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David the smart ass

心のダイエット!~時には辛口メッセージを~

映画:「ストロベリーナイト」~劇場で

2013-02-26-Tue
「ストロベリーナイト」見ました。

題名の「ストロベリーナイト」とは、ま、主人公の姫川刑事の忌わしい過去の事件のことをいうわけです。それを主にとりあえたのは、テレビの単独ドラマの「ストロベリーナイト」です。それから月日は相当経っているわけで、もう、ストロベリーナイトそのものははるか過去の話になっているわけなのですが、姫川刑事はその夜のことをふっきれないでいます。トラウマというか、もう、まさに人生のテーマになってしまっているわけです。刑事になった動機にも関係しているし、刑事として事件や犯人に向かう時にも、ひとつの指標のようになっているわけですね。ま、シリーズということで、それが小説では「姫川玲子シリーズ」で、「ストロベリーナイト」はあくまでその1作目のタイトルにすぎません。小説では。

ところが、テレビで、人気というか、告知の都合で、それに続く連続ドラマも「ストロベリーナイト」であり、今回の映画も「ストロベリーナイト」なんです。副題をつけてもらった方が丁寧ですよね。今回の映画の原作は「インビジブルレイン」です。雨がずっと降ってます。映画の間じゅうずっと雨が降っています。そりゃ、室内まで降りまませんから映像が全部雨ってことはないんですけど、まぁ、よく降ります。それはもちろん、象徴というか、心理描写というか、心の闇の一つの表し方なんでしょうけれど。見えない雨、つまり、心の中に降り続く雨というわけです。


『ストロベリーナイト』公式サイト


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映画:「ミッドナイトイーグル」~DVDで

2009-09-17-Thu
竹内結子は大好きでした~。ゼッタイに「白い影」のときのが一番かわいいと思うけど、ま、大人の女になってからも、いろんな役ができて結構いい。また、書きたいけど、「サイドカーに犬」のダメダメ親父の愛人役なんて、とってもカッコイイ。ほんとうは、こういう、さっぱりとした、男っぽい性格なんだろうなって思う。知らないのに書いたらいけないけど、女優ってそういう芯の強さというか、気風のよさみたいなものがものを言う世界だと思う。

さて、「ミッドナイトイーグル」ですが、竹内結子はヒロインですが、一応ヒロインで、これは、大沢たかおの映画なんでしょうね。今は山登りして星の写真ばかりとっている、元戦場カメラマンの役です。



設定はすごくおもしろい。米軍のステルス爆撃機が北アルプスの山頂付近にどうやら墜落した模様。それを追っていた自衛隊機はよく確かめもせず引き返す。その、不可思議な日米両国の飛行状況を、たまたま星の写真を撮りに冬山に登っていた元戦場カメラマン(大沢)が気づき、カメラに納める。元戦場カメラマンとしての危険察知能力というか、社会派的嗅覚が妙な匂いに感づく。これはただ事ではないと。

もちろん、ただ事ではなく、自衛隊はそのステルスを追い、極秘特殊任務を負ってアルプスに入る。戦場カメラマンには飛ばされた新聞記者(玉木宏)や義妹の写真週刊誌記者(竹内結子)など、それなりの人脈があった。情報を提供すると、写真の分析を急ぐとともに、その取材に北アルプスに入ることとなった。

ところが、山はただならぬ警戒ぶり。多数の自衛隊に道路封鎖がなされ、特殊な迷彩服を着て、銃を装備した自衛隊員が次々と送り込まれていた。これは、ただならぬことと確信する。実際、米軍のステルス機にとんでもない爆弾が搭載されていて、そもそもそれを承知で狙われたところがあった。つまり、墜落して脅威は終わったのではなくて、日本の中枢部分に関する危険は依然として残ったままであるのだ。その重要な軍事機密は、あってはならない一般市民を巻き込む大惨事と政治的な破綻につながる可能性があった。一般市民、とりわけマスコミに知られてはならなかった。

ステルスを奪い日本を大混乱させようと狙う勢力、なんとか隠密裏に済ませたい日本政府、その任務から不慣れな冬登山をせざるを得なかった自衛隊特殊部隊、偶然とはいえとてつもない大スクープに出くわしながらも、やむを得ず報道する側から、自衛隊に協力する側に回ってしまう記者とカメラマン、その家族……。ステルスと特殊爆弾という軍事的な機密を扱ったサスペンスであり、ミステリーであり、同時に、父と子、兄(姉の夫)と義妹との家族の物語であり、そして、平和ボケしたといわれる日本人が、ほんとうに知らないのか、なんとなく感づいていながらも知らん顔をしているのか、そうした、近くにある軍事的な危機の話でもあります。

