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David the smart ass

心のダイエット!~時には辛口メッセージを~

墨俣一夜城址と関ケ原合戦場跡を巡る旅

2008-08-21-Thu
「あなたは今うごいてますか?」

養老孟司が出てきて、ひと言そういうサイトがあります。うごく!生たびというサイトです。

このページの存在をCyberBuzzの企画で知ったんです。それは、実際に「うごく!岐阜<生>キャンペーンに」に参加して記事にすることでした。

生たびには、お勧め36ルートってのがあります。それをいくつか眺めてました。古都もいいし、肉もいいし、温泉もいいけれど……、近くにいながら一度も行っていない関ケ原に、この機会にぜひ行きたいと思いました。なにせ、戦国無双シリーズ(PS2のゲームです。「戦国無双2とか……)なんて、やればやるほど、愛知県に住んでいながら、どうして近隣の戦国時代の拠点を訪れていないのだ!と後悔ばかりがわき起こるのですから(笑)

そこでわたしはまず、このルート08「戦国タイムスリップ」に決めました。サイトのページには予習していくと楽しめるとありますが、ゲームの影響ってのはものすごくて、名前はいくらでも覚えているし、どんな鎧や旗印だったとか自然に思い出されるのですね。今のゲームは音声が出ます(声優のですけど)ので、セリフなんかも記憶に残りやすいのですね。そういう状態で、歴史資料館の解説などを聞くと、実際のゲームのキャラやその動作が頭に浮かぶのですが、それが理解を助けるのですね。だから、ビデオや解説ジオラマのおもしろいこと、おもしろいこと。新発見でした~(笑)。

じゃ、いくつか写真をアップしますね。
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▲墨俣一夜城址の石碑と大垣市墨俣歴史資料館の「墨俣一夜城」です。

墨俣一夜城は織田信長が稲葉山城(後の岐阜城)を攻めるときに、その拠点にしたいと秀吉に築かせた、一夜城です。実際は城といっても、こんな写真にあるような城郭ではなくて、砦的な城だったんですね。それだって、一夜で作るのは大変なことなんですから、こんな立派な天守を持つ城郭はできません。

後ろの城郭は、城のデザインを模した100パーセント近代建築の歴史資料館です。中は所謂鉄筋コンクリートで、普通のビルと同じで、エレベータもついてます。「墨俣一夜城」という言葉のイメージから、こういう形の資料館を平成3年に建てたということです。
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▲豊臣秀吉の出世橋という碑もあります。展示室の中には、秀吉がいかにして一夜で城(砦)を築いたのかいう解説のビデオが流れたり、ジオラマがあったり、地元ゆかりの文学者豊田穣の愛用品などが展示してあったりします。
 → 墨俣一夜城の案内ページ

もう一つの目的地の関ケ原合戦場です。

どうでもいいことですが、今回の記事を書くにあたり、いろいろ検索したりしてわかったのですが、どうやら関ケ原の公式(「公式」というか、「地元での」というか)の書き方は、「関ケ原」です。わたしの辞書では「関ヶ原」と変換してしまうのですが、これだこ検索などで今一つヒットが悪かったりします。そこで、わたしも「関ヶ原」でも「関ガ原」でもなく、「関ケ原」(カタカナの「ケ」)の方で統一していきます。
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▲関ヶ原合戦場の碑です。次の「関ケ原町歴史民俗資料館」の展示の中で読んだのですが、たとえば、桶狭間の地に比べてもいいのですが、この関ケ原の合戦あとは、あまり都市化していない。むしろ合戦当時の地形がそのまんまの形で残されていて、豊かな想像力を駆り立てられるみたいな一文があって、まさにそんな感じです。

seki_02.jpg
▲関ケ原町歴史民俗資料館

石田三成と徳川家康が争った天下分け目の関ケ原の戦いに関する資料の展示です。石田三成の兜の複製があったのですが、そいつが、「戦国無双2」に出てくる三成の兜にそっくりでした(下に参考動画)。当たり前といえば当たり前、KOEIだって史実をそれなりに踏まえて作ってるのですが、実は、わたしは正直これおが兜だと思わなかったのですね。長髪にハチマキしてるだけだと思いました。でも、これ乱髪天衝兜という兜だったんです。年甲斐もなく、展示を見て、おぉっと声を出してしまいました(笑);。

▲三成が茶髪だとばかり思っていましたが、これが兜のデザインだったのです!




