David the smart ass

心のダイエット!~時には辛口メッセージを~

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「ヴィーナス展」~名古屋ボストン美術館

2009-08-23-Sun
ヴィーナスは世界で最も有名な女神でしょう。日本でも。現代も、そして今後とも。

有名なのはミロのヴィーナス像とか、ボッティチェリの「ヴィーナスの誕生」とかあります。あとは、なんでしょう、どちらかというと、そのヴィーナスのイメージを利用しての、シンボル的というか、比喩的なヴィーナスで、じゃ、神話の中でヴィーナスがどんな女神だったのかってことは、どうでしょう、名前ほどはよく知らないのじゃないでしょうか? 別にそれだってかまわないのでしょうが、美しい絵や、歴史的な美術品を見て、そうした神話の一端を知ることができる、それが、名古屋ボストン美術館で開催中の「愛と美の女神 ヴィーナス展」です。見てきました。

venus.jpg
 → 公式ページ

展覧会のタイトルにもなっていますが、ヴィーナスは「愛と美の女神」として知られています。同時に、「豊穣の女神」ということになっています。豊穣というと実りであり多産です。

Wikipedia(→「ウェヌス」)によると、ヴィーナス(ウェヌス)はそもそもローマ神話では菜園の神であったのが、ギリシア神話の愛と美の女神アフロディーテと同一視されるようになったのですね。「愛と美」というイメージはギリシア系で、「豊穣」というのはローマ系ということなのでしょう。そして、現在残っているヴィーナスに関するエピソードはアフロディーテに由来するものばかりだそうです。名前はローマ系、逸話はギリシア系というわけで、双方のイメージによって作られたようです。

ボティチェリの「ヴィーナスの誕生」にある、大きな帆立貝のようなものの上に立つ挑発でふくよかなヴィーナスは、海の泡から生まれたという伝説に基づいています。残念ながらボッチチェリの本作は来ていませんが、この逸話に基づく展示も数々あります。

そして、トロイア戦争の原因となった言われる「パリスの審判」を題材にとった作品。展覧会に入場するとその作品群をまず見ることになります。

少し長くなりますが、興味深かったので「パリスの審判」とトロイア戦争の話を少し書いておきましょう。

ゼウスがペーレウスとテティスの結婚の祝宴を開くということがありました。このとき争いの女神エリスは招待されなかったのです。エリスはそれを怒り、黄金の林檎に「最も美しい女神に(贈る)」と書いて祝宴の会場に投げ入れたのです。そこに、 3人の女神、ヘーラー、アテーナー、アプロディーテ(=ヴィーナス)がいて、その林檎を争うことになってしまったのです。

そこでゼウスは、トロイの王子パリスに判定させることにしました。これを「パリスの審判」と呼ぶのですが、パリスが選ばれた理由は依然雄牛の判定会で公正公平な審判をしたことが評価されたからです。

さて、三人の女神たちはそれぞれがパリスに賄賂を贈ることを申し出ます。ヘーラーは「有力な国の王位」を、アテーナーは「戦いに勝利する力」を、アフロディーテ(=ヴィーナス)は「最も美しい女」を約束します。そして、パリスはアプロディーテを選ぶのですが、この時の「最も美しい女」というのは、すでにスパルタ王の妻となっていたヘレネーです。

こうして、ヘレネーはスパルタからトロイに連れて行かれ、これがきっかけでトロイア戦争(スパルタとトロイの戦争)が勃発することになってしまうのです(トロイア戦争を描いたの映画に「トロイ」というのがあったけれど、それはちょっと神話的でないのだそうです)。

音声ガイドでこんな説明を聞きながら、その題材をとった絵画や双耳壷(アンフォラ)を見ることになりますが、この双耳壷(アンフォラ)を見ながら、わたしは高校時代の教科書の載っていた西脇順三郎のことを思い出していました。具体的な作品は思い出せなかったのですが、なぜだか、黄色い双耳の壷がイメージされたのでした。

