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David the smart ass

心のダイエット!~時には辛口メッセージを~

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短編小説「猫の話」(1/5)

2001-08-27-Mon


   (1)

 市民寄席の会場を出ると、むっと暑かった。離れた駐車場まで歩くと、夜とは言えもう汗が流れてくる。クルマに乗り込んでエンジンをかける。クーラーが効き出すとほっとする気分だ。いっしょに助手席に座ったKも、いつもはもう少し多弁だが、暑さのせいか今日は無口だった。ヘッドライトをつけて、そのまま前のクルマが駐車場を出るのについてクルマを進めた。

 Kとわたしが市民寄席で知り合ったのは半年前の冬のことだ。市民寄席というのは、落語好きの市民サークルで、毎月の全員の会費をプールして、隔月で噺家(はなしか)を招いて落語を聞くというしくみになっていた。メインは一人。その落語家が弟弟子とか、若手を連れてくることがほとんどであった。もっとも、地方なのでそのメイン自身が若手であるということもたびたびあったのではあるが。また、地元の大学の落語研究会にも、前座として高座に上がる機会を与えるというはからいもしていた。大学生への謝礼など、プロに比べたら安いものだった。だが、学生にしてみたら悪い話でない。落語を聞いてもらえる上、アルバイトの時給に換算したら悪くない謝礼ももらえるし、おまけに、本職の話も聞かせてもらえるのだから。そんな取組で、地方都市の市民寄席は成り立っていた。

 半年前の二月、Kは市民寄席でわたしの席の隣にいた。マスクをして、ときどきゴホン、ゴホンと空咳をしていた。やむを得ないこととはいえ、コンサートや演劇などでもこうして咳をしたり、くしゃみをしたりするのは歓迎されない。それが、おしゃべりをしたり、ケータイが鳴りだしたりすると違うのは、本人には責任のないどうしようもないものということである。ムードを壊すということは変わりなくても、だからといって睨まれるようなことはあまりない。

 ゴホン、ゴホン。ゴホン、ゴホン……。六十歳過ぎの、大柄の頭の薄くなった、度の強い眼鏡をした男が、隣の席で肩を揺すりながら、苦しそうに咳を繰り返す。あまり咳がひどいので、落語家が「お客さん、大丈夫? 苦しい? 話、止めて待ってるから。ゆっくり、心おきなく咳をして~」と話しかけたほどである。コンサートや演劇ではこうはいかないのだろうが、そこは話芸、ムードを壊さずに気遣うこともできるのだ。ホールはややざわついたが、温かい雰囲気に包まれた。わたしもそのぬくもりにつられて「のど飴持ってますよ。舐めます?」と声をかけた。それがKとわたしの知り合ったきっかけだった。

 一席が終わって話してみると、Kの住む町はとわたしの町と隣町というほどではないが、そう遠くもなく方角的には同じだった。また、クルマに乗らないので、電車を乗り継いで来ているということも知った。冷え込む夜で、わたしとしても一人で帰るのもの寂しかったので、それならKをわたしがクルマで送ろうという話になった。Kも最初は遠慮したが、公演の感想をクルマで話し合うのも楽しいだろうという気持ちが、おそらくお互いにあったのだろう、遠慮なさらずにとわたしが繰り返すと、すんなり話はまとまった。じゃあ、ただ送ってもらうのも、ということで、Kがラーメンの旨い店があると言いだした。お礼に奢るから寄り道して帰ろうというのだ。

 その日以来、市民寄席の公演のたびにKをクルマで送って帰ることとなった。そして、同じく、どちらかが、ちまたで噂のラーメン屋を紹介し、少々遠回りでも食べて帰るというのが習いとなっていた。もちろんKのおごりである。わたしはKが車の謝礼のつもりでいつも奢ってくれるものと思い、快く奢ってもらっていた。そこには、クルマを持たないKが、やや駅から離れた店に食べに行くことができるというメリットがあって、Kとしても喜んでいるはずだとわたしは思っていた。



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短編小説「猫の話」(2/5)

2001-08-27-Mon


   (2)

「今日も食べていきますよね。ネギラーメンの旨い店を見つけたんですよ」
Kは答えなかった。ラジオのニュースを聞き入っているのかもしれない。
「ネギラーメンに、厚めのチャーシューを刻んで入れてありましてね。旨いんですよ」
その店はときどき食べに行くようになっていた。まだ、オープンしてそんなに経っておらず、Kはおそらく知らないだろうから喜ぶに違いないと思った。
「……」
Kははっきりとは返事をしなかった。なにかうなり声のようなものが聞こえたような気がしたが、うんと答えたようでもあるし、う~んと迷っているようでもあった。

