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David the smart ass

心のダイエット!~時には辛口メッセージを~

観劇:「中西和久のエノケン」~京楽座公演

2010-11-07-Sun
観劇の市民サークルに入っています。演劇鑑賞会というんですけどね。ま、毎月会費を納めておいて、二月1度くらいの割合でお芝居を見ようというしくみです。わたしは、どうでしょう、まだ20年にはなってないかなぁ、確実に15年以上は入ってるんですけどね。

今回の演目は「中西和久のエノケン」。
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 → 京楽座公式ページ
エノケンは流石に名前くらいしか知りませんでした。コント55号とか、ドリフは、ま、毎週楽しみにして見ていたんですけどね、エノケンとは~。一応、Wikipediaね。


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榎本 健一(えのもと けんいち、1904年10月11日 - 1970年1月7日)は、日本の俳優、歌手、コメディアンである。当初は浅草を拠点としていたが、エノケンの愛称で広く全国に知られていった。「日本の喜劇王」とも呼ばれ、第二次世界大戦期前後の日本で活躍した。
 → Wikipedia:「榎本健一」

エノケンはほとんど知らないけれど、劇中で使われてる曲は知ってるものが多くて、特に、「俺は村中で一番~」で始まる曲(タイトルまでは知らなかったけれど「洒落男」)や「私の青空」などは、カバー曲やCMの替え歌などで聞いたことがあるんで、ああ、そのもとはこれだったのか~って、再認識しながら見てました。全編にわたって生演奏がたくさん出てくる楽しい作品です。

冒頭で、なんと、中西和久扮するエノケンが客席通路より登場し、「いったい、俺の偽物をやってる中西和久はどこにいるんだ~」というような、虚々実々の展開です。もちろん中西和久がやってるんですから、舞台上や袖のどこを探そうが、中西和久はいるわけはない。電車が遅れてるようだなとか言いながら、エノケンは昔話を始めます。自分が喜劇に足を突っ込んだのはどういう経緯だったとか、当時はどんな時代だったとか。そういう時代に詳しくない世代が見ても、上に書いた楽曲のように、時代の遺産みたいなものをいくつも知ってるわけですから、ま、歌や踊りを楽しみながら、近代風俗史の一面を見せられるわけです。一種のノスタルジーを感じながら。

喜劇王エノケンのスタートは水族館の客寄せイベントだったとか、佐藤ハチローとか菊田一夫、菊田栄らがエノケンを育てたとか、奥さん公認の愛人がいただとか、戦争中にはアチャラカ芝居はやる方はともかくも見る方は引けめを感じているようだったとか、ちょっと順番は忘れてしまいまいたけど、喜劇役者エノケンの誕生から昭和40年1月7日に命を引き取るまでの半生を、1時間45分に凝縮して見せてくれます。時間が立つのを忘れさせてくれる、エノケンを知らない人も楽しめるお芝居です。エンディングに冒頭の「本物のエノケンが中西和久を探す」という伏線が生きてきます。ま、これぞ一つのお手本というくらい見事に決まります。

脚本はジェームス三木ですが、ジェームス三木のホームページには、作品一覧のページがあって、本作のタイトルは「中西和久のエノケン」と明記されています。一見当たり前のようですが、もう一度書きますね。作品名が「エノケン」となっているのでなくて「中西和久のエノケン」となっているのです。わかりますか? 演劇だけの情報を見ると、ジェームス三木の書いた「エノケン」を中西和久がやるから「中西和久のエノケン」というタイトルのような気がするのですけど、そうではないのですよ。ジェームス三木が「中西和久のエノケン」を書いたのです。最初から。なんでも、ジェームス三木が中西和久を見て、「あんたはエノケンに似てるから、エノケンをやってくれ」と言って、この脚本ができたそうです。だから、作品名は、脚本の段階から「中西和久のエノケン」なんです。

そういえば、先の例会「族譜」も同じジェームス三木の本でした。「族譜」(→過去記事)の重厚さに比べて、一転して軽くて明るい作品で、そういう意味でも印象的でした。


観劇:「族譜」~青年劇場公演

2010-09-28-Tue
観劇の市民サークルに入っています。

今回は青年劇場の「族譜」でした。
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 → 青年劇場のWebサイト

もう、15年以上演劇を見ていますけど、いろいろな見方ができるようになってきました。ただ、誰かに「正しい演劇鑑賞法」とかを教えてもらったことはありませんので、ま、勝手な見方というか、自己流で見ています。わたしの見方の基本は「予備知識を持たないで見る」、「役者や演技よりも作品のテーマ性を重視する」という感じです。言わば作品本位で見ています。15年以上見ていて、そんな見方しかできないのかというのはちと残念ですが、ま、わたしはそうなんです。