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 → 「見どころ」より


それ以外にも、火と鍛冶屋の神ウルカヌス(=へファイストス)と結婚したものの軍神マルス(アレース)と熱愛をして、エロースをもうける話や、そのエロースのエピソード。恋の相手になった、アドニスの逸話や、アンキセスとその子アイネアースの話(ローマ開国の祖なんだそうです)話など、美術鑑賞をしながら、ギリシア・ローマ神話の世界に浸ることができます。

なんでしょう、ちょうど疲れていた心身をゆったりと癒してくれるような、そんな非日常の時空への小旅行ができます。

ゴーギャンの時も思ったのですが、8月30日まで開催の「ノリタケデザイン100年の歴史」は圧巻です。見る価値あり。
noritake.jpg
 → 公式ページ
 ※「ヴィーナス展」のチケットで見ることができます。

□■NOTE■□■□■□■□■□■□
会場:名古屋ボストン美術館(金山駅前)
 → 公式ページ
期間:2009年7月18日~11月23日
時間:10:00~19:00、土・日・祝・休日は10:00~17:00(入館は閉館の30分前まで)
休館:毎週月曜日(祝・休日の場合はその翌日)
料金:入館料/一般1200円、シルバー・学生900円、中学生以下無料
 → ホームページに割引券・ケータイページにも割引画面あり。
■□■□■□■□■□■□■□■□

そうそう、ここまで律儀に紹介することもないのでしょうが、ノリタケ展が終了した後、「よみがえる400年前の輝き —名古屋城本丸御殿障壁画復元模写展— 」(9月19日~11月23日)というのが始まるようで、「ヴィーナス展」と併行して見られるようです。
 → 概要はこちら

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「ゴーギャン展」~名古屋ボストン美術館

2009-06-05-Fri
名古屋ボストン美術館には正直初めて行きました。金山駅はよく乗換えで利用するし、スタバとか、回転寿司とかよく利用してたので、前はしょっちゅう通過していたのですが、今ひとつ、興味のある展示がなかったりしたので。それに、なんとなく、存続が危ういというようなニュースも読んでいたこともあって、しょぼいというイメージがあったのですね。
 → Wikipedia:「名古屋ボストン美術館

ところが、今回のゴーギャン「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」(長いですがこれがタイトルです。米国外へは過去に2度しか出ていないそうです)は、ゴーギャンの「最高傑作」にして本邦初公開(このあと東京の国立近代美術館にいくようです)、名古屋ボストン美術館の開館10周年の記念展覧会なんです。普段は地味だが、結婚式は派手という、倹約というか、見栄っ張りというか、それが名古屋人気質なんですけど、まさに10年の節目の周年記念展覧会なんです。力が入っています。

我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか

メインの「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」は大作です。

どう見ましたか?

ここからはわたしの鑑賞です。まず、幻想的な青が印象的です。そこにいる人々は、最も生き生きとしている、中央でリンゴを授かる女性さえ笑みがありません。すべては、深く濃い青い闇のベールを蚊帳のようにすっぽりとかぶせられたという感じです。中央左の、神の像でさえその鬱々とした闇をどうすることもできないのです。世界のすべてを覆い、人生を貫く鬱々とした闇のドームの外では、無関係に黄色い太陽(フランスでは普通太陽は赤くありません)が照っているということを、両端上の印象的名黄色が表しているようです。

この作品は、ゴーギャンが10歳の愛娘(まなむすめ)を亡くし、妻からも離婚を告げられた後に作られました。画家としての技術面ではピークを迎えながら、内面は深い哀しみ、喪失感、絶望感、虚脱感、挫折感、不信感、自己否定などが渦巻く、まさに修羅の中で作られた作品なのでしょう。

絵の解釈は、日本の絵巻や屏風的です。絵の右から左へとテーマが流れていきます。三分割して、タイトルと照らし合わせて鑑賞するのがいいようです。画面右側の子供と共に描かれている3人の人物は人生の始まりを示しています。つまり、「我々はどう生まれ」、中央の人物たちは成年期をそれぞれ意味しています。つまり、「我々はどう生き」。最後に左側の人物たちは「死を迎えることを甘んじ、諦めている老女」です。「我々はどう生き終えるか」ということです。ゴーギャン自身の言葉によると、老女の足もとでは「奇妙な白い鳥が、言葉がいかに無力なものであるかということを物語っている」のだそうです。