「どうでした? 今日の話は?」
わたしは落語の話を振ってみた。やはりKは返事をしなかった。いつもなら、適当に「そうだねぇぇ」とか、「そうだなぁ、どう思った?」と、ま、わたしの問いかけに適当に相づちを打って、わたしに先に話をさせてくれようとするのに。
「わたしははじめて聞きましたよ。今日の話。Kさん、聞いたことあります?」
明確に呼びかけたら、Kの重い口が開いた。
「……四つ目の猫か……」

 落語には枕というのがある。それは落語の導入部分であり、一つの重要なテクニックである。本題に先立って、最近マスコミがとりあげている話や世間話、小咄などををいくつかして、その日の客の反応を見て、出しものを決めるのだ。もちろん、そればかりではない。噺の本題やさげ(落ち)の中に出てくるわかりにくい言葉やなじみの薄い事柄について、あらかじめこの枕の段階で小噺などをしておいて、事前に客席の理解を深めておくというねらいもある。ただ、その日の噺は、どうやら最初から怪談噺と決まっていらしく、枕から、お化けだの、狸や狐が化かすだのそういう話が多かった。そして、本題は猫に関する怪談だった。ちょっとした都市伝説である。

……最近、世の中をにぎわしておる話題に、ある女性作家が、猫に不妊手術をするくらいなから、生まれてくる仔猫を殺した方がいいのではないかと考えまして、実際それをしているとエッセイに書いたところ、これがいろいろと反響を呼びましてな、バッシングというか、なんというか、いろんなことが起きておるのであります。強制的に避妊手術をするのと、堕胎手術をするのと、生まれてきた仔猫を投げ殺すのとでは、どっちが残酷で、酷いのかというような……

 なかなかタイムリーでおもしろそうな話をすると思った。「わたしは子猫を殺している」という名言というよりはむしろ妄言で、直木賞作家がネットで大バッシングを受けた。わたしは、落語のおもしろさとか、話の上手さとか以前に、そんな話題を枕に入れられるこの噺家にちょっと親近感を持ったし、一目置いた。

 それから、噺は猫が呪うとか祟るとかいう話になって、それが日本ばかりではありません、ベトナムでもそういうことがあるのですよということになって、落語家の創作なのかどうかわからないけれど、ベトナムの四つ目の猫の話になった。残念ながら、枕の子猫殺しの方が興味深く、こっちの話はあまりおもしろくなかった。結局、怪談と言っても復讐の話というか、呪いの話というのは、複雑なことはなくて、要するに「酷いことをしたから呪われた」というような話で、あとは、それがどんなふうにおそろしいかということにかかっているのだった。

 --ベトナムのある川原で、おもしろ半分に石を投げて遊んでいた男がいた。間が悪いことに、近所に住む子どもがかわいがっている猫に当たって、運悪く死んでしまった。子どもがあまりにも泣き続けるので、最初は謝っていたものの、らちがあかず腹が立って思わず女の子までぽかりとやったら、はずみが悪くて女の子まで死んでしまった。その夜から、男が寝ているとどうも寝苦しくなる。足元に何者かが立ってこっちを見ている。生臭い匂いが部屋全体に漂っている。うわっと思って飛び起きて、明かりをつけてみると誰もいない。幾晩めにかに憔悴して目覚めたとき、男は暗闇に光る猫の目に気づく。それは人の目ではな、明らかに猫の目なのだけれど、どういうわけか四つ目の猫なのだ。そうして、その四つ目の猫が、だまってじーっと男が寝ている方を見ているという--そんな噺だった。



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短編小説「猫の話」(3/5)

2001-08-27-Mon


   (3)

「別に、わざわざベトナムの話にしなくてもよさそうな話でしたよね。わたしは、最初のネットのバッシングの方がおもしろかったですよ」
「……」
どうも、今日のKはノリが悪い。
「ベトナムで話題になっているって言ってましたよね。あれ、どうなんでしょうね。別に日本の話でも全然変じゃないし。むしろ本当にベトナムで話題になってるってことなんでしょうか?」
「……いるよ」
やっと返事があった。

