David the smart ass

心のダイエット!~時には辛口メッセージを~

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母を恋うる唄

2005-05-31-Tue

わたしにも母がいたように、
あなたにも母がいたのだろうか……。

なぜ、そのようにまで無邪気に、
剣のような言葉を発せられるの。
あなたは言葉に傷ついたことがなかったの。

わたしにも母がいたように、
あなたにも母がいたのだろうか……。

どうしてそこまで、
わたしの価値を確かめようとするの。
他人に値踏みをされることで、
あなたはそんなに幸福だったの。

わたしにも母がいたように、
あなたにも母がいたのだろうか……。

そう思いつつ大人になったある日。

たびたび聞いた「親の顔が見たい」という言葉に
わたしは再会してしまいましたよ。
そして、
不覚にも、なんとなく納得してしまいました。

わたしは、あなたに対して迷っていたのではなくて、
親の顔が見たいという、
言い古された感覚を抱いていただけだったのかもしれませんね。

お母さん。

小説・詩全般 - 小説・詩
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(元)大関貴ノ花の逝去に思う、大相撲の今。

2005-05-31-Tue
(元)「大関貴ノ花」(二子山親方)が亡くなった。新聞・ワイドショーでは特集が組まれている。

貴ノ浪の断髪式に来たときの、二子山親方の相貌を見て多くの人は驚いたに違いない。あの「角界のプリンス」といわれたすっきりした面影とはほど遠いものだったからだ。口腔底癌、それが二子山親方が闘った最後の強敵だった。

中学記録を持つ五輪候補にも名を連ねた水泳選手が、「水泳では飯が食えん」と角界入り、既に横綱を引退しした兄の先代二子山親方に弟子入りした。そして、最年少での十両昇進、良きライバル輪島とのそろっての大関昇進、あの北ノ湖を優勝決定戦でやぶっての初優勝、千代の富士に敗れ引退を決意したと言われる一戦、若貴の入門から兄弟横綱の誕生へという親方としての手腕など、ワイドショーは「貴ノ花」の、人気と努力、そして成功のストーリーを映し出した。

そして、同時に、結婚から幸福な家族生活、若貴の確執、親方自身の離婚という、なんともいたたまれない家庭崩壊の姿を合わせて報道している。確かにワイドショーのワイドショーたる所以であるなと思わせた。ま、わたしもそれを見て、ちゃっかりこれを書いているのだけれど。

それにしても、このワイドショーの中で貴ノ花の相撲として放送された取り組みにおける、貴ノ花の時代の立ち合いの高さはなんなのだろう。貴ノ花-高見山戦にしても、貴ノ花-北ノ湖戦にしても、今なら注意を受けそうな立ち方である。仕切りから立つときだが、わたしが見た限りでは手をついてない……。そのまんま、すっと立って肩から当たったって感じである。

軽量の貴ノ花が相手であるが故に、高見山も北ノ湖も作戦としてそれなりの立ち方をしたのだろうか……。

……最近の力士は怪我が多い、ウェートばかりやって基本がなってない、まだひよっこだ……現役力士に対する親方などからのキツイ注文や厳しい批判はよく聞くが、同じ目で自分たちのビデオを見てみると果たしてどうなるものか、いささか興味深い。

わたしの知り合いでアマチュア・ボクシングを習っている男がよく言っているのは「公開している技術は進歩する」ということである。将棋でもなんでもいいのだが、いくら必勝戦法と言われても、研究されることによって打ち破られる、そういうことがボクシングにも当然あるというのである。もちろん、格闘技の場合は「技術」だけでなく、個人の肉体的な強さや運動能力にもよるので勝敗は一概には言えないが、「技術」はそうして進歩していくというのである。

こういうことを思うとき、大相撲はどうなんだろうか? と思う。外国勢ことにモンゴルの力士たちが強いのは、精神的なハングリーな面もあるのだけれど、彼らがそれまでの日本の相撲にはなかった「技術(モンゴル相撲の技術)」をなにかしら身につけていてということはないのだろうか? その「技術」の存在に気づかずに、ただ日本の相撲の伝統的な戦い方、技術だけを受け継ぎ、親方に言われるままに取り組んでいたのではダメなのではないかということだ。……(そんなことはプロだからとっくに気づいていて、きっとなさっているんでしょうけれど。)

貴ノ花の冥福を祈るとともに、彼の愛した大相撲がいっそう発展することを願ってやまない。

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逮捕された!オリバー・ストーンってどんな人?

2005-05-29-Sun
オリバー・ストーン監督が逮捕されちゃいました。

 gooニュースから拾ってきました。
 → 「 オリバー・ストーン監督逮捕、飲酒運転と薬物所持で」('05/05/29)

 記事によると、27日夜ビバリーヒルズの警察の検問所で飲酒運転と薬物所持の容疑で逮捕され、翌朝罰金を払って釈放されたということです。'99年にも同じようなことがあったようです。

 オリバー・ストーンはアカデミー賞監督なんですが、わたしは映画好きなんですが、馬鹿なせいか、こういう知識があんまり定着しなくて、どんな作品があるだろうと検索してみました。

 ここのallcinema のオリバー・ストーンのページが見やすいですね。

 すごいですね~。'86年の監督賞「プラトーン」、'78年の脚色賞「ミッドナイト・エクスプレス」、'89年監督賞「7月4日に生まれて」と三度受賞です。そして、「ニクソン」('95年)、「JFK」('91年)などもノミネートされています。さすがです。