この作品についてゴーギャンは「これは今まで私が描いてきた絵画を凌ぐものではないかもしれない。だが私にはこれ以上の作品は描くことはできず、好きな作品と言ってもいい」としています。そして、未遂に終わるのですが、この作品の完成後ゴーギャンは自殺しようとしているのです。
 ※参考 Wikipedia:「われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのか

展覧会は、ゴーギャンが印象派の影響の下に本格的に創作を始めたブルターニュ時代の作品、印象派から離れ独自の作風を模索していた頃の作品、そして、有名なタヒチ時代とタヒチの成果をフランスに持ち込もうとした時期やその頃の版画連作などを展示、ゴーギャンの作品を時代ごとにたどりながら、メインの「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」との関連を見せるしくみにもなっています。

今までゴーギャンがそれほど好きでなかったのは、有名な「かぐわしき大地」(→大原美術館:Web展示室)の女性が、わたしにはあまり魅力的でなかったからでした。ところが今回の展覧会で見て、赤い翼を持つトカゲのような怪物(怪鳥「キマイラ」らしいのですが)の存在と、花を摘む意味を知ることができたのは幸いでした。だから、この絵が好きになったわけではありませんけれど、それはゴーギャンを理解するうえで収穫でした。

木彫レリーフの「恋せよ、さらば幸福ならん」(写真はここで見られます)も印象に残っています。というか、欲しいです。(笑)

名古屋ボストン美術館のページから展覧会の情報を転載しておきます。
■NOTE
展覧会名 「ゴーギャン展 -我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか-」
 会期 2009年4月18日(土)~6月21日(日)
 会場 名古屋ボストン美術館 4階ボストンギャラリー
 主催 名古屋ボストン美術館・ボストン美術館・NHK名古屋放送局
 入館料金 一般 1,200円(1,000円) シルバー・学生 900円(700円) 中学生以下 無料
     ※( )内は前売/団体(20名様以上)および平日17:00以降の割引入館料金。
     ※シルバーは65歳以上 シルバー・学生の方は証明書をご提示ください。
     ※中学生の方は生徒手帳のご提示をお願いしております。

「関連企画」となっていますが、このあと、「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」は東京国立近代美術館でも展示されます。全体的な展示内容は異なるそうですが、参考までに情報を書いておきましょう。

■「ゴーギャン展」
会期 2009年7月3日(金)~9月23日(水・祝)
会場 東京国立近代美術館(千代田区北の丸公園3-1)
主催 東京国立近代美術館、NHK、NHKプロモーション
特別協力 ボストン美術館、名古屋ボストン美術館
Webサイト http://www.gauguin2009.jp/

※そうそう、書き忘れました。同時開催で「ノリタケデザイン100年の歴史」を開催しています。実は、陶磁器など興味もなく、見てもしょうがないと思いましたが、ちょっと時間があったし、追加料金も必要がなかったので、ちょっとのぞいてみるかという気分で入りましたが、凄いです! 圧倒されます。燦然と輝く豪華陶磁器。美術品であり、実用品であり、そして、財宝であるという感じさえしました。

興味がなくても、時間がなくても、ちょっとのぞいてみることをお勧めします。重苦しいゴーギャンから解放されたということもあるのかもしれませんけど、とっても印象に残りました。
 ※「ノリタケ」が見られるのは東京でなく名古屋の方です。念のため。



