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David the smart ass

心のダイエット!~時には辛口メッセージを~

「版」の誘惑展の帰りに大須演芸場に寄ったら……。~名古屋市立美術館

2008-08-24-Sun
名古屋市美術館開館20周年記念特別展は「版」の誘惑展でした。先日行ってきました。
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 → 名古屋市美術館特別展「版」の誘惑展のページ

「版」というのは、一応、版画ということになっています。赤瀬川原平の千円札の模写(復讐の形態学(殺す前に相手をよく見る))や、零円札、零円札による梱包などは今までたびたび展示されてまして、ま、わたしとしてはそれも一応満足なんですが、たが、果たして今回あんだけのスペースをとって展示する必要があったかと思いますよ。ま、迫力はありましたけど(笑)。


「全面自供」~千円札裁判や路学会のことなど全面自供!


今回の展示の特徴は、展覧会の入り口でもらえるCDケースの1.5倍くらいの大きさの小冊子にあります。26ページからなるこの小冊子は、各ページに一つずつ質問が書かれています。たとえば、赤瀬川原平の展示は5番に相当するのですが「作者は、この大きな千円札を、どんな方法で作ったのでしょうか。」「作者は、この大きな千円札を、どんな理由で作ったのでしょうか。」というような質問が書かれています。その質問を展示を見ながら考えてみましょうということですね。
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印象に残っているのはラインハルト・ザビエの「収容所で」という作品。「ユダヤ人としての自画像」もおもしろかったのですが、「収容所で」の色使いと鏡(ガラス?)と暗さの効果、抑圧感というか抑鬱感というか、忘れられませんでした。現代美術が、常識の隙を付くというか、意表をつくような作品が多いの対して、このザビエは手法としては新しく実験的なものもあるのでしょうが、テーマというか、問題意識が伝統的というか、わかりやすく、この展示の中ではそこがよかったのかもしれません。

一人の作家や一グループ、もしくは一つの潮流(思潮というか)を扱った展覧会はよくあるのですが、今回は、「版(=プリント)」という手法を切り口に、浮世絵や版画(浮世絵も版画ですがw)、写真を使った作品など、多彩な作品に出会うことができておもしろいと思います。

帰りに大須演芸場に寄ったのですが、その時の話しは、追記に……。
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「滑稽」と「稽古」

2005-10-30-Sun
先日の記事(「出藍の誉れ」)のコメントで「滑稽」と「稽古」の「稽」は同じ字だなどと書いて以来、ちと気になってました。「稽」ってどういう意味の字なんだろうって。

そもそも「稽古」という言葉ですが、Yahoo辞書(「大辞泉」)によると

けい‐こ【稽古】
[名](スル)《古(いにしえ)を稽(かんが)えるの意》1 芸能・武術・技術などを習うこと。また、練習。「―に励む」「―をつける」「毎日―して上達する」2 芝居などで、本番前の練習。下げいこ。リハーサル。「総―」3 昔の書を読んで物の道理や故実を学ぶこと。学問。「学窓に蛍を集めて、―に隙なき人なれば」〈太平記・一二〉

などと出ています。

そもそも「稽古」とは「古(いにしえ)を稽(かんが)える」という意味なんですね。ただ、言われたまま無心に一つのことを繰り返し反復練習するようでいて、内面では、昔のことに思いを巡らせながらことにむかっているのでしょう。わたしも、どうしてこういう基本動作が残ったのだろうって思いながらやってますよ。すり足後退動作なんてのは、もうどこにどう注意してやったらいいのかわかりかねてます。

今日も、10時から11時半まで稽古に行ってきました。準備体操、基本動作のあと、今日はミット蹴りからでした。1分間に中段回し蹴りを100本蹴るというのを目標にしています(これはかなり難しい)。当面の目標は70本。わたしは左右とも62~5本しか蹴れません。

その後体捌き。わたしは黒帯でして、今日は入門して4回目のSさんに体捌きと、3つほどの基本技を教えました。その後休憩を挟んで組み手で終わりました。

ミット蹴りは、他の合気道の流派でしているのかどうかわかりませんが、うちの道場ではよくやります。ただ、時間を決めて連続して蹴るというのは最近始まった方法です。おそらく、昔の人はこんな稽古してなかったんだろうなぁと昔のことを考えながら、稽古をするわけですね。

ちなみに個人的な現在の合気道上のテーマは「膝抜き」と「腰入れ」です。

閑話休題。「滑稽」の方はどうでしょうか。同じくYahoo辞書(「大辞泉」)のお世話になりましょう。

こっ‐けい【滑稽】
[名・形動]1 笑いの対象となる、おもしろいこと。おどけたこと。また、そのさま。「―なしぐさ」2 あまりにもばかばかしいこと。また、そのさま。「今さら強がっても―なだけだ」[派生]こっけいさ[名]◆「滑」は「乱」、「稽」は「同」の意で、弁舌巧みに是非を言いくるめること。また、「稽」は酒器の名で、酒がとめどなく流れ出るように、弁舌のよどみない意ともいう。

つまり、「稽」 は「同」の意味を表していて、「是非を言いくるめる」というと、「同なるものを乱す」という語感なのでしょうか。虚々実々に、言葉巧みに言いくるめるというのがそもそもの意味のようであります。むふふ、なんか得意かも(笑)。