「え、知ってたんですか? ベトナムのこと……」
「いや」
「……」
「うちにいるんだよ。そいつが……」
「……、へ?」
わたしはどう言っていいのかわからなかった。でも、こういうときに妙に深刻にならないのがいいと思って、
「いるって、Kさんところにですか。驚かせないでくださいよ」
Kは再び無言に戻った。さっきまでと同じ沈黙だった。
「……ほんとうですか?」
「……うん」
Kは低くうなった。いつもなら、朗らかなところのある大柄な男が、今日に限って妙に深刻な感じなのが、助手席から伝わってくる。
「やめてくださいよ。怖いんだから」
「……。怖いさ、わしだって」
こういう話で大の大人が「怖い」などという言葉を使うのは、今どきめったに聞かない。だいたいは、幽霊がいるかとか、おばけなんて信じないとか、せいぜいそんな疑問形というか、議論になって、ま、信じる信じないは自由だとか、世の中いろいろあるとかそういう話になると相場が決まっているのだ。

「どうする?」
Kは聞いてきた。いつものトーンより沈んだ声が、かえって凄みを感じさせる。
「どうするって?」
「ラーメンだよ。いつものようにラーメン食べていくか? こんな気分でも」
「ああ、運転してるとあれですから、食べながら、聞かせてもらいます。なんか、落語の続編聞くみたいで、ちょっとお得って感じじゃないですか。えへへ。こないだね、旨い店見つけたんですよ。パイタンスープのネギラーメンなんですけどね……」
なんとなく重いムードなんで、愛想笑いをして、それからはもっぱらラーメンの話をした。Kもなにかつっかえものがとれたように、しだいに乗ってきて、「ほんとか」「そりゃ楽しみだ」などと言って、すっかり幽霊の話など忘れているかのようだった。

 駐車場がガラガラだったし、店は空いていた。わたしのお薦めの「刻みチャーシュー・ネギラーメン」を頼むとまもなく来た。一口スープを飲んで旨いとKも喜んだ。ラーメンに詳しそうなKは、ちょっと魚系の出汁が入っているかなといいながらうまそうにすすった。ネギとチャーシューが合うだとか、あえてチャーシューがみじんに刻んであるところが旨いんだとかいう話になった。あるいは、どこそこのネギラーメンは白髪ネギで、ピリ辛ぐあいが旨いとか、ネギラーメンの話題が一通り終わった。

「さっきの話なんですけど……」
わたしは気になっていた話をふってみた。
「ああ……。聞いてくれるか。別にいいんだけどね」
Kはまたいくぶん元気がなくなった。
「いえ。せっかくですから。こうして明るくて、腹もふくれてくると平気だし」
「本当にいいのか?」
「やけにあれですね。怖がらせようとしてますよね。もったいつけて」
わたしはもうラーメンを食べ終えようとしていた。大柄のKも同じくらいだった。



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短編小説「猫の話」(4/5)

2001-08-27-Mon


   (4)

 「いつも、帰りに送ってもらって助かっているんだが、わしは運転ができないわけじゃないんだ。クルマの免許証は持っていて、そして、クルマもある」
そうなんだ。知らなかった。そういえば、Kを送っていったときに、きちんとした車庫があった。奥さんが乗るのだろうと思っていたが、K自身が運転できたとは初めて聞いた。
「あることがあって、乗るのをやめているんだ……」
どうやらそのあることが問題のようだった。

--それは、秋の日だった。久しぶりに残業もなく早く帰れるので、ちょっと楽しくて鼻歌交じりにクルマを走らせていた。ちょっと狭いが、通い慣れた道で、まだところどころに田んぼや畑がのこっていて、のどかなものだった。通行人もクルマもいなかった。

 どうしたわけか、そこを子猫が歩いていた。歩いていたというか、道にさまよい出てしまったいう感じだった。遠くから路上に猫がいることがわかったので、スピードを落として近づけば当然、ささっと走って逃げるものだと思った。

 ところがどうしたわけか、子猫は逃げなかった。どちらかに逃げるどころか、クルマの進む方向にちょこちょこと走っていくのだ。その足取りはかわいくさえあった。あるいは子猫は必死だったのかもしれないが、その仕草のけなげさは、まるでクルマとの追いかけっこを楽しんでいるかのように思われた。調子にのって、からかうようにクルマを走らせた。もちろんスピードはもうのろのろで、全く危なくないはずだった。

 しかし、悲劇はその時起こった。何がどうしたのか、全くわからない。ほんとうにどうしてそうなったのか、運転席からは見えなかったのだ。ただ、わかったことは子猫を轢いてしまったということだった。子猫が疲れてしまったのか、あるいは、何かにつまづいたのか、急に気が変わって方向を変えたのか、とにかく、子猫の姿が見えなくなって、慌ててブレーキを踏んだときには、もう、手遅れだったのだ。

