David the smart ass

心のダイエット!~時には辛口メッセージを~

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神戸の原寸大!鉄人28号も18メートル~実物大ガンダム

2009-06-29-Mon
6月もあと二日。お台場の「実物大」ガンダムはすでに全体像の設置完成し、あとは「演出」の段階になっているのですね。実はここからが難しいでしょう。全長18メートルのリアルなガンダムが立つだけで十分大したことで、大変なことなんですが、ちゃちな演出は、むしろ逆効果でその大変さを台無しにしてしまいかねませんからね。ま、「ガンダム」ですからそんなことはないでしょうが。
 → 「1/1実物大ガンダム」メイキングページ

ところで、先日、ネットで、神戸では原寸大鉄人28号の作製が進んでいて、このほど頭部と同体が接続されたというニュースを見ました。

 「ビルのまちに ガオー」。神戸市出身の漫画家横山光輝さん(1934~2004年)の代表作「鉄人28号」の原寸大モニュメントの制作が大阪府岸和田市の工場で進んでいる。建設予定地のJR新長田駅南地区の若松公園(神戸市長田区)に7月下旬、運ばれて組み立てられる。9月下旬には完成し、巨大な正義の味方がまちを見下ろす。(河尻 悟)
 → 神戸新聞:「帰還せよ!鉄人28号 原寸大モニュメント制作中」(6/24) 

作成中の動画もYoutubeにアップされています。


鉄人ね。わたしはどっちかというと、ガンダムよりこっちの世代ですから(笑)。お台場のガンダムより、何倍も心を動かされます。全長は奇しくも両者18メートルなんです。鉄人28号とガンダムの実寸が、両者ともに18メートルって、なんなんでしょう。偶然なんでしょうか? それとも、ガンダムは鉄人を踏まえて作られていたのでしょうか? う~む謎ですね。18って。エースナンバーかなんかなんでしょうか。それとも、子どもと大人の境目にある微妙な数字なんですかね。運転免許もとれますし、結婚(男性)もできます。それと、なぜだかゴルフは18まで……。あ、歌舞伎などでも「十八番」と言いますね。

閑話休題。記事によると、「鉄人」の原作者横山光輝は神戸出身で、地元の商店主らが「阪神・淡路大震災で大きな被害を受けて再開発が進むまちの起爆剤に」と企画して06年に計画を発表したんだそうです。総工費は1億3500万円。神戸市が07年度予算で4500万円を補助し、残りは企業や個人から協賛金を募っているということです。

大阪の岸和田の工場から設置場所(神戸市)への搬出は7月20日から始まり、同27日に起工式がある予定で、9月中には完成し、10月4日に完成式典が開かれる予定ということです。

ガンダムにはおたくのこころを満足させるような精巧な造形や、練れた演出が必要かもしれません。そういう都会的というよりも未来的な要素が期待されます。ところが、鉄人の方は、もう牧歌的に大きなものが立ってってくれればそれでいいという感じです。あ、そうだな、それで寂しければ、時報に合わせてというか、30分置きに「ガオォ~」と時を告げるくらいの実用性があったら、なんとなく関西的って感じがします。

http://www.kobe-tetsujin.com/

夏休みにはお台場でガンダムを、秋からは神戸で鉄人をってことですか。



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映画:「劔岳 点の記」~劇場で

2009-06-28-Sun
地図。日本地図。子どもの頃からあるのが当たり前でした。地球儀だってありました。ナビはまだありませんでしたが……。現代人にとって、それはあるのが当たり前ですが、自然にあったものを誰かが発見したわけではありません。誰かが作ったのですね。「作った」というか、描いたですよね。あの日本地図を。あの海岸線や川の形を、そして、山の高さや等高線を……。どうやって?

映画:「劔岳 点の記」は、明治末、全国唯一の未踏峰(「まだ誰も山頂に達した者がない」という意味です)の劔岳(つるぎだけ)に実際に登り、測量に使うポイント(「三角点」と呼ぶようです。副題になっている「点の記」の「点」はこの三角点のことを言っています)を設置し、日本の地図を完成させるのに命がけの活躍をしたチームの話です。


 → 公式サイト

地図の完成には陸軍のメンツがかかっていました。日露戦争に大勝利を収めた後で、日本の地図に計測記録のない白紙のエリアがあるのは、国際的にも恥だというのです。実際、過去にたびたび劔岳に調査隊を送りながら頂上に到達できませんでした。中には命を落としてしまった隊もありました。それほど、危険な山です。地元では「立山信仰(たてやましんこう)」というのがあって、立山は「神の山」と崇められているのに対して、劔岳は逆に「死の山」と恐れられているほどだったのです。陸軍がそう毎度毎度失敗するわけにはいかないのです。

