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「子猫殺し」(2)~告発に発展か?

2006-09-24-Sun
「子猫殺し」を告白して話題になった作家坂東眞砂子が、タヒチを管轄するポリネシア政府によって、動物虐待にあたるとして告発される可能性が高まっているようです。

坂東さんを告発の動き…タヒチの管轄政府
 直木賞作家のさん(48)=フランス領タヒチ在住=が、日本経済新聞に寄稿したエッセーで告白した「子猫殺し」。その内容をめぐって余波が続いている。タヒチを管轄するポリネシア政府は、坂東さんの行為を動物虐待にあたると、裁判所に告発する構えを見せている。20日から26日は、動物愛護週間。坂東さんが、真意を語りたいと毎日新聞に寄稿した。
  毎日新聞の記事の全文を読む

わたしは、前のエッセーの段階で、坂東眞砂子の言いたいことを理解したつもりです。読んでいてわかりましたよ。「猫を飼うことの傲慢さ」「猫に避妊手術する傲慢さ」をわたしは理解します。また、「避妊手術を受けさせさえすればそれでいいと考えている無自覚さ」と「自覚的に子猫を殺している行為」とを比べて、作家として、「殺すという点で同じなら、自覚のある方(リアルに痛みを共有できる方法)がまだまし」というような考えも理解します。

ただ、その時も書いたけれど、意見としてはそうだとしても、結論としてとった行動そのものは間違っています。仮に自覚があるからまだましだとしても、それはあくまで、飼い主の内面のことであって、行動として子猫を殺していいことにはならないのです。

エッセーは、タヒチでも誤解されて伝わっている。ポリネシア政府が告発する姿勢を見せているが、虐待にあたるか精査してほしい。事実関係を知らないままの告発なら、言論弾圧になる。

とも書いているようですが、こんなことは言論弾圧にならないと思います。もちろん、事実関係を調べ、虐殺にあたるかどうか精査しなければいけないと思います。

ただ、あくまで一般論として、作家が事実として「わたしは大麻を栽培している」と書けば、そこを元に麻薬法違反で捜査されることも、告発されることも当然だし、「飲酒運転の常習である」と書けば、やはりその点で告発されることもあるでしょう。もちろん、いずれの場合も捜査をきちんとするのは当然です。ただ、言論弾圧でもなんでもないと思います。

そういう破綻があるためにせっかくの指摘がだいなしになっているのですね。記事の解説は「動物の生と死、多角的議論を」というタイトルで書かれています。

 坂東さんは「子猫殺し」を発表することで、愛猫に抱く葛藤(かっとう)を伝えるとともに、過剰なペット依存社会に一石を投じ、動物の生と死について再考を促そうとした。しかし現状では、多角的で本質に迫る議論には発展していない。


まさにそうです。ペットに避妊手術をすることは当然と考えているペット社会に問題提起をしたという点では、わたしは作家として意義あることだと思いましたが、「だから自分は猫を崖から投げ落として殺している」と書いたり、今回は「その告白をもっての告発は言論弾圧」などと書いて、せっかくの指摘がだいなしになっています。

言論の自由と行動の責任について、基本的なことがわかっているのかと思えるほどです。

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仔猫のために、あえてひとこと。

2006-08-26-Sat
ずっと記事にしたかったけれど、なかなかできなかったんです。なんというか、わたしの結論は「わたしはペットを飼ってない」なんです。

ネットに転載された坂東眞砂子のエッセイやその反応などを読んで、坂東の考えを理解しようとつとめました。一応、自分なりには理解しました。(問題のコラムはここ

すべての動物、植物に関わらず、「生きること」「子孫を残すこと」がおそらく絶対善としてあるということですね。そして、「自分が生きるために他の生命を奪うこと」もありなわけなのでしょう。それは、生命の維持のために他の生命を食らうことであり、生存競争であり、正当防衛でもあります。

そういうことを考えていると、「まずもって自分が生きること」が第1になってしまうのでしょうね。で、坂東が言いたかったのは「人工中絶は胎児の命を奪うことってよく問題になるけど、避妊処置手術だって、生命の根元的権利の一つを奪うことだ」ってことだと思うんです。もちろん、「生まれてきた生命を奪うことは人工中絶よりももっと明確に悪(残酷)だとされてる」と思います。そんなこと、板東がわからないはずがないんだけれど、実際それをやっちゃってるって書いてるんで、そこは違うだろって話になってるんですね。

こういうのはひとつの確信犯的な行為かもしれないのだけれど、作家になってくると、「どういう行動をしたか」ということよりも、「どういう意識を持ってそれをしたか」の方が大切になってくるのかもしれません。

だから、平たく言えば、「猫の避妊手術して罪の意識を感じないでいる」ことと、「充分に罪の意識を感じながら仔猫殺しをする」ことって、残酷性(残虐)と精神性(罪の意識)という点でのプラスマイナスを考えると、ほとんど変わらないってなことに来るんじゃないかと、ま、解釈しています。板東の主張を。

ただ、その到達点が「(罪の意識を感じながら)実際殺しちゃってる」っていうのは、やっぱりちょっとまずったかも。本当は、坂東は「(中絶も避妊も含めて)同じ殺すなら、もっと罪の意識を感じなさいよ。感じる想像力がないなら、実際感じられる手法(仔猫殺し)でやりなさいよ」ってくらい書きたかったんだろうと思います。

だけど、実際やってしまうのはね。やっぱりそれはダメでしょう。結局坂東にいいたいことは、「実際に殺すのはおやめなさいよ。作品を通じてそれを知らせるのが、作家の仕事でしょうから」ってことになってきます。

猫たちの冥福を祈ります。

一応まとめというか、大相撲関連でお世話になっている、過去物語さんのこのあたりの記事を読んでいけば、いろいろリンクされてます。
局の独り言:≪直木賞作家・坂東眞砂子≫「私は子猫を殺している」
 〃 :≪直木賞作家・坂東眞砂子≫「子猫殺し」 背景に「日本嫌い」 

ま、わたしが記事を書く気になったのは、keeponさんが書いていたからですが。(→ シネマと寝言の日々:「今日の嫌なニュース」

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