FC2ブログ

David the smart ass

心のダイエット!~時には辛口メッセージを~

な、なんとBEAMST特装版も。「臨死!!江古田ちゃん」第4巻は8月21日発売!

2009-07-02-Thu
梅雨明け……?
どうせ出かけるところないから、暑くなるだけアレよと思っている、
ブロガーのみなさん、こんにちは。
梅雨とは関係なく、年中雨男の出人です~。

「臨死!!江古田ちゃん」の新刊発売情報が入りました。

「江古田ちゃん」の第4巻は8月21日に発売が決定しました。これは「月刊アフタヌーン」8月号(6月24日発売)の広告です。

ekoda0402.jpg

というか、7月23日発売の予定だと、先月号で告知していたのが、8月21日に変更になったという告知なんですね。

そうか、先月後半はあわただしくてちょっと見落としてたなぁ~と思ったのですが、ブログで記事にしてる方もいらっしゃいました。
 → グルメブログ 月のテーブル:「江古田ちゃん4巻 発売日は7月23日!?

ところが、なにやら事情があって、8月21日に変更したというのですが、どうも普通のコミックスだけでは飽きたらず、Tシャツ付き特装版、それもBEAMS Tとのコラボのようなんですね。下の写真、右下水色○。

ekoda040101.jpg



おっさんのわたしはTシャツに別段力入れていませんでしてたので知りませんでしたが、東京ディズニーシーとのコラボをしてるような、Tシャツのブランドなんですね。
 → Wikipedia:「ビームス
 → BEAMS T オンラインショップ

……そうかぁ。なんだかすげぇなぁ。

江古田ちゃんBEAMS Tかぁ。
 どんな人が買うんだろう……。
 そして、どんな人が着るんだろう……。
 それは、どんな場所……。なんか、着てる人見ると、ビミョーだなぁ。



ブログランキング・にほんブログ村へ

読書週間にする本の「ジャケ買い」の話

2008-10-30-Thu
おはようございます。読書週間です。

FC2トラックバックテーマは、「本をジャケ買いしたことがあるか?」と聞いてます。

「ジャケ買い」ってご存知でしたか? わたしは初耳でした。
こんな感じです。

こんにちは!トラックバック担当本田です!
今日のテーマは「本をジャケ買いしたことありますか?」です。

今日から1週間、読書週間だそうです。
読書の秋ですねぇー!

ところで皆様は、本をジャケ買いしたことありますか?
ジャケ買いとは、表紙のデザインだけで本を選んで買ってみるということです。
CDなどはジャケ買いをされている方も多いですよね!


本田は1度だけ本のジャケ買いをした...
第604回「本をジャケ買いしたことありますか?」

この話で思い出すのは、最近では、この夏、大手の文庫が、古典的な近代文学の表紙カバーを、現代人気漫画家に依頼して売り上げを伸ばしたというニュースです。
 → 過去記事:「もう夏休み、読書感想文の季節なんですね~。

わたしはこれらの文庫を買いませんでしたけれど、カバー絵、それも、その作者(画家)が好きだったので買った経験はあります。もちろん、実際は、帯とか説明も読むので、純粋にデザインだけというと「めったにない」ということになるかもしれません。ただ、カバー絵の作者のファンだったので買ったというのも、一種の「ジャケ買い」というのなら、明確に覚えているのが2冊あります。

ひとつは、「ホーンテッド・マンション」。内容は、「エロティック・ホラー」ということになっているのだけれど、ま、内容は、正直あんまり覚えてません。表紙カバーの絵が、丸尾末広のきれいでいい感じだったので、古書店で見つけて、小躍りして買った覚えがあります。
ホーンテッド・マンション (Mag pornographie)
仙波 龍英 丸尾 末広
マガジンハウス
売り上げランキング: 250992


