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David the smart ass

心のダイエット!~時には辛口メッセージを~

映画:「パンズ・ラビリンス」~DVD

2008-08-26-Tue
「パンズ・ラビリンス」の「パンズ」が「Pan's」で、パーン(牧神)であることを知ったのは、公開されてしばらくたってのことだったと思います。「パンズ」というカタカナを見て、これがPanの所有格だなんて思ってもみませんでした。だったら、「パンのラビリンス」って訳せよ、普通そんなことすんか? と思ったのですが、次の瞬間、「チャーリーズ・エンジェルス」とか思い出していたので……。敗北というか、納得しました。でも、パーン=牧神なんて、ファンタジーがいろいろ読まれたり、映画で見られてるとは言え、まだそんなに浸透してるとは思えないので、この邦題はどうなんだろって依然として思うのですね。

パーン(牧神)のイメージはわたしの中では、ナルニア国物語の第1話で、次女(ルーシー。四人兄弟の四番目)がナルニアで最初に遭遇するタムナス(種族名は「フォーン」らしい。こことか)なんです。「パンズ・ラビリンス」のパンとは似ても似付かぬイメージなんです。その点は、いろいろ検索してみると、フォーンとはローマ神話に出てくる半獣半人身の神であり、パーンはギリシア神話に出てくるということで、両者はもともとは別物だったのですが時間とともに同一視されるようになってきたようです。--ちなみに、羊の群れなどが、何かの拍子に興奮して暴れ出すことを「パニック(panic)」というのは、このパーンにちなんでいるそうです(→Wikipedia:「パニック」)。


わたしがパーン(牧神)に興味を持つようになったのは、ピカソ展(→過去記事)で「パンの頭部」という作品を見てからです。ピカソはミノタウロスだけでなく、パン(=パーン)にも持っていて、人の持つ二面性というか、それも理性と野性というか、理性と本能というか、中でも性的なエネルギーをそこにみていたように思われたのです。だから、パーンの話ってどんな話なんだろうと思っていたのですね。

そんなわけで「パンズ・ラビリンス」に期待し、そして一般的でない点についていささか失望しました。もちろん同じパーンなのですから共通点はあります。山羊と人間のデザインがモチーフでできているということは共通しています。しかし、伝承しているパーンはこんなにモンスターっぽくなくて、もっとルックスが人間っぽい、とりあえず、造形的には別物とさえ思うに至りました。

しかし、造形が問題なのではありません。

Wikipedia(「パーン」)にはこうあります。

パーンは羊飼いと羊の群れを監視する神で、サテュロスと同じく四足獣のような臀部と脚部、山羊のような角をもつ

そして、この「山羊」のイメージに多産と同時に性的なイメージがあるわけで、

パーンも性豪として有名であり、しばしばファルスを屹立させた姿で描かれる。ギリシア人はパーンがその魅力により、処女やダフニスのような羊飼いを誘惑するものと信じていた。
 → 同じ

ま、わたしが興味を持っているのは、パーンの誘惑の話なんですね~w、「パンズ・ラビリンス」でも主人公の少女を「誘惑」はします。性的な誘惑ではなく、ま、冒険への誘惑なんですが。そして、少女がパーンの話を周囲の大人にすると、大人たちは「妖精に近づいてはいけません」と言ったりして、パーンの妖精=誘惑というイメージはあるようです。

さてここで映画の設定を書いておきましょう。1944年のスペインです。軍事独裁とレジスタンスたちが戦っています。主人公の少女オルフェウスの母は夫を亡くし、おそらくましに生きるためということもあって、軍の大尉と再婚します。映画は、その大尉の軍が、まさにレジスタンスと戦っている森林が舞台となります。母は大尉の子を身ごもっており、大尉の下で出産するために、臨月にも関わらず長女オルフェウスを伴って前線までやってくるのです。オルフェウスはその道行の車中で、ファンタジーを読んでいます(そしてその本のタイトルが「パンズ・ラビリンス」で、月の王女と妖精の話なのだと思うのですけれど……)。


