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David the smart ass

心のダイエット!~時には辛口メッセージを~

裁判員辞退についての政令案……。

2007-10-25-Thu
なぜか、裁判員制度に興味があったりします(笑)。

先日「裁判員の辞退理由はどこまで認められるか。」(10/4)なんて記事書いたのですが、まさに、「裁判員になることを辞退できる理由(辞退事由)を細かく定めた政令案」が公表されました。
 → iza:「「妊婦」「遠隔地」など裁判員辞退新たに6項目 政令案

記事によると、すでに裁判員法で「70歳以上の人」「学生」「重い病気や傷害のある人」「同居の親族の介護や養育を行う必要のある人」などは辞退できる理由として例示されていて、さらに「政令で定めるやむを得ない事由」というのがあるわけで、今回はこの政令の案ができたということなわけです。で、今回、新たに辞退事由として盛り込まれたのは、

 (1)妊娠中または出産から8週間以内
 (2)別居中の親族、同居人の介護や養育をする必要がある
 (3)親族、同居人らが重い病気、傷害のため入院や治療に付き添う必要がある
 (4)妻や子の出産に付き添う
 (5)現在生活している場所が裁判所の管轄外で遠い
 (6)裁判員になることで精神上や経済上の重大な不利益が生じる


以上の6項目です。

法務大臣という責任ある立場にありながら、自らの信条や宗教的理由で死刑を執行しなかった方もいらっしゃるわけで、裁判員制度というのはそういう考え方の人をも一人の裁判員として認めていくという制度なのでしょうか。

たとえば、この先、信条や宗教的な理由で死刑反対とうい考えの人が増えていったとしたときに、実際の法律が正規の手続きで改編されることなく「死刑」の言葉が法律に残っていても、実際に裁判を担当する裁判員には死刑反対に近い信条や宗教心を抱いていらっしゃる方が選任される比率が次第に高まっていって、ついには、従来は「死刑」の判決が出ていたケースでも「死刑」が宣告されないというような、いわば制度の形骸化というか、実質的な死刑廃止なんてことが起こりえる、裁判員制度とはそういうことをも含めた制度なんでしょうか?

だとすれば、自らの信条や宗教的理由で死刑に反対の方はむしろ自らの信条や信仰の具現化のために裁判員になることを辞退しなくてもいいということなんですね。ま、今回の辞退云々はそうして主張することに著しく負担だとあらかじめ申し出があったときに、それを認めるかどうかということだと思いますけれど。

一方の裁判員の選考の過程についてですが、法の下の平等というのは当然でしょうから、特別な信条や信仰の人たちを差別的に扱うことはできないものと思われます。ある宗教の信者からは裁判員を選ばないとか、ある政治結社からは裁判員を選ばないとかできないと思うのですね。むしろ、そういういろんな考えやいろんな立場の市民の意見を裁判に取り入れるというのが趣旨なんでしょうから。すると、非常に極端なケースでは、実際の法改正よりも、裁判員が下した判決が選考して法律を動かすというようなことが起きてくる……そんな映画みたいなことが起きてくるかもしれません。



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心神喪失か心神耗弱かなんてわかりますか?

2007-10-19-Fri
裁判員制度導入に関わる模擬裁判は、今回はこんなケースを扱っています。

模擬裁判で審理されるのは、レンタカー返却を巡るトラブルから統合失調症の男がレンタカー会社員を刺殺した架空の事件。協力企業の女性社員や無職男性ら6人の裁判員が、青柳勤裁判長ら3裁判官と法廷に臨んだ。17日は起訴事実の認否が行われ、被告人質問も予定される。鑑定書が裁判員に配布され、鑑定医の尋問が行われるのは18日。19日午後に判決を言い渡す。
  → <裁判員制度>精神鑑定絡む模擬裁判、東京地裁で始まる