もうひとつは、鈴木春子の「青い華」。こちらは、新刊書店で見つけて即買いました。当時、この表紙カバーの画家、城景都が好きで(安城市に下宿していたころ、近くの古本屋で作品集があって、気に入って購入したのがきっかけでした)、ま、書店でこの本を見つけたときはびっくりしました。例によって、肝心の小説の方の内容は、あんまり覚えてません。
 → ここにイメージあります

こういう、表紙カバーの画家が好きで買うってのは、一種の「ジャケ買い」だとは思うのですけど、違うのは、ジャケットを得るのが目的で、本の方はどうだっていいってことです。ただ、そうまで思って買ったものですが、たび重なる転居のために、今、ここで手元にとれないどこかに埋没してしまっています。

いずれの、内容が今ひとつ覚えてないし、同じ作者の作品を二度と読んではいませんけれど……。

書籍にとって、装丁とかカバーデザインが重要なのは、決して今に始まったことではないと思いますんで、このトラバに対して「ある」と答える人は、本を買ってる人には少なくないと思うのですが、ただ、それをきっかけに読み続けるようになった作家っていますか? と聞かれると、ひじょうに珍しいような気がしますね。

さて、読書週間。

最近、買うのは漫画ばかり、読書というより映画やDVDに走ってるんで、何か読みたいと思っているのですが、なかなか……。

あたらしい翻訳ってことで話題になっていた「カラマーゾフの兄弟」。ちょっと興味があって図書館で借りてきたのですが(借りてきたのは新訳の方ではありません。なんとかいう文学全集のやつですけど)、もうごく最初の方の、人物の関係紹介のあたりでとまっています。
カラマーゾフの兄弟1 (光文社古典新訳文庫)
ドストエフスキー
光文社
売り上げランキング: 891
おすすめ度の平均: 4.5
3 19世紀の人々はこの大作をどのように読んだのだろう
4 これまでの読みにくさがかなり払拭されている
2 出版社が言うほど優れた訳ではありません
1 誤訳余りに多し、全面改訂を
5 汲めども尽きぬ。


「ジャケ買い」じゃなくて、読んでみたいと思って借りてきたのですけれど……。

どうも、本が読めないのは、ジャケ買いだからとか、なんだとかそういうことではなくて、生活そのものに理由があるようです。

*出先から

ブログランキング・にほんブログ村へ

小説:「アルジャーノンに花束を」感想もしくは読書感想文の書き方

2008-08-28-Thu
オリンピックも終わり、9月も間近です。うちのブログにも「読書感想文」をキーワードにして飛んでいらっしゃる方が幾人もいらっしゃいます。

読書感想文というのは思えば非常にすばらしいものです。本を選び、本を読み、感じたことや考えることを文章にまとめる--この過程はすばらしいものですね。しかし、今時、なんで読書限定なんでしょうか。観劇もあれば、映画もあるし、テレビドラマも、アニメも、いや、スポーツだって、ほら、感動のオリンピックがあった夏ではありませんか。この時代にどうして読書なのかと、宿題を出す側も、感想文を書かされる側も考えてみたらいいと思いますね。

ひょっとして読書感想文のことで悩み、今、このページにたどり着いた方へ、アドバイスというか、こんなふうに書いてみたらどうでしょうという提案です。

たとえば、そうですねオリンピックでも(映画でも、アニメでも、テレビゲームでも)、題材はなんでもいいのですが、この夏、自分が一番熱中したことについて、もう、書き出しから課題量の半分くらい、いや、それではちょっと多いと思うので、3分の1くらいまで、そのことを書くわけです。ここでは、オリンピックをテレビで見まくったことを書く。好きな種目でも、柔道が残念でも、ソフトがすごいでも……。とにかく、おもしろいと思うこと、すごいと思ったこと、素敵だと感じたこと、疑問に思ったことをなんでも書くんです。そして、課題量の3分の1くらい(3枚なら1枚くらい、5枚なら1枚半~2枚以内くらい)でやめます。

