FC2ブログ

David the smart ass

心のダイエット!~時には辛口メッセージを~

映画:「コドモのコドモ」~DVDで

2009-11-07-Sat
映画「コドモのコドモ」を見ました。やっと。

映画化が決まったと当時、うちの記事に延々とネガティブなコメントが並んだことを覚えています。映画全体の感想ですが、バイアスなしで見たつもりですが、おもしろくない作品とは言えませんね。タイミング的に「沈まぬ太陽」とか、その前には「さまよう刃」とかを劇場で見た後でしたので、かったるく感じのかもしれません。また、当時から問題になっていた、「小五の妊娠」という点も、リアリティの面でやっぱりどうかと思いました。ただ、当時うちのブログで再三語られた「児童ボルノだ」という指摘は、的外れだと思います。

ただ、子どもたちの性への興味というのは、昔も今も、それは自分を振り返ってもそうですが、大人が想像するより早くから始まっていると思います。これは間違いないかと思います。

それに対して、大人がどこまで、どのように教えていくか、あるいは教えないでいくか、あるいは導いていくか、あるいは抑制していくかということは、非常に難しい問題です。それは、個人の考え方や、環境によって大きく違う問題でもあるからです。同時にこのままでいいのだろうか? という不安は誰しも持っています。「性」の問題は、誰にでも共通する重要な問題であり、また、リスクでもあるからです。

だから、きちんと教える必要を感じながらも、どういう方法でというところで、なかなかコンセンサスが得られない状態だったった思うのですが、1990年代半ばということになるでしょうけれど、AIDSが問題になったときに、避妊と言うようりも、AIDS予防という観点から、コンドームについてを教えなければならなくなったと思います。同性愛やオーラルセックス、アナルセックスというものについても、高校生の年代では、実際避けて通れないというのが現実だと思います。理想はどうあれ、それが現実でしょう。

では、中学生ではどうなのか? 小学生では早すぎるのか? そういう時期的な問題も出てきます。

主人公春菜(甘利はるな)の姉の高校生(谷村美月)の同級生は中絶をします。春菜はその話を、最初は赤ちゃんを産む話だと誤解して貯金箱からお金を取り出し、その同級生に渡したりします。子どもは純粋に命の大切さを感じ、考えています。それは、中絶する女子高生も同じだと思います。原作のマンガには無責任なその彼氏も出てきていましたが、外から見ている以上に、当事者たちは傷ついていると思います。

そういう流れから、「正しい性教育でそれは防げる」みたいな主張は生まれ、そして、それを実践する人たちも現れます。所謂「過激な性教育」とか、「異常な性教育」というような言い方で、一時期国会でも問題になりました。春菜の担任の八木先生も、そういう意味では「進歩的な性教育」をめざし、実践しようとしたわけです。映画の中では保護者や他の同僚から支持を得られず、むしろ学級がまとまらない一因にさえなっていってしまいます。

そういうこととはむしろ無関係に、というか、その授業以前に「くっつけっこ」は行われ、その授業で自分が妊娠してしまっていることに春菜は気づくわけですが、それ以後は言わば、大人に知られたら中絶させられるから、子どもたちだけで赤ちゃんを産みたいってな展開になっていきます。学校や大人がどんなにやろうとしてもうまくいかなかった、子どもたちの団結とか、子どもたちの生きる力みたいなものが、実際の同級生が赤ちゃんを産むという大事件で実現していくわけです。

ま、そういう映画ですけど、もしこれが、そういう教育的な映画というか、学校を舞台にした映画という視点であれば、「ブタのいた教室」に及びません。奇しくも、そっちにも甘利はるなは出ていたわけですが、何倍もまともで、何倍も感動的でした。

それに対して、なんというか、社会派が一点ファンタジーになっちゃったって感じです、問題作のつもりが、いろいろな声を聞きそれに配慮した結果なのかもしれませんが、問題作にしこそなったという印象さえあります……。原作も、知らない間に終わらされたような印象を持っていましたけれど。

というわけで、話題先行のわりに、ものたらない作品でした。

スポンサーサイト



「検閲」~映画「コドモのコドモ」で秋田県が……。

2008-09-29-Mon
映画「コドモのコドモ」は昨日(9/27)、予定通りに公開を迎え、主演の甘利はるな、麻生久美子、谷村美月、萩生田宏治監督による舞台挨拶が行われたようです。
 → CInemaCafe.net:「甘利はるなの言葉に奥田民生感激! 麻生久美子はDSで子供たちに完敗!