そんなわたしには、青年劇場はお気に入りの劇団だったりします。

・大スターがいないので作品中心に見られる。
・声がよく通って、とても見やすい。
・テーマがしっかりしていて、考えながら見られる。

そう思って、こないだ青年劇場を見たのはいつだったろうと思ってみると、「銃口」なんですね。2007年か。
 → 過去記事:「観劇:「銃口」~青年劇場」(2007・7・5付け)

ああ、この時も青年劇場褒めてますね、まさに名は体を表す。たとえ老人を演じていても、たとえ深刻なドラマでも、その名に恥じない、若くて、ハツラツとした演技が魅力的です。いいですね、青年劇場。こんなふうに、劇団を褒めることができるようになるのは、見続けている一つの成果なのかもしれません。

さて、「族譜」です。

テーマは「創氏改名」です。一応知識はありますが、Wikipediaから少し引用。

創氏改名(そうしかいめい)は、大日本帝国において朝鮮総督府が本籍地を朝鮮に有する日本臣民(以下朝鮮人という)に対して実施した政策のこと。昭和十四年制令十九号で定められた「創氏は義務であったが、昭和十四年制令二十号で定められた「改名」は任意であり、手数料を取られた


「創氏」というのは、苗字を作るってことですね。当時植民地であった朝鮮人の人たちに、日本人としての苗字を作るということです。朝鮮は、今の日本流に言えば、夫婦別姓だったんですね。一家のうち、嫁いできた嫁は旧家の姓をそのまんま名乗っています。したがって、所謂標準的な家族を想定すると、母だけが苗字が違うという感じになってるんですね。だから、ま、日本式の戸籍制度にして、夫婦同姓にして、家族全員が同じ苗字を名乗りましょう。日本式の氏制度にしましょうというわけなんです(台湾でも同じような日本式の苗字にするという政策があったのですが、台湾は夫婦同姓だったので、単に改姓ことで、「創氏」とは若干違うのですね)。

創氏改名と並んで悪評が高いのは日本語の強制ということもあげられます。「国語常用」と言って、朝鮮語を公的な場面から追放し、日本語を押し付けたのです。

観劇:「兄おとうと」~こまつ座公演

2009-09-15-Tue
観劇の市民サークルに入っています。月々会費を集めておいて、二つに1度例会という観劇会があるというしくみです。今回の例会はこまつ座の「兄おとうと」でした。

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 → 「こまつ座」の公式サイト

題名のとおり、兄と弟の話です。「兄弟」と書いてしまうと「きょうだい」と音読してしまいがちなので、「兄おとうと」としたのでありましょう。流石です。もちろん、ある兄弟の話です。どっちかというと、メインは兄の吉野作造です。ご存知でしょうか? 吉野作造。わたしは、どこかで聞いたことある名前くらいで、どんな人か、何をしたのか、そもそもどっち系のジャンルで出てきた人かさえわかりませんでした。

で、検索しました。吉野作造記念館ってのがあって、そのホームページがあります(→こちら)。「大正デモクラシーの旗手」って書いてありますね。ああ、大正デモクラシー。その言葉はよく知っていますが、その実際がどんなだったのか、詳しくは知りませんでした。明治の帝国憲法の下では議会だとかっても、特権階級のものでした。吉野作造は普通選挙を訴え、女性の地位向上を訴えます。劇中の吉野作造の台詞に「学者の仕事は2つある。研修することとその成果を広めることだ」と。吉野作造は留学し学んだ政治学の知識を、次第に強権的になり、軍事色を強めていく時代の中で、危険思想とにらまれながらも、論説を発表し、自らが理想と掲げた民主主義を広めようとしたのです。

吉野作造には10歳下の弟がいました。吉野信次です。兄弟ともに秀才で、兄と同じく東京帝国大学を首席で卒業します。兄が学者の道に進んだのに対して、吉野家の経済的な事情から、弟信次は官僚になります。こちらはこちらで役人として成功し出世していきますが、理想の下、危険思想とにらまれるような民主主義を訴え続ける兄作造に対して、軍隊が明治大帝の軍隊であれば、官僚も国のため、つまり天皇のために官僚ということになってきます。いわば吉野家の兄は反体制派の学者、弟は体制派というか体制のど真ん中にいるわけです。

兄弟の考え方の違い、立場の違いは疎遠にし、不仲にもするわけです。しかし、姉妹の姉といもうとを娶ったこともあって、やはり血は水よりも濃い、夫同士は顔を合わせなくとも、妻同士は連絡をとりながら、両家の交流は成り立って行きます。

