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David the smart ass

心のダイエット!~時には辛口メッセージを~

源氏物語千年紀「石山寺の美」展~岡崎市美術博物館

2008-10-16-Thu
石山寺をご存じでしょうか? 滋賀県大津市にある真言宗の古刹です。「紫式部が源氏物語を書いた寺」とわたしは覚えていましたが、厳密に言うと「紫式部が石山寺参篭の折に源氏物語の着想を得たとする伝承がある」くらいの方がいいようです。もう、ずいぶん前に石山寺に行ったときに、紫式部の蝋人形(これまた人形であるかどうかも厳密にはわかりませんけれど)があったので、大雑把に、「紫式部が源氏を書いた」と記憶していたものです。いずれにしても、史実はどうあれ、石山寺の側では「紫式部や源氏物語ゆかりの寺」として売り出していることは、今さらいうまでもなく、また、わたしのような(寺にとっては)好都合な誤解をする人も少なくないだろうと想像します。「源氏物語誕生1000年」と言われる本年、石山寺ではそれにちなんだ企画を次々としていることも、それを物語っています。
 → 石山寺のWebサイト
 →  〃 イベント案内ページ

さて、わたしがよく訪れる岡崎市美術博物館でも、この10月11日(土)から、「石山寺の美 ―観音・紫式部・源氏物語」という企画展を開催しています。
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 → 岡崎市美術博物館:「現在の展覧会」

1時間~1時間半もあれば、それなりに丁寧に見てもみられるので、日帰りというか、「展覧会と食事(もしくティータイム)」くらいの日程でいくのにちょうどいいです。今回の「石山寺の美」展では、石山寺の本尊(如意輪観音坐像)や、重要文化財「石山寺縁起絵巻」、本尊の観音像内納入品の二体の観音仏立像、秘奥の「薫聖教」(国宝)など、石山寺の貴重な宝が陳列されるとともに、源氏物語や紫式部に関する展示も豊富にあって楽しめます。

わたしが記憶に残っているのは、蛇頭人身にして、三面十臂の弁天を中心に描き、七眷族(けんぞく)と十五童子を描いている「天川弁才天曼荼羅」(室町時代)でした。こんな曼陀羅は初めて見ました。所謂「曼陀羅」でイメージするような、多くの仏様が同心円上に配置されていたり、方形の舛目に配置されていたりするものではありません。まず、中央に立っている弁才天が異形です。コブラをおもわせるような蛇の頭を三つ持つ人身なのですが、手が十本あります。これが「蛇頭人身にして、三面十臂の弁天」ということですね。そして足元に水天と火天を、両サイドに吉祥天と訶梨帝母(鬼子母神)、そして、両肩と正面下の三つの蛇、つまり4人天女と3匹の蛇(の形をした仏?)を配置します。これが七眷族です。「眷族(けんぞく)」というのは、「親戚、同類、仲間」くらいの意味です。

そしてその背景には天川の三つの山がおかれ、手前には十五人の童子が、弁才天をあがめるように左右二郡にほぼ等分して配されています。こんな「曼陀羅」初めて見ました。

なんとかイメージを伝えようと検索してみましたが、こちらのページに、同名同テーマの「天川弁才天曼陀羅」の写真(部分)と解説が載っています。十五童子の記述がないので完全に同じものかどうかはちとわかりません。その続きのページに長谷寺や高野山(親王院)、六角堂などにも同様のものがあることが書かれていますが、珍しい曼陀羅です。

源氏・紫式部の関係では、絵巻や屏風、掛け軸などが並ぶ、源氏の世界のように、まさに優雅で華やか印象です。その大半は大和絵です。大和絵とは平安時代に発達した、日本画の伝統流派です。大和絵の持つ美しさ、それはさまざまでしょうが、豪華さ、華やかさ、繊細さ、はかなさを味わうことができます。「土佐○○」という土佐派(大和絵のメイン流派)の作品が並びますが、多くは江戸時代のものでした。こんな作品を作り続けた人たちはどんな環境にあったのだろう、どんな財政的な援助があったのだろうと、作品よりも背景が気になったりしますw。

