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David the smart ass

心のダイエット!~時には辛口メッセージを~

教育偽装6~必修科目未履修よりもいじめと自殺

2006-11-02-Thu
「教育偽装」などをシリーズ化して楽しんでいたら、「出人さん、子どもの自殺はどう思うの?」とメールが来た。

ふっと思った。そうか、現在の教育問題を考えるときに、「いじめと自殺」の方が大切な問題なのか……と。それを、興味本位に「必修科目未履修問題」をとりあえげていたわたしは、お馬鹿だったんだろうかと一瞬ヒヤリとした。

一応言いわけがましく書いておくと、「必修科目未履修問題」は「現時点で、全高校の1割が関係する」(→参照記事「必修科目の履修漏れ、全高校の1割に 文科相答弁」)非常に広範囲に及ぶ、「事件」だということである。この記事の中で伊吹文科相は「必修科目の履修漏れ、全高校の1割に 文科相答弁」と述べたともある。

そうなのだ。他県のことはともかく、わが愛知県では、現時点(10月31日)までで教育委員会が一応ファクスや電話で調査を実施し10校で未履修が明らかになっていたが、他校でも未履修があるとの情報が寄せられていることから、立ち入り調査をすることを決めた。(→中日新聞の記事「全県立高対象に立ち入り調査へ」

そうでもしなければ終わらないだろう。おそらく実際のところを考えると、「事なかれ主義」という言葉もあるように、この問題に限らず関係者は面倒なことにはなりたくないと思っているに違いない。つまり、学校はバレたくない、役所(教育委員会、文科省)はこれ以上数を増やしたくないと思っている。生徒や保護者はこの時期に補習なんてまっぴらだと思っている。「なんとかうまくやって進学に有利にしたい」という思惑で一致していたのが、同じように「このままうまく切り抜けたい」という思惑で一致しているわけだ。だから、みんなで渡り始めたこの赤信号をなんとか渡りきりたいと思っていると思う。

たしかにそうなれば都合がいい。しかし、2月ごろになって発覚した場合にどうなるのか。秋に発覚した学校がきちんと補習をやって卒業を認定しようという時に、また、補習の時間の上限をめぐって救済策を国のレベルで検討してしまっている(→関連記事)わけだし、校長の中には自殺した人までいるという重みがある。今まだ隠していて、補習が間に合わない中で発覚してしまったら、生徒はもちろん、学校だって救われない。

まだほかにもあるんじゃないか?」、「うちもバレたらどうしよう……」では次に進めないのだ。うちのブログもこんな騒ぎはもうやめたくなってきた。政府も救済策を検討して、ちょっとよくわからないが、「上限を70時間として、50時間以上+レポートでも可」としたようだ。それはけっこうなことだ。(→関連記事

「補習やりたくても先生がいない」(→関連記事)という混乱もあるようだが、方針が決まればいろいろつじつまを合わせていくことはなんとかなる。出口が見えれば、ま、不平不満を口にしつつ、災いを転じて福となすこともできるのだ。

高校がせねばならないのは「補習」ではなくて信頼回復なんです。

●関連サイト
 → "必修科目逃れ”Wiki~高校リスト
 → 奥村弁護士の見解「「必修逃れ」の刑事責任」


「いじめと自殺」は追記にします。

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容疑者死亡の少年犯罪と報道

2006-09-09-Sat
山口県周南市の徳山工業高専で中谷歩さんを殺害した容疑で逮捕状が出されていた、同級生の19歳の男子学生の遺体が発見されました。被害者の冥福を祈るとともに、容疑者の自殺により、動機などが明らかにされることなく、事件が終焉を向かえたことに、ますます被害者のご両親は救われないだろうなという思いがしました。

追加の報道によると、19歳男子学生は犯行直後、そのまま量販店で自殺用のロープを購入して、位置的には学校と自宅の間にあたる山林で首を吊ったようです。被害者の冥福を祈るのはもちろんですが、それとともに、この場合も、とりあえずは「容疑者の冥福も祈る」とも書くものなんでしょうか。それとも「俺は冥福を祈ってやらない」と書くのがいいんでしょうか。そこはちと迷います。

さて、少年の死後、少年の実名や顔写真について公開して報道するかどうかということで、マスコミの対応がわかれたのは興味深いことでした。というか、横並びでなく別れたのが、わたしにはおもしろく、また、嬉しかったです。いろんな意見があっていい。

わたしは、少年法の趣旨が「少年の更生」であるので、容疑者が死亡した団塊で、少年法の理念を理由に実名や顔写真を公開しないというのはおかしいと思っていました。むしろ多くのマスコミは、よしこれで禁止するモノはなくなったぞとばかりに、どこも競うようにして掲載するだろうとふんでいました。