▲予告です(英語)。

戦乱の中父を失い、母の再婚の相手が軍人とあって、少女は新たな現実を受け入れられません。それどころか、レジスタンスとの戦いは壮絶です。戦争、父の死、母の再婚、弟の誕生、軍人の父の性格、そして前線の戦い……少女は耐えがたい現実の中で、本から出たようなパンの妖精と出会い、ファンタジックな試練を与えられます。そして、ファンタジーの世界と現実世界との行き来が始まるのです……。マンドラコラとか、子どもを食べてしまう目玉のない怪物(本当はあるw)とか、お化け蛙とか出てきます。これがどれも、「ベルセルク」に出てくるくらいグロい。

どうしてファンタジーがこんなにもグロく、恐ろしいのか。それは戦争の現実が隣接しているからにほかなりません。いくつかのファンタジーは過酷な現実からの逃避もしくは寓話として描かれたということを意味してるのでしょう。過酷な現実、困難の連続を乗り越えるのに必要なものは、まず勇気であり、強い意志であり、戦う気持ちであり、あきらめない心であり、知恵であり、そしてなにより愛であることを、「パンズ・ラビリンス」は、他のファンタジー同様に描いています。

グロいシーンが多くて、だからPG-12で中学生以上ならOKということなんでしょうけけれど、ファンタジーの世界のモンスターも残虐ですが、戦争してる人間も負けぬくらい残虐です。グロなシーンを展開するのは、モンスターが多いか人間が多いか比べてみろとでもいいたいのでしょう。

明るく伸びやかな冒険のあるファンタジーを期待してみると失望する人もいるかもしれませんが、こっちの方が上等とも言えると思います。

パンズ・ラビリンス 通常版
アミューズソフトエンタテインメント (2008-03-26)
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おすすめ度の平均: 4.0
2 期待はずれ
5 残酷なハッピーエンド
4 一応注意
5 『叫び』が心に残る
3 思いのほかえぐかった。



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映画:「ヒトラー~最期の12日間~」~BSで

2007-10-21-Sun
もうセ・リーグのクライマックス・シリーズで、中日が初戦から2連勝(阪神戦合わせると4連勝)で、巨人に後がなかった3戦目、ふっとテレビをつけると中日がリードしていた。おいおい、いくらなんでもここで3試合めで決着がつくなんてのはやめて欲しいと思ったが、もう、あまりにもジャイアンツがふがいなくて見る気にならなかったので、ちょっとチャンネルアレしたら、BS2でヒットラーの映画が始まったばかりだった。これ見たいと思っていたので、巨人戦見ずにそれを見た。

ヒトラー ~最期の12日間~ スペシャル・エディション
日活 (2006/01/14)
売り上げランキング: 2030
おすすめ度の平均: 4.5
4 感想として
5 戦争映画の傑作!?
4 食い足りない気分


原作としては、歴史家ヨアヒム・フェストの「ダウンフォール」とヒトラーの秘書トラウドゥル・ユンゲの回想録「最期の時間まで」の二つがあって、全体的には主にユンゲの視点からの作品となっていると思う。独裁者でありながら、その重圧と敗戦という崖っぷちに立って、正常な判断力を失ってしまったヒトラーが、戦争の終わり方がわからずに破滅していく、そして、その支持者たちも同じ運命をたどることが、ま、冷たい視点で描かれていると言えるだろう。

これを見ながらいろんなリーダーたちやその周りの人のことを思った。日本の敗戦にあっても幾人かの責任者が自殺したりした。死を強要された人もいた(まさに教科書検定で今問題になっているのは「自決の強要と軍との関与」の記述を巡ってである)。もう負けるに決まっている、そういうことがわかっても、なお、栄誉だとか、信念だとか、忠誠だとかそうしたものにこだわる、いや、逆にもうそんな精神的で観念的なものしか支えるものがなくなっているのだとういことがわかる。

ちょっと違うが、安倍前首相の突然の退任宣言を連想したりもした。苦しかったんだろうな。そして、平和な時代には総理があれでも、ま、入院できるのだから、ある意味幸福だと言わざるを得ないかと思ったりもした。また、同じく軍事独裁色の強い隣国の某指導者を思い浮かべたりした。ヤケっぱちというか、「絶望」が根底にあるとしたら、その権力、軍事力はほんとうに恐ろしい……。