もう一つ、陸軍が後には引けない理由がありました。それは、アマチュア登山家たちが最近めざましく進歩している西洋式の登山技術や道具などを輸入して、日本各地の困難な登頂に成功し、前人未踏峰の劔岳については、陸軍よりも先に征服すると息巻いているからです。マスコミは陸軍対アマチュア登山家という感じで書き立てます。また、日本の登山技術は陸軍式だとプライドをもっている陸軍はどうしても負けるわけにはいかなったのです(今なら官民の協力というか、産官学の協力というか、そういう感じになったのかもしれませんが、日露戦争に勝って意気が上がっているときです。西洋の技術の素人になんぞ、負けるわけにはいかないのですね。

安全なところならばともかく、危険な環境でレースをやるのは得てして不幸な結末につながりかねません。画竜点睛を欠く状態の日本地図に、まさに龍の瞳を入れるべく、芝崎たちは任に着くのです。

しかし、陸軍のプライドは余分で邪魔もののような形で描かれますが、測量スタッフも、登山応援を頼まれた地元の村人たちも、そしてアマチュア登山家も、誰でもプライドを持っていることには間違いありません。自分たちは安全な部屋の机の前にいて、理不尽で無理な欲求を上からぶつけてくるだけの軍の幹部たちのプライドは醜いものですが、危険を覚悟で劔岳に挑んでいる男たちのプライドは決して陳腐ではありません。むしろ、任務に関しての誠実さ、家族や仲間への信頼とそれに応える責任感、そして、この一点に自身の存在証明を託しているかのようで、それは快く感じます。

映画:「劔岳 点の記」は劔岳登山を巡る、人間たちのプライドの戦いであり、信念、家族愛、仲間への信頼、そして人間愛、自然愛のドラマです。点の記録を残そうとする人間たちが主人公であると同時に、四季折々の過酷で美しい自然を画面いっぱいにさらしている劔岳そのものが主人公でもあります。ぜひ、スクリーンでどうぞ!

映画館の心地よい椅子に居ながらにして、はるかな劔岳やその周辺の山々に何度も登山して、その美しさと恐ろしさを十分に味わったという感じになる作品です。トリッキーで派手なシーンはなく、むしろ淡々と、対峙する自然と人間とを映し出しているという感じで、なんというか、こしらえものでない静かな感動を覚えました。いい映画です。

ただ、一点。ちょっと映画中気になって仕方がなかったのは、役者全員が「天幕」を「てんまく」と読んでいったことです。個人的は「テント」だろうと思うのですが、帰ってからネットで調べてみると、「てんまく」という読みがあり、「てんまくけむし(天幕毛虫)」という虫までいて、「天幕」が「てんまく」であっては誤りだということはできないのですが、この時代の人は全員が「てんまく」と呼んでいたのだろうかと気になってしかたがありませんでした。

ちなみに、検索したら、こんなぺージがありました。内容はともかく、PC-VANのログだったのがとっても懐かしく感じられたのでした~。雲散霧消してしまったPCVANの仲間たちも、SIG歴史への招待はこんな形で残っています。珍しいケースですね。
 → SIG歴史への招待



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タイのデータもグラフに入れてみました~新型インフルエンザグラフ(10)

2009-06-27-Sat
AFPBBNewsで「タイの新型インフル感染急増」(6/16)の記事を受けて、タイのデータもグラフに入れて作っていたのですが、記事がなかなかまとまらず、日の目を見ないままでしたので、もったいないのでグラフ中心の公開です。

inf090626.png

単位は世界合計の値(緑色)は「千人」で、日本(黄色)とオーストラリア(水色)、タイ(青色)は「百人」です。ちなみに、数字の元はWHOです。同じ数値は、国立感染症研究所 感染症情報センターでも見られますが、発表が遅いですがこちらは日本語です。発表はここのところ2~3日に1度のペースですので補助軌跡で結んでグラフらしくしてあります。

先日(06/12)のコメント

一部地域以外ではまともに検査すらしていない日本と、

バカ正直に検査・カウントし続けているオーストラリアの感染者数を比べて、

なにか意味があるんでしょうか?

というようなものをいただきました。

日本はもうきちんとチェックしないという方針になったようです。

 政府が示した新運用指針により、国内の新型インフルエンザ対策はさらに緩和された。世界中で感染が広がる中、「これ以上の拡大防止策は限界がある」(厚生労働省職員)との判断によるものだ。対策の力点は感染拡大防止から重症者や死者を出さないことへと移る。

 国内対策の切り替えによって原則自宅療養となり、診察や入院も専門医療機関でなく、一般の病院で対応が可能となる。季節性とほとんど変わらない対策が取られることになる。

 → iza:「新型インフル、対策緩和も油断は禁物」(06/19)

治療方針も、今までのような特別病棟に隔離するようなスタイルから、自宅療養へと変更になり、感染力は強いが重症化することはまれだという現実に即した対応になったようです。そして、第2波の流行に備えて監視を強化していくために、集団発生の早期探知に重点を置くということですね。


 厚生労働省は26日、新型インフルエンザの流行「第2波」に備えたサーベイランス(監視)の強化策を公表した。7月中旬開始予定で、集団発生の早期探知に重点を置き、患者の全数把握は取りやめる。
 → 毎日.jp「新型インフルエンザ:早期集団探知に重点、全数把握は中止 厚労省が監視強化策」(06/21)

