」くらいは言ってくれるに違いない……。キホンだろ。

ってところ。これでした。ドンッ!

sonp02.png

虹の橋でドライブリスク」なんだそうです。夢見心地で快適に突っ走ってるけど、肝心の橋の実体が伴わないよってことでしょうね。威勢よく書いてるけど危ないゾという警告なんでしょう。「軽薄度」「信頼度」は5割りで、「おとなし度」は4割ということですね。ま、そうですよね、文章読んでも。

そして、文章末の次の部分。

だぁかぁらぁ~。最初からそう言ってるのぉ。客の言うこと信用すればこんな電話しなくて済んだはずなのだ。あぁ、それにしても、笑顔が深キョンなだったならなぁ~。

「かなりの人脈」なんてものはないけれど、わたしだってブログで記事にするくらいのことはできるんだよ……。

ってところ。ま、本人にしたら「クールダウン」のつもりで書いてるんですけど、評価も同じでした。最初と同じ、アイドリングリスク

sonp03.png

「信頼度」と「おとなし度」が50パーセントくらいで、「ねちっこ度」が4割ですか。あははは、「笑顔が深キョンさん」でなかった残念さがにじみ出てますね~(笑)

ということで、ちょっとやってみるのにはおもしろい感じのブログパーツで、けっこうよくできてると思います。ブログ記事の書き手がその分析結果を評価してるんだから、その点は間違いないのですが、いかんせん字が小さくて。うちのディスプレーが解像度が低いせいか、読みにくいのが残念ですね。

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漢字書き取りクイズ(八問)~日本語常識クイズ

2009-08-26-Wed
今日ちょっと漢字の勉強をしたので、漢字の書き取りクイズ出してみます。

そんなに難問ではないのですが、ちょっと間違いやすいってレベルだと思います。

日本語変換使っちゃダメよ~(笑)

(1)そんなきやすめを言わないでほしい。
  ア:気休め    イ:気安め

(2)とんだどろじあいとなったてしまった。
  ア:泥試合    イ:泥仕合

(3)来客がきたようだ。だれかおうたいしてくれ。
  ア:応対     イ:応待

(4)大勢の客の前に立つのはきおくれするなぁ。
  ア:気遅れ    イ:気後れ

(5)ほうようりょくのある男性にあこがれます。
  ア:包容力    イ:抱擁力

(6)大道芸人の前は見物客ですずなりだ。
  ア:鈴鳴り    イ:鈴生り

(7)かたくるしい挨拶は抜きにして、さぁ、ざっくばらんにいきましょう。
  ア:堅苦しい   イ:固苦しい

(8)この不景気に、この時間に5人も使ってくれたらおんのじだ。
  ア:恩の字    イ:御の字


※コメントで回答を書きたい方は、秘密コメントでお願いします。
※正解は後日、トラバ記事にします。


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