わたしが戦争の映画を見て思うのは、いつも、人間はこんな愚かだということを思い知らされることだ。そして、その背景に、それでも私腹を肥やす人がいるということだ……。

いつかは見たいなと思っていた作品だった。そして矛盾するようだが、決して同じタイプの映画を望んでまた見ようとは思わない。いつも見終わった後で作品の世界から戻ってくるの時間がかかるというか、その絶望的な暗さを引きずってしまうのだ。現在がなんと虚飾と欺瞞に充ち満ちているかとか、安寧にのうのうと生きているのだとか、ついつい批判的に見てしまいがちになってしまうから。ま、大袈裟に言えば生きづらくなるわけだ。逆に言えばそれほど作品の描いた世界に引きつけられ、囚われてしまいがちになるからだ。だからというか、しかしながらというか、その手の作品を見出したら、途中で席を立とうなんて決して思わない。この作品もそうだった。わたしの中では決して「おすすめ」だとか、「またみたい作品」だとか、「おもしろい作品」には決してならないのだけれど、「完成度は高く、すばらしい作品」ということにはなるだろう。

--だから、もちろん、裏で放送されている巨人vs中日戦の経過など全くといっていいほど気にならなかった。まさか逆転できるなどと思ってもいなかったし……。そして、巨人も負けるべくして負けた……、いや、ナチスと巨人とは全く関係ないのだが、なんかもうそんな気がしてしまって、今朝も朝刊を開く気にならない……。それにしても、ペナントレースで1位なのに日本シリーズに出られないなんて、なんか選手が気の毒な気がするんだよなぁ。



おめでとう>中日ドラゴンズ

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観劇:「少年H」~関西芸術座公演

2006-07-25-Tue
観劇の市民サークルに入っています。今回の例会は「少年H」。妹尾河童(せおかっぱ)の同名長編小説の舞台化です。
少年H〈上巻〉
少年H〈上巻〉
posted with amazlet on 06.07.25
妹尾 河童
講談社 (1999/06)
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おすすめ度の平均: 3.88
4 まあ読みやすいよね。
5 両親の時代を追体験
5 読むべし。

わたしはこれ読んでません。妹尾河童の自伝的小説ということもあり、かなり好評で大ベストセラーです。内容的には太平洋戦争とその時代を、純粋な少年H--イニシャル(名前ははじめ・肇)であるHのついたセーターを着ていたのでこう呼ばれていた--の眼を通して描きます。太平洋戦争の時代に十代を過ごした少年とその家族、友人たちの物語ですね。毎日出版文化賞特別賞を受賞したようです。あんまり売れたんで、便乗本というか、こんな関連書籍も出たくらいです。
間違いだらけの少年H―銃後生活史の研究と手引き
山中 恒 山中 典子
辺境社 (1999/05)
売り上げランキング: 84,084
おすすめ度の平均: 5
5 詳細な考証

わたしはどちらも読んでません。すみません。 この関西芸術座の「少年H」は、その内容をそのまんま舞台にしました。スタートは空襲で神戸の町が焼かれ、少年Hと母が、濡れた布団を頭からかぶって、燃え落ちる神戸の町の中を逃げるというシーンから始まります。

その避難の結末を描かぬうちに、舞台は5年前にさかのぼり、少年H(肇)と妹のよし子、そして自宅でテーラーを営む父という家庭の様子に突入します。前半は、迫り来る戦争の波中でも、子どもらしくすくすくと育つHや妹、そして、愛情あふれる幸福な家族が描かれています。物は今ほどなく、また、不便なことも多かったろうに、テレビもゲームも、パソコンもネットも、マンガもないのに、このころの子ども達はのびのびと健やかに生きてたんだなとしみじみ感じさせます。