この秀才ながら別々の理想に生きる、10歳違いの兄弟が、生涯で5夜だけ枕を並べた夜があった……。ものがたりは、5つの場面から構成されます。最初は信次は未婚で、兄嫁の妹と交際しているようだという場面ではありますが、ま、5つの場面ともこの二組の夫婦が中心に話が進むと言ってもいいでしょう。

しかし、そのメインを食ってしまうほどおもしろいのが脇役であるべき二人の男女です。吉野家(よしのけ)、大学の研究室、旅行先の宿など場面はそれぞれですが、言わばホスト的な作造兄弟夫婦に対して、ゲスト的に関わり、事件を起こし、引っ掻き回し、そして何かを残していく二人の男女がいます。吉野家の客と女中、街の巡査と女工、右翼学生と袁世凱の娘、説教強盗、町工場の主人と離別した妹など毎回役が代わるのですが、全部同じ俳優がやっています。そして、主役の作造兄弟夫婦以上にこちらがおもしろい。

その、社会の中のさまざまな場面に暮らしている人々と、理想の違う秀才兄弟を対峙させることによって、政治とは何か、憲法とは何か、民主主義とは何かを考えてもらおうという、そんなテーマになっているのですね。

こまつ座の芝居はやや長めなのですが、ストーリーもおもしろく、音楽も歌もあって飽きさせません。ああ、そいうえば、井上ひさしって「ひょっこりひょうたん島」を書いてたんだよなぁと、なんとなく思い出す。そんな作品ですね。おもしろい。


観劇:「夕映えの人」~劇団俳優座公演

2009-05-15-Fri
劇団俳優座の「三屋清左衛門残日録 夕映えの人」を見ました。

「夕映えの人」ポスター
 → 劇団俳優座の公式ページ

このポスターを見て、真ん中の侍よりも、後ろの日本髪の女性に目が行ってしまうわたしは、「夕映えの人」の文字を、どうしても「夕映え夫人」と読み取ってしまい、どうも真ん中の侍が人妻、もしくは主君の妻などに想いを秘め忠義を尽くすような話しかと、勝ってに想像していましたが……、ま、全然違いました(笑)。

そりゃそうです。そもそも「夕映え夫人」ではなくて、「夕映えの人」なんですから。それは、後ろの女性のことではなくて、侍の方です。地方藩の用人(ようにん→Wikipedia)であった三屋清左衛門(みつやせいざえもん)は、無事退任し家督を息子に譲り、悠々自適な生活に入るはずでした。

しかし、所謂「仕事人間」の典型であったので、家族はむしろ退職して、張りもなくなり、元気がなくなるのではないかと心配するばかりです。実際、「毎日が日曜日」などという言葉もあって、何をしてよいかわからない、寂しい大人たちが今も少なからずいるようです。清左衛門自身もそういう寂しさを感じていたようです。

夫の素行調査(浮気調査)や、飲み屋の喧嘩などあれこれと小さなトラブルに巻き込まれながら、かつての用人時代の手腕の一端を見せて、まんざらでもない清左衛門の様子に、退職または引退を迎えた男(「男」に限る必要はないのでしょうけれど)の、安心や解放感よりも、寂寥感を見るのです。

藩の方でも長らく藩政の中核にいた人物です。時には相談をしたい事件や、公式には動きにくい事件の後始末などへの協力を仰ぐこともあります。そうしたことを気安く引き受け、また、成果を上げる清左衛門を見て、家族やかつての仲間も安心をするというわけですね。

ま、それがタイトルの「夕映えの人」なんですね。つまり、人生の夕暮れ時に、空一面を赤々と染め上げる夕映え、そういう輝きと温もりを持った男……というような意味なのでしょう。「夕映え夫人」とは全然イメージが違いますね~w。

原作は、藤沢周平の「三屋清左衛門残日録」。「残日録」というのは、清左衛門の日記それも公職引退後の日記を言うのですよ。芝居のタイトルの「夕映え」はこの書名の「残日」からきているのですね。

三屋清左衛門残日録 (文春文庫)
藤沢 周平
文藝春秋
売り上げランキング: 4750
おすすめ度の平均: 5.0
5 用心棒日月抄第5巻?
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夕映えの人清左衛門は、そういう日常のトラブル、ちょっと大変な事件というレベルではおさまらなくなり、まさに、藩の存亡に関わる一大事にまで関わっていくことになります。そして、「夕映え夫人」と呼ぶにはいささか失礼、たぶん、もっと若い設定だろうと思うのですが、妻を失っている清左衛門が想いを寄せる女性もちゃんと出てくるのです。

いい話です。

そうそう、こんなページもみつけました。



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