David the smart ass

心のダイエット!~時には辛口メッセージを~

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合気道入門記(4)

2003-01-31-Fri
「つづく」などと書いてきたが、ちと、間延び。続かない(笑)

結局、わたしは、現在約2年間続けていて、道場内では、入門から最短と言えるスピードで初段を取得した。これは「合気道初段」なので、審査の中心は「形(かた)」。それ以外に、出席率とか大会参加状況なども加味される。出席もかなり良い方で(週2~3回)、自分で言うのもなんだが、態度もそれなりに積極的なので、ま、言わば「模範的」なので、その点は文句はない。

しかしながら、そういう真面目さと組手の強さはまた別なのだ。

わたしの流派の交流試合には「合気道」のはずなのに三つの「組手」のスタイルがある。

1)打撃組手
2)合気道組手
3)組討組手

「打撃組手」は、K-1のようなルール。ただし、顔面へのパンチはない(蹴りはOK)。また、拳、膝、スネ(足の甲まで)にはサポーターをつけ、ボディはプロテクターを着用と、安全性には配慮する。うちの流派では、主に、中学生以下の子ども達がする組手。

「合気道組手」は鎖骨より下の打撃(蹴りと掌打)と合気道技(主に立ち関節技)で勝敗を決する。打撃はあくまで補助的で、合気道技への導入とするのが申し合わせ。交流試合などで多用。

「組討組手」は、言わば「打撃のないプライドルール」。立ち位置から、テイクダウンに持ちこみ、関節技などでタップをとる。たとえば、腕ひしぎ十字固めとか、三角締めとか、アキレス腱固めとかもあり。また、柔道の寝技もすべていいし、押さえ込みも時間により技ありや有効になる。

さらに、大会には演武もあって、これは、日ごろの合気道技を披露する。来月(2月)の第3日曜には、流派内の交流試合・演武会がある。わたしも「合気道組手」「組討組手」「演武」の三つに参加予定。がんばろ!

(つづく)
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合気道入門記(3)

2003-01-07-Tue
入門のとき契約書を出した。

「稽古中にどのような怪我などがあっても文句はいいません」……誓約書の文面は正確には忘れたが、要するに「怪我がつきもので、道場側に対して、それについて一切の責任を問わない」ということを、一応確認しているもので、わたしの格闘技好きの知り合いに言わせると、どこの道場でもやることだそうである。

しかしながら、実際に、プロテクター注文票などを目の前にしてみると、いっそう輝きをまして感じられたのはおわかりいただけると思う。

わたしの入門した流派は「リアル合気道」という言い方をしている。「形(かた)」だけでなく「組手(くみて=スパーリング)」をするということだ。

その大雑把なところをいうと、鎖骨より下は直接打撃で、打撃と立ち関節技(合気道技)で勝敗を決すというものである。あくまで「生きた合気道技の習得のための組手」なので、ヒットアンドウェーや連続打撃技などの戦法については、注意や減点の対象でである。

とはいえ、わたしの「合気道は形だけ」という常識は大きくくずれ、空手さながらの「突き」や「蹴り」、それも、キックミットをもっての「回し蹴り」や「正拳突き」などのメニューが稽古に加わっていくのである。

(つづく)

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合気道入門記(2)

2003-01-04-Sat
さて、「合気道」とは、一般的にどういうものなのかということを述べておいた方がいいようだが、それがなかなか言葉にするのは難しい。

試みにgoo国語辞書で調べると「古流柔術の一派からおこった武術の一。関節技・当て身技を用いて、徒手で相手を制する格闘技」とある。……あ、そうか、辞書的には「格闘技」として認定してたんだと、改めて感心するが、ま、このあたりでイメージしておいて欲しい。

柔道は当て身(打撃)はないこともないが、試合などでは禁止されているし、空手は逆にほぼ当て身(打撃)に限定されている。こういう制限があればあるほど、スポーツとしてというか、競技として精錬されているとはおもうのだけれど、それはいいとして、「合気道」の特徴を「関節技と当て身」という点においておけば、なんとなくイメージがつくかもしれない。

「合気道」の関節技は寝ての関節技(たとえば、ボブ・サップが高山に決めた腕ひしぎ逆十字固め)よりも「立ち関節技」が中心である。護身術といって、痴漢などに後ろから抱きつかれたらどのように身をこなすとか、刑事ドラマで殴りかかってくる犯人をひらりとかわしながら腕をねじり上げている刑事の動きなんてのは、イメージとして近いものがある(そういえば、わたしの先生はモー娘相手に護身術を教えるというTV番組の企画で、モー娘に抱きついたことがあるとか言ってたな……)。

実際の合気道の形(かた)の稽古は、たとえば、おたがい向かい合って立って相手が右手で私の右手を順手でつかんできた時に、どのような関節技を決めるか。また、正面から正拳で突いて来た時にどう身をこなし相手を組み伏せるか……みたいな稽古をしていくわけ。なんというのかな、すべてそういう約束の下に、型を覚えていくのが「合気道」で、だから安全だとわたしは知り合いに勧められて入門した……つもりだった。

ところが、最初の2~3回はそういうことを中心にやってたんだけど、わたしは見学してればいいとはずされて、「手首相撲」とか「合気道組手」とかいう稽古を、色帯(白帯でもなく黒帯でもない、「級」持ちの人)の人たちがやり始めたのだ。……それは、言わば、掴み合い、殴り合いだった。蹴りまでもある……!!!

おーい、話が違うぞ……と、インターネットのお友達の名前を呼んでも、どうしようもない。そのうちに、わたしにもある用紙が渡された。それは、金的と膝と脛(スネ)のプロテクターの注文票だった……。いったい、俺に何をしろというんだい……。

さらにその時になって思い出されたのが、入門時に誓約書があったこと。「稽古の中でどんなことがあっても文句はいいません」みたいな……。おいおい……。

(つづく)

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合気道入門記(1)

2003-01-02-Thu
「合気道」を格闘技と呼べるかどうかは、むしろノーであろう。確かに武道ではある。自己研鑚というか、自己鍛錬のための武道としてはいいが、格闘技と呼べるかというと、むしろその理念から、胸をはって「ノー」だというかもしれない。護身術ではあるが、人と戦う術ではない……。それが「合気道」の理念なのだ。

わたしは、大人になってから、何か始めたくて、合気道に入門した。確かにプロレスとかK-1とかPRIDEとかボクシングとか、格闘技を見るのは好きだった。しかし、やるのはというか「やられる」のは誰でも嫌だろうし、わたしも嫌だった。

数年前のネットの知り合いにたまたま合気道を習っている人が2人ほどいて、彼らが「合気道は組み手がないから大人でもやりやすい」と言って、わたしに勧めたことがあったのだ。

「組手」というのは「乱捕り」である。スパーリングのことだ。つまり、「形(かた)」しかないから、怪我などをする危険性がないというのだ。誰でも怪我は嫌だが、およそ「格闘技」には怪我はつきものである。しかし、学生ならいざしらず(というのも語弊があるが)、仕事を持ちそれでおマンマを食っているのだ、責任上怪我をするわけにはいかない。

そういう理由で、格闘技を見るのは好きだったわたしが、「合気道」ならどれでも同じだと思って、近くの市民体育センターで週2回開かれている「合気道」の教室に、軽い気持ちで入会してしまった。

しかし、わたしの入った「合気道」の流派は、組手のない伝統合気道とは違って、いや、その弱点を克服するという高邁な理念に燃えて、稽古の中に積極的に組手をとり入れていこうという、新興合気道だったのだ。

そのおかげで、今わたしは、思ってもみなかったような体験ができている……(笑)

(つづく)

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