FC2ブログ

David the smart ass

心のダイエット!~時には辛口メッセージを~

Title List

映画:「地球が静止する日」~劇場で

2009-01-07-Wed
キアヌ・リーブス、ジェニファー・コネリーとジェイデン・スミス主演の「地球が静止する日」を見ました。

 → オフィシャル・サイト

いくつかのブログ(コブタさんところや、keeponさんところ)で、正直あまり期待できない作品というか、期待はさせるけど期待はずれの作品らしいという予備知識があったので、期待しないで行きました。

ところが、スタートから意外によくて、どうでしょう、キアヌ・リーブスが脱出して倒れるシーンくらいまでは、このあとどうなってしまうのだろうという「期待」が持てました。ところが、ウィル・スミスの子どものジェイデン・スミスとキアヌ・リーブスが関わりだしてから、ジェイデン・スミスとジェニファー・コネリーの母子が事態の解決に重要な役割を担うということになってきだして、なんだか、その辺りから、あんまり緊張感のない、なんとなくわかりきった結末というか、消化試合を見せられるような気分になっていました。

で、こういう映画を見せられると、どういうのでしょう、(これはアメリカ映画ですので)アメリカ人と日本人の価値観というか、世界観というか(宗教観という方がいいのかもしれませんが)、広い意味で言うと「文化」ということになるのかもしれませんが、そうした、なにか考え方や感じ方や世界観が違っているということを考えるようになります。つまり、作品のできのよしあしとは無関係の、なにか、鑑賞者側の止むに止まれぬ事情というか、つまり大雑把に言えば文化の違いなんですけど、それもかなり深い部分でも違いで、ほんとうはアメリカ人には興味深かったり楽しめたりする作品が、われわれにはちっともおもしろくないのではないかと、屁理屈を考えるようになってしまうのでした。

たとえば、この人類が地球に君臨していて、自然は人類のためにあるというか、自然をどう活用しようが人類の特権であると考えているのは、おそらく西洋文明というか、キリスト教文明だと思うのですね。日本人の感性からすれば、八百万の神というように、岩や巨石、巨木などにも神というのか、あるいは霊的ものがあって、人間や自然界ともかかわりを持ちながら生きてきたと(少なくとも、今の若者の親もしくは祖父母の世代くらいはそういう影響を少なからず受けている)と思ったのですね。

つまり、キアヌ・リーブスが国防長官や科学者たちに対して言う言葉を聴いて、いろいろ驚いたり、反論したりする人もいたのだけえど、それは主にキリスト教の文化であって、日本人(クリスチャンももちろんいますが)の考え方からすれば、あるいは、「人間が滅んだほうが自然界や地球環境にはいい」みたいなことは、今さら映画の作中人物に言われなくても、一つの論理としてはわかっているわけなんですね。

だから、なんというか、「竜頭蛇尾」というか、「説教臭いわりに平凡な主張しか言わない」わけで、そのあたりもあんまりおもしろくありませんでした。

逆に言えば、キリスト教的な価値観、つまり絶対的一神教の人たちからすれば、キアヌ・リーブスのような存在自体が理解を超えた存在で、そもそも驚きだったんだろうかと思ったりもしました。つまり、わたしたち(日本人)が期待ほど楽しめないのは、キリスト教的な世界観が身についていないというか、そういうなにか本質的というか、文化的ななにかが要因ではないのかと考えさせられました。

こういうことをメタなことを考えさせてくれる映画は、もちろんおもしろい作品というわけではありませんよね。

すでに過去に映画化されたことがあり、そのタイトルは「地球静止する日」
地球の静止する日 [DVD]
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン (2008-11-19)
売り上げランキング: 2836
おすすめ度の平均: 5.0
5 SFのカルト的名作だとか  (SF初心者レビューです)
5 地球が静止する日に…
5 地球「の」静止する日

1951年製作ですから、もう半世紀以上前の、古典的作品ですね。
 → Wikipedia:「地球の静止する日

にほんブログ村 映画ブログへ
スポンサーサイト



HOME