つまり、「精神鑑定を含むケース」をモデルにしているのですね。

そして、続報というか、18日の結果はこんな感じです。

裁判員制度の実施に向け、精神鑑定をテーマに東京地裁で開かれている模擬裁判は18日、2日目の審理が行われた。この日は、弁護側の請求で精神鑑定を行った鑑定医役として本物の精神科医が証人出廷。精神科医は裁判員に分かるように、専門用語を避けて証言したが、裁判員からは「心神喪失と心神耗弱との違いがよく分からない」との声も出ていた。
  → iza:「やはり分かりにくい」精神鑑定テーマの模擬裁判

あ~、それはわかりませんよね。専門用語を避けて証言したといっても、「心神耗弱」自体が専門用語でしょうから。「耗弱」単体ではgoo辞書でヒットせず(MS-IMEでは変換さえしない(笑))、「心神耗弱」は新語としてgoo辞書に載ってます

心神耗弱 【しんしんこうじゃく】
心神喪失には至らないが,精神機能の障害により行為の是非を判断する能力や行動を制御する能力がいちじるしく減弱した状態。刑法上は刑が減軽され,民法上は準禁治産宣告の原因となる。
心神喪失


その見極めを、裁判員になると求められちゃうわけですよね。

まず、事件の全体的な理解や、関係する法律、法令などは当然知らねばならないでしょうね。判例なども知らないといけないんでしょうか。そして今回のケースでは、「心神喪失」と「心神耗弱」について知らなければならなくなるのです。心神喪失と心神耗弱の違いってことについて、たとえば、日ごろから身近にそういう人がいらっしゃるような人(たとえばこのブログの方)ならば、あるいはその差異についてはわかるかもしれませんが、そもそもどんな状態をさすのかわからないのですから、たとえば目の前で何人かの実例(芝居でもいい)を見せてもらって、やっとイメージ化できるというくらいではないかと思うのです。

しかし、それだけではダメなんですよ。心神喪失と心神耗弱を理解しただけでは裁判の入り口にさえ立っていないのです。

上で例にあげたこのブログ主の奥さんがそのようなのですが、状態が変化するわけです。心神喪失の状態、心神耗弱の状態、普通の状態と。わたしは専門ではないのですが想像ですが、こういうのって信号機のように、緑、黄色、赤とデジタルな変化ではないと思うんですね。つまり、心神喪失とはっきりといえる状態と心神耗弱といえる状態の間にグレーな状態があると思うんです(というか、そもそも心神喪失とそうでないの間のグレーな状態を「心神耗弱」と言ってるのではないかという気がします(想像です))。

で、このケースの場合では、統合失調症の男がレンタカー会社員を刺殺したその時点で、「心神喪失」であったか、「心神耗弱」であったか、「責任能力を問える状況」であったかということがもっとも大切なんです。アナログに状態が変化するのが前提で、犯行時にどうだったのかってことなんです。で、

検察側の捜査段階での簡易鑑定は「責任能力は失われていない」としたが、公判前整理手続きでの精神鑑定は「善悪を判断する力や行動を制御する能力を欠いていた」との結論が出ている。
  → iza:「やはり分かりにくい」精神鑑定テーマの模擬裁判

というわけで、ま、そこが裁判の重要な争点の一つになってくるので、裁判員がそこを見極めなければならないというわけですね。

無理じゃないでしょうか? 実際のその説明を聞いてないのでわかりませんが、論理的に無理なことを要求されているような気がしてなりません。幾人かの専門家が違う主張をしていることを、なんの専門性もないものが決めるなんて……。それは裁判官だって同じなんでしょうけれど、実際、「なんとなくこっちのような気がする」なんてことで決めるわけにもいかないし……。もしそういうことだと、どっちかわからないから、事件の全体的な構図から見て「被害者の遺族がとっても気の毒だ」とか、「加害者の境遇が同情に値する」だとか、そういう結果の方から遡って「心神候弱にしよう(心神喪失にしよう)」という判断をして、判決、量刑などにつなげるということになりかねませんね。

アメリカの映画などで「評決のとき」なんてのがありまして、フィクションとしてはもちろんいいわけですが、現実的にはどうなのよって思ったりします。

評決のとき
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4 無罪?有罪?
3 勝ちさえすれば正義という展開にちょっと引くものがあるのですが
4 正義とは。陪審員制度とは。