 「なんだよ、おい。そんなつもりじゃ……。おい、馬鹿野郎」
 クルマを降りて、子猫を確認する気にならなかった。嫌な音と微かなタイヤの感触でことの次第は充分にわかった。しばらく走りすぎて、おそるおそるバックミラーで確認すると、ひょとしたら親猫だろうか、いっしょに追いかけっこをしたいた子猫よりも二回りほど大きな猫が、耳を立て目を見開き道の真ん中座って、走り去るクルマを見送っていた。

 その夜から、ときどき夜中に目が覚めるようになった。部屋の中に何者かがいる気配を感じるのだ。気配というよりは、息づかいだった。自分の寝息とは違うリズムの息づかいが、真っ暗な部屋のどこかでする。誰かいるのかと、ふっと起きてみると誰もいない。慌てて明かりをつけても姿はないのだ。

 毎晩というわけではない。疲れているときとか、何かの拍子に起きるようだった。何者かが足元にうずくまっているようでもあれば、寝ている自分の顔をのぞき込んでいるようでもあった。足音を立てるわけでもないが、何かがすーっとそばを通り過ぎていく気配がしたときもある。

 ある夜、なんとなく息苦しさから目覚めたときには、そいつは胸の上にいた。寝顔をのぞき込むようにじっと見つめている気配だった。そいつの息が口にかかる。生臭い匂いだった。この匂い……、記憶があるぞ。そして、その匂いと胸の上の重量感から、ある生物が思い出された。この重さ、この生臭い息づかい、忍び足……。猫だ。あの猫が来ているのだ。あの日、心ならずも轢き殺してしまった子猫の親猫が、わが子を返せと詰め寄ってきているのではないかと思った。

「(うわぁ)」
叫ぼうとしても声が出ない。手足が硬直して動かないのだ。金縛りなのか。どうして声が出ないんだ。あたりは真っ暗で何も見えない。明かりをつけようにも、手も足も動かない。どうなったんだ。どうしたんだ。誰か。苦しい、苦しい--別に猫が首を絞めているわけではない。ただ、大の字に近い形で寝ている胸の上に、じっと動かずに猫が乗っている、その圧迫で息苦しいのだった。

「(助けて、助けて。誰か、誰かぁ)」
声にならない。身体が動かない。そして、何も聞こえない。ただ、猫の生臭い息だけが顔にかかってくる。どうしてしまったんだ。どうなんだ、混乱は恐怖へのと繋がった。
「(悪かった。悪かった。殺すつもりはなかったんだ。偶然だった。悪かった。かわいかったんだぁ)」
思わず、猫に詫びていた。もがいてももがいても手足は動かない。首を持ち上げようとしても動かない。ただ、胸が重苦しい。声が出ない。息ができないのだ。
「(悪かった。悪かった。助けてくれ~)」
と、バタバタしているうちに、どうしたものか、突然身体が動くようになった。音も戻ってきていた。さっきまでは聞こえなかった電機モーターの唸りのようないつもの音が聞こえてきた。

 --夢だったのか? それはわからなかった。でもよかった、とにかく身体が動くようになった。「わっ」と声を出してみた。深夜の場違いな大きな声が出て、自分で慌てた。夢だったのか? 毎晩? それはわからなかった。

 ただ、その夢かうつつの中で大声で詫びた夜以来、「猫」はちょっとおとなしくなった。ときどき、寝ている部屋に表れるようだが、以前のように歩き回ることも、胸の上に乗るようなこともなく、じっと足元付近の、ちょうど部屋の西の隅にうずくまって、こっちを見ているようだった。

 どうしてわかるかって? 湿っているからだよ。朝起きて部屋の西の隅を見ると、畳が湿っていて、それがちょうど猫が座っている形をしているんだ。今でも? そう。今でもときどきね。

 四つ目? ああ、それは実は今日まではっきりとわからなかった。何度か、夜中に目を覚ますなかでときどき、いつもの場所に目が四つ光っていることがあるんだ。猫の目が。

 四つの目がどういう具合に四つなのかよくわからなくてね。あのときの死んだ子猫を生きてる親猫とがつれて来ているのかと、ひとまず思っていたんだけど、生きているのと死んだのとって、なんだかそれも変だなって。その目の位置や畳の湿った形から、どういうかっこうで二匹が重なったら、ああいうふうに目が四つ光るのだか、そんなことがずっとわからないでいた。

 それが、今日の落語を聞いて、なんだかすべてが一致したようで、なんだかそれが恐ろしくなったよ。四つ目の猫がいるんだなって--。



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