で、ここで一端やめて、本屋に行く。あるいは、公立図書館や学校の図書室に行く。今まで自分が話題にしていたことに関する本を探してきて読みます。書いてきたことに一番ぴったりくるような内容の本を選ぶんです。そして、それを読んでください。全部読めばそれはすばらしいでしょうが、半分くらい、いや、何章かあるうちの1章を読んだだけでも、自分がすでに書いている内容に関わるところが見つかるかもしれません。少なくとも、その部分は一生懸命読みましょう。目次を繰って、関係のある章だけでもいいでしょう。

そして、感想文の後半を書くのです。後半部分の書き出しはこうです。「そんなこを考えていたわたしは、読書感想文に、○○の書いた「××物語」を選んだ。この中の、第◎章 「□□って素敵」はわたしの考えていたことにぴったりだ……」っとして、あとは読んで感じたことを書いていけばいいです。びっくりしたところを抜き出してもいい--全部自分の言葉でなくて、本文を抜き出し(引用ですね)てもいいのですよ。本ではこうだった、知らなかったとか、思ったとおりだったとか書いてすすめていきます。

そして、最後にまとめをできるといいと思います。まとめは、残り4分の1くらいのところでします。前半で書いた点について、本ではこんなふうなっていたくらいを、ポイントをついて振り返ればいいのです。

この手法のメリットは、

1)書き手の生きた体験が書かれていて、本を選ぶ動機に直結している。
2)前半部分を好きなことで埋められるので、速く、また、抵抗感なく書ける。
3)感心のある本を選んでいるので、読むのに抵抗がないどころか、興味深く読める。
 (もしくは関連部分だけを集中的に読むこともできる)
4)すでに、課題量を3分の1書いているので、実際の感想は少なくてすむ。
5)動機付け、読書感想、まとめという、序破急三段構成が自然にできる。

などがあげられます。こんなサイト読んで丸写しするより、ずっといいです(丸写しでなく適当にリライトすることを推奨しているようですけれど……)。

さて、以下実例……というわけにはいきませんが、観劇記事→読書体験→読書感想記事という、まさにこの手法どおりに展開しています~(笑)。

わたしは、観劇の市民サークルに入っています。先日観劇会は劇団昴の「アルジャーノンに花束を」をでした。それを記事にした時に、「ぜひ、原作も~」とスゥ。さんに勧められて、読むことにしました。

家族に聞くと「あるから、貸してあげる」と言われたのはラッキーでした。
 → 過去記事:「観劇:「アルジャーノンに花束を」~劇団昴公演

※ちなみに過去記事とここまでが、第1の部分に該当するわけです。
 
アルジャーノンに花束を (ダニエル・キイス文庫)
ダニエル キイス
早川書房
売り上げランキング: 2008
おすすめ度の平均: 4.5
4 知は力、しかし、いつかは衰え、死んでゆく。アルジャーノンのように。
4 花束を
5 人として
5 検討
5 号泣しました


もちろん、芝居と小説は違っていました。小説を舞台にするというのは、こういう工夫が必要なんだということがよくわかりました。小説は主人公アルジャーノンの一人称で書かれています。というか、そもそも小説ではなくて、チャーリーの日誌(「経過報告書」という一種のレポートですので、日記と言うよりも日誌の方が近いでしょう)を読んでいくという形になります。経過報告という体裁をとっている小説ですね。

30代の愚鈍な青年チャーリーは手術によって、IQ70だった知能が改善され、どんどん進歩してIQ170の天才になってしまいます。その結果、いろんなことが見えてくるわけです。養護施設の先生が、子どもから見た大人、怖い先生的な存在だったのに対して、恋愛の対象になっていきます。雇ってもらっていたパン屋の仲間たちが、自分を守ってくれる大切な友だちだと思っていたのが、都合よくあしらい、からかっていた(同時に愛してくれてもいたのですが)ということに気づきます。そして、なによりおもしろいのは、自分に手術をしてくれた博士たちよりも、知識が豊富になって、自分がどういう理論にもとづいて手術をされ、現在どういう実験段階であるかも理解し、さらに、その理論や手法に対する疑問点についても知るようになってしまうのです。