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源氏物語千年紀「石山寺の美」展~岡崎市美術博物館

2008-10-16-Thu
石山寺をご存じでしょうか? 滋賀県大津市にある真言宗の古刹です。「紫式部が源氏物語を書いた寺」とわたしは覚えていましたが、厳密に言うと「紫式部が石山寺参篭の折に源氏物語の着想を得たとする伝承がある」くらいの方がいいようです。もう、ずいぶん前に石山寺に行ったときに、紫式部の蝋人形(これまた人形であるかどうかも厳密にはわかりませんけれど)があったので、大雑把に、「紫式部が源氏を書いた」と記憶していたものです。いずれにしても、史実はどうあれ、石山寺の側では「紫式部や源氏物語ゆかりの寺」として売り出していることは、今さらいうまでもなく、また、わたしのような(寺にとっては)好都合な誤解をする人も少なくないだろうと想像します。「源氏物語誕生1000年」と言われる本年、石山寺ではそれにちなんだ企画を次々としていることも、それを物語っています。
 → 石山寺のWebサイト
 →  〃 イベント案内ページ

さて、わたしがよく訪れる岡崎市美術博物館でも、この10月11日(土)から、「石山寺の美 ―観音・紫式部・源氏物語」という企画展を開催しています。
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 → 岡崎市美術博物館:「現在の展覧会」

1時間~1時間半もあれば、それなりに丁寧に見てもみられるので、日帰りというか、「展覧会と食事(もしくティータイム)」くらいの日程でいくのにちょうどいいです。今回の「石山寺の美」展では、石山寺の本尊(如意輪観音坐像)や、重要文化財「石山寺縁起絵巻」、本尊の観音像内納入品の二体の観音仏立像、秘奥の「薫聖教」(国宝)など、石山寺の貴重な宝が陳列されるとともに、源氏物語や紫式部に関する展示も豊富にあって楽しめます。

わたしが記憶に残っているのは、蛇頭人身にして、三面十臂の弁天を中心に描き、七眷族(けんぞく)と十五童子を描いている「天川弁才天曼荼羅」(室町時代)でした。こんな曼陀羅は初めて見ました。所謂「曼陀羅」でイメージするような、多くの仏様が同心円上に配置されていたり、方形の舛目に配置されていたりするものではありません。まず、中央に立っている弁才天が異形です。コブラをおもわせるような蛇の頭を三つ持つ人身なのですが、手が十本あります。これが「蛇頭人身にして、三面十臂の弁天」ということですね。そして足元に水天と火天を、両サイドに吉祥天と訶梨帝母(鬼子母神)、そして、両肩と正面下の三つの蛇、つまり4人天女と3匹の蛇(の形をした仏?)を配置します。これが七眷族です。「眷族(けんぞく)」というのは、「親戚、同類、仲間」くらいの意味です。

そしてその背景には天川の三つの山がおかれ、手前には十五人の童子が、弁才天をあがめるように左右二郡にほぼ等分して配されています。こんな「曼陀羅」初めて見ました。

なんとかイメージを伝えようと検索してみましたが、こちらのページに、同名同テーマの「天川弁才天曼陀羅」の写真(部分)と解説が載っています。十五童子の記述がないので完全に同じものかどうかはちとわかりません。その続きのページに長谷寺や高野山(親王院)、六角堂などにも同様のものがあることが書かれていますが、珍しい曼陀羅です。

源氏・紫式部の関係では、絵巻や屏風、掛け軸などが並ぶ、源氏の世界のように、まさに優雅で華やか印象です。その大半は大和絵です。大和絵とは平安時代に発達した、日本画の伝統流派です。大和絵の持つ美しさ、それはさまざまでしょうが、豪華さ、華やかさ、繊細さ、はかなさを味わうことができます。「土佐○○」という土佐派(大和絵のメイン流派)の作品が並びますが、多くは江戸時代のものでした。こんな作品を作り続けた人たちはどんな環境にあったのだろう、どんな財政的な援助があったのだろうと、作品よりも背景が気になったりしますw。