▲楽天で見つけた、三成の乱髪兜です。ゲーム内では茶髪、博物館の展示も茶髪でした。こちらの丸武産業で売ってるのは黒色です。

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▲三成が布陣した笹尾山から関ケ原を眺望する。

この関ケ原合戦場には家康の陣の跡とか、島津義弘の陣の跡だとかの碑が建ててあって、徒歩や自転車で散策できるようになっています。暑いのやめましたが(笑)、三成が陣を布いた笹尾山は徒歩で登ってみました。麓には馬防柵があり、山の中腹の陣の跡からは関ケ原が展望でき、鳥瞰図と音声ガイドがあるので、勉強になります。
 → 関ケ原町 観光ホームページ

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▲墨俣から関ケ原に行く途中、大垣によりました。大垣市ひまわりランドというのがありました。平成2年から毎年、休耕田を利用して場所を変えてやっているそうです。
 → ひまわり畑ネット

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タイで山田長政の映画を作るんだそうで

2007-03-30-Fri
「山田長政」タイで初映画化、主演は日本人の大関さんなんて記事が読売オンラインに出ています。先日「トカゲ女」の記憶があるので、いくらかは期待してます。タイ映画。

江戸時代にタイに渡り、アユタヤ王朝で傭兵(ようへい)隊長として活躍したとされる山田長政を主人公とした映画が、タイで初めて制作されることになった。
   全文を読む……


山田長政……正直、よく知らない。もちろん、名前は知っていましたけど。記事には「長政がタイに来て間もない青年時代に焦点を絞り、文化の違いにとまどいながらも日本人の誇りを失わず、ビルマ(現ミャンマー)軍などとの戦いに勝ってアユタヤ国王の信頼を得る」とありますので、傭兵ってことで、「SAMURAI」なんてタイトルがついてるんですね。知らなかったなぁ。日本の偉人再発見! この機会にお勉強ですね~。
  →Wikipedia:「山田長政」
  →ThaiSquar:「六昆王 山田長政」

17世紀のタイはアユタヤ王朝と呼ばれ、首都はアユタヤだったんですね。そこに外国人町があって、「日本人町」もあったらしいんです……なんか不思議。

この日本人町の人口は最盛期で1500人に上ったといわれ、山田長政の活躍した頃には商人だけではなくキリシタン・関ヶ原の役、大阪落城後亡命した浪人なども多くやって来ていたとわれています。
  ThaiSquar:「六昆王 山田長政」


へぇ、「関ヶ原の役、大阪落城後亡命した浪人たち……」って、そうかぁ、戦国後期の侍たちは国外に亡命していたなんて、初めて知りました。そうだったんですね。ま、死ぬよりましなんでしょうが。そうだったんですね。しらなかったなぁ。

アユタヤの日本町に山田長政がやってきたのは、1610年頃といわれています。彼がタイにくる前は、駿河の出身であるということと山田仁左衛門長政という名、また城主の籠かきをやっていたということ以外はよく判っていません。
 彼は、アユタヤに渡ると日本人町にて貿易活動に従事するうちに頭角をあらわし、やがてはアユタヤにとどまらず、マラッカや今日のインドネシアなど東南アジアを股に掛ける大仲買商人として活躍します。
  ThaiSquar:「六昆王 山田長政」


駿河だったら、どっちかというと徳川の膝元ってはずなんだけど、亡命だったんでしょうか。政争みたいなのがあったのかもしれませんね。

 貿易家であると同時に、優れた軍事的才能を持っていた長政は日本人の武士たちで構成された日本人義勇隊の隊長として、タイの内乱や外征に日本人義勇隊を率いて参戦し、つぎつぎと武勲を立てます。その功績を国王ソンタムに認められ、1628年にはついにタイの最高の官位であるオークヤーに任じられ、セナーピムックという名を賜ります。

 勇猛な日本人義勇隊を率いる長政の勢力はアユタヤ王国内でもかなりのもので、国王崩御の後の王位継承をめぐる内乱には、国王の遺児を王位につけるために日本武士団800名とシャム軍20000を率いて王宮を守り、これに成功します。
  ThaiSquar:「六昆王 山田長政」


「日本武士団800名」といえばけっこうな数ですね。これにシャム軍が20000人も。すごい数です。このあたりが映画の中心になってくるんでしょうが、その後、数々の業績から認められ、リゴール(六昆)という地域の統治者に任命されます(だから「六昆王」)。しかしながら、どうも敵も少なくなく、「毒殺」という非業の死を遂げるようです。