先日まで、神にも等しい先生や、職場のいい仲間や、治療してくれた科学者たちよりも、利口になってしまうことで、人間関係まで壊れていく……、そんな体験をチャーリーはするわけですね。そして、クライマックスを迎えます。

ブログの記事にはネタバレを書きたくないのですが、読書感想文としてはネタバレはありなのですね。前の観劇記事にわたしはこのように書きました。

このことにチャーリーが気づくのはクライマックスにさしかかった場面です。チャーリーの最大の理解者であり、教師であり、恋人でもあるきキリアンが「追い出してよ。あなたの中からその子どもの部分を追い出してよ」というようなことを叫ぶところがあります。そう泣きながらすがりつかれて、「わかった、そうだったんだ!」と叫びます。何が、あそこでわかったのか……。わたしにはなかなかわからなかったんです。その後の芝居を見ていても、キリアンの言葉と何がどう結びついてくるのかもなかなかわからなかったのですが、寝ようと布団に入ってちょっとわかったと思いました。

それが、知性だけでは追いつかない情緒的発達というか(むしろ「未発達」というか)、トラウマの存在とか、その克服みたいなものなのかと思います。アキバの事件以来ちょっと気にしている「インナーマザー」というような言葉を思いついたりしながら、この作品の主題の一つには知性と情緒の発達のバランスということだろうと、ま、思います。

芝居と小説と比べて、どちらも、同じようにチャーリーは大事なことに気づくのですが、芝居ではキリアンにこんなふうに直接言われたときに気づいてますが、小説はそうではありません。自分でふっと気づきます。芝居の中から読み取れた、「知性だけでは追いつかない情緒的発達というか(むしろ「未発達」というか)、トラウマの存在とか、その克服みたいなもの」というようなことではなくて(こういう解釈もありうると思います。現代的ですし。)、キースが書きたかったのは、「変えようにもおいそれとは変えられない存在がある」ということだと思います。それは、幼児期に植えつけられてしまったもので、「トラウマ」もその一つではあるのでしょうが、それはトラウマだけではなくて、強い愛情による結びつきもそうでしょうし、信頼関係や、恐怖なんかもそうなんだと思いますが、ようするに、そうしたものすべてで人の精神はできているとういことになってくるんです。つまり、チャーリーが気づいたのは、そもそも知能なんてのは、その人の全人的な人格からすれば、ごく一部でしかないということなんです

たしかに知能は高い方がいいでしょうし、生きていくには学歴がものを言うことがあります。でもそれがすべてではないのです。知能だけでなく、心の面、身体の面、そうしたバランスが大切という平凡でありながらもおろそかにされがちな結論にたどりつくのですね。

久しぶりに読んだ長めの小説でした。ジャンルで言えばこんなものもSF小説になるんじゃないでしょうか。SFの何が悪い? おもしろかったですよ。



ブログランキング・にほんブログ村へ

謹啓 内館牧子殿~「お帰りなさい 朝青龍」

2008-01-21-Mon
謹啓

厳寒の折 いかがお過ごしでしょうか。

横審委員、お勤めご苦労様です。横綱のみならず相撲界全体を見渡しての、愛情に溢れ示唆に富んだご指摘、日々感心してうかがっております。特に横審委員として、近年の相撲界のトラブルにはさぞ頭を悩まし、胸を痛められたであろうと、心中お察し申し上げます。一連の、朝青龍騒動は、横綱の未熟さ、親方の至らなさ、協会の対応のまずさなどほんとうに情けないことばかりでした。

六場所完全制覇という大偉業を遂げた横綱の、品格のない、およそ横綱としてふさわしくない行為の数々。そこまで横綱を育て上げながら、指導力や威厳ががないと叩かれる親方、そしてなぜか鬼を首をとったとばかり喜び、理事長がなんとか傷口を広げないようにしているのに勝手に問題をこじらせる審判部、そうした造反をまとめきれない相撲協会指導部、ほんとうに苦々しい思いでいらっしゃっただろうと存じます。