ちなみに、19日(今日)、模擬裁判は判決を出すようです。

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新聞をあんまり読みたくない話。

2007-09-06-Thu
朝青龍問題でいくぶん相撲が嫌いになり、また、確かに落ち度があるとは言え、よってたかって公開でイジめてる感じで、マスコミや日本人が嫌いになりつつあるのと同じように、これ以上政治に失望したくないので、あまり新聞を見ないようにしているのだけれど、それにしても政治家と金、それも、不透明な金、それも、あまりにも人をコケにしたような、領収書を5枚コピーして日付を手で書き換えるとうような、もう、お粗末というか、情けない手口が発覚したりして、あるいは、800万円も「借金」をして、あるいは金を貸して、その金額が増えたりしてても帳簿上気づかないで平気で通っているだとか、もう、ちょっと信じられないんで、もう、ほんと詳しく新聞など読まないようにしている……。精神衛生に悪いので……。

そもそもこんなこと書くつもりじゃなかったけれど、政治資金報告書に5万円以上の場合は領収書を添付ということになっているようなんだけど、香典みたいに領収書がもらえないものはどうするんだってことが議論になってるようです。わたしが馬鹿なのか知らんけど、「香典」って政治活動なんですか? 確か、政治家は代理が香典を送ることが禁じられていて、ただし自分が直接参列するときはいいってことになってるようなんです。そうなんですか。じゃ、政治資金報告書に記載しなくてもいいってことにしたらいけないんでしょうか? あれなんですかね、「香典」と称して何か不正に資金が流れるんですか? 高額な香典をもらったからと言って、次回から選挙区で遺族が恩義に感じて投票するんでしょうか~? そうかなぁ。

ま、そんなことを考えてちょっと検索していたら、「政治資金規正法改正」ってブログ記事がヒットしたので思わずコメントに、そんな思いつきを書いたら、ちょっとわたしのこの記事が間に合ってなくて、ここにコメントいただきました。すみません、ちょっと要領が悪くて~>rintaさん

さて、書きたかったのは、実はそんな「政治と金」のことでなくて、「電車内で騒いでいた男子高校生を平手打ちした神奈川県警の巡査長が傷害の現行犯で逮捕された事件」についてことなんです。ええと、こんな記事です。
 → 「高校生殴り巡査長逮捕 悪ふざけ注意し口論
 → 「飲酒巡査長、高2を平手打ち 拳銃形ライター注意“暴走”
 → 「平手打ち警官に支持多数=電話、メール2千件超す-神奈川県警

要するに、複雑な事件でもなんでもなくて、「神奈川県警の刑事(1課)が、電車内で悪ふざけをした少年(男子高2)を注意し、口論となり、平手で殴ってけがをさせたので、刑事は傷害の現行犯で逮捕された」って事件です。少年の悪ふざけってのは「拳銃の形をしたライターを乗客に向けていた」というもので、刑事は「駅を出た横浜市旭区の路上で注意、口論の末、顔を平手で数回殴り、けがをさせた」というのです。

で、「高校生が怪我をしてしまった」というのと、刑事が「飲酒後で酔っていた」というのが、職業が刑事ということもあって、ちょっと問題にはなるのですね。で、警察としては、ここで隠蔽したり、身内に甘い処分などをしようものならどうなるかということもあったのでしょうね、形どおりの捜査をして、おそらく普通に処分しようというつもりだったらしいのですが、市民の反応が幾分違うんですね(笑)。

県警本部などに巡査長の行為を「よくやった」などと支持する電話やメールが6日午後4時現在、2000件以上寄せられた。県警監察官室は「巡査長は明らかにやり過ぎだった」として、思わぬ反響に困惑している。

 監察官室によると、電話やメールは「よくやったというべきだ」「警官の行動を支持する」「注意できる大人がいない中、警察官の行動は安心できる」「寛大な処置をお願いします」など、ほとんどが巡査長の行為を肯定する内容だった。

 これに対し、「厳しく処分しろ」など批判的な内容は4件しかなかったという。
   gooニュース:「平手打ち警官に支持多数=電話、メール2千件超す-神奈川県警」 より