 「プラトーン」は確かスクリーンで見ましたが、なんか、戦争の悲惨さがよくわかりましたが、あまりに重苦しく、気分が悪くなった覚えがあります。

 最近では、「アレキサンダー」ですね。これはブログ書き始めてからなんで、ここにも確か、おそまつなレビュー(のようなもの)があったと思います。
 → 「アレキサンダー」を見る

 今、読み直してもわたしの評価は今一なんですが、あらら、上のallcinema の受賞歴の一番下に、「ラジー賞」のワースト監督賞とワースト脚本賞にノミネートされちゃってますね。やっぱな~。

ええと、ラジー賞ってのは、「毎年アカデミー賞の前夜にハリウッドのルーズベルト・ホテルで開催される、その年最低の映画を決定する映画賞」です。(→ おなじく allcinema のラジー賞のページ

 ふむ、なんか、さえませんね~。最近のオリバー・ストーンって。

映画全般 - 映画

百人一首の日に考える、仮名遣いの歴史

2005-05-27-Fri
今日は「百人一首の日」です。ネット上いくつもある「今日は何の日」的なサイトを見ると、定家が『明月記』の文暦2年(1235)5月27日に、「親友(頼綱)の求めにより和歌百首を書写し、これが嵯峨の小倉山荘(嵯峨中院山荘)の障子に貼られた」というような記述があることによります。
 → こちらの「百人一首の日」を参考にしました。

藤原定家といえば、百人一首の選者ですが、新古今集の選者でもあり、和歌の歴史を語る上では避けては通れない人物なのですが、同時に、「国語」の歴史を語る上でも重要な人物です。

それは国語の仮名遣いについて研究し、「定家仮名遣い」と呼ばれる仮名遣いの一つの基本を完成したことによります。知プラで「仮名遣いの歴史」として回答したことがありました。(→  知プラ「歴史的仮名遣いと、現代仮名遣いへの変遷」

では、転載します。


「歴史的仮名遣い」の第一歩は歌人藤原定家(鎌倉初期)によって開かれたと言えます。

定家以前には「仮名遣い」という意識はなく、発音通りに仮名を表記していたと思われるのですが、鎌倉時代にもなってくると、発音と表記の間にずれや、表記の混乱が目に余るものだったと思われます。

そこで、定家はワ行やハ行などの使い分け(「を・お」「え・ゑ・へ」「い・ゐ・ひ」)について「下官書」に書き、こうした混乱をただし、統一的に文字を使おうという態度を示したわけです。いわば「仮名遣い」の第一歩です。この仮名遣いは、後に僧行阿(南北・室町)によって、補足修正され、江戸時代まで続く「仮名遣い」としてひとまずの標準となりました(「歴史的仮名遣い」と区別して「定家仮名遣い」と呼びます)。

ところが、その定家仮名遣いも文献的に見て誤りがあることが研究によりわかってきました。江戸中期の学者契沖は『和字正濫鈔』(わじしょうらんしょう)を著し、定家仮名遣いなどにみられる文字遣いの乱れを指摘、それが本居宣長らにも引き継がれ、明治期になりさらに研究され、所謂「歴史的仮名遣い」として一つの標準的な表記法として定着しました。

以上が「歴史的仮名遣い」の由来というか、歴史です。

「現代かなづかい」への転換ですが、最大のきっかけは太平洋戦争の敗戦であり、ずばり、アメリカから「よくわからん」と言われたことにあります。鎌倉時代から明治にかけて、我が国の学者たちが文献をあたり研究し完成させてきたものを、簡単に捨ててしまうとは、考えてみれば愚かなことであり、寂しくもあります(これは感想です)。

とはいうものの、明治維新前後から大戦期まで、歴史的仮名遣いの不都合さを指摘する声は、国内にも決してなかったわけではありません。発音と表記が違うわけですから、漢字を習う以外に個別的に仮名遣いを覚えねばならないというのは、実際のところ効率が悪すぎるというのです。そこで、仮名遣いの見直しのみならず、漢字の廃止(すべてカナ表記)とか、カナも廃止しローマ字による一本化などが、学者や文壇で真剣に論ぜられていました。

太平洋戦争の敗戦で、アメリカから表記についての簡易化を求められ、どうしても見直さねばならなくなったのですね。そうして、国語審議会によって「現代かなづかい」という新しい標準が作られたわけです。ちなみに、1946年内閣告示「現代かなづかい」が出され、1986年に内閣告示第1号として改定されています。


参考資料: ウィキペディア その他

こういう動きで「現代かなづかい」の完成をみたわけですが、やはりこの歴史を無視した国語の「改悪」に異議を唱える人たちもいなくはありませんでした。

これは、知プラの「1945年以前に普通使った旧仮名表記について易しく説明した本とか。」という、外国人のからの質問に答えたときに紹介しました。

歴史的仮名遣いを「正仮名遣い」として見直そうというサイトにはたとえば、次の二つがあります。
 → 「旧仮名遣いと呼ばないで」
 → 「國語國字問題解説」

実はわたしの知り合いにも、そういう「正仮名遣い」でWebページを作っている頑固者もいます。

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