わたしは、けっこうおもしろく見ましたが、前田有一は

高嶋哲夫の原作はよくできたポリティカルサスペンスで、かつ安全保障や戦争の矛盾をきっちり描いた小説であった。この映画版のもっともまずい点は、その「矛盾」という大テーマを正反対に捻じ曲げてしまった点にある。
 → 趙映画批評:「『ミッドナイト イーグル』55点

と、辛口の評価です。

この映画では、危機に関する一時的な解決にはなっても、根本的な解決にもならなければ、一般市民がどう考えていったらよいのかということもなかなか示されません。もちろん、必ずしもその方向性を映画が示さなければならないことはないと思いますが、「皆さん、どうしますか? こういう危機になりかねない状況にあると思いますよ」という差し迫ったアピールも感じられないのですね。前田有一はその「矛盾」から目をそらしてしまい、家族の物語を中心にしてしまったことを批判しているのでしょう。

そういう指摘もわからなくはありませんが、ドラマチックな展開というか、一応映画としてのまとまりにはなっていると思います。

あと、吉田栄作やハゲタカの大森南朋が出ています。大森南朋は、ほんといろんな役ができますね。

映画:「春の雪」~DVDで

2007-01-04-Thu
   
 
 
 
 
 
  
   


小倉百人一首の崇徳院の歌ですね。

瀬をはやみ 岩にせかるる 瀧川の
   われても末に 逢はんとぞ思ふ


意味は
川の浅瀬、浅瀬の流れが速いので、岩に堰き止められたようになっているところでは、流れは二つに分かれてしまうけれど、すぐにまたまた一つに戻ります。そんなふうに、わたしたち二人も、ひとたび別れても、いつかまた逢いたいものだと思いますよ。
くらいになりますね。いろんな恋を考えても、もう、あれですよね。今は別れるけれど、いつかまたってのは、もう、重いやら、つらいやら、切ないやらです。
春の雪
春の雪
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東宝 (2006/04/28)
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おすすめ度の平均: 3.5
4 やっぱり長い
5 いいな…
3 三島作品からの出典ということで

映画「春の雪」では、冒頭から子どもが百人一首を読み交わして遊んでいます。少女が読む歌はこの崇徳院の歌でして、それがそのまんま、この映画の一つの大きなモチーフをなっています。

話は一言で言えば、大正初期、力のある侯爵家のぼっちゃんと、没落伯爵家の令嬢との悲恋物語ということになってくるでしょう。ぼっちゃんと清顕(妻夫木聡)と令嬢聡子(竹内結子)は幼なじみの姉と弟のような、仲好しで育つのですね。聡明な聡子は早くから自分の気持ちを感じており、坊っちゃんである清顕は土壇場のぎりぎりになるまで、自分の気持ちに気づかない、気づいても素直にそれを表現できないんです。むしろ、イジワルをして気をひこうとする感じなんですね。それは、不器用なだけで、ある意味清顕の純粋さというか、純真さでもあるわけなんですけれど。

二人とも少年時代、学生時代ならそん他愛もない関係でよかったのですが、聡子は大人になり、また、伯爵家には伯爵家なりの事情で、有利な条件での婚礼をさせないではいられない事情があるのですね。そして、宮家と聡子の縁談が浮かび上がるわけです。そういうギリギリの状況になって、清顕は、やっと自分の心の中のある思いに気づくわけですね。

人はそういうことがあるものなのですね。プライドとか、傲慢とか、過信とか、どういったらいいかあれですが、一面恋心というのは、雄々しさや逞しさ、理性や正義とは逆の位置にあるようなもので、時に、男は自分の中のそういう気持ちの存在に気づくのが遅れることがあるものなのです。例によっていつもの気まぐれかなにかだろうと思っていると、おいおい待てよ、いつもとは違うぞ、夢にも出るし、この心の苦しさは尋常ではない。なにやら集中力が散漫になり、根を詰めて考えることが嫌になる……。病気なのか、疲れているのかとあらゆる可能性を考えて、はたと気づくわけなのですね。ああ、ひょっとして、あいつのせいかと……。だからって、今ごろこんな形で……。さて。



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