また、コーナーの入り口近くに配置された大きな「紫式部聖像」の肖像は色あせて、美しいとは呼びにくいものになってしまっています。上部の賛や背景に書き込まれている源氏物語縁のさまざまなアイテムは、大半が消えているも同然、式部の顔さえ薄汚れ、剥げた能面のようです。しかしその大きさは、圧倒的です。こんなに大きな紫式部の姿がこんなふうに描かれているというのは、掛け軸のようなインテリア的なものではなくて、石山寺が紫式部ゆかりの寺としてずっと人気があった、また、寺側をそれを売りにしてきたのだろうと想像されます。「伝紫式部筆大般若経(巻大百三十六)」というのもありました。年代は鎌倉時代です。紫式部のものであるはずはないといえばそうなんですが、「紫式部が石山寺で源氏の着想を得た」ということ自体も、どのくらい本当で、どのくらい伝聞なのか、また、なぜそんなことが人々に伝わっていったのか、いろいろ考えさせられますよね。だって、そもそもどこで着想を得ようと作品には関係ないわけだし、ここで着想を得たと言われて嬉しいのは、石山寺ですよね。○○の墓所、○○発祥の地なんていう地域興しって今に始まったことではなかったんでしょうね。

「石山寺の美 ―観音・紫式部・源氏物語」展はおもしろく目を楽しませてくれる、まさに石山寺が紫式部と源氏物語と深い関係にあるということを思い知るわけなのですけれど、こういう言い方をすると失礼ですが、そもそも籠もっている間に着想を得た程度のことが、「石山寺」「紫式部」「源氏物語」さらに「月」というキーワードの組み合わせによって、「聖像」と呼ばれるような肖像ができたり、伝紫式部筆の写経が出てきたり、まさに期せずして本来の信仰とは別の世界を生み出しているわけで、そこがおもしろいです。それは、一つのセットとして扱われ、たとえば「紫式部観月図」という同モチーフの作品を、いろんな画家たち書いています。時代を超えて制作意欲を湧かせるモチーフとなり続けているわけで、なにかこう、紫式部の伝説的魅力というものを改めて感じます。

それは、現代でも同じです。「源氏物語千年紀in湖都大津」として、いろいろなイベントが企画されている中で、紫式部をイメージしたロボットMURASAKIが、この石山寺で展示されていることです。(斜め読みする人のために書きますが、岡崎市美術博物館の「石山寺の美 ―観音・紫式部・源氏物語」展でロボットが展示されているのではありません

 → 源氏物語千年紀 in 湖都大津
 → 石山寺:源氏夢回廊
 →  RobotWatch:「高橋智隆氏、紫式部をイメージしたロボット「MURASAKI」を発表~源氏物語千年紀 in 湖都大津

映画やアニメはもちろんとして、もう、ロボットの世界にまで、紫式部や源氏物語はモチーフになってきてるわけなんですね。
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大津に行ってMURASAKIを見たくなるし、源氏物語も読みたくなるそんな展覧会でした。



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「ピカソ展」に行く~岡崎市美術博物館

2007-09-09-Sun
この9月に始まった、ルートビッヒ美術館コレクション「ピカソ展」に行ってきました。

会場の岡崎市美術博物館はけっこう気に入っています。隣接の恩賜苑という公園も、なかなか落ち着いたムードで散策などに最適です(今回ここでケータイ電話を拾うというアクシデントがありました。岡崎市美術博物館のカウンターに届けておきました。幸か不幸か財布を拾ったときのようなドラマはありませんでした。ちょっと遠回りになったくらい~)。
 → 岡崎市美術博物館のページ

わたしが言うのもなんですが、ピカソってやっぱりうまいんですね(笑) ディテールを本当は気にしているのかもしれないし、細かな絵ももちろん描けるんでしょうけれど、やっぱりピカソのすばらしさは、構図とタッチと色使いなんだと思います。当たり前といえば当たり前ですけど。それが大きな絵になって本当に生きるんだなぁとしみじみと思いました。キュビズム自体がそもそもそうなんでしょうけれど、一枚の絵で、深いというか、多面的というか、重層的というのか、いろいろな表情、いろいろな感情、いろいろな部分を連想させて、それがとってもおもしろいと、しみじみと思いました。

