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David the smart ass

心のダイエット!~時には辛口メッセージを~

「山本糾 光・水・電気」展&「みえるもの/みえないもの」展~豊田市美術館

2012-03-17-Sat
豊田市美術館に「山本糾 光・水・電気」展に行ってきた。

山本糾を知っていたわけではないけれど、ふっと見かけた「落下する水」のポスターがとても興味深かったので。


yamamototadasu_pic01.jpg
→ 豊田市美術館:企画展:山本糾 光・水・電気展のページ


運良くギャラリートークにタイミングがあったので、学芸員の解説を聞きながら1時間くらいかけて見ることができました。山本糾は、エイトバイテンの大型フィルムを使って撮影していて、その大多数の作品はモノクロである。幾つかのシリーズを併行して撮り続けている。そのテーマは今回の展覧会のテーマにもある「水」や「光」などで、それは山本の生涯を通じてのテーマといってよい(一部意訳)というような話を聞きながら、具体的な作品の特徴を見ながら回った。

写真展をこうしたガイダンスを聞きながら見るという体験は初めてだったが、気に入った写真を撮るために、その場所に行き、その時間まで待つというような、そういう準備の苦労というか、裏話的なことが、とても参考になった。もちろん、数分の我慢なら、わたしも普段写真を撮るときにしたこともないわけでなく、プロは職業だから、それを時間単位、日にち単位でしてるだけと言えばそれまでなのだが。

展覧会全般を通じて、気に入った作品というか、印象に残った作品は、「考える水」のシリーズと、海岸の岩を撮った庭のシリーズ(→これ)、そして、最も初期の作品群であるガラス瓶のシリーズだった。もちろん、ポスターになっていた「落下する水」のシリーズは、ポスターの段階からインパクトがあった。二枚をつなぎ合わせた写真だが、あえてきちんとつなぎ合わせることでなく、デフォルメしたというと語弊があるが、あえて位置をずらしたり、倍率を変えているようなつなぎ合わせて、滝(落下する水)の迫力を表現している、学芸員の「単なるスナップ写真でなくて表現」という言葉がしっくりした。

「ガラス瓶」は山本糾にとっては最初の作品群で、ま、光と水と写真という切り取られ閉じた世界がそこにあるということだった。なるほど。作家は最初のテーマを生涯さまざまな形で追窮していくと言った人がいたが、山本糾の「ガラス瓶」もまさに同じだったということだと思った。

□■□■ NOTE □■□■□■□■□■
会期: 2012年1月7日[土]-4月8日[日]
休館日: 毎週月曜日[祝日の場合は開館]
会場: 豊田市美術館 展示室1-4
観覧料: 一般1,000円[800円]、高校・大学生800円[600円]、小・中学生無料
→ 豊田市美術館:企画展:山本糾 光・水・電気展のページ

※山本糾プチリンク集
朝日新聞デジタル:「山本糾 光・水・電気」展 明暗織りなす異形の水 - 文化トピックス - 文化
・雨引の里と彫刻:山本糾資料室
・GALLERY HASHIMOTO:山本糾のページ
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写真展「PHOTO IS」~全国7都市で開催

2006-06-29-Thu
「写るんです」のようなレンズ付きフィルムが売れて、カメラが身近になった時期がありましたね。今ではケータイ電話の多くがカメラ付きになり、誰でもカメラを持ち歩く時代になっていると言えるますね。プリクラも写真だし、デジカメもコンパクトで高性能なものや、本格的な一眼レフタイプのものまで、広く発売され、人気を博しています。わたしもコンパクトタイプのやつ、いつも持ち歩いてます。思うに「魂を吸い取られる」と言われて始まった日本の写真の歴史の中で、おそらく今ほど誰もが被写体になり、誰もがカメラマンになる時代はなかっただろうと思います。そういう意味では本当に写真が身近になってますよね。

そんななかで、「あなたにとって写真ってなに?」と、改めて参加者に問い直す、ユニークな写真展が、今まさに開催されようとしています。「『PHOTO IS』10,000人の写真展」です。一人一人に「あなたにとって写真とは?」と写真の価値を問いかけるというコンセプトに立った、全く新しい、日本最大級の参加型写真展です。

すでに一般からの応募は締め切られ、6月30日より、全国7都市(東京、札幌、仙台、名古屋、大阪、広島、福岡)で展示が開始されます。市民応募作以外にも、写真家や著名人の作品も展示されるということで、たくさんのいろんな写真を見ることができるでしょう。ご当地名古屋に来るのは、7月19日~8月1日。ちょっと興味があるんで、都合がついたらでかけてみたいです。

東京会場では中村征夫フォトライブ(7月2日)写真教室「恵比寿ぶらり撮り歩き」「親子写真教室」(7月1~2日)といった写真の魅力を実感するイベントも開かれる予定ですね。

東京会場となる東京都写真美術館といえば、「横須賀功光の写真魔術展」を見に行った、思い出の地です。あれはびっくりしました!写真じゃなくて、写真を素材にした美術作品だとわたしは思いました。まさに「写真魔術」と呼ぶ意味がわかりました。
光と鬼―横須賀功光の写真魔術
横須賀 功光
PARCO出版 (2005/12)

わたしには、そんな横須賀功光みたいな写真はとれませんけれど、今ではコンパクトなデジカメを持ちあるいています。おもしろそうなものをパチリとやることにしています。最近では、少し山辺を歩いていてこんなふうに羊歯が群生していたのに出くわしました。
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この緑、このうねりぐあい、けっこういい感じです。なんの加工もしていませんよ。そして、こうして前面から角度を選んで撮るだけでなくて、裏に回って、下から空を見上げるようにして、ほら、こんなふうに撮ったりするようにもなりました。
sida01.jpg