記事にはいろいろと書かれていますが、公開まで来たのですからよかったというべきでしょう。わたしのブログ記事にも執拗な公開反対意見が書かれたくらいでして、ネットでもちろん多くの公開反対の書き込みがあっただろうと思います。そして、その流れと思うのですが、匿名の手紙2通によって、秋田県ではとんでもないことが起ころうとしていました。秋田県による検閲です。

 → 「高評価のファンタジー作品だけど 小5妊娠映画に「検閲」」(2008年9月19日(金)0時0分配信 AERA)

記事によると、7月下旬に「小学生の子どもが県内のスーパーのトイレで出産する場面があるらしい」「県に上映禁止や年齢制限などの措置を求めたい」というような内容の匿名のメールが来ていたようです。この、2通の匿名メールに反応し、県は映画配給会社に対して、8月上旬の時点で、ビデオかDVDを送るよう文書で要請したということです。

「県青少年の健全育成と環境浄化に関する条例」が定める「有害興行」に該当するおそれがあり、「県の審議会にかけるかどうかを、まず我々が常識で審査する必要がある」(福原秀就県民文化政策課長)というのが理由だった。

県の立場をおさらいします。映画「コドモのコドモ」が条例に定める「有害興行」に該当するおそれがあったので下調しておきたかったということでしょうか。下調べというのは、メールだけではわからないので、正式に審議会に諮るかどうかを、実際見て確かめておきたかったということなのでしょうね。「見てから決めよう→送ってもらおう」というのは、伝聞だけで決めてしまうことよりは、それなりに誠実な態度だとは言えますけどね。

ただ、ここで「検閲」が問題になってきます。一般的に「公権力が外に発表されるべき思想の内容をあらかじめ審査し、不適当と認めるときは、その発表を禁止する行為(→はてなキーワード)」 を言います。これは、憲法21条で禁止されています。判例の中では

行政権が主体となって、思想内容等の表現物を対象とし、その全部又は一部の発表を目的として、対象とされる一定の表現物につき網羅的一般的に、発表前にその内容を審査した上、不適当と認められるものの発表を禁止すること

となっています。

「発表を禁止する」ところまではいかなかったのですが、「県が、公開前に作品を提出させる」というのは、それに製作側が応じたか、結果がセーフだったか、アウトだったかに関わらず、違憲行為である検閲(をしようとした)ということになるでしょう。AERAは有識者の声を載せています。

秋田県がしたことは、実質的な事前検閲。こうした無造作な動きが、表現活動をどんどん制限していく

というのは、服部孝章立教大教授(メディア法)の言葉であり、右崎正博獨協大法科大学院教授(憲法)は

行政は公開された作品に対して事後的に対応するのが原則。条例に定めがない今回の行為は、表現の自由において致命的

と述べています。憲法をおさらいしておきましょう。憲法第12条です。

 第12条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

わたしたちは、「表現の自由」という権利について、努力して保持していかねばならないと同時に、濫用してはいけないのです。濫用は規制を生み、それこそ検閲まがいのことが行われかねなくなります。

「コドモのコドモ」が、小学5年生が妊娠し、出産し、育児もするという設定で、どんな映画になっているかとても心配という声が、ネットにもたくさんありました。わたしのブログのコメント欄にも繰り返し投稿されました(その大多数は同一の方でしたけれど)。配給会社や上映予定の映画館、そして、能代市にも公開前から、さまざまな形での働きかけがあったようです。

こういう人たちが意見を言うことももちろん表現の自由ですので、構わないと思います。心配だったらそういう意見をぶつける自由はあるはずです(ただ、「児童ポルノだ」というような、事実を捻じ曲げてのまでの否定までやたらめったらするというのはひどかった。当時こちらはまだ見てないので的確に反論できませんでしたけれど、無事公開されたところを見ると、デタラメを強弁していたようにも受け取られます)。ただ、県が適切に応えて切れてないんですね。