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4 ピカソ初心者はこの本から。


会場のカウンターに置いてある「岡崎市美博ニュース/アルカディア」に「剽窃かオリジナルか」(学芸員千葉真智子)という文章があって、ピカソの作風の変化が「剽窃」という言葉で批判されてきたという紹介があります。「剽窃」とは簡単に言えば「人のものを盗む」ってことで、ピカソはいろんな作家の上っ面をほんとうに器用に真似て、しかも次々と取り入れているといころがあるようなんです。そういう影響関係を確かめられるほどわたしは美術史に関する力はないのですけれど、わかるのは、「ピカソ=キュビズム」なんて具合に一様ではないってことくらいでした。

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今回の「ピカソ展」の目玉というか、代表作としては、チケットやポスターになっていた「帽子をかぶった女の頭部」というのがあったのかもしれません。迫力があったのは「銃士とアモール」で、ずっと目に焼きついたの「緑色のガウンの女」の表情だったりするのですが、わたしが興味深く時間をかけて見たのは「ミノタウルス」のエッチングシリーズと、「牧神の頭部」という版画(リノリウム材を使ったもの)を段階的に並べてあるところでした。ついでに、欲しくなったのは「頬杖ついてる顔の水差し」(陶芸)だったりしました。

「ミノタウルス」のシリーズは解説によるとブルトンのシュールレアリズム関連の書籍(雑誌?)の表紙を飾るために作られた作品群のようです。そもそもミノタウルスの伝説はギリシャ神話にあります。頭が牛で体は人間という怪物です。クレタ島の王ミノスが、ポセイドン(海の神)との約束を果たさなかったことで怒りを買い、ポセイドンは牡牛を使わせてミノスの妻を誘惑させ、ミノタウルスが生まれることになるのですね。

王妃と牡牛とに生まれたハーフです。成長するにしたがって乱暴になったミノタウルスに困り、ミノスは迷宮の奥にミノタウルスを幽閉し、9年毎に7人の少年と7人の少女を生贄として差し出すことにしていたのです。ところが、あるとき、生け贄に紛れていたテセウスによって殺されてしまう
という話です。わたしはこんな話を聞くとひどくミノタウルスに同情的になるのですが、どうもピカソの作品を見ていると、そういう神話的なエピソードとは別に、なにか人間の奥底にある性的なエネルギーやその暴発、そしてそれへの罰というような、所謂「罪の意識」みたいなものさえ感じました。ミノタウルスの中に自分自身を見ているんだろうなと思ってみました。
 → ここにピカソのミノタウルスが貼ってあります。あるいはここで検索して表示できます

もう一つ、「牧神の頭部(→ここ)」というリノカット(→Art Words:「リノカット」)の多色刷りの製作段階を並べて展示してあるコーナーで、日本の浮世絵みたいな多色刷りというのは、色別にすり分けて最後に一枚の絵を作るっていうのは、なんとなくわかるのですが、こいつは、茶色の髪に黒インクで、4回くらい刷っておいて、最後に白インクを刷って完成させるってな手法をとっていて、なんというか天才的な手法というか、やっぱりここでもキュビズム?と思うような感じでした。それと、あと思ったのは、「牧神」って何? ってこと。

よくわからないのですけど、一応、ギリシア神話やローマ神話に出てくる半人半獣の神なんですね(→Wikipedia:「パーン」)ミノタウルスよりもはるかに健康的で、のびのびしたイメージがあるものの、やはりどこかに性的なイメージがするキャラクターなんです。そのにこやかな表情にピカソの自己肯定みたいな一面をみた感じがしました。

けっこうおもしろく、ああ、ピカソってやっぱり上手いんだなってしみじみよくわかります。



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人間と精神のための椅子~岡崎市美術博物館

2007-05-01-Tue
ずいぶん前の話ですが、「13ウォーリアーズ」という、アントニオ・バンデラス主演の映画を見ました。
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5 選ばれし13番目の男!
4 スカンジナビアン・アクション
3 Slice slice--cut cut movie over.

