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David the smart ass

心のダイエット!~時には辛口メッセージを~

観劇:「しのだづま考」~京楽座公演

2011-07-08-Fri
観劇の市民サークルに入っています。サークルは演劇鑑賞会に所属し、それは全国演劇鑑賞団体連絡会議(→Wikipedia)という全国ネットとして広がっています。もちろん、先日大被害を受けた東北地方にも同じような組織があるから、ぜひ、資金的に援助をしようというようなカンパなんかも募っているのです。

「しのだづま考」という、中西和久のひとり芝居でした。中西和久は先日エノケンの舞台を見たばかりで、おもしろかったので楽しみにしていたのです。今回の主人公は喜劇王とうってかわって、安部晴明とその母の物語ということになりますね。
 → 京楽座のページ
 → 「しのだづま考」の公式ページ
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タイトルの「しのだづま」は「信太妻」と書いて、「葛の葉(くずのは)」と呼ばれる、安部晴明の母の物語です。安部晴明といえば実在の人物ながらも、伝説の陰陽師として平成のこの世でも有名な人物なんですが、彼には所謂超能力があったということになっています。そのようなこの世のものとも思われぬ超能力を得たのには、母が狐であり、狐から秘術を授かったからということなんですね。その母の名が「葛の葉」でして、通称「葛の葉物語」「信太妻(しのだづま)伝説」などと呼ばれています。詳しいわけではなくて、この記事を書くために調べているのですが、古くからさまざまな文学、歌舞伎、浄瑠璃、文楽、説教節、瞽女唄(ごぜうた)、落語などの文学や芸能にとりあげられ、ジャンルでとりあげられて、テレビ時代の今ではすっかり忘れられてしまっているようですが、それまでは、たとえば義経弁慶の話であるとか、大泥棒石川五右衛門の話などと同じように、有名なエピソードだと言えるんでしょう。ま、平成今でも安部清明はスーパースターのようですが。※ちなみに「信太」は「しのだ」と呼んで地名です。
 → Wikipedia:「葛の葉」
 → 信太の森ふるさと館「葛の葉物語」

で、この「しのだつま考」は、こういう葛の葉伝説の中の説教節を中心して作られています。歌舞伎や講談、文楽といったさまざまの古典芸能の要素を取り入れ、太鼓を叩き、三味線を弾き、ウクレレまで弾いて(?)、一人で27人の役を演じわけるとともに、いろんな芸能の演者を演じていると言えのです。ここがうまく説明できないのですが、たとえばさまざまな狐が出てきます。着ぐるみもなにもないのですが、すまし顔で両手をキュッと握ってポーズをとるのはおそらく歌舞伎あたりに取材しているのでありましょう。また、途中で頭だけの白狐を右手の先で持ち表現している場面も出てきます。あの動きは、わたしがみただけでは、文楽なのか人形浄瑠璃なのかあるいはそれ以外の何かなのかわからないのだけれど、見る人がみたらどういう古典芸能に由来する(ということは、それを学び、稽古し、演じていることなんですが)だとか、別のあの狐は能によるのだろうだとか……そういう古典芸能の特徴を取り入れて演じているわけで、古典芸能の世界に詳しければ詳しいほど楽しめる、奥深い作品になっているのですね。

目の肥えた観客を唸らせる一方で、あたかもテレビのCMタイムのごとく、作中人物からふっと講釈師のような中西が登場し、現代人の視点からわかりにくさをフォローするというような趣向にもなっています。は? 母親が狐だなんて意味がわかりません。超能力って何? という現実主義者たちにも飽きさせない工夫とと言えるのかもしれません。1時間45分。中西和久が27人の役を一人で演じ、さまざま演じ方をする、そういうおもしろさがあるのです。