映画業界の自主規制機関である映倫管理委員会(映倫)は、年齢制限の必要がない「一般」作品に分類。県は直接映倫に問い合わせ、そのことを確認している。さらに、ロケ協力者としてすでに試写を見ていた能代市職員にも電話をし、メールで指摘された場面が実際にはないことも聞いていた。

ここまでの情報があるのでしたら、「映倫もOK出してるし、すでに試写を見てる能代市職員も確認してる」という、まさにおなじみのお役所的な対応で充分だったはずで、いったい、何がどう作用してこんなことになったのか、不思議というか謎です。

迷惑な映画を作ってくれたものだ……と担当者は思っているかもしれませんけれど、こんな形で問題提起をすることになるとは、製作者サイドも想定外だったと思うのですが、どうなんでしょう。


 → 公式ページ



にほんブログ村 映画ブログへ

上映中止の声も出た教育関係者試写会~映画「コドモのコドモ」

2008-09-23-Tue
いよいよ、今週末に公開がスタートする映画「コドモのコドモ」の続報です。教育関係者試写会があっという記事が、先日のeiga.comの映画ニュースに載っていました。
 → eiga.com:「上映中止の声も。小学生の妊娠描く「コドモのコドモ」に教育関係者の反応は?

記事によると、9月13日、東京・京橋の映画美学校(第一試写室)で、「教育現場の実情を知る教育関係者を対象とした試写会」が開催されたそうです。

萩生田監督は「現実では考えられない話ですが、普段の生活では見失いがちな、子供たちが持っている力強さを描きたいと思った」とテーマに関する説明があり、根岸プロデューサーからも「過激な題材ですが、萩生田監督が撮ったことによって"人生"が浮き上がる善良な映画になった」という言葉があったようです。「過激にして、非現実的な題材」というのも、制作サイドは承知の上であえてしたということのようです。そして、実際、その点が問題になっているのですけれどね。

同じ記事には、「日本の教育現場では性教育に対するバッシングがあり、現場の教師が萎縮してしまっているが、この映画を見たら力が湧くと思う」という元教師の声も紹介されています。映画がむしろ力になるというのですね。結果、「現場の先生たちから怒られるのではないかと覚悟していたが(ホッとした)」という萩生田監督が胸をなでおろしす場面も紹介されていますが、う~む、これでは、実際、タイトルにあるような「上映中止という声が出た」という記事になっていません。批判サイドの声があまり紹介されず、制作者サイドよりの記事になっているのが、むしろ残念に感じました。

せっかく、教育関係者限定の試写会にしながら、教育的な視点からの批判、特に、子どもたちへの影響はどうかという点での意見が知りたくもありますね。

そう言えば、わたしがマンガ「コドモのコドモ」の映画化を知ったカコモノガタリさんが、映画「コドモのコドモ」を見にいった感想をお書きでした。ロケ地能代の先行上映に行かれたようですが、地元だけに子どもがわいわい騒いでいてちょっと五月蠅かったというような感想とともに、映画全体的に雑な感じで、薄っぺらな表現だったというような感想をお持ちになったと読みました(わたしの解釈です)。子どもたちへの影響については、地元だけに映画の内容よりも、自分たちや知り合いがどんなふうに出ていたかという声ばかりが聞こえてとらえにくかったというご感想のようです。

カコモノガタリさんは「別にこの題材(小学生の妊娠)でなくても、同じようなことをもっとうまく伝えられるのではないか」というようなご意見でした。わたしのところのコメントでも、こういう指摘は確かにあります。この「過激で非現実的」と製作サイドも認識している題材を選んだのかが、やはり問われなければならないのだろうと思うのですね。

それは、教育の問題、特に学校の問題をとりあげたかったのだと思います。学級崩壊、教師の指導力不足、教師への過剰要求(モンスターペアレンツ)、教師間の人間関係、国会でまで問題になった過激な性教育、マスコミと教育、さまざまな問題が、現実の学校現場にはあるのでしょうね。それは、どんな職場でもいっしょなんでしょうが、その揺れの中で子どもたちは生きているんだということですね。普段の生活の中ではなかなかそんなチャンスもないかもしれないけれど、イザというときには団結し、協力し、助け合い、戦っていく……ということだと思うのです。困難な状況に遭遇したときに、愛(この愛は性愛ではなくて、友愛とか人間愛とかそういうものです)と勇気で立ち向かう、そのあたりが、ファンタジーなんだと思うのですが、結局そこで、それを伝えるのに小学生が妊娠し出産するという題材が適切なのか、ほかのネタでもいいのではないかということなのですね。