ただ、そう予想は立てていたのですが、いったい今さら報道してどういう理由があるんだろうとも同時に思っていました。今さら、名前を知って、写真を見て、だからどうよって、ま、思わなくもない。せいぜい、遺体が発見される前にネットに流れていた名前や顔写真のネタが、ガセだったか、本当だったかを確かめるくらいしかないぞ(笑)と。

実際、購読している読売新聞の朝刊第1面で顔写真と名前が載っていたのですが、一番最初に思ったのは、「あ、やっぱり載せたか?」という、「扱い方」に関してなんかコメントしてないかという方が興味があって、その後になって、19歳の学生の顔写真を見て、ふ~ん、わりと普通の子だったなと思い、名前に至っては記憶に止まりませんでした。

したがって、毎日新聞がマスコミ各社の報道ぶりをまとめた記事は、非常に興味深くみました。

まず、毎日新聞の見解。

 毎日新聞は、少年法の理念を尊重し、事件発生以来、容疑者の少年を匿名で報じてきたところ、少年の死亡が確認されました。新たに重大な罪を犯すなど社会的利益を損なう危険性もなく、匿名報道を続けています

 少年事件の報道に当たって、毎日新聞は、個別の事件ごとに多角的に取材し、法の理念を踏まえ総合的に検討して紙面化しています。従来から報道指針として、少年事件は匿名を原則としていますが、新たな犯罪が予測されるときや社会的利益の擁護が強く優先するときなどは実名で報道することもある、と定めています。今回の事件はこの例にあたらないと判断しました。

なるほど。一理あります。「今さら公開することに意義を感じない」という点はわたしの感覚と同じです。

これは朝日新聞、日経新聞、産経新聞、山口新聞などにも共通しています。いわば、「少年犯罪は匿名報道が原則で、それを実名で報道するには再犯などの危険性があるなど特例的な措置で、死後もその原則をあてはめる」と考えていると言えるでしょう。NHKは死後のことに関してコメントしないので、こっちに近いのでしょう。

一方、実名報道した三社(読売新聞、日本テレビ、テレビ朝日)の意見も紹介されています。細かないいまわしはもちろん違いますが、「死亡により少年法の規定(61条)の対象外になった」ということと、「19歳という年齢(ほぼ成人)」「事件の凶悪さ、重大性、社会性」などの3点をその理由としてあげています。

また、匿名報道を続けている中には、東京新聞のように「取材拠点のない地域の事件」という理由で、共同通信の方針に従うというところもあります。あるいは独自に写真が手に入っていないのかもしれません。

この共同通信の考え方は「死亡で少年法の影響はなく、実名報道に切り替えることも可能だが、あえて実名を報道する理由が疑問」というもので、わたしの考えにもっとも近い。そして、いわば読売的立場と毎日・朝日的立場の中間と言えるでしょうか。共同通信のほか、TBSはこっちに近いと思います。

時事通信は「少年の自殺報道」という原則にあてはめています。「自殺報道で家族の名誉を傷つけるケースでは匿名で扱ってきた」という。これも一つの見識でしょう。さらに「容疑者死亡で少年法の規定の対象外になったともいえるが、今回は容疑者が今後裁判で釈明する機会も失われており、総合的に判断した」んだそうです。けっこうなことで。でもこの理屈なら、少年に限ることはないですよね。成人の自殺報道でも言えるし、成人の容疑者死亡でも言えます。

テレビ東京は「19歳という年齢を考慮すると、実名報道に切り替えるかどうか議論のあるところだった。しかし、本人の死亡で事件の真相解明は困難な状況になっており、罪が確定できない段階では少年法の趣旨を尊重する結論になった」んだそうです。死者にも少年法の趣旨をあてはめようという、毎日・朝日に近い立場かもしれませんが、ちょっと変。罪が確定したら(たとえば遺書でも出てきて)、報道するの? 成人の容疑者死亡で真相解明困難で罪が確定できないときは報道するの? その根拠は?と聞きたくなります。

あと、フジテレビ。「総合的に判断した」だけしかコメントしてません(笑)。ちょっと無責任かも。マスコミとしてちと恥ずかしくないの。問題外~。

ちなみに、週刊朝日は実名報道だそうです。
→ 「朝日新聞は匿名でも週刊朝日は実名報道…高専生殺害

そうそう、週刊新潮は9月7日発売(遺体発見前)にすでに、実名・顔写真報道でした。(少年法61条に罰則の規定はないようです)
→ 「高専生殺害の手配少年、週刊新潮が実名と顔写真掲載」 

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