ま、正直な市民の反応なのかもしれませんね。このご時勢、こんなに警察の対市民暴力(しかも未成年)が支持されるなんて、ちょっとびっくりですね。いったい、酔っ払った刑事に殴られて、その刑事が「よくやった」と褒められる高校生って、どんなんだ……って感じであります。

ちょっと、唐突ですが、2009年に裁判員制度が始まりますよね。裁判員が参加するのは「地方裁判所における刑事裁判のうち,特に重大な事件の裁判」ってことですんで、上に書いたような「政治資金に関わる事件」や、「酔っ払った刑事さんが市民を脅す高校生を殴った事件」なんて、裁判員制度の対象にはなってないようですけど、こういう事件を裁判員が担当したら、やっぱり、すごく市民感情みたいなものが判決に影響するような気がするんですね。

それでいいのか、そういうものをめざしているのか、としたら、今は今のままでいいのか……。人が人を裁くというのは難しいですね~。もう、あと2年で現実にそういう制度が動きだすわけですけど、やっぱりちょっと心配ですね。



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映画:「ニューオーリンズ・トライアル」~DVDで

2006-10-13-Fri
とってもおもしろい法廷ものです。

日本で裁判員制度が始まります。「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」というので制定され、2009年(平成21年)5月までに開始されることになっているようです。最長でもあと2年半くらいで始まりますからね。メリットもあるのでしょうが、デメリット、不安な点もいくつか指摘されていて、Wikipediaにもまとめられています。
 → Wikipedia:「裁判員制度」

アメリカの陪審制は、ま、よく似た制度なわけで、この「ニューオリンズトライアル」はその裏というか、一つの深刻な問題点を描き出していると思います。こういうことがわが国の陪審員制度に起きない保障はないと思うのですが、その点どうなんでしょうか?

陪審員制度のアメリカの裁判は、陪審員の選考の段階から勝負が始まります。この映画では民事裁判(日本の裁判員は民事裁判は担当しません)なんですが、双方の弁護士とも自分たちに理解あるあるいは有利な、もしくは懐柔できそうな陪審員を選ぶことになるわけです。その段階から勝負が始まります。法廷の場だけではなくて、「裏」つまり、買収や強迫などの手まで使って、自分の側の評決を得ようとするわけですね。それでも裁判に勝てば、勝訴は勝訴。公式に認められたことになります。

「多数派工作」という言葉は政治の中のことばだと思っていました。もちろん、そればかりでなくビジネスの中にもあるかもしれませんけれど。ま、日本の裁判員制度は民事裁判を扱わないので、この映画のようなことまではないにしろに、裁判の中でも使われる言葉になるかもしれません。

実際、アメリカでは陪審コンサルタントというビジネスまで登場しているんです。正式なビジネスなんでしょうが、この映画を見ると必要悪というか、陪審員制度の暗部という感じです。ま、映画ですから、誇張して描くんでしょうけれど。

法廷の内外で、豪腕弁護士や陪審コンサルタントが、陪審員一人一人をターゲットに票を獲得していこうと必死になっていきます。それを逆手にとって、陪審員の中に身内を潜入させることにより、陪審員の票をとりまとめて、評決そのものを売ろうという者が登場するわけです。そいういう映画です。それが、この映画の主人公の一人マーリー(レイチェル・ワイズ)です。

銃乱射事件の被害者が銃の製造会社を訴えた民事裁判で、マーリーは原告側の被告側の双方に「評決を買わないか?」と働きかけるのです。果たして陪審員の評決を売るそんなことが可能なのか? 神聖なる法廷はそうした闇の取引によって歪んだ評決を出すことになってしまうのか……。ま、そんなところです。

ジーン・ハックマンが豪腕の陪審コンサルタントを、ダスティン・ホフマンが倫理派弁護士を、そしてジョン・キューザックが陪審員の一人を演じます。おもしろいです!


日本の裁判員制度ではこういう「工作」は起きないんでしょうか。あるとしたら、ちょっとというか、そうとう嫌ですね。心配です。

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