また、コーナーの入り口近くに配置された大きな「紫式部聖像」の肖像は色あせて、美しいとは呼びにくいものになってしまっています。上部の賛や背景に書き込まれている源氏物語縁のさまざまなアイテムは、大半が消えているも同然、式部の顔さえ薄汚れ、剥げた能面のようです。しかしその大きさは、圧倒的です。こんなに大きな紫式部の姿がこんなふうに描かれているというのは、掛け軸のようなインテリア的なものではなくて、石山寺が紫式部ゆかりの寺としてずっと人気があった、また、寺側をそれを売りにしてきたのだろうと想像されます。「伝紫式部筆大般若経(巻大百三十六)」というのもありました。年代は鎌倉時代です。紫式部のものであるはずはないといえばそうなんですが、「紫式部が石山寺で源氏の着想を得た」ということ自体も、どのくらい本当で、どのくらい伝聞なのか、また、なぜそんなことが人々に伝わっていったのか、いろいろ考えさせられますよね。だって、そもそもどこで着想を得ようと作品には関係ないわけだし、ここで着想を得たと言われて嬉しいのは、石山寺ですよね。○○の墓所、○○発祥の地なんていう地域興しって今に始まったことではなかったんでしょうね。

「石山寺の美 ―観音・紫式部・源氏物語」展はおもしろく目を楽しませてくれる、まさに石山寺が紫式部と源氏物語と深い関係にあるということを思い知るわけなのですけれど、こういう言い方をすると失礼ですが、そもそも籠もっている間に着想を得た程度のことが、「石山寺」「紫式部」「源氏物語」さらに「月」というキーワードの組み合わせによって、「聖像」と呼ばれるような肖像ができたり、伝紫式部筆の写経が出てきたり、まさに期せずして本来の信仰とは別の世界を生み出しているわけで、そこがおもしろいです。それは、一つのセットとして扱われ、たとえば「紫式部観月図」という同モチーフの作品を、いろんな画家たち書いています。時代を超えて制作意欲を湧かせるモチーフとなり続けているわけで、なにかこう、紫式部の伝説的魅力というものを改めて感じます。

それは、現代でも同じです。「源氏物語千年紀in湖都大津」として、いろいろなイベントが企画されている中で、紫式部をイメージしたロボットMURASAKIが、この石山寺で展示されていることです。(斜め読みする人のために書きますが、岡崎市美術博物館の「石山寺の美 ―観音・紫式部・源氏物語」展でロボットが展示されているのではありません

 → 源氏物語千年紀 in 湖都大津
 → 石山寺:源氏夢回廊
 →  RobotWatch:「高橋智隆氏、紫式部をイメージしたロボット「MURASAKI」を発表~源氏物語千年紀 in 湖都大津

映画やアニメはもちろんとして、もう、ロボットの世界にまで、紫式部や源氏物語はモチーフになってきてるわけなんですね。
ロボットの天才
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3 とても魅力的な筆者で、わくわくはできる本。しかし、本人の業績と本の出来、内容は別物。
5 天才って 自分のこと?
4 ロボットざんまい
5 カロッツェリア風ロボットデザイン


大津に行ってMURASAKIを見たくなるし、源氏物語も読みたくなるそんな展覧会でした。



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「誌上のユートピア」展~愛知県美術館

2008-07-08-Tue
愛知県美術館で開催中の「誌上のユートピア 近代日本の絵画と美術雑誌 1889-1915」展に行ってきました。
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 → 愛知県美術館のサイト
 → 美術館連絡協議会:「誌上のユートピア」のページ

19世紀末から20世紀初めにかけての約25年間、まさに世紀末から新世紀へという、夢や希望にあふれる時代だったのでしょうが、科学技術の発達もあってさまざまな変革ががあったわけです。美術の歴史のなかにおいても「美術雑誌」が、印刷技術の発達とあいまって、盛んに作られ、また注目された時代だったようです。この「誌上のユートピア」展は、その時代の日本の美術雑誌を多数紹介しながら、「その芸術的価値を再認識し、同時代の近代絵画にも注目しながら、それらが相互に共鳴するさまをご紹介しようとする愛知県美術館の「見どころ」のページより)というのが中心です。

まず、サロメのピアズリーほか、ドイツやイギリスの「美術雑誌」が展示され、ヨーロッパの美術雑誌が紹介され、それが日本における『明星』や『方寸』などへのつながっていったというような感じで展示されているのだと解釈しました。わたしは美術展などは、好きでときどき見に行くのですけれど、今回の展覧会はとても興味深いものでした。

