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David the smart ass

心のダイエット!~時には辛口メッセージを~

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観劇:「盛綱陣屋」ほか~御園座で

2006-10-25-Wed
先日歌舞伎を見ました。御園座です。(→御園座公式サイト

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今回は中村雁治郎改め坂田藤十郎襲名披露公演ということでして、四代目藤十郎は『盛綱陣屋』の佐々木盛綱を演じました。なんでも二百三十一年ぶりの大名跡の復活ということのようです。こういうことはよくわかりませんが。
 → 中村雁治郎改め坂田藤十郎の公式サイト

夜の部だと口上の一幕もみられたのですが、私が誘われて行ったのは昼の部で、プログラムと主な配役はこんな感じです。

●『矢の根』
曽我五郎時致 松緑
曽我十郎祐成 亀三郎
馬士畑右衛門 亀蔵
大薩摩主膳太夫 友右衛門
●『藤娘』 
藤の精 時蔵
●『越後獅子』 
角兵衛 三津五郎
●『盛綱陣屋』 
佐々木盛綱 鴈治郎改め藤十郎
北條時政 我當
和田兵衛秀盛 三津五郎
高綱妻 篝火 扇雀
盛綱妻 早瀬 孝太郎
竹下孫八 進之介
古郡新左衛門 團蔵
伊吹藤太 翫雀
盛綱母 微妙 秀太郎
信楽太郎 菊五郎

歌舞伎の公演というのはこんなものなんでしょうが、けっこう長く休憩時間を入れて4時間くらいの公演でした。

「歌舞伎」は、参加している観劇サークルも含めて、いわゆる市民ホールなどではたびたび見たのです。とくに『藤娘』はおそらく三度めです。そして毎回最後まで見ずに寝てしまうのですね。今回もそうでした。役者が悪いんじゃありません。ほとんど、相性の問題なんでしょう。

ストーリー性のあるものならともかく、はなやかできれいではあるものの、静かに恋する乙女心を表現するようなタイプのはどうももたないんですね。演じた役者中村時蔵の責任ではなくわたしの側に問題があると思うのです。

同じ踊りでも越後獅子はむしろ逆で、ちょうどいい案配に睡眠をとったせいかだんだん目が覚めてきたって感じでした。活発で調子のよい曲に、軽やかででいて落ち着きを感じさせる坂東
三津五郎の踊りがうまくマッチしていました。

もっとも、わたしが寝てしまうことについて、役者の側に責任はないとは言え、わたしばかりがわるいとは思われない点もあります。実際、わたしの周辺でも、寝てるんじゃないのって思う人もいましたし。そもそも御園座に限った話ではないのですが、客席の椅子がいささか小さく、前後のスペースも狭いです。もちろん、わたしの図体のデカさも関係してくるんですけど、長時間座っているとプチエコノミー症候群状態になってしまうのですね。酸欠気味になったわたしの身体は、新鮮な空気を求めます。

したがって幕間には、わたしはロビーや売店の前のフロアに出て、でかい図体で肩を回したり、足首を回したり、腰をひねったり、ほとんど場の雰囲気にそぐわない妙に体育会系の動きをせざるをえないのですね。お願い、もう少しゆったりした椅子にして~。

さて話に戻りましょう。最後は「きんぱち」の『盛綱陣屋』でした。「きんぱち」といえば、てっきり「金曜八時」のことだと思っていました。現代では、もう「=金八先生」のことになっちゃってますね。ところが、歌舞伎にも「きんぱち」があったんですね。これは、イヤホーンガイドで言ってました。

今回上演された『盛綱陣屋』は『近江源氏先人館(おおみげんじせんじんやかた)』の八段目なんです。そして、略称が「近八(きんぱち)」なんですね。八段目とうのは、当然前に一~七段めまでがあって、その後に九段目、そして最終段(十段め)へ続くわけでして、全体のごく一部なんです。かつてはそのすべてを演じていたのですが、今ではこの「近八」しかやらないそうです。そこしか残らなかったんですね。逆に言えば、精選され残ったのがこの「盛綱陣屋」なわけなんですね。

話の設定は、源頼朝の没後の跡目争いです。実朝派の鎌倉方と、実朝派の上方とに別れるわけですが、近江の佐々木家は、兄盛綱が鎌倉方の北条時政に仕え、弟高綱が上方の頼家の軍師となっているという設定になっています。

ところが、これは実際は豊臣家の跡目争いと徳川家康の話(大阪冬の陣)を鎌倉時代に仮託して書いたものだそうです。この話が作られた江戸時代には芝居に徳川家のことが取りあげられるのはご法度でしたので、そのようにしたのだそうです。

主人公の佐々木盛綱・高綱の兄弟のモデルは真田信幸・幸村兄弟で、家康がモデルの北条時政はどちらかというと悪役担当になってきます(ちなみに和田兵衛秀盛は後藤又兵衛がモデルらしい)。なんというか、勝つためには汚いまねもする狸じじいって感じで描かれますね。それに対して、盛綱は武士としての忠義よりも家族の情愛を優先するという、この話の主題を担当していくわけです。じゃ高綱はどうよってことになると、これがまた、現代から見るとどうよと思うけど、この時代にはやむを得なかったのかな。

「藤娘」で寝て、「越後獅子」で起きて、「盛綱陣屋」でストーリーを追いかけて思ったのは、歌舞伎の楽しみ方って、もうちょっとなんどか足を運ばないとわからないなってことです。なんというか、色合いの美しさというか、様式美というか、そういうちょっと惚れ込むような愛し方をするものなのかなって思いました。わかりませんけど。

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