ところが幕間を挟んだ後半は、戦争がすすみ、戦況の悪化、生活の悪化が進んでいきます。少年Hも神戸二中(旧制ですので、年齢的には今の高校くらいには該当します)に進学します。しかし、絵を学びたいというような、少年Hの進路希望は、時節柄かなえられそうにありません。それどころか、学校生活は実質軍事教練が多くなったり、学童奉仕が多くなったり、やがて本土の空襲が始まると、学童疎開が始まったりして、戦争の暗い影がいたるところに落ちてきます。

そして、冒頭の空襲のシーンにつながり、結末へと向かうわけですね。

20060725222904.jpg


なんでしょうか、不毛な戦争の時代、不自由な戦争の時代に、少年がどう、自分の感性を大切に生きたのかってことが描かれているのでしょうね。この舞台を見ていて、痛切に感じたのは、どうして戦争になったのか? とか、誰の責任なのか? なんてことではなくて、日本はもっと早く降伏できなかったのか?ってことです。靖国神社参拝の問題が、中国や韓国との関係でしきりに取りざたされています。A級戦犯という「戦争犯罪人」が合祀されているのが問題だといわれていますし、昭和天皇がその合祀について不快に感じていたようだというメモも、最近公開されました。開戦責任みたいなものもあるんでしょうが、もっと早く見切りをつけて降伏しなかった責任ってのもあるんじゃないのかなって思うんですね。戦争って、あんなふうに、普通の民家や都市を空爆していいものだったんでしょうか? 原子爆弾とか使って、普通の市民達を殲滅していいんでしょうか? 無条件降伏したんで、そのことについてアメリカに文句は言えないのかもしれませんけどね、空襲とか、原爆とか、そんな作戦おかしいと思いますよ。そんなことしなくても、アメリカは勝てたと思うんです。そんな疑問を見ながら感じていました。

なんとうかな、今までわたしは、敗戦国日本は悪い国だと思っていました。いろんな事情があったにせよ、侵略戦争をしかけたわけですからね。なんというか、加害者みたいな気持ちになることが多かったのですが、しかし、この舞台を見て、あらためて、市民被害者だったんだということを強く感じました。そういう被害者の気持ちになれたということは、ひょっとしたら、ちょっと新鮮なのかもしれません。

主人公の少年Hはそういう戦争という、不自由で、不毛な時代に、自分らしさを追究しなければならないということを痛感します。ことに敗戦と同時に、その気持ちは強くなります。これって、時代的には今とは逆ですよ。自由で、物が余っている時代です。自分らしい人生というのをいくらでもデザインできそうな時代です。ところが、現代人ってどうもその価値を、他人に決めてもらおうとしていると思えてきます。それもどうかすると、金額に換算して。皮肉というか、裏腹というか。もっと自由で、もっと多様化してきているのに、どこかで、金銭という画一的なもので評価したがっているのではないか、そんな気がしてなりません。 そういう意味で、この舞台はおもしろくもあり、いろいろ考えさせてくれる作品ではあるのですが、最後の自分たちの未来に向かって、感受性を大切にして生きていくんだという三人の若者の決意表明さえもが、ノスタルジーに感じられてなりませんでした。

関西芸術座のサイト
その中の「少年H」のぺージ

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父の日に贈りたい漢字は「謝」~住友生命

2006-06-15-Thu
住友生命が「父の日に贈りたい漢字」をネットで調査したそうです。(→ニュースはこちら住友の元資料はこちら。ただしPDFです

第1位は「謝」

うむ。これはまた、おもしろい字です。では、いきなりですが、質問です!(笑)

問1 「謝」の字はどんな意味ですか? また、思いつく熟語はなんですか? それぞれ一つ答えなさい。
<解答欄>
 「謝」の字義 「          」

 「謝」の熟語 「          」        

~~~~「やめ!」(笑)

「謝」の意義として多くの人が思い浮かべるのは「謝る(あやまる)」でしょうね。訓読みでは「あやまる」以外の読み方知りませんからね。だから、第一の意義であるかのように思ってしまいます。

そのわりに、熟語をあげると、「感謝」「謝礼」などが多く出てくると思われます。「お礼をする」という意味です。言うまでもなくそういうい意味が「謝」にはあります。しかし、どういうわけか、ひょっとしたら日本人にはそういう概念がなかったのか、それに該当する訓読みがないわけです。もちろん、「謝罪」を思いついた人もいるでしょう。

問2 次の熟語の中における「謝」の字義を答えなさい。
 例 感謝    字義(お礼の気持ち       )
 1)月謝    字義(             )
 2)陳謝    字義(             )
 3)面会謝絶  字義(             )
 4)新陳代謝  字義(             )
 5)謝肉祭   字義(             )