映画の中心は傭兵を率いて戦う若き日の長政のようです。主演の長政役はタイの舞台で活躍する日本人俳優(大関正義)で、「タイの武術を操る役柄をこなすため、古式のムエタイなどの特訓を受けているんだ」そうです。って、キックボクシングで戦うのか~?(笑)

タイトルは「YAMADA―THE SAMURAI OF AYUTHAYA」。来春完成予定です。



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「戦国自衛隊」より「高血圧」

2006-02-08-Wed
「戦国自衛隊~関ヶ原編・第2部」を見た。

ストーリーでは「歴史を変えられない」として、また、戦国時代のきびいしすぎる現実に適応しきれない伊庭(反町)が描かれていたのだろうと思う。実際戦争とは殺し合いであり、いくら訓練で調子がよかろうと、また、実際の戦争のときにたまたま具合が悪かろうといいわけにはならない。

そういう感じで、伊庭は慎重すぎた、というか、臆病でありすぎたと思う。戦国時代にタイムスリップしてしまった以上、自分や隊員たちがどうしたら生き延びられるのか。少しでもましに生きられるのか、幸福になれるのか……、隊員に対してそこまで考えるのが小隊長の義務なのかどうかはわからないが、少なくとも嶋村(渡部)はそれを考え、自ら石田三成になりすますことを望んだ。

嶋村の考え通りにことが運べば、あるいは家康を西軍が打ち倒すことが可能であったのかもしれない。そうして三成が天下統一への道を進んだのかもしれない。だがなかなか思うようにいかなかった。同時にそれは、嶋村の行動に否定的な伊庭にしても同じだった。方向性は違うものの、自分や部下の生き方を守るために、どのような形で進むべきかを、それぞれがなかなかデザインしきれずにいた。そうして、時間切れタイムアウトになってしまったのだろう……。

ま、結末はいくぶん不本意なところがある。わずかな望みや、あのくらいの(伊庭親子の)愛の確認はあったほうが救いがある。また、小早川秀秋の裏切りに新しい解釈を入っていたのも、作品の価値を高めていると思った。

以上が、たぶん誰でも思うような普通の感想だと思う。ま、テレビドラマだし、エンターティメントの作品なんで、特に悩む必要もはないだろうになどとも思った。

さて、先日病院に行ったら、こんなポスターを見かけた。おもしろそうなので、デジカメでとってきた。ポスターの上部に「生死分け目の高血圧」と書いてあって、「天下分け目の関ヶ原」のパロディ調になっている。そして、おなじみの愛知県郷土三英傑がホトトギスにまつわる句を詠んだというエピソードにして、高血圧に関してコメントさせているのだ。
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信長は「高いなら無視してしまえ、高血圧」といい、解説には「いくら自分に思わしくない診断結果が出たとはいえ、無理してはいけません」とある。同様に秀吉には「高いならさげてみせよう高血圧」といい、解説には「朝晩2回きちんと測定。高血圧は医師の指導で改善できる病気です」といっている。また、家康は「高いなら下がるまで待とう高血圧」といい、解説は「自己診断はいけません。血圧が135/85mmHgを超えたら医師に相談しましょう」とある。

この3英傑のことばをとらえると、いくらか秀吉が好感を持たれていることがわかる。健康のためには、無知や他力本願ではなく、自らが「なおしてみせよう」という積極的な姿勢を持ち、それを強い意志で実行していくことこそが、高血圧や生活習慣病とつき合うもっともいい道だと思う。

健康全般 - 健康

「功名が辻」より「戦国自衛隊」(笑)

2006-02-01-Wed
大河ドラマは久しぶりに戦国時代に戻ってきた。「巧妙が辻」である。先日すでに第4回までが終了し、一豊と千代が結婚した。これまでは、思いを寄せあう二人がなかなか結ばれないじれったい展開で、さながら悲恋物語の感さえあったのだが、いよいよ一豊正室になることになり、千代の前向きなすばらしさが、一豊を励まし、一豊を幾度となく救うという、「内助の功」の物語へと移っていくのだろうか。
功名が辻 (前編)
功名が辻 (前編)
posted with amazlet on 06.01.31
司馬 遼太郎 大石 静
日本放送出版協会 (2005/12)