こんな見たくもない現実に、横審という立場上意見を求められ、言いたくもない小言や見苦しい皮肉を、自らの品格が汚れるのを覚悟で繰り返し言わねばならなかった内館委員のお心察するに余りあります。抜き打ちで横綱の稽古状況を視察し、横綱の不在を白日の下にさらし、協会や親方の監視の甘さをアピールするなど、本当に相撲への理想と情熱が強くなければできないものだと感心しきりです。

ここまでの内館委員の相撲への強い愛情を見るにつけ、他の横審委員はなんでなにもしないのかと首を傾げ、その怠慢ぶりに怒りさえ覚えます。内館委員が相撲界の危機に際してこんなに必死になり、自らの口を汚すような小言をマスコミに漏らしているのに、他の横審委員はまるで高みの見物、言われたときだけやってきてお約束の意見を言っているようにしか思えません。今後の相撲界は内館委員一人にかかっていると言っても過言ではないでしょう。

内館委員の相撲への知識は深く、また愛情と強いというのは存じ上げています。愛情が強いだけ、相撲界の現状を憂い、立ち直りを願う気持ちも強いに違いありません。それが、現体制や現横綱を批判する形になるのも致し方ありません。好むと好まざるとに関わらず、理想に燃え、改革を口にするとなると、現状を批判し、欠点は指摘しなければならないものなのですから。

批判すべきは批判する、改善を求めるべきは求める当然のことなのです。「仮病疑惑」に始まる一連の朝青龍騒動は朝青龍個人にもむろん責任はあります。ただ、横綱一人を悪人にして、朝青龍をバッシングし、たとえば引退という形で追放してそれで解決するものとは思えません。それは騒動の決着ではあるかも知れませんが、「魅力ある理想の大相撲の完成」にとってはなんの解決にもならないばかりか、むしろ弊害ではないかと思うのですね。

そんな中で出版された内館委員の「お帰りなさい朝青龍」には、大相撲の理想と愛情が貫かれていらしゃることと推察します。他の横審委員がほとんどなにもしないなか、まさに攻めの一冊というべき出版でありましょう。マスコミによって「内館VS朝青龍」みたいな構図にクローズアップされ、なにもかもが嫌いという感じに扱われています。現役の大横綱をつかまえて「引退した人」というような言葉を、立場上言わねばならないとはさぞおつらいことでありましょう。

そして、そんなに嫌いな朝青龍の名前を本のタイトルにしなければならないなんて、ほんとうに嫌だっただろうと心中をお察し申し上げます。きっと出版社がこの方が売れる、この方が儲かる、今までのバッシングの集大成です一発あてましょうという品格のない言葉で内館委員に迫ったに違いありません。ひどいです。もう現役でないとまで言った横綱の名前を、自らの著書のタイトルにするなどという恥知らずな行為はできるはずがありません。浅ましいのは出版社に違いありません。だって、そうでしょう。横綱の変化をして「蹴手繰り」という言葉自体に品格がないという嫌う内館委員に、「おかえりなさい」は、出迎えの言葉であると同時に門前払いの言葉であるというような、なんともトリッキーで皮肉なタイトルを使わせるなんて、そんな品格のないタイトル、内館委員が悦んでいるなんてとうてい思えません。これはひどい、出版社に載せられたなとわたしは胸を痛めました。と、同時にこれも相撲界の立て直しのためにここまでなさる内館委員の覚悟のほどを見る思いでありました。

寒波到来の報道もあります。くれぐれもご自愛いただき、今後とも愛する相撲道のためにいっそうのご指導、ご鞭撻をいただけますよう、一相撲ファンとしてお願い申し上げます。

                                          敬具

お帰りなさい朝青龍
お帰りなさい朝青龍
posted with amazlet on 08.01.21
内館 牧子
朝日新聞社 (2008/01/11)
売り上げランキング: 1794


にほんブログ村 格闘技ブログ 相撲・大相撲へ
RREVHOME NEXT