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David the smart ass

心のダイエット!~時には辛口メッセージを~

観劇:「族譜」~青年劇場公演

2010-09-28-Tue
観劇の市民サークルに入っています。

今回は青年劇場の「族譜」でした。
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 → 青年劇場のWebサイト

もう、15年以上演劇を見ていますけど、いろいろな見方ができるようになってきました。ただ、誰かに「正しい演劇鑑賞法」とかを教えてもらったことはありませんので、ま、勝手な見方というか、自己流で見ています。わたしの見方の基本は「予備知識を持たないで見る」、「役者や演技よりも作品のテーマ性を重視する」という感じです。言わば作品本位で見ています。15年以上見ていて、そんな見方しかできないのかというのはちと残念ですが、ま、わたしはそうなんです。

そんなわたしには、青年劇場はお気に入りの劇団だったりします。

・大スターがいないので作品中心に見られる。
・声がよく通って、とても見やすい。
・テーマがしっかりしていて、考えながら見られる。

そう思って、こないだ青年劇場を見たのはいつだったろうと思ってみると、「銃口」なんですね。2007年か。
 → 過去記事:「観劇:「銃口」~青年劇場」(2007・7・5付け)

ああ、この時も青年劇場褒めてますね、まさに名は体を表す。たとえ老人を演じていても、たとえ深刻なドラマでも、その名に恥じない、若くて、ハツラツとした演技が魅力的です。いいですね、青年劇場。こんなふうに、劇団を褒めることができるようになるのは、見続けている一つの成果なのかもしれません。

さて、「族譜」です。

テーマは「創氏改名」です。一応知識はありますが、Wikipediaから少し引用。

創氏改名(そうしかいめい)は、大日本帝国において朝鮮総督府が本籍地を朝鮮に有する日本臣民(以下朝鮮人という)に対して実施した政策のこと。昭和十四年制令十九号で定められた「創氏は義務であったが、昭和十四年制令二十号で定められた「改名」は任意であり、手数料を取られた


「創氏」というのは、苗字を作るってことですね。当時植民地であった朝鮮人の人たちに、日本人としての苗字を作るということです。朝鮮は、今の日本流に言えば、夫婦別姓だったんですね。一家のうち、嫁いできた嫁は旧家の姓をそのまんま名乗っています。したがって、所謂標準的な家族を想定すると、母だけが苗字が違うという感じになってるんですね。だから、ま、日本式の戸籍制度にして、夫婦同姓にして、家族全員が同じ苗字を名乗りましょう。日本式の氏制度にしましょうというわけなんです(台湾でも同じような日本式の苗字にするという政策があったのですが、台湾は夫婦同姓だったので、単に改姓ことで、「創氏」とは若干違うのですね)。

創氏改名と並んで悪評が高いのは日本語の強制ということもあげられます。「国語常用」と言って、朝鮮語を公的な場面から追放し、日本語を押し付けたのです。

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観劇:「銃口」/青年劇場

2007-07-05-Thu
観劇の市民サークルに入っています。先日は劇団「青年劇場」(→公式サイト)公演の「銃口」を見ました。原作は三浦綾子です。
銃口〈上〉
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三浦 綾子
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5 5★上巻は未だ牧歌調でのほほん…下巻・開戦への前ふり?
5 簡潔な文章と丁寧なエピソード採用で当時の様子が伝わりやすい
5 戦争を考えた


ああ、泣きました(笑)。映画と演劇の両方を見る人は少なくないと思いますが、SFXというか、CGの技術が優れてきている近年では、映画と演劇のめざすところというか、着想も、むしろ明確にわかれてきているといっていいでしょう。もちろん制作側の意識も違うのでしょうが、見る側も全く別物として味わうのだと思います。どちらが上等だとか、いいとか、優れているとかいうことはないと思います。それぞれ別のよさがある。しかしながら、わたしのは、泣けるのは演劇だと思います。なんというか、わかっていてなけます。そもそも、演劇等いうのは、ある意味臭いのです。演技が大げさというか、芝居がかっています。当たり前です、芝居ですから。ところが、その臭いのがいいんですね。そこが、こう、なんというか、訴えるんです。わかっていても、泣けてきます。

今回の話も読んだことはないわけですが、伏線がよくわかって、筋も読めます。こうなるんだろうなぁと思うようになります。そして、思うようになっても、泣けるんですね! いい話でした。

もう、演劇も月5~6本のペースで10年以上見ているのですから、ま、いろいろとわかってきたようなものですが、この青年劇場は、いつも爽やかに、明るく、さらりと演技するのがいいところだと思います。

今回の「銃口」は、戦時下貧しい炭坑の町の小学校に、理想に燃え赴任してきた青年教師北森が、参加している「綴り方教育」(作文教育)の研究会が、どうも思想的であるということで、特高からにらまれ、治安維持法違反の容疑で逮捕される。拷問にあい、ある条件の下に釈放されるが、しばらくするとその教師の下に赤紙(召集令状)が届く。婚約者を残しての応召、そして、終戦間際の戦死……。

というようなストーリー展開です。

戦争と教育、自由と弾圧、生と死、愛、信念、理想と挫折……そうしたものが込められた作品になります。これ、戦時下の弾圧を扱っていることもあって、また、教育基本法が改正され、改憲のための国民投票法が成立するような時節柄、ま、作品の作り方によっては、もっともっと左翼的な取り上げ方もできると思いました。

しかしながら、青年劇場のよさは、それをそうした政治的な色合いの強い作品にして片づけてしまわないところなんです。本作は時代背景や扱っている内容から、まさに、そういう左翼的な色を出すことができます(たぶん、見ていませんが、前進座の「銃口」なんてのは、もう、どっぷりと重々しいムードの作品になってると想像します。
 → 前進座の「銃口」ページ

しかし、青年劇場がやると、そうした政治的な色は比較的に薄められ、もっと個人的というか、内面的な作品になるのですね。時代によって生き方を変えざるをえなかった主人公の青年教師にスポットをあてながらも、時代のせいにしてしまわずに、また、政治的なメッセージ性を比較的に極めて弱いものにして、ま、さまざまな困難に直面したとき、あるいはしかけたときに、どのように考え、どのように生きるのか。なにができるのか。という、むしろ現代的で個人的な視点で理解できる作品になっていたと思います。そこがいい。

たぶん、これって、青年劇場のひとつの作風かなと思ってみました。

とってもおもしろかったですよ。

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