わたしの郷土愛知県は、信長、秀吉、家康という、いわゆる戦国三英傑を生んだ土地である。ことに、わたしの住む三河はこの三者の中では家康となじみが深いが、信長が初めて戦に多量の鉄砲を導入したと言われる長篠合戦、その舞台となった設楽原はほかならぬ三河の地にある。

そんなわけで、なかなか毎週時間を決めてみることの難しい大河ドラマだけれど、舞台が戦国時代になるとついつい見たくなるのだからおもしろい。再放送を2度、3度とやっていて見逃してもまた見られるのがいい。

ところが、もう一つ戦国時代のドラマをやっていた。これは「ドラマ・コンプレックス」という、どう見ても映画の「シネコン」から発想した番組名だが、2回連続で「戦国自衛隊~関ヶ原の戦い~」をやる。

「戦国自衛隊」は我が青春時代の作家の一人半村良の代表的なSF小説である。「もしも、演習に出ていた自衛隊が小隊ごと、戦国時代にタイムスリップしたら~」という非常にわかりやすい設定である。

武装に関しては戦国時代の何十倍もの威力をもちながら、おそらく人を殺した経験のない、現代の自衛官が、戦いを常としていた戦国時代の武士や忍びたちと対峙せざるを得なくなる。しかも、「戦うことによって歴史を変えてしまうかもしれない」というとてつもなく恐ろしいリスクを抱えてである。

同時にまた、彼らは現代に戻る方法を知らない、いや、方法を知らないのではなく、おそらく「戻ることができない」と知っている。では、どうしたらいいのか? 戦国の世で生き延びていけるのか? 生活していけるのか? 武士としてなら戦をしてよいのか? 人を殺してよいのか? 人を愛し、子を為して歴史は変わらないのか? そういう現実が現代人の自衛官を襲うのだ。作家としては魅力的なテーマではないか。

さらに、戦国時代の人が、未来から来た妙な服装で、恐ろしい武器や戦車、ヘリコプターなどをどう見て、どう反応するかもおもしろい。現代人が過去へタイムトリップするという設定だけでも、文化の違い、人との交流などを考えるとおもしろいのに、それが、自衛隊という軍人が、戦国時代に行くということで何倍もおもしろくなっている。
戦国自衛隊
戦国自衛隊
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半村 良
角川書店 (2005/01)
売り上げランキング: 22,172
おすすめ度の平均: 3.71
3 読みやすいSFだけれども
3 堂々の復活!
4 歴史好きなら、一度は読むべし!


2回ほど映画化もされていて、

戦国自衛隊
戦国自衛隊
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角川エンタテインメント (2000/08/25)
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5 これこそが 真の漢じゃあー!!!
3 娯楽の中の娯楽
5 リメークするらしいが・・・
▲千葉真一版

戦国自衛隊1549 標準装備版 (初回限定生産)
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1 お子様かあるいは・・・
5 滋味を発揮
3 先入観なしに観た感想です
▲江口洋介版

などがある。

ドラコンの「戦国自衛隊」は関ヶ原バージョン。(→ ヨミウリオンライン関連記事) 時は、後に「関ヶ原の戦い」と呼ばれるようになる豊臣方、徳川方が相まみえた歴史的な一戦の開戦の直前である。石田三成(竹中直人)の西軍と徳川家康(津川雅彦)の東軍が、開戦を控え、いわばそれぞれの陣容を整えている時期であった。そこに自衛隊の伊庭小隊長(反町隆史)と嶋村小隊長(渡部篤郎)のそれぞれが率いる二つの小隊が、演習訓練の帰りにタイムスリップしてしまった。

「歴史を変えられない」という立場の伊庭と「この世で生き延び出世しよう」という立場の嶋村、二人は対立するようになっていく。そこに、石田軍、徳川軍それぞれから、加勢依頼がくるというわけである。

そして、小早川秀秋(藤原竜也)が登場する。小早川秀秋といえば、関ヶ原の合戦の一人のヒーローで、小早川秀秋が西軍を裏切って東軍についたことが勝敗の最大のキーのようにさえ言われている。その裏切りのエピソードや、小早川秀秋の苦悩を描く形でストーリーはすすんでいく。

まだ、第1回放送分(1月31日放送)しかみていないので、この先どうなるかは、来週(7日)のお楽しみなのだが、もともと、こういう話の方が好きなわたしは、今のところ「功名が辻」よりも「戦国自衛隊」の方が楽しみである。

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