「すでに、変異が確認されたという報道」がありました。

 新型インフルエンザ(H1N1型)の一部に人間の細胞に侵入しやすいように、すでに変異していることが、河岡義裕東京大医科学研究所教授らの研究チームで明らかになった。14日付けの英国科学誌ネイチャー(電子版)で発表した。
 → IBTimes:「新型インフル-ウイルス変異し感染力高まる」(06/15)

当たり前ですが、今までのように、ほんとうに軽症ですむのならば、どんなに感染力が強かろうと、ま、ほとんど問題にもならないのですが、今後のこの変異のパターンによってはもっと深刻な事態が起きる可能性もあるわけです。

罹らないように注意して、予防ワクチンまでなんとか持ちこたえたいところです。いろいろ書きたいことがありますが、とりあえずグラフを公開してしておきます。

気が向いたら追記に書きます。記事を書きなおしました。



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映画:「春眠り世田谷」~DVDで

2009-06-27-Sat
映画を撮るために会社を辞める30男……。うらやましい。自立した彼女と同棲していて、理想の恋人とやさしい母親とを併せ持った都合のいい女といっしょに暮らしているように思われます。ま、男にとってはぬるま湯なんですね。だから、「春眠り」ということになるのです。女にとってもそれはぬるま湯だったんでしょう。自分を頼りにしてくれる男と、子どもっぽさで母性を満たしてくれる男。しかし、幼児のようには手がかからない。だって、放置しておいても餓死しないし、責任を負わなくてすむわけだから。うらやましい。



うらやましいと思いますが、しかし、男も女も虚しさを感じないではいられなくなってしまうのですね。特に女性は……などと書くと、差別しているように思われるでしょうか。しかし、男女を比較したときに、生殖の機能というか、子孫を残すための機能の終焉がより明確に、そして相対的に早めに来る女性にとっては、現実への目覚めというか、ぬるま湯に対する不満というか疑問、もしくは焦りみたいなものが出てくるのかもしれません。

モラトリアムですね。映画のタイトルは「春眠り」とありますが、モラトリアムです。

幸か不幸かというか不幸ではないと思いますが、昔に比べて平均寿命が伸びました。人生50年と言われていたころは、50歳過ぎたら老人だったでしょう。今はそうでもない。50歳でも、若々しいというかむしろ幼い人もいるかもしれません。成人も、なにやら18歳を成人にしようという考え方もあるようですが、確かに肉体的にはそうかもしれませんが、精神年齢の発達はどんどん遅れているという感じがしますね。

そして、幸か不幸かというか、これも不幸とは言えないような気もしますが、趣味に生きることが評価され、若々しいことが魅力で、また、どんどん若者や子どもの「文化」も大人向けに「進化」してきていますよね(ま、テレビゲームとか、アニメとか、ま、そうしたことを言うわけですけど。あるいは、動画とか音楽だってそうかと思いますけど、ま、こういうことを十把ひとからげに書くと偏見と言われそうですけれど、とりあえず、ざっくりと)。

それは晩婚化や少子化と無関係とは言えないと思います。

人生が長くなったぶん、「若者」というか「未熟者」である時期が長くなったというか、モラトリアム期が長くなったと言えるわけです。もちろん、それは人によって違って、早く大人になって、成熟者としての期間を長くするという選択も可能なんですけれど、そうなってもまた、まだ老人にならなくていいというか、若者としてやり直せるかもしれない、若い頃にやり残したことを今からやり直せるのではないかと考えるかもしれないと思うのですね。仕事を辞めてまでそれをしてしまっていいのか、それが現実的に可能な人と、どう考えても愚かな選択に映るときもあるわけですね。

人生の時間が長くなり、選択の幅が広がったこと、それは全体的には幸福なことなんでしょうけれど、個人のレベルにしたら、必ずしもいい具合に振れるとは限らないと思いますね。

それが、「春眠り世田谷」なんでしょうか。

世田谷というのは、住んだことはもちろんないし、どんなイメージの街かわからないのですが、たぶんそこには都会性といか、都市の要素も無関係ではないということなんでしょう。

そういう長いモラトリアムの中にありながら、「なんか思春期の悩みみたいでかっこ悪いよね」と言いながら、いい年をしたおっさんが、生きる実感というか、達成感というか、何に生きがいを見出していいのか、熱中していいかを模索してあがくという作品です。

自由であるだけ、生き生きと生きている実感が得られにくい。もっとほかにあるんじゃないか。もっと何かできるんじゃないかと、達成感や満足感が得られないまま、自分探しを続けていく……。それは、宗教的な疑問にぶちあたったり、生物的本能にたどりついたりします。

それが本当の回答なのかわからぬまま……。

どうしたら、いいのでしょうね。

ダメ男の話? 確かにそうですけど、たくさんいそうです。ここまで行動しなくても、こういう気持ちの男や女って。

主演は、「ハゲタカ」でカッコイイ、大森南朋です。ぼんやりした役をうまく演じてます。



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