~~~~~~ thinking time ~~~~~~~~~
ちょっとここで、映画(DVD)の紹介です。父の日にちなんで、父関連のおすすめの作品です。といっても、舞台しか見たことがないんですが~「父と暮らせば」です。ブログ始める前に見たので記事がないのは残念ですね。(参考→劇団こまつ座過去公園のページ
宮沢りえ主演で映画化されたのがこっちです。
父と暮せば 通常版
父と暮せば 通常版
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バンダイビジュアル (2005/06/24)
売り上げランキング: 3,998
おすすめ度の平均: 4.67
4 笑いながら涙が止まらない
5 皆に観て欲しい邦画
5 黒木監督の思いが結晶化された作品

~~~~~~ time u~p! ~~~~~~~~~
考える時間にCMを入れるというテレビ仕立ての構成です(笑)。

じゃ、解説(できるかな。自爆気味かも……)。

まず、「1)月謝」。これは「感謝」と同じで「お礼」でいいでしょう。授業料のことを「月謝」と呼んだりすることもあります。わたしの習ってる某武道教室も「授業料」でも、「会費」でもなく、「月謝」と先生は呼んでます。う~む。微妙です。謝はこちらから自発的にするもので、先生側が請求するものではないですよね。あ~、微妙だ。それも「お礼」なら、終わったあとでするのが普通だとわたしは思うんで、「月謝」と言われる以上は月末に払えばよく、月初めにすることはないようにも思われます。こんなことにこだわるわたしの了見が狭いんでしょうか?(笑) ま、リアルでは、その月の最初の稽古日に「お願いします」と出すことにしていますけどね。

「2)陳謝」。これも基本ですね。「謝る」でいいでしょう。ちなみに「陳」は「陳列」につかわれるように、「面に表す、見せる」というような意味があるので、「謝る気持ちを言葉で表す」というような意味になりますね。

「3)面会謝絶」。このあたりから難しいです。「面会にきたみたいだけど、ご免、会えないわ~」って謝ってるんでしょうか。それとも「面会に来てありがとう、でも、会えないわ」って、一応お礼を言ってるんでしょうか。どちらでもないです。「ことわる」という意味です。もちろん、断り方にもいろいろな態度があるんでしょうが、特に感謝の気持ちをもってことわるわけでも、謝りながらことわるわけでもないです。大切な見舞客にも、小うるさい週刊誌の記者にも、謝絶は謝絶です。辞書などで調べると「謝」の第一義に、この「ことわる」を載せていますね。

「4)新陳代謝」。これ、きっと、何もないとわかりませんね。「代謝」ってだけの熟語もあるけど。「謝」には「去る」とか「捨てる」って意味があるのです。「捨てる」が正解だと思うのですが、今ひとつ自信がありません。ごめんなさい。「新しいモノを入れて古いモノを外へ出す」というのが代謝の意味ですから。

「5)謝肉祭」。これは、謝肉祭って言葉は中学頃から知ってるんですが、謝肉祭そのものを知らないから、どういう意味でどんなことをするのかわかってないんで、謎だらけの言葉です。「針供養」とか、「人形供養」の伝統のある日本に育ったものからすれば、「肉供養」で「感謝する」なのかと思っていたのですが、~だってそういう漢字でしょう~、どうやらこれも「3)謝絶」と同じで「ことわる」という意味のようです。「肉を断つ」のが「謝肉」ということなんですね。→goo辞書「謝肉祭」

父に贈りたい漢字「謝」にはこんな意味もあったのですね。感謝されるか、謝られるか、はたまた、お断りされるのか。父の思いもまた複雑です。

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