「滑稽」という言葉で思い出すのが、宮武外骨(みやたけがいこつ)の『滑稽新聞』ですね。知らない方はこちら(→ 宮武外骨

先の記事(「老人力」)で紹介した赤瀬川原平を通じて、わたしは宮武外骨を知りました。わたしのどこかにある、執念深さ、嫌らしさは、思想的には宮武外骨、赤瀬川原平をと受け継いできたものだと、勝手に思っています。

赤瀬川原平が「零円札裁判」で「お札の模写」が有罪になったのですが、宮武外骨も、自らの新聞「滑稽新聞」に「坊さんが後家さんの手をにぎっている」というイラストを描いた件で訴えられ、発禁処分を受けたことがあります。

実際はその記事で取り上げられた僧が抗議したという背景もあったようなのですが、建前がそのイラストだったのですね。そこで外骨は怒りまして、次の号では同じイラストから、手の部分を削りとって「これならどうだ?」とやりました。また次の号では、そのイラストを10数枚の三角形に細分しまして、これならどうだとやらかしました。

外骨は明治のジャーナリストにして反骨の人で、そういう権力やその周辺にいてうまい汁を吸う人たちが鼻持ちならなかったわけであります。僧も、ま、そちら側の人間だったわけですね。

こういう話は、赤瀬川原平の
学術小説 外骨という人がいた!
赤瀬川 原平
筑摩書房 (1991/12)
売り上げランキング: 145,408
おすすめ度の平均: 5
5 キッチュでポップでシュールで・・・

のほかに、
新編 予は危険人物なり―宮武外骨自叙伝
宮武 外骨 吉野 孝雄
筑摩書房 (1992/12)



が詳しいです。

本全般 - 本

「老人力」

2005-10-14-Fri
はぁ~? なんですこのテーマ……。今まで苦しいテーマを乗り越えてきたが、こんなに書きたくないテーマも珍しい。ネタがないとかじゃなくて、ネタはある! 腐るほどある! たくさんある! だけど、んなこたぁ書きたくない!

第19回のトラックバックテーマは 「歳とったなぁ…と思うとき」だと知ってわたしはそう思った。それに、誰かそんなこと聞きたいのかな? 「おまえ、どんな時に歳を感じたか?」なんて、全く誰にも聞きたくないんだけどなぁ。おもしろいのそんなこと聞いて。

お~い、トラックバックテーマの担当者! まさか、わたしが皆勤だとか書いてるんで、嫌がらせしてるんじゃないんだろうなぁ~。ん? ひょっとして、皆勤を続けやすいように、ネタがたくさんありそうなテーマを選んだってことも考えられるかもな……。そうかそうか、ありがとう。うれしくて涙が出るよ……なんて、はずないだろが~バカヤローメ! コノヤローメ! ありがた迷惑。余分なお世話だ……。

というのは、実はかなり本音に近いが、わたしが敬愛する人物の一人にそういう老化に真っ正面から取り組み、超然と乗り越えた天才がいた。赤瀬川原平である。

ネオダダイストとして、東京ミキサー計画を首謀、「千円札」裁判で有罪判決を受ける。超芸術トマソンを発見し路学会(路上観察學会)を提唱し、近年では、新解さん(新明解国語辞典)を世に売り出したほか、ライカ同盟や3D裸眼立体視など写真の世界でも活躍している、奇才だろう。さらに尾辻克彦名義で芥川賞もとっちゃってるし~その時は、あらぁ赤瀬川さんでいいのかなぁと思ったけど(笑)

そんな赤瀬川原平が「老化」などと後ろ向きに考えるな「老人力がついてきた」と喜べと提唱したのが「老人力」である。
老人力 全一冊
老人力 全一冊
posted with amazlet on 05.10.14
赤瀬川 原平
筑摩書房 (2001/09)

ここには逆転の発想がある。

努力してできることはいくつもあるが、たとえば、どんなに努力しようとできないことがある。「忘れること」だ。忘れようと努力すればするほど、忘れられなかったりする。しかし、老人力がつくとなんらの努力なくして忘れることができるのだ。それを「物忘れ」「ボケ」などと卑屈になることはない。

また、それは人だけではない。芸術の世界でも同じである。「わび」「さび」「枯れ」そうした水墨画や茶道、俳句など日本の伝統的芸術には老人力が具現化されていると、赤瀬川原平はいうのである。

わたしが買って読んだのは、「老人力」(赤いカバー)と「老人力2」(緑のカバー)の2冊だったが、上に紹介したちくま文庫版は、どうやら合冊で「全一冊」と言っているようだ。この記事を書くにあたって、参考にレビューなどを見てみたら、「若い人にも読んでもらいたい」というレビューがあった(上のAmazonで詳細を見るで見られます)。身の回りの年長者のちょっとした行動に腹が立たなくなったというのだ。なるほど、高齢化社会を向かえ、若者と高齢者の相互理解に一役買うかもしれない。おすすめの一冊。

というわけで、わたしにも次第に老人力がつきつつある。というか、かなりついてると思うが自覚できないのも、また老人力のなせるわざかもしれない。

どういう時が「歳を感じるか」って? まだ、聞くか。こういうテーマが、しゃれでなく、本当にしゃくに触る今このときだろう。ふむ、待てよ、こんなことでムっとしてるようでは、まだまだ、若いなぁ、わたしも。(笑)

赤瀬川さんをググってみてね。→ 赤瀬川原平



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