こうして、どっちかというと植物を多く撮るのは、FC2でblogをやるようになって知った、ひとりのブロガーの影響です。BADRUNです。わたしは、たびたび記事に書いたり、ちゃっかりブログのトップの絵にもらったりしているのですが、BADRUNにあこがれて、BADRUNみたいな「滴る植物」がいつか撮りたいと思っています。

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横須賀功光の写真展「光と鬼」

2005-11-22-Tue
横須賀功光って写真家がいました。2003年に65歳で亡くなったそうです。こないだですね。そもそもこの字が読めません。「よしみつ」なんてあて読みしてました。「のりあき」と読むのだそうです。

わたしはこの人別に知りませんでした。こないだ、名古屋市美術館に行って「ポップアート展」見に行った折に、11月19・20日の上京に際して何かいいイベントでもやってないかなと思って探したら、『横須賀功光の写真魔術「光と鬼」』ってのがあることを知って、お、なんか凄そうって思いました。「写真魔術」なんて題名つけられませんよ、はったりでも。これで陳腐なものだったら、立ち直れませんからね。で、出かけました。


凄いです(笑)。笑ってはいけません。笑ってしまうのは、わたしの無知を自嘲しているのです。おそらく横須賀功光の写真家としての歴史を全貌できるようにという視点からもつくられているので、もちろん初期の作品もあったのでしょうが、実験的な作品というのは、あれは「写真」ではありませんね。カメラとフィルムと印画紙と感光液をつかった美術作品です。だから、「写真魔術」と言ったのでしょう。


わたしはすぐに、マーベリングという言葉を思い出しました。写真の現像の過程を全く知らないわたしですので、どこでどうやったらそういうことができるものかわからないのですが、本来の写真の現像なら、ミスであったり、なにかが不足であったり、過剰であったりして、ぼけたり、にじんだり、色が出なかったり、白すぎたりしたものを、それをミスだと片づけずに、新しい写真の表現法だと感じとり、それを追究していったのでありましょう。それは写真の常識を覆されます。

これだけで、わたしの言いたいことは言ってしまったのですが、たぶん、見てない人には伝わらないのでもう少し書いてみると、「写真」の原点は「美しい景色なりなんなりをそのまんま残す」ということにあると思うのです。その名前の通り「ありのままに写す」というか。そもそもこれは固定観念なんですが。しかも、「写真」という言葉にとらわれすぎている感があります。

ただ、報道写真はこの姿勢が必要だと思うのですが、ポスターの写真とか、カレンダーの写真となるといくら演出してもいいわけです。たとえばモデルを使ってる撮る。写真家はモデルに注文をつけられます。気に入った背景を用意し、化粧やポーズを、光の効果などの演出までして、そして、ありのままを写すわけです。そんなものは、ありのままでもなんでもなく、報道であれば「やらせ」と攻撃されてしまいます。

また、見合い写真などでは、よく知らないのですが修正をほどこすということがあるそうです。フィルムを加工するのかどうするのか知りませんが、それでも「写真」という言葉のおかげで、真実を写したと思わせることができますよね。

さらに最近のデジカメの技術というか、フォトレタッチの技術では、色合いや明暗、シャープさなども調整できるし、コラージュなどもなんでも気軽にできるわけです。最近騒ぎになった「月とコウノトリ」とかもできちゃうわけです。

かくも自由に、自分のイメージや技術で編集できるわけです。そういうことはわかっていたのですが、それでも、なんというのでしょう、対象の美しさ(時には凄惨さ、寂しさその他いろいろ)を表現しようというのが写真だと思うのですが、横須賀功光はさらに別のレベルに行ったのだと思います。作品展のガイドで松岡正剛が「天才」だと書いてましたが、そのとおりと思いました。

写真の技術を全く知らないわたしが、これ以上書くのは大きな誤解を招き、間違ったことを伝えてしまいかねないのですが、それを承知であえて書くと、おそらく、横須賀功光は感光液と印画紙を工夫することで、「対象の美しさをそのまま伝達する」ということではなくて、「さらなるデフォルメを加えて表現する」ということを試みたのだと思います。横須賀功光の一部の作品群は、もはやあれは写真ではなくて、写真魔術というか、「カメラとフィルムと感光液と印画紙その他をつかった、美術作品」っことになるのではないかとわたしは思いました。

ただ、恥ずかしいのですが、わたしがここで感動して書いている「写真じゃない」といってる作品は、もう20年も前の作品なのです。つまり、写真に関わっている方たちは、すでにそういう体験をしていて、自分なりの評価やお考えもお持ちなのだろうということです。わたしはたまたま旅のつれづれに訪れた写真展で、びっくりして書いているに過ぎず、わたしの無知をさらけ出しているかもしれないのですね。

もちろん、そんな難しい写真ばかりではありません。横須賀功光は資生堂のポスターを撮ってました。資生堂の前田美波里のポスター山口小夜子のポスターなども代表作です。それはあまり展示されていませんけれど。

ちなみに、11月26日は横須賀功光の誕生日です。

●東京都写真美術館横須賀功光の写真魔術「光と鬼」のページ
asahi.comによる紹介記事
シブヤ経済新聞による紹介記事
博物館イベント検索システムの記事

==NOTE==
■会 場:東京都写真美術館 2階展示室
■会 期:2005年11月19日(土)~12月18日(日)
■休館日:毎週月曜日(休館日が祝日・振替休日の場合はその翌日)
■料 金:一般 800(640)円/学生 700(540)円/中高生・65歳以上 600(480)円

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