確かに、それはできなくはないだろうし、こういう題材を選ぶところに、際ものじみた匂いも感じ取らないではないので、わからないでもないのです。その批判、感想はごもっともということになろうかと思います(その点承知というか、そもそもマンガの大半はそんなものという前提というか)。

カコモノガタリさんの感想には、そうした批判の言葉も読みとれますが、どうしても上映中止とか、子どもに見せられないというような、それほどの強い反対のニュアンスは読みとれませんでした(特にご推薦も読みとれませんでした)。ただ、わたしのブログにも、執拗な反対コメントが投稿されましたが、試写会の記事などを読んでると、テーマ的には性は中心の一つなんでしょうが、うちのブログのコメントでたびたび指摘されたような「児童ポルノ」というようなレベルの作品ではないと思います(まだ、わたしは見てないですけど)。

公式ページの劇場情報ですが、前は東北2館、東京2館の4館だけですが、シネマシンジケートの関連もあったのでしょうが、全国で40余りの館が公開するようです。


 → 公式ページ映画「コドモのコドモ」の上映情報



にほんブログ村 映画ブログへ

ママさん試写会が開かれ、釜山映画祭に出品~映画:「コドモのコドモ」

2008-09-11-Thu
いよいよ9月も中旬になりました。今週末には能代で、今月末には全国で(といっても4館だけのようですが)、映画:「コドモのコドモ」が封切りになります。

わたしが「コドモのコドモ」が映画化されることを知るきっかけとなった、カコモノガタリさんのブログに、「≪コドモのコドモ≫前売りが欲しかったはずが・・・。」という記事が出てまして、まさか前売り券がなくなるほどの人気なの?と思ったら、なぜか(なぜかはわからない)、前売り券があるかないかさえ不明で、その映画館でだけ有効の「特別割引券」をくれたと書いていらっしゃいました。

今は公式ページから消えてしまったのですが、「前売り券」という名前であったかどうかまで正確に忘れたのですが、全国共通の鑑賞券はあったはずですよ。全国共通って愛知では見られるのかなぁって思ってみた覚えがあります。実際、こことかここでは今も扱ってるようでして、後者には特典としてオリジナルステッカーがついている(特別鑑賞券1,500 円)ことが明示されてます。オリジナルステッカー付きのは、なぜだか地元に回ってないようです。

小学5年生11歳の出産を題材とした衝撃的な作品ということで、撮影からして問題が噴出し、地元で子どものエキストラを募集して撮影した能代では「なんで思い出の母校をこんな映画に貸したのか」と地元議会でも問題になり、当初へぇ映画化するんだ~と記事を書いていた拙ブログにも「児童ポルノだよ」というような強烈な反対コメントがいくつか寄せられました。おかげさまで、行きがかり上こうして追跡してるかっこうになっています。
 → 過去記事:「「コドモのコドモ」が映画化
 → 過去記事:「映画:「コドモのコドモ」の公式ページが公開

さて、その映画「コドモのコドモ」のママさん試写会ってのが行われています。
 → CinemaCafe.net:「“子供の妊娠”にPTAから質問殺到! 『コドモのコドモ』ママさん試写会開催

記事によると、9月9日に、実際に子どもを持つ母親だけを対象にした試写会が開催され、上映後萩生田宏治監督が登壇してトークショーがあったそうです。

監督は「小学生のお腹の中に子供がいるというフィクションによって、普段は見えない子供の本来の力を描けるのではないかと思い、この作品を作りました」と挨拶、母親たちは真剣に監督の話に耳を傾けるながらも、質問が殺到したようです。