演出もおもしろく、これはすごい作品なんですが、やっぱりテーマ性を考えたいんですね。わたしは。 

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観劇:「中西和久のエノケン」~京楽座公演

2010-11-07-Sun
観劇の市民サークルに入っています。演劇鑑賞会というんですけどね。ま、毎月会費を納めておいて、二月1度くらいの割合でお芝居を見ようというしくみです。わたしは、どうでしょう、まだ20年にはなってないかなぁ、確実に15年以上は入ってるんですけどね。

今回の演目は「中西和久のエノケン」。
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 → 京楽座公式ページ
エノケンは流石に名前くらいしか知りませんでした。コント55号とか、ドリフは、ま、毎週楽しみにして見ていたんですけどね、エノケンとは~。一応、Wikipediaね。


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榎本 健一(えのもと けんいち、1904年10月11日 - 1970年1月7日)は、日本の俳優、歌手、コメディアンである。当初は浅草を拠点としていたが、エノケンの愛称で広く全国に知られていった。「日本の喜劇王」とも呼ばれ、第二次世界大戦期前後の日本で活躍した。
 → Wikipedia:「榎本健一」

エノケンはほとんど知らないけれど、劇中で使われてる曲は知ってるものが多くて、特に、「俺は村中で一番~」で始まる曲(タイトルまでは知らなかったけれど「洒落男」)や「私の青空」などは、カバー曲やCMの替え歌などで聞いたことがあるんで、ああ、そのもとはこれだったのか~って、再認識しながら見てました。全編にわたって生演奏がたくさん出てくる楽しい作品です。

冒頭で、なんと、中西和久扮するエノケンが客席通路より登場し、「いったい、俺の偽物をやってる中西和久はどこにいるんだ~」というような、虚々実々の展開です。もちろん中西和久がやってるんですから、舞台上や袖のどこを探そうが、中西和久はいるわけはない。電車が遅れてるようだなとか言いながら、エノケンは昔話を始めます。自分が喜劇に足を突っ込んだのはどういう経緯だったとか、当時はどんな時代だったとか。そういう時代に詳しくない世代が見ても、上に書いた楽曲のように、時代の遺産みたいなものをいくつも知ってるわけですから、ま、歌や踊りを楽しみながら、近代風俗史の一面を見せられるわけです。一種のノスタルジーを感じながら。

喜劇王エノケンのスタートは水族館の客寄せイベントだったとか、佐藤ハチローとか菊田一夫、菊田栄らがエノケンを育てたとか、奥さん公認の愛人がいただとか、戦争中にはアチャラカ芝居はやる方はともかくも見る方は引けめを感じているようだったとか、ちょっと順番は忘れてしまいまいたけど、喜劇役者エノケンの誕生から昭和40年1月7日に命を引き取るまでの半生を、1時間45分に凝縮して見せてくれます。時間が立つのを忘れさせてくれる、エノケンを知らない人も楽しめるお芝居です。エンディングに冒頭の「本物のエノケンが中西和久を探す」という伏線が生きてきます。ま、これぞ一つのお手本というくらい見事に決まります。

脚本はジェームス三木ですが、ジェームス三木のホームページには、作品一覧のページがあって、本作のタイトルは「中西和久のエノケン」と明記されています。一見当たり前のようですが、もう一度書きますね。作品名が「エノケン」となっているのでなくて「中西和久のエノケン」となっているのです。わかりますか? 演劇だけの情報を見ると、ジェームス三木の書いた「エノケン」を中西和久がやるから「中西和久のエノケン」というタイトルのような気がするのですけど、そうではないのですよ。ジェームス三木が「中西和久のエノケン」を書いたのです。最初から。なんでも、ジェームス三木が中西和久を見て、「あんたはエノケンに似てるから、エノケンをやってくれ」と言って、この脚本ができたそうです。だから、作品名は、脚本の段階から「中西和久のエノケン」なんです。

そういえば、先の例会「族譜」も同じジェームス三木の本でした。「族譜」(→過去記事)の重厚さに比べて、一転して軽くて明るい作品で、そういう意味でも印象的でした。


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