日本の近代の詩歌は、浪漫主義(「明星」「白樺」など)、写実主義(「ホトトギス」、「アララギ」)、象徴主義(朔太郎)などという文芸思潮で語られるのですが、美術的な展開もよく似た流れになっていたのだということが納得されました。『明星』の実物が見られ、一条成美(第6号表紙)が展示されて、10冊余りおの藤島武二の表紙が並びます。風俗壊乱で発禁になったという、一条成美の8号の挿し絵が見てみたかったですが、なかったのは残念です(この発禁処分の責任を取って一条成美は退社、藤島武二が表紙を担当するようになったのです)。
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5 贅沢な文庫本
3 平凡ではないけれど、充実した生き方
4 大胆ですな
5 イメージが髣髴と湧く素敵な詩集
5 そのときにしか詠めない歌を

▲この「みだれ髪」のデザインも、まさにアール・ヌーボです。


「白樺」の表紙はそれほどでもなかったのですが、北原白秋の詩集「邪宗門」の挿絵や、蒲原有明の「春鳥集」(読んだことはありませんでしたが)見られたのはおもしろかったです。美術と詩歌が非常に近かった時代だということを感じました。そして、恩地孝四郎や田中恭吉の「月映」と朔太郎「月に吠える」が最後のあったのですが、なんだか、ちょっと付録みたいな感じがしました。象徴主義ということになるのでしょうが、「明星」ほどの華やかさがないのですね。「三越」のようなのびやかな感じや、神坂雪佳のあたたかさもない、「月映」や「月に吠える」には、隠花植物のような、日陰というか、闇に光るというか、そういう、暗さが特徴のように思いました。うまく言えませんけれど。

個人的に作品としておもしろかったのは、岡本伊作の「宇宙」と田中恭吉の「バラの棘」。

「バラの棘」はなぜだかこちらに大きな画像がある。最初はバラの棘で顔が傷だらけかと思ったのだけれど、よく見たら顔中に「バラの棘」がくっついているということのよう。この女の人(?)はバラの精かなにかなのか、ま、「美しいものには棘がある」という言葉そのものを作品にしたのかもしれないのだけれど、この人の、ちょっとイタズラっ子のような目もいい。

「宇宙」はなんというか、「色鮮やかに輝くエネルギーの奔流」をそのまんま絵にしたような、すごい作品でした。習作なんだそうです。なんか、論文というか意見文の載ってる雑誌(「芸術と科学」だったかな?)が展示されていて、ガラス越しに読んだら、「写実を書かないわけではないが、写実を書いていると心だけではなくて、その回りのものも書かなくてはならなくなって、本当に書きたい心が薄れていく。本当に書きたい心だけを書くには抽象画でなければならない」みたいなことが書いてあって、ああ、理屈っぽいが、わかりやすかった。この文章を読む前に、「宇宙」を見たわけだけれど、まさに、闇に光る星々の総体が宇宙の写実なんだろうけれど、それは宇宙の本質じゃなくて、無限のエネルギーの奔流こそが宇宙の本質だと表現したいんだと思ったので、とても興味深かったのです。

そして、合わせていうと、これは、朔太郎の詩論にちょっと似ているんですね。朔太郎は「月に吠える」の序で確か、水を恐れる人を使って「詩とはなにか」を説明していました。「水が怖い」ということが言いたいのでなくて、「どういう具合に怖いのか」ということを表現するのが(朔太郎の)詩だと。

メインは藤島武二や「三越」、神坂雪佳なんでしょうけれど、わたしには、恩地孝四郎や田中恭吉の隣に西村伊作が展示されているがとてもよかったと思われました。それは、偶然か必然か、あるいは展示者の意図かはわかりませんけれども。

というわけで、いつか田中恭吉か西村伊作を尋ねるチャンスがあったらいいと思います。


▲今回の目玉の一人。神坂雪佳。

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