母親たちからの質問の中で、特に集中したのは「小学5年生の妊娠」についてで、荻生田監督によれば、撮影前に性教育専門の先生による講義を受け、不明点は随時保護者にも相談しながら撮影を進めていったと説明すると、そのレクチャーはどんなものだったのかとさらに質問があり、「まだ5年生ぐらいだと“産む”という意識ではないので、お母さんのお腹の中で育っていって自分がどう産まれてきたのか、まずその説明から入りました。その後に、女性と男性との性教育の核を教えてくれたので、子供たちは最初に命の大切さが分かったようです。僕自身もそのレクチャーに、とても感動してしまったんですけどね(笑)」と答えたと書かれています。

元記事には、5歳の子供と一緒に本作を観たいという母親の言葉や、実際の撮影時の出演者の様子についての監督の言葉なども書かれています。ただ、映画の宣伝をかねてのトークショーを取材した記事ということで、これは想像ですが、批判的な質問や、質問の形をとった批判者の意見表明みたいなものについては(たぶんあったろうと思うのですが)、いくぶんというか、かなり製作者に好意的に書かれています。共感というか、勧めたいという声も少なくないようです。

また、釜山映画祭に出品されるというニュースもあります。
 → CinemaCafe.net:「いかなる評価が下されるのか? 『コドモのコドモ』釜山映画祭に出品決定!

記事には

この題材について「小学生5年生の子供たちによる、崇拝すべき、しかし衝撃的な反乱だ」と踏まえた上で「子供たちの社会は無限の可能性を持っていて、大人たちよりも柔軟な判断力を持っている。『コドモのコドモ』は、大人たちが忘れてしまった子供時代を、最初は衝撃を持って描き、ラストは共感へと導く

という、同映画祭ディレクター(キム・ジソク)の言葉や

『誰も知らない』の是枝裕和監督は「映画が終わりに近づいたとき、あと2時間観ててもいいな、と思った」と本作を絶賛。また、教育現場からも「小学生の妊娠というショッキングな題材を、子役たちが伸びやかに演じている。この問題作の撮影を可能にさせた、能代市長と教育長の勇気に敬意を表したい」(前・杉並区立和田中学校校長 藤原和博氏)

という賞賛のコメントや

子供たちや子供たちに関わる全ての人たちが温かくて愛にあふれた映画」(成海璃子)、「『コドモ』が『オトナ』よりたくましい存在になって『オトナ』が『コドモ』より弱い存在になっていくという、その位置関係がひっくり返るさまを、十分な説得力をもって映像に収めている」(ミト/クラムボン

などのコメントも紹介しています。今までのコメントについては公式サイトにまとめられてます
 → 第13回釜山映画祭についてのCinemaCafe.netのページ

そしてもう一つ、こんな記事もあります。
 → 最新シネマニュース:「映画『コドモのコドモ』 「上映中止」や「R指定」を求める声が急増!」(9/9付け)

記事よると、ネット上や配給会社、公開劇場などに対して、「上映中止」や「R指定」などを求める書き込みや問い合わせなどが急増しているそうで、これに対して、「子供たち本来の力強さと大きな可能性」を描いた作品として、同作製作委員会や萩生田監督たちは、「(同映画製作に)真摯な気持ちで取り組んできたゆえ、公開することに対してなんの揺るぎもない」とコメントしているそうです。

そして、9月13日(土)には、普段から子供たちと接して教育に従事されている方や、教育者を目指している方(教員、養護教員、保育士、学習補助員、教員を目指す学生など)に向けての緊急試写会を実施するそうです。肝心の試写会がどこで行われるのかは書かれていないのですが、上映後に「萩生田監督と性教育に取り組んでいる遠見才希子氏によるトーク(ティーチイン)イベント」も予定されているそうです。

前半に触れた「ママさん試写会」の記事では、見る前の評価と見てからの評価が変わったという人もいるようですので(というか、本作に限らず多くの映画がそうであることは誰でも経験しているでしょう。よく裏切られることも、期待はずれに終わることもたくさんあります。宣伝の力というのももちろんあるわけですが、前評判ことにネット上の匿名を利用しての、同一人物もしくはその仲間たちによる工作活動的とも言えるような、批判にもならないただの悪口については、たとえその人の意見が正しくても、信用する気になりません)、この緊急試写会がどんな結果になるのか、ちと楽しみです。



にほんブログ村 映画ブログへ
HOME NEXT