FC2ブログ

David the smart ass

心のダイエット!~時には辛口メッセージを~

Title List

映画:「十三人の刺客」~劇場で

2010-10-11-Mon
役所広司主演の「十三人の刺客」を見てきました。

一言感想は「長っ。でも、すごい迫力」ですかね。一緒に行った家族は「怖っ。こういうの苦手だわ」でした。


 → 公式サイト

この作品の存在は、劇場の予告でたぶん知ったのですけれど、タイトルを聞いたときに思い浮かべたのは、「13ウォーリアーズ」でした。アントニオ・バンデラスの、ま、ものすごくおもしろく、迫力のある映画だったのですが、この「13ウォーリアーズ」という邦題が気に入らなかったので(→過去記事)、映画の内容よりもそっちをよく覚えてしまっています。まさか、その日本版リメイクではあるまいなと内心心配していました。

それは全くの的はずれでした。後で、Wikipediaで同名邦画のリメイクであることを知りました。オリジナルは1963年の作品(工藤栄一監督)だそうです。これ、たぶんモノクロでしょうけれど、それだけに緊張感が出ると思うので、見てみたくなりました。

さて、感想です。

思いつくままを箇条書きにしてみようかと書き出したら、

・稲垣吾郎はよすぎ。ああいう、ちょっとイッてるキャラはものすごくうまい。特に4人が柵を越えたシーンでは「逃げるのか? 余はもっと楽しみたいぞよ」って言って、あおざめる家臣を尻目にUターンして欲しかったくらいです。それが残念。
・あの蹴鞠が転がっているシーンは、あれは伏線だったのですね~。
・小弥太(伊勢谷友介)を切って、「本物のサルはこんなに硬いのか?」て感想を言葉にしてほしかったですけど、あれではね~。

と、なんだか稲垣吾郎やその役に関する感想ばかりが出てきてしまうのですね。すごいなぁ。稲垣吾郎~。

もちろん、そればかりではありません。

すごいセットです。それを惜しげもなくぶっ壊して、燃やしていくんですね。迫力があります。グロいシーンや血みどろシーン、アクションシーンや細かなギャグもあって、緊張と弛緩をうまくコントロールして、長い作品になるのを配慮しているなと思いした。

戦争というか、喧嘩というか、壮絶な殺し合いのシーンが、特に後半はそればかりになるのですけれど、それぞれの人生の中の一つのクライマックスとしての戦いになっているわけなんですよ。つまり、13人のそれぞれが、今回の刺客としての仕事に出くわすまでは、なんというか、一種のモラトリアム状態で生きてきたわけなんです。

モラトリアムという言葉がそれを言いあてているかどうかは微妙です。生きている実感を喪失しているというか、ある種世捨て人状態というか、ま、わたしは「モラトリアム」と呼んでみましたが、それって若者的な視点でして、新左衛門(役所広司)や左平太(松方弘樹)にもそれが当てはまるかどうかは微妙なんです。峠を過ぎてしまった男が、過去を振り返り物足りなさを感じてるというのがいいのかしれませんが、そうしたものを込み込みで、わたしは「モラトリアム」という言葉でイメージしたのですね。

彼らは侍、武士としてその時代に成を生を受けたのですが、この太平の世になんのために「武士」などをやっているのかという疑問にぶち当たるわけですね。武士としてのアイデンティティを見いだせないのです。修行をして腕を上げたところで、果たしていつ己の剣が役立つ時が来るのか、そんな目的の喪失というか、虚脱感というか、倦怠の中を生きているんです。

釣りだったり、酒だったり、博打だったり……。逆に、ただやみくもに剣の修行に打ち込んでいたり、彼らは生きている実感を持てないまま、いつ来るかわからないその時をずっと待っていた……という感じなんでしょう。ま、それは、現代的な課題なんですけれど。

そうして、その時が来る。大雑把に言えば、「刺客」の任を得て、はじめて自己の生まれてきた本当の意味を知る……、みたいな感じです。この13人は……。ま、正確に言うと13番目(伊勢谷)は武士でなく、山賊という自由人の立場です。そこは、侍たちよりもさらに現代人に近いかもしれません。当時の侍たちには異邦人的でさえあります。その存在が、武士だけの問題というよりも、この目的喪失状態でいかに生きるかという課題に、現代性というか普遍性を与えていると思います。

ま、そうした13人が、暴君を討ち果たすという活躍の時を得て、活き活きと動き出すのですが、果たして見事に大願を果たすことができるか……、って映画なんですね。

スポンサーサイト



HOME