内容的にはとてもおもしろくて、おすすめの作品なのですが、実はこの邦題「13ウォーリアーズ」がわたしは気にくわないのです。原題は「THE 13TH WARRIOR」でして、「13番目の戦士」と訳さないといけないんです。こいつはおかしいだろ~って、ちょうど映画を見たあとで同僚Tに話したときに「日本語ではよくあることじゃん」と軽くあしらわれたので、もうよけいに気に入りません(笑)。

この遺恨は実は「ゴジラファイナルウォーズっておかしくないか? この複数形……」などといちゃもんをつけることになっているのであります~。

さて、前置きが長くなりました。題名は「人間と精神のための椅子」ということになっていますが、先日「シュールレアリスム展」を見に行ったときに、岡崎市美術博物館で見かけた椅子のことです。同館の入り口を正しく1階から入ると、こんな椅子に出くわします。
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椅子の下にはこんなパネルです。「人間と精神のための椅子」と題されて、横に「椅子にすわって下さい 目を閉じて下さい 精神をときはなして下さい」などと書かれていますね。また銅と電気石でできているとも書かれています。何?電気石……っておもって検索すると「トルマリン」と出てきます。あ、トルマリン……。なんだかわからないのには違いがないのですが、なんかわかった気になるから不思議です。
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さて、ここで、この記事の冒頭でうだうだと書いた前置きの部分を念頭に、もう一度、このパネルを見て下さい。そうそう、複数形ってところね……。

以下追記です。

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「シュールレアリスム展」~岡崎市美術博物館

2007-04-24-Tue
先日『シュルレアリスム展-謎をめぐる不思議な旅』(岡崎市美術博物館:4月7日(土)~5月27日(日))に行ってきました。
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 → 美術館連絡協議会の同展覧会の案内ページ

美術館って、誰かと言っても黙っていればいいので好きです。わけわからなくても、したり顔でいろいろ見つめていればいい。いかにも絵がわかるってふりするには、遠くからすっと眺めたかと思うと、急にそのうちの一枚に歩みよって、間近でいかにもタッチがわかるぞという感じで顔を乗り出して見たりするといいわけです~今回もそれをやっちまいまして、そうしたら、係員のおねいさんがツカツカと寄っていらっしゃって、「指をさすのは構いませんが、もう少し離れてやって下さい」と注意されちゃいました~(笑)。あ~、マナーの悪い客だ~(自戒)。

「シュールレアリスム」とか、なんというか、いろいろ考えながら見ることができる絵は好きでして、時々気が向くと見に行くのです。今回は絵もさることながら、塑像がよかったです。正直わたしは「植物のトルソ」(ジャン・アルプ)がとっても欲しくなりました。あれを、日ごろブログを書いている椅子のとなりに置いておいて、さわりながらなでながら、陶酔したいなぁっていう欲求に駆られました。「バラを食べるもの」(ジャン・アルプ)もそうで、ブロンズでできた輝く、ちょっとピスタチオの殻を連想させる、つややかな小玉の西瓜くらいの大きさの塑像だったのですが、あれも猫を膝の上に載せてなでるように、手元に置いて毎日なで回すことができたらどんなに快楽だろうと思いました。

なんだろう、ガラスのケースに入れられたり、触ってはいけませんとばかりに仕切りの向こうに置かれたり、一段高くに置かれたりしている塑像を見ると、なんとなく動物園に連れてこられた野生動物を見る思いでして。本来はもっとなでられたり、さわられたりするものではないのだろうか? そう思って作家は作ってるんじゃないだろうか?と強く感じたのですね。こいつはなんだ、一種の著作者人格権の侵害だろう~と(笑)

というわけで、わたしはジャン・アルプの作品のすばらしさを感じて帰ってきました。
(→Wikipedia

 → あいちまNAVI:「岡崎市美術博物館」

あとは、エルンストの「ポーランドの騎士」(愛知県美術館蔵)を見て、横にデカルコマニーの解説があって、何度かこの手の作品を見てきて、ひじょうによくわかったような気がしました。これやってみたいと思いました。マーベリング同様とても幻想的で、そしてなんというか、心象風景や潜在的ななにかを発見できそうな気がして興味深いです。いつか、チャンスがあったらやってみたいと思いながら、ま、ここまで来てしまいましたね。

もう一つ、岡崎市美術博物館の入り口にあった「椅子」のことについて書きたいのですが、長